04. 2013年6月03日 08:53:37
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【第9回】 2013年6月3日 開沼 博,杉坂圭介 飛田新地や西成を“きれい”にして残るものとは? 「漂白される社会」で行き場を失う人たち 【スカウトマン・杉坂圭介×社会学者・開沼博】売春島や歌舞伎町のように「見て見ぬふり」をされる現実に踏み込む、社会学者・開沼博。そして、大阪・飛田新地の元遊郭経営者であり、現在もスカウトマンとして活躍する杉坂圭介。『漂白される社会』(ダイヤモンド社)の刊行を記念して、「漂白」されつつある飛田の現在・未来をひも解く異色対談。 第3回では、早朝・深夜労働にさらされる遊郭経営者の実態、敏腕スカウトマンのテクニック、さらに、疲弊する地元商店街の現在が語られた。 「漂白」が進み、行き場を失う西成地区の未来とは――。対談は全4回。 全国的な取り締まりが進む風俗産業 開沼 これまでは、性風俗はもちろん、社会のグレーゾーンに生きる人たちは、完全に違法だったり、社会規範から逸脱するブラックゾーンに足を踏み入れないように、自分たちで引き締めを行い、問題にならないよう対応していた側面がありました。 ところが、近年進んでいる様々な規制強化には、そうした自主規制と治安維持を壊してしまう可能性もあります。ただ、私は、警察自身もそれをわかったうえでやっているのではないかとも思っています。 こうして生まれる矛盾、つまり、規制を強化すればするほど新たな課題が生まれて、その課題は以前よりも社会の中で不可視化されてしまう現実があります。杉坂さんは、この「漂白される社会」の落としどころはどこに向かうと思いますか? 杉坂圭介(すぎさか・けいすけ) 大阪府出身。繊維製品卸問屋勤務を経て、飛田新地の料亭経営者へ。10年間店の経営に携わった後、名義を知人に譲り現在女の子のスカウトマンとして活躍している。著書に『飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』(徳間書店)がある。 現在、次回作を執筆中。年内発売予定。 杉坂 どうなるんでしょうかね。ちょうど花博をやるときに、大阪府はソープがなくなっちゃいましたからね。僕はちょっと種類が違うと思うんですけど、飛田のような「ちょんの間形式」では、川崎のガラス張りの個室でしたっけ?あれもたしか完全になくなりましたよね。 川崎の件を聞いていると、飛田は許可をもらっているから「赤線」だけど、川崎は許可がないから「青線」で、青線だから潰したと。それから、不法入国の外国人を使っていたとかね。京阪神では、唯一かんなみ新地だけが青線なんです。 開沼 外国人を入れることで、ややこしいことが増えるということですか? 杉坂 だと思いますよ。飛田は日本人だけを使っています。その意味では、在日の女の子はすごくグレーな状態です。「使っていい」と言う方と「使ってはダメ」と言う方がいて。僕がやっていた店にはいませんでしたけど、国籍が違うだけのことなんだからと、使っている店も結構ありますけどね。あと、経営者は在日でもオッケーなんですよ。 本来は、不法入国や、ビザの種類によっては就労規制がある人を働かせないために規制しているはずなんですよ、警察も。風営法も「外国人を使ってはいけない」という法律ではないんです。 深夜3時の帰宅、遊郭経営者の過酷な日々 開沼 本の中には、お店を始めるに当たっての心の揺れも詳細に書かれています。 杉坂 僕も、飛田に入るときはもっとグレーだと思ってましたね(笑)。「絶対に堅気じゃなくなるわ」と思いましたし。 開沼 博(かいぬま・ひろし) 社会学者、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポルタージュ・評論・書評などを執筆。読売新聞読書委員(2013年〜)。 主な著書に、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など。 第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。 開沼 もう1つ興味深かったことに、もしかしたら控えめに書かれていたのかもしれませんが、売上はそこそこあるが労働に見合うものでもないとも書かれていますね。
