07. 2013年4月05日 02:41:23
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【政策ウォッチ編・第20回】 2013年4月5日 みわよしこ [フリーランス・ライター] 生活保護は誰のための制度へと変わるのか? 厚労省・課長会議で明らかになった新たな運用方針 ――政策ウォッチ編・第20回 2013年3月11日、厚生労働省・社会・援護局関係主管課長会議が開催された。生活保護を中心とした援護政策について、次年度の厚生労働省方針が、全国の自治体から集まった担当部署の課長たちに示される場だ。その場では、いったいどのような方針が示されたのだろうか? また、2012年4月から今年1月まで12回にわたり開かれた「生活保護基準部会」・「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」などでの議論(政策ウォッチ編・第12回参照)は、どのように反映されようとしているのだろうか? 完全に上意下達の場である 「社会・援護局関係主管課長会議」 2013年3月13日に開催された「厚生労働省 社会・援護局関係主管課長会議」。会場は、霞ヶ関・厚生労働省から徒歩5分程度の会議場 2013年3月11日、霞ヶ関の大規模会議場で、厚生労働省「社会・援護局関係主管課長会議(以下、課長会議)」が開催された。会議の趣旨は、
「来年度の社会福祉行政及び援護行政が適切かつ円滑に実施されるよう、都道府県・指定都市・中核市の担当課長等に対して、各施策の具体的な実施方針・内容や関係予算(案)に関して説明を行う」 である。 約200名ほどの参加者は、主に各都道府県・指定都市・中核市の担当課長の立場にある人々であった。この日は、東日本大震災の発災から満2年となる日でもあった。14時46分には、会議を中断しての黙祷も行われた。 冒頭、開会挨拶に立った社会・援護局長の村木厚子氏は、最初に、震災被災と復興について「もう2年であり、まだ2年」と述べ、被災自治体への全国の応援に感謝の意を表明した。また、阪神淡路大震災の5年後、被災地の自治体職員に、 「他の地域の方から、『まだ復興やっているんですか』と言われることが一番つらい」 と言われたエピソードを紹介し、豪雪被害など、震災以外の災害に際しても支援体制の重要性を強調した。 ついで村木氏は、生活保護と生活困窮者の問題について述べた。生活保護受給者数は経済状況にリンクしているのだが、リーマン・ショック以後の深刻な不況からは回復しつつあるという。さらに、生活保護制度が最後のセーフティ・ネットとして機能していることについて、現場の自治体職員に感謝を表明した。また、制度を守って運用することの重要性と、生活保護受給者が経済的自立を遂げ、少し良い生活を営めるようになることの重要性を強調した。 村木氏は最後に、社会福祉法人・社会福祉協議会・NPO・民生委員などの地域社会資源を活性化させ、生活保護しかなくなる手前のセーフティ・ネットを強化することの必要性について述べた。 筆者は「これが会議?」という違和感を覚えながら、傍聴していた。そこでは、何か打ち合わせや意見交換が行われるわけではない。演壇があり、村木氏をはじめとする厚生労働省の人々が、一方的に方針を話す。シンポジウム会場のように演壇に向かって設置された席に座っている各地からの参加者たちは、ただ聴くのみである。活発な質疑応答が行われるわけでもなく、ただ、厚生労働省の人々が話し、参加者たちは聴くのである。 地方分権をより活性化することの必要性・重要性が共通認識となりつつある現在、「会議」のスタイルがこれでよいのだろうか? たとえば結婚式場のように円卓があり、各地から集まった人々が円卓を囲んで、互いの地域についての情報交換や交流を行ったり、厚生労働省の人々と共に問題解決のためのワークショップを行うスタイルではどうなのだろうか? そんなことを考えながら、筆者も、会場の後部で、ただ傍聴していた。 この会議で厚生労働省の人々が話すことがらは、次年度の社会援護政策の実運用に関する、厚生労働省としての見解であり、方針である。その中には、生活保護政策も含まれている。いったい、生活保護政策は、どのように変化しようとしているのだろうか? 社会的弱者に対する 政策のほとんどを含む課長会議 2013年3月11日に開催された、「社会・援護局関係主管課長会議」の資料は、厚生労働省サイトからダウンロードできる。印刷された紙の冊子では、厚さ4cmほどになる大量の資料だ 今回の課長会議の議題は、
