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【第13回】 2012年11月27日 吉田典史 [ジャーナリスト]
汚物まみれで月収わずか8万円の登録ヘルパー生活
「訪問介護の母」が過酷な職場で悟った真の生き甲斐
――訪問介護の登録ヘルパー・山本敦子さん(仮名)のケース
連載第13回は、介護の現場で精神・肉体を酷使ながら働く、60代のベテランヘルパーを紹介しよう。労働条件は決してよくはないが、楽しみながら仕事に取り組む姿からは、シュリンクに負けない職人魂を感じる。
あなたは、生き残ることができるか?
今回のシュリンク業界―介護ヘルパー
本格的な高齢化社会の到来に伴い、介護業界の規模は5兆9000億円前後にまで拡大している。2000年には介護保険制度が始まり、この業界にも「利益追求」の意識が浸透し始め、民間企業も市場に参入、熾烈な競争が行なわれている。
その最前線で介護に関わる職業の1つが、ヘルパー。今回取り上げる登録ヘルパーは、ヘルパーステーションや訪問看護事業所などに登録し、そこからの連絡を受けて利用者の自宅に出向き、介護サービスをする。しかし賃金が低く、過酷な肉体労働だと指摘する声もある。激務に耐えられずに辞めていく人も少なくない。
2025年には介護職は約255万人ほどになり、2008年時点の2倍近くになると言われているが、最前線で働く人々の労働条件の改善が叫ばれている。
訪問介護の登録ヘルパーが語る
「うんちまみれでもかわいい老人」
登録ヘルパーの山本敦子さん(66歳)。取材を受けてくれたこの日は、利用者宅での仕事を終えたばかりだった
「うんちがくさい、汚い、と思ったらできませんよ。うんちまみれの部屋に行くときもあるんだから……」
都内西部に住む、登録ヘルパーの山本敦子さん(仮名・66歳)は、目を細めて優しそうな笑顔で話す。白髪が目立つが、顔の表情ははつらつとしている。実年齢より15歳ほどは若く見える。
2000年に介護保険が始まったときから、訪問介護事業所に登録し、10年以上のキャリアがある。その前は保育園で10年、パートとして働いていた。介護保険がスタートした頃は、訪問介護は身体介護、複合型、家事援助の3種類だった。
山本さんは、当時利用者の家を訪問していたときのことについて語り始める。「うんちまみれの部屋」について身振りを交え、説明する。介護保険を利用するある高齢者の家には、週に2度のペースで通っていた。
「認知症のおばあちゃんが、1人で家に居たのね。子どもたちは成人し、遠くに離れている。だから独居なの。私が行くと、玄関付近で『臭い!』とすぐわかる。『やったな〜』と思うの。あの臭いが充満しているから……。奥に行くと、おばあちゃんが申し訳なさそうな表情でいるのよ。うんちが廊下とか、部屋のところどころにある。スリッパにもあったわね」
お年寄りは最後は赤ちゃんになる
その姿を「かわいい」と思えるの
私は、散乱する汚物を前にしたヘルパーとしての対応を知りたかった。山本さんは屈託のない笑顔で、「怒るわけなんかないじゃない〜!」と声をやや大きくする。
「おばあちゃんに、『待っていてね〜』と声をかけて、室内の空気を入れ替えるの。それでお風呂に入れてあげる。気持ちよさそうにしているのよ。下着は漂白剤も入れて、洗濯するの」
私は、部屋やスリッパに着いた汚物の行方が気になった。山本さんは、「そりぁあ、こうしてね」とジェスチャーを交えて手で拭いたり、洗うところを再現する。
「お年寄りは、最後は赤ちゃんになるのよ。それがかわいいの! 始めはしょぼくれていても、お風呂から出てくるときは笑顔なの。おしめをつけてあげると、満足そうな感じ。その姿を見ると、私は万歳の気分よ!」
私が、「うんちまみれでかわいいのかな……」と口にすると、山本さんは「かわいいのよ〜!!」と繰り返す。そして、こう語る。
「そのお年寄りの全部が、かわいいわけじゃないのよ……。うんちが、かわいいわけないじゃない〜〜〜!!(苦笑)。仕草とか反応なんかが、本当に小さな子どもなのよ。たとえば私が、小鳥がついた手さげを持って(家に)行くときがあったの。すると、それを見て、『こっこ、こっこ』と言うわけ。その言い方が、かわいいのよ〜」
ホームヘルパーは、利用者から「あの人は嫌だ」と拒否されることがある。山本さんは、この10数年、一度もないという。訪問先の家で仕事を終えて帰るとき、毎回「ありがとうございました」と言い続ける。
家族にも疎んじられる利用者に
生きる力を与えることができる
山本さんは、「利用者がヘルパーとコミュ二ケーションを取ることは、生きる力につながる。そこにヘルパーの1つの使命とやりがいがある」と力を込めて話す。