杉坂 そうですね、サラリーマンと変わらんやんという感じです。最初は女の子に振り回されるんですよね。労働時間で1ヵ月の収入を割ると、下手したらサラリーマンのときのほうがよかったんちゃうと思いました。 朝は9時頃から準備をして、最初の頃は女の子を迎えに行ったり、夜は夜で、女の子を送り終わると今度は女の子を探しに行って。家に帰るのは2時、3時になってましたから、「これで死んだら過労死だな」とか思ってましたよ。 開沼 もともと就いていた仕事よりは楽しかったですか? 杉坂 楽しいは楽しかったですけど、飛田の仕事をやっているおかけで胃が痛くなったり、夜も眠れないというのはありました。それまでは結構眠れるほうだったのに。 開沼 経営も簡単ではないということですね。 杉坂 そうですね。ホテヘルさんとかデリヘルさんとかのように、10人出勤しようが20人出勤しようが、店が儲かったらいいというわけにはいきません。女の子が3人入ったら、4人目を入れられないですからね。もし入れようと思ったら「なんで入れるの?」と言われてしまいます。 開沼 お金の苦労だけではなく、飛田の経営者ならではの気苦労もあるなかで、経営者として続く人と続かない人にはどんな差がありますか?引退する人や、誰かに譲ることもあるわけですよね? 杉坂 ありますね。疲れたから辞めるというより、「女の子が見つけられないから辞めるわ」ということが多いです。 開沼 商売が成り立たないからと。 杉坂 成り立たないから。 開沼 なるほど。つまり、もともと夜の仕事に関わっていて、自分自身にスカウトの力がある、もしくは周りに安定稼働するスカウトがいるという方が経営したほうがいいと? 杉坂 そうですね、そちらのほうがいいと思います。ただ、女の子を自分で見つける自信がなかったら、スカウトを使わないほうがいいですね。スカウトに依存すると、ぶわ〜と女の子を入れてきて「これは良いスカウトだな」と思ったところで、駆け引きしてきますから。いまは10%だけど15%にしてよと。「そりゃ無理や」と言うと、翌日には誰も出勤しません。 スカウトのコツは財布に余裕がある“ふり” 開沼 ご自身でスカウトをされていますが、持続的にスカウトを行う“コツ”があるわけですか? 杉坂 マメにやることと焦らないこと。焦ったらおしまいですね。どんなに胃が痛くても、外に出たら財布は厚めに、余裕のある感じでやってましたし。会社にベンツを3台持ってるところもありますよ。20代のぺーぺーのヤツが、会社に「今日、○○のキャバ嬢とご飯行きます」って言ったらそのベンツを貸してもらって。とにかく身なりを格好よく、余裕のある“ふり”をすることです。 最初は「うちで働け、うちで働け」ってやってましたけど、いまは絶対にしないですね。「うちの店の女の子は君らと考え方が違うだけや。君らは10万、20万を追っとけばいいが、うちの女の子は100万、200万を追ってる。俺は100万、200万を追ってる女の子に魅力を感じるだけや」と。 「どんなところ?」って聞かれても「働きもせんのに教えられへん」って、ちょっと突っぱねるようにしてます。「働かなくてもええけど、俺の話を真面目に聞くんやったら仕事の内容も店も教えてやるよ」って。 開沼 女の子と知り合うきっかけもいろいろ書かれていますが、現在、スカウトをされるなかで、どういったきっかけが一番多いですか? 杉坂 最初にとにかくやることは、いままでにつながってる女の子に「風俗するしない関係なく友だち紹介してよ」と声をかける。まずはそこからです。 開沼 女のコが女のコを引っ張ってくるパターンもあると。スカウト力のある女のコというのもすごいですね。 杉坂 プロのスカウトだったら1から10まで女の子を仕込んできます。でも、そういう子たちは1から10の1だけでいいんです。「○○ちゃんが働きたいって言ってるんだけど」と聞けば「俺が話するわ」と行きます。 開沼 なるほど。 杉坂 で、話をして実際にその子が働かなくても、「見つけてくれて、ありがとう」って紹介してくれた子に1万円くらいをあげます。働いて2日で辞めたとしても「見つけてくれて、ありがとう」と3万円あげる。 とにかく1回は金を掴まさんと、女の子は探してくれませんから。出費は痛いですけどね(笑)。2日間働いて、5000円、5000円しか儲からなくても、こっちも3万くらいあげたりするんでね。 開沼 顔が見える関係を重視して、そこから関係を広げていくのが一番というわけですか? 杉坂 そうですね。ネットとかでもやりますけど、ネットは規制も厳しいんで、あんまり強烈なことを書けないんですよ。誰かに見られてるんじゃないかなって、気を遣いながら。 開沼 電話やメールを駆使して、日々のコミュニケーションを図ると。 杉坂 そうですね。