(1)平成25年度における社会福祉行政の運営及び関係予算(案) (2)平成24年度における援護行政の運営及び関係予算(案) である。「社会福祉行政」には、 ・災害被災者救助 ・生活保護 ・地域福祉 ・福祉基盤の整備 が含まれている。ちなみに「援護行政」は、第二次世界大戦によって戦死・抑留・戦傷病などの被害を受けた人々や遺族に対する生活保障・遺骨収集などを意味している。中国残留孤児に対する生活支援も、この「援護行政」に含まれている。障害者福祉も、社会・援護局の守備範囲内にあるが、今回の課長会議では取り扱われなかった。高齢者福祉は、老健局が対象としている。 厚生労働省社会・援護局が対象としているのは、高齢者を除いた社会的弱者一般であると考えてよい。であれば、そこから提示される政策のすべては、 「立場の弱い人々に対して、何らかの底上げを行う」 という視点から統一することが可能そうだ。しかし現状は、 「生活保護は生活保護、地域福祉は地域福祉、障害者福祉は障害者福祉、高齢者福祉は別部署」 という感じで分断されている。 今回は、生活保護に関して、どのような説明が行われたかを紹介する。 「適正化」の名のもとに 変質しようとする生活保護行政 厚生労働省社会・援護局保護課長の古川氏は、生活保護法の見直し・生活保護基準の見直しについての考え方を説明した。 2011年5月から行われていた厚生労働省・地方自治体の協議では、生活保護受給者の急増にどう対処するかが問題となっていた。2011年12月に取りまとめられた「生活保護制度に関する国と地方の協議に係る中間とりまとめ」では、 1.必要な人には支援を行う 2.勤労年齢層に対しては、生活保護の申請に至らないようにする 3.高齢者に対しては、社会とのつながりを密接にする 4.生活保護の適正化が必要 5.生活保護受給者の急増には対策が必要 という考え方が共有され、その後の「生活支援戦略」や法案の基盤となっているという。 しかしながら、生活保護を必要としており、容易に生活保護から脱却することもできない人々が数多く存在する現状に対して、何も手を打たずに「生活保護受給者の急増に対策を」というわけにはゆかない。 このことは厚生労働省も認識している、たとえば保護課資料の3ページには、世帯主が稼働年齢層で、なおかつ世帯主は傷病・障害などの問題を抱えていない生活保護世帯(世帯類型でいう「その他世帯」)の急増が示されているものの、5ページの年齢別グラフでは、50〜59歳の生活保護受給者が多いことが示されている。本人に就労意欲があり、就職活動を懸命に行ったとしても、雇用されることが困難な人々である。古川氏は、 「この方々に対しては、生活保護以外のメニューで、きめ細かな支援を行うことが必要」 と述べた。また、 「生活保護の問題は、生活保護の中だけでは解決できないと実感しました」 とも延べ、自立支援・就労支援、第2のセーフティネットの必要性を強調した。 もちろん筆者にも、自立支援・就労支援・生活保護以前の段階でのセーフティ・ネットの充実の必要性は理解できる。しかし、経済的自立や就労は、時代の流れや経済状況の影響を大きく受ける。セーフティ・ネットを拡充し、機能させるためにも、一定の社会保障予算が必要だ。そして筆者は、現在の社会保障予算は、まったく足りていないと考えている。生活保護費予算は、10兆円や15兆円であっても、少なすぎるということにはならないのではないだろうか? しかしながら、今回の会議は、国家予算の大枠についての議論を行う場でもなければ、予算に関して権限を持っている人々の集まりでもない。 なぜか強調される 「不正受給」対策 今回の課長会議で、生活保護に関する今後の方針として示されたのは、 1.生活保護法改正 2.「生活支援戦略」を実現するための新法 3.生活保護基準の見直し であった。どれも問題や丁寧に議論されるべき論点を含んでいるけれども、ここでは、不正受給対策が非常に強調されていたことについて述べておきたい。 資料には、「7 不正事案の告発等について」という章がある。4ページの短い章ではあるが、不正受給の問題を非常に重く見ていることが分かる。古川氏によれば、 「支援が必要な人には支援を行うためにも、支える側への納得が必要です。そのことが、制度の信頼、制度の維持につながります」 ということであった。 「だから、小野市の条例案のようなものが、市民の相互監視や密告が必要なのだ。お笑い芸人の母親の生活保護受給のような問題に対策するために、扶養義務強化が必要なのだ」 と考える前に、この資料で何が問題視されているかを見ていただきたい。 資料70ページには、まず、 「不正受給件数は増加傾向にあるが、告発件数は低調」 という現状認識が示されている。筆者はこの現状に疑問をもっている。