だがヘルパーと言え、認知症の人への対応は相当に過酷なものではないだろうか。山本さんは、「認知症だから……という扱いは、ダメよ〜」と優しそうな表情で説明する。
「ある家に出向くと、娘さんが『うちのおじいちゃんがいないの。たぶん、近くのスーパーに行ったと思う』と少しうろたえている。それで、私たちが後を追うの。すると、そのおじいちゃんは、時計をはめてスーパーの周りを一周している。たぶん、会社に出勤しているつもりなのかな……」
山本さんは付き添って“出勤”を手伝う。男性は家の周りを回り、自宅に帰ると、安心した表情になっていたという。
私が「同居する家族は大変で、精神的にも苦しいと思う」と言うと、山本さんは「そうね」と口にするものの、しばらく考え込む。優しそうな表情がやや変わる。
「ヘルパーである私は、週に1〜2度、その利用者の方のおうちに行くだけだからね。そのときしか、状況がわからない。ご家族は、ずっと一緒だから」
家族が、利用者を冷たくあしらうことがあるという。あるときは息子、娘が親を、あるときは嫁が姑を……。山本さんは、事業所でその家への対応を話し合うときがある。だが、よほどのことがない限り、家を訪問した際にはその内容を言わないようにしている。
その理由を聞くと、「これまでの経緯を知らないから」と答える。
「ヘルパーは、利用者の長い人生の瞬間を見るだけ。だけど、利用者の方にはそれまでの人生があったわけだから。親子の関係、嫁との関係……。それぞれの言い分があるからね」
他人だからこそ客観的に見られる
「おじいちゃん、私は吸い取り紙なのよ」
私は、利用者と2人だけになったときのことを知りたかった。山本さんは、「私は他人だから、客観的に見えるものがある」と言い、話を続けた。
「認知症の方(利用者)のおむつをかえて、食事をつくり、食べさせてあげるの。そんなとき、私は言うのね。『おじいちゃん、私は吸い取り紙なのよ〜。家族に言えないことも言ってね〜。外では言わないからね。吸い取って、それで終わり!』。すると、その方はなんとなくわかるのよ」
私は、その先が知りたくなった。山本さんは、「心が通じ合うのよ〜」と笑う。独特の笑顔になる。
「そのおじいちゃん、安心したのかね。少しずつだけど、家族のことをぼそっ、ぼそっと話すの。2人で、そんなやりとりを繰り返すわけ。するとね、新しいことがビッと浮かぶみたいなの。人生で輝いていたときのことを思い起こし、口にすることができるのよ。昔、こういうことがあった……と話すのよ〜〜〜!」
認知症にしろ、独居にしろ、ヘルパーが1人で利用者の家に入ることはトラブルになることもあり得るのでないだろうか。
ヘルパーとして長きにわたって
生計を立てることは難しい
山本さんは答える。
「特に独居の方の家に入る場合、何が起きるかわからない。もしかすると、意識を失い、倒れているかもしれない。だから、私たちはある程度の緊張感が必要」
山本さんは、週に10〜12人ほどのペースで利用者の家を訪ねるが、体の具合が悪くなっている状況に出くわしたことはないようだ。それでも細心の注意は払うという。
認知症の人の家に行く場合、たとえば「財布を盗まれた」などと言われることがないか、とも尋ねた。数年前、在宅介護を取材したとき、実際に起きたことだ。
山本さんは、「その可能性はあるのかもね」と話す。そのような意味からも、常に気を使うという。
山本さんが訪問する利用者は、60代後半の人から100歳を超える人までいる。男女の数は半々。家は1軒家、団地、マンションなど様々だ。中には体の具合を悪くし、病院に入り、死亡するケースもあるのではないだろうか。
山本さんの優しい表情がやや曇る。
「そんなときはまぁ、(ヘルパーとして)やれるだけのことはやったな、と思うようにしている。病院までは私たちは行かないけど、その方が家にいるときに最善を尽くしたから……。あのおばあちゃん、もういないんだと思うと、考え込むことはあるわよ」
山本さんは家の近くの訪問看護事業所に勤務するが、他の20人前後のヘルパーと会合を時折開き、利用者の“死”について語り合うことがある。
「みんな、同じようなことを言うわよ。本で読んだことがあるけど、病院で死ぬと、人間はモノ扱いでしょう。『はい、一丁上がり』という具合に。だけど、家で死ねば、一応は人として扱われるの。だから、自分が訪問する家の利用者の方が病院で死んだことを聞くとねぇ……」
山本さんは、「自分も66歳だから先が見えている」と話す。同じステーションに務めるヘルパーは、50〜60代の女性が多いという。一番若い女性が40代後半。肉体的にキツイ仕事でもあるため、辞めていく人もいるという。