ある程度相手がわかっている子とはメールでやります。 開沼 スカウトの仕事は何歳くらいまで続けるもんなんですか? 杉坂 直接のスカウトはどんどんしんどくなってくると思います。でも、60歳の人でもスカウトしてはりますからね。 開沼 なかなか想像しにくいですね。 杉坂 ただね、60歳には見えないです。年中20代の女の子と接していますから、飛田の経営者は若く見える人が多いんですよね。いまさらほかの仕事に就けないというのもありますしね(笑)。 西成を潰されると行き場を失う人たち 杉坂 いまはAVなんかもネットで配信になってますよね。月5000円で見放題。AV穣たちのギャラがすごく減っているんじゃないかと思っていて、うちに流れてきてくれたらいいんですけどね。普段はうちで、AVに出演するときだけ東京に行くとか。 ある風俗では、売れてない子だとは思うんですけど、東京のプロダクションとタッグを組んで結構AV女優を派遣していると聞きます。飛田でももっとAV女優が働いてくれたらいいのになと思いますけどね。ただ、女の子は妬みを全面に出す動物なんで、そういう子が来ると怖いですけどね。 開沼 日々、そういったややこしさはありますか? 杉坂 「女の子はとにかく仲間を作りたがる」というのはほんまにそのとおりやなと思いますよ。どちらかがどっちかと組みますから。 開沼 本の「おわりに」にあるように、飛田で生きる人々が、どれだけ地道に安全と景観を守る活動をしていても、それを忌避する外の人々の動きは止まりません。「治安が悪い」「印象が下がる」「学力が落ちる」という因縁をつけられしまう状況があります。このように社会のグレーゾーンに対する寛容さが失われる構造を私は社会の「漂白」と呼んでいますが、杉坂さんは漂白が進む理由をどう考えていますか? 杉坂 全体的に人と人とのつながりが減っているからじゃないですかね。昔はご近所付き合いがありましたけど、いまはそういうのもないですし。飛田には160店舗ありますけど、知らないオーナーさんなんていっぱいいるんですよ。ただ、月に2回の掃除なんかをすると、やっぱり顔は合わせますから。そこでちょっとずつ。 昔は、飛田の街中にもダークなイメージがあって、「隣ともしゃべんらんとこ」というのがあったみたいですね。それが少しずつ良くなって、人付き合いという意味でのぎくしゃくした部分が減ってきてます。煙たいもんにはすぐフタをしてしまう風習をなくすためには、人との付き合いが生きてることが大事だと思いますね。 開沼 「煙たいものにはフタ」や「あってはならぬもの」の「見て見ぬふり」が前面に出てきているわけですよね。昨年、部落解放同盟に取材に行きました。同じように、「街の開発しちゃおうぜ」と、そこにある問題自体をなかったことにする動きが様々な形で出てきているという話を聞いています。 そのとき伺ったのが浪速支部で、西成・飛田ともそれほど遠くありません。すでに東京ではその動きがだいぶ進んでいますし、大阪でも進んでいるように見えます。これから性の部分にも入っていくのかなとも思いますが、いかがでしょうか? 杉坂 大阪の人間からすると西成区の一部なんですけど、たぶん東京の方からすると西成区全部の治安が悪いというイメージがありますよね。西成でも岸里や玉出なんかは住宅街で普通のとこなんですよ。西成区全部が悪いというイメージを取りたいです。 だけど、「あいりん地区」なんかは、ある意味で救済措置が必要な人たちが来ておられましてね、生活保護を受けずに仕事を待っている方もいらっしゃるんですよね。もちろん、生活保護受給率も西成がダントツですけど、それでもやっぱり、あそこが最後の最後で働ける場所になっています。 うちらの業界まで、あそこを全部なくして、きれいにしようきれいにしようとなってしまうと、そこにいる人間の行き場がなくなってしまいますからね。僕らからすると置いといてほしいなって思います。 開沼 なるほど。 杉坂 景観どうこうと言いますけど、直接迷惑はかけてないですからね。そう思う人たちが近寄らなければいいんですから。そこまで言われる筋合いはないよと。大阪24区を6区か7区にすると言いますけど、西成がどこにいくのか怖いですよ。どこも引き取ってくれないような気もします。 飛田商店街に見る地方都市再生の課題 開沼 あいりん地区でも東京の吉原遊郭でも、管理なのか救済措置なのかは難しいところです。近代以前から、貧困にしても、性にしても、「あってはならぬもの」が1ヵ所に集められることで、見えにくいながらもそれなりに社会的な位置づけをされていました。