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中高一貫校の6年間で過ごす6年間は人格形成に大きな影響を与える。その学校がどう生徒を育てているか、入学させる親にとっては大きな関心事だ。この連載では注目の中高一貫校の校長にインタビューを行い、パンフレットには載っていないその学校の生徒の育て方や校風にフォーカスする。
第1回目は名門中の名門・開成学園を取り上げる。
開成は31年連続で東大合格者数1位という輝かしい実績を残している。産・官・学へ多くの人材を輩出するが、そのエリート校