キツイ仕事でも月収は8万円ほど
好きじゃないと決して続かない
山本さんの月収は現在、8万円ほど。一番多いときは09年で月収10万円ほどだった。夫と2人で年金で暮らす。
「生活は、なんとか生きているというレベルよ……。だけど私は、この仕事が楽しいのよ。好きじゃないとできないって! あと4〜5年はしたいな」
ほぼ毎日、利用者の家に自転車で向かう。遠い家は30分近く、近い場合は15分ほどが「移動時間」となる。利用者の家に直行直帰が多い。登録ヘルパーということもあり、会社員のように午前9時に出勤し、午後5時まで勤めるわけではない。
「朝の8時30分に家にうかがって、利用者にお薬を飲んでもらって、その家での仕事が終わることもある。その後、午後3時ごろまでアキになるから、自宅に帰ることもある。その間は、勤務時間ではないから、収入を得ることはないの。私は若くはないから、無理をしない。1日フル稼働はしないの」
同じステーションに勤務する他の登録ヘルパーと比べると、勤務時間が少ないため、月収も低いようだ。
「ヘルパーは、みんながんばっているのよ。収入は少ないけど……」
だが、ヘルパーとして長きにわたり生計を立てることは難しいのではないか、と投げかけてみる。
山本さんは、介護保険制度は数年ごとに変わるが、その都度、利用者はその恩恵を被ることができなくなると指摘する。たとえば、今年4月からは介護報酬の引き下げで、介護保険の生活援助(洗濯・掃除・調理・買い物など)の時間区分が短くなった。
これまでは、ヘルパーなどが訪問する1回当たりの時間は「30分未満」(評価なし)、「30分以上60分未満」(229単位)、「60分以上」(291単位)だった。これが改正後は、「20分未満」(評価なし)、「20分〜45分未満」(190単位)、「45分以上」(235単位)となった。
この数字の根拠は、厚生労働省が独自の調査で導き出したものと言われる。これは私の考えだが、今後、高齢者が一段と増えていくことを念頭に置いているのだろう。ヘルパーの数が限られていることもあり、それを効果的に使うためにも、サービスの時間を細分化し、利用者の公的保障からの自立を促そうとしているのだろう。
山本さんは、「洗濯などの生活援助もバカにできないのよ」と少し上目づかいでこちらを見る。
「だけど、こちらは利用者の方の様子を観察し、体の具合を感じ取らないといけない。顔色がやや赤いなとか……。そして話すようにする。意外と元気が戻るのよ。漫然と洗濯や掃除をすることが、ヘルパーの仕事ではない、と私は思う」
サービスの時間が短くなると、「仕事の中身がアバウトになる場合はある」と漏らす。
「そりぁ、いままで1時間でしていたことを45分で終えるわけだから、丁寧ではなくなるわけ。利用者の中には、頭の切り替えができない人もいる。それでね、5分くらいは延長することがあるのよ……」
娘さんが手紙を送ってくれたの
それは私にとっての宝物よ
山本さんは、「ヘルパーは、世間の風を運ぶ役割もしている」とも強調する。
「私が行ったときは、元気をなくし、しょぼくれていても、話し合うと元気になるの。帰り際、『また来週来るね』と言うと、喜んでいる。独居の老人で、足腰が弱く、外に出られない人もいる。桜の花の話をするだけで、喜ぶのよ」
最後に、ヘルパーとして印象に残っていることを教えてくれた。
「寝たきりの方は、ベッドで天井ばかりをずっと見ているのよ。私がそこにうかがって、温かいタオルで体を拭き、おむつを変えてベッドメイキングをしていくと、いい顔になるのよ。なんかねぇ、その顔がいいんだわ……(笑)。だけど、しばらくすると、そのおばあちゃんが亡くなったの……。娘さんが手紙を送ってくれたの。それは、私の宝物よ」
「シュリンク脱出」を
アナライズする
山本さんは、今後も登録ヘルパーとしてポジテイブな気持ちを持って働く予定だという。しかし、山本さん自身の話にも出てきたように、介護職の労働条件が悪いことは今や世間の定説である。メディアでもその改善を訴える主張が多く見られる。
残念なことに、そうした風潮が山本さんのように前向きな気持ちで介護ヘルパーを志す人たちの夢を削ぎ、介護現場の人手不足を助長している側面も強い。それが行き過ぎると、介護市場全体の成長を鈍化させ、現場の労働条件をますます悪化させる悪循環に陥りかねない。
そこで今回は趣向を変えて、ヘルパーが置かれている状況をヘルパーステーションの経営者に取材した。介護経営の視点を交えて考えることにより、ヘルパーという仕事にまつわる誤解を説く一方、定説だけではわからない課題を客観的に浮き彫りにするためだ。