この資料70ページには表があり、平成17年〜22年の5年間での不正受給件数・金額・告発件数が示されているが、1件あたりの金額は、平成17年より22年の方が低いのである。このことからは、金額の大きな不正受給が増えたのではない可能性、「100円玉を拾ったけれども申告しなかった」といった軽微すぎる不正が多く含まれている可能性、「生活保護世帯の子どもが収入申告義務を知らずにアルバイトしていた」など悪質性が極めて薄い事例を不正受給とした可能性などが考えられるが、資料を読み進めてみよう。 読み進めると、 「悪質な不正事案に対しては、刑事告訴・告発を行う等、福祉事務所において厳正な対応が必要である」 とある。そして、 「(国は)告発の目安となる基準の策定について検討する必要がある」 という。 では、どのような不正受給が、告発にふさわしいのであろうか? 70ページの表によれば、平成22年、告発件数は52件であった。概ね、各都道府県あたり1件程度の、極めて出現頻度の低い、しかしながら1件あたりの金額が多大なケースが問題になっていると考えてよいであろう。例を挙げるならば、 「数千万円単位の資産隠し」 「数億円単位にのぼる医療扶助の不正利用」 「5つの異なる自治体で生活保護を申請し、生活保護費を5重に受け取っていた」 「暴力団による組織的不正受給」 といった、あまりにも出現頻度が低く、かつ金額や報道時のインパクトが大きい事例と考えられる。 このような事例では、過去にも刑事告訴を含めて告発が行われてきており、現在の生活保護法や六法によるペナルティで充分であると筆者は考えている。 資料のこの章では、暴力団員による生活保護受給に対しても、厳しく対応することが示されている。つまり、どう読んでも、金額や事例のインパクトが非常に大きな不正受給・暴力団員による生活保護受給以外は、問題とされていないのである。 このような少数の事例に対して、「制度の信頼にかかわる」として対策を強化するのは、筆者には「大げさ」に見える。もしかすると、主目的は「適正化」でもなんでもなく、資料73ページの「退職した警察OBを福祉事務所内に配置」、すなわち、警察OBの再就職先確保なのかもしれないが。 「仕事がない」「求められる人材でない」を 無視した就労強化の行方は? 古川氏による説明で強調されていた事柄の1つに、就労支援の強化がある。資料では、9ページ・17ページにあたる。また、就労支援の強化については、23ページ〜31ページに、「2 自立・就労支援の充実・強化、そのための体制整備として」と一節が割かれている。そのためにもケースワーカーの増員を図ることが、29ページに示されている。 就労インセンティブの向上をいかに図ろうが、いかに就労支援を強化しようが、解決できない問題がある。「雇用状況が悪く、さらに生活保護受給経験はスティグマ視されるため、生活保護受給者の就労が困難である」あるいは「その生活保護受給者が、さまざまな理由により、労働市場に求められる人材ではなくなっている」という問題だ。その問題の解決として、最低賃金以下の「中間的就労」も含めて就労を途切れさせない施策が提示されているのだが、それで問題は解決するのであろうか? 解決するためには、 「生活保護受給経験をスティグマ視しないことを雇用側に求め、場合によっては雇用側に対するインセンティブとなる何かを用意する」 によって雇用状況を改善し、一方で 「生活保護受給者に対しては、好条件での再教育の機会を提供し、前職以上に良好な条件での再就職を可能にする」 といった、当事者の市場価値の底上げを行うことが必要なのではないだろうか? 困難な状況そのものに対処せず「仕事を選ばず、低賃金でも働け」では、何も解決しないように思えてならない。 結局のところ、厚生労働省の人々の考え方が現在のようであること、厚生労働省主導で政策が決められること、「地方分権」と言いながらも地方の現場の人々が主役になれていないことなど、日本の現状のすべてが、現状を維持しつつの努力によって対応するには限界に達しているのであろう。何らかの大きな変革が必要であることは、誰もが認めるところだと思う。でも、どのような力がどのように働けば、変革が起こるのだろうか? その変革を、一部の人々にとってだけ都合のよい変革に終わらせず、広く全国民の利益とするためには、どうすればよいのだろうか? 次回は、「物価下落」を理由とした生活保護基準引き下げについて、詳細をレポートしたい。本当に、低所得層にとっての消費者物価は下落しているのだろうか? 消費者物価は実は上昇しているにもかかわらず、生活保護基準が切り下げられようとしてはいないだろうか? http://diamond.jp/articles/print/34259 |