しかし、これをなくそう、漂白していこうという状況を多くの人が望んでいて、権力もその動きを利用していくというループは、今後もとどまらないように思っています。 それに対して、現実はこうなっている、良いことばかりではないかもしれないけど、多くの人の頭の中で肥大化しているほどわかりやすいダークさがあるわけではないし、現にそこに生きている人たちがいると言い続けることが大切だと思います。 繰り返しになりますが、とりあえず、表面上は社会をきれいにし、煙たいものにはフタをすればいいんだという動きは、現代の政治や情報環境のなかで加速しているように見えます。そして、それは一見すると、「悪いもの」を取り去った「すっきり感」や、糾弾・吊るし上げする「高揚感」を私たちに与えてくれるかもしれません。 しかし、よく目を凝らして見てみると、いままで1つにまとまっていた問題が分散してしまったり、より見えにくい形にとなって困る人が生まれてしまったり、「隔離・固定化、不可視化」しているだけなのかもしれない。こうした「漂白される社会」の動きに対しては、どうやって抗えばいいんですかね? 杉坂 いますぐにできることってほんまに思いつかないですけど、飛田については、知名度を上げて、クリーンにやってますよと伝えることでしょうか。それでも、「これはダークな仕事だ。表面上はクリーンなことをしてるだけだろ」というバッシングはあるんでしょうけど。だけど、バッシングがあろうがなかろうが、世のため人のために動こうとしてますよという姿勢を貫き通すことは1つですよね。 あとは組合が中心となって、これは男に対してですけど、遊びに来やすい街作りというのは常に考えています。それから、働く女の子を守るために値段を下げない。そのために、大阪で女の子のレベルの高いところは飛田だと言わせてますけどね。もちろん、それなりの子もいっぱいいますけど(笑)。 飛田は実物で勝負するわけですから、それを考えれば、うちらが値下げしていたら質のいい女の子は去ってしまう。存続するためには絶対に必要です。いまできることは、本当にそれくらいかもしれませんけどね。 開沼 なるほど。 杉坂 あとね、昔はほとんどの経営者さんがその店に住んでいたみたいです。そうすると、生活用の支出がその周りの商店街に流れて、飛田の商店街も発展していたらしいんですよ。いまはみんな飛田の外で暮らしていて、それによって商店街からも生活できるお店がなくなって、もうシャッター通りです。 生活部分の出費をもっと飛田の中できるようなシステムを作っていきたい。1軒1軒の親方が飛田の中に住むことはできないですけど、飛田に来たお客さんの財布の紐が緩むような街です。飛田で終わった後、もしくは店に入る前に財布を緩ませる方法はないのか。駅から飛田に来るまでのところが活性化するようになれば、もっと街全体の活性化ができるかと考えています。 開沼 実は、歌舞伎町で飲食店を経営する方、あるいは、ある地方商店街の方からもまったく同じ話を聞きました。昔は、店の上階に店主が住んでいて、1日の生活がそこで完結していたけれど、バブル期の再開発をきっかけに店から居住空間をなくして、生活のベースを街の外に置く人が出てきたそうです。 すると、夜遊びに来る人はいても、例えば、生活に必要な品物を買うといった面ではお金を落とす人がいなくなり、店舗の種類にも偏りが生まれ、街は廃れ、空洞化していく。つまり、生活しにくい街になります。それによって、人はますます街の外へと出て行き、二度と人が住む街になることはありません。どこの街でも起きている問題なんですね。 杉坂 阿倍野区に「あべのキューズモール」という店ができたので、生活雑貨はそこで揃います。イトーヨーカドーが入っていますし、まずそこで全部揃いますね。ただね、飛田の商店街にも「豊島屋」と「スーパー玉出」という2つの店がありますんで、そこはそこで独自色を出して頑張っていかないといけないですよね。 開沼 杉坂さんは、飛田の街が好きで、存続してもらいたいと考えていますか? 杉坂 そうですね、なんか落ち着きますけどね。飛田の新しい建物はもちろんきれいですけど、どことなく風流な、趣を残したような雰囲気なんですよ。松島新地はどちらかというと欧風の建物に変わってきています。この雰囲気はこれから二分化していくでしょうね。僕は飛田のほうが好きですね。 最終回となる第4回では、飛田新地を形づくる「親方」「おばちゃん」「女の子」それぞれの成り立ちと実態をひも解きながら、「漂白」の進む飛田新地が歩むであろう未来が語られる。次回更新は6月10日(月)を予定。 |