1.「低賃金で過酷な仕事」という
先入観を捨て、バランスで考える
大阪府の池田市で訪問介護事業所「彩(いろどり)ケアサービス」を経営する行政書士の嵯峨山政樹氏は、ヘルパーの収入を考えるとき、ステーション(事務所)に常勤するヘルパーと登録ヘルパーを、分けて考える必要があると指摘する。
事務所を経営する立場からすると、利用者数が一定の数に達し、その契約が今後ある程度の期間にわたると見込まれる場合は、常勤のヘルパーを雇う方が経営上好ましいと話す。
一般的に、登録ヘルパーのほうが常勤ヘルパーよりも労働条件が悪いイメージがあるが、実はそうではない。労働時間と収入の兼ね合いで考えれば、登録ヘルパーのほうが効率的に稼げるケースが多いのだそうだ。裏を返せば、経営側から見た場合、登録ヘルパーに仕事を依頼することは費用対効果が悪いと言える。
たとえば、常勤のヘルパーを雇う場合、嵯峨山さんは関西の相場として、時給が850円〜900円と言う。1日8時間勤務、時給900円とすると、計7200円。月に22日勤務とすると、16万円近くになる。確かにこの金額は、登録ヘルパーよりも高い。
しかし、利用者の家が事務所から離れており、常勤ヘルパーが通うよりも早く行ける場合などに仕事(利用者へのサービス)の依頼を受ける登録ヘルパーは、そもそも常勤ヘルパーと比べて労働時間が短い。
嵯峨山さんはこう言う。「仮に登録ヘルパーの方が利用者の元へうかがい、29分以内で薬の服用を手伝うとすると、地域により違いがあるものの、私の事務所ならば920円ほどをヘルパーにお支払いする。この労働時間でこの額の収入ならば、世間の相場と比べて決して低いとは思えない」
嵯峨山さんは「経営者する立場としては、双方のメリット・デメリットを考え、使い分けている」と答える。現場でヘルパーとして働く人にとっても、労働時間と収入とのバランスをうまくやりくりしながら続けるならば、それほどワリの悪い仕事ではないと言えそうだ。つまり、これから介護の仕事を目指そうとする人たちが、必要以上にネガティブなイメージを抱く必要はないかもしれない。
2.「国への頼りすぎ」を改めないと
結局ヘルパーにもしわ寄せが行く
嵯峨山さんは、生活援助などの時間が細分化されることで、サービスの質が低下するとは必ずしも言えないのではいか、と指摘する。
「前提として、たとえば90分以上の生活援助などは、その中身を考える必要があると思う。通常、そこまでの時間が本当に必要であるのかどうか。私にはそれはもう、ヘルパーさんが夫婦とか家政婦さんに近い状態になっているように思える。公的な制度の下、利用者の元へうかがうヘルパーと家政婦などは意味が違う。公的な制度である以上、このあたりについては考え直されていいと私は思う」
おそらく、ヘルパーステーションを経営する立場の本音であるのだろう。また、確かに公的な制度であるという原理原則に立ち返り、考えることが必要であるのかもしれない。
私は、この介護保険という公的な制度に、家族の意識がついていっていないであろうことについても、議論がなされていいと思う。つまり、利用者の息子や娘などが、老いた親の面倒を「国(ヘルパー)に任せればいい」と考えているように思えるケースを、取材で見かける。さらに言えば、その息子や娘の勤務する会社などの経営者、役員、人事部なども、社員の介護のあり方について考えるべきなのではないだろうか。
結局、ヘルパーにそれらのしわ寄せがいっているように思えなくもない。私がかねがね感じることである。
3.ヘルパーの待遇改善のためにも
ステーションの経営基盤を固める
嵯峨山さんが営むステーションの利用者数は増えている。利用者を増やすために地域の民生委員などの協力を受けることがあるという。民生委員が、接点のある高齢者を紹介してくれるのだそうだ。これが、営業の1つである。
だが、全国のステーションの中には、このような営業をしていないところもある。利用者数が足りないと、旧態然とした経営スタイルになりがちになる。それは一見、登録ヘルパーの仕事を増やすことになるが、実はそのステーションの経営がいつまでも不安定なままであることも意味する。これでは、ヘルパーらの待遇もよくならない。
ステーションの経営基盤を固めるためにも、一定の利用者数を早く確保すべきである。そのためにも、民生委員や自治体などが組織的に動くことが必要。さらに言えば、その体制を支える私たちの意識を変えることが大切になる。
http://diamond.jp/articles/print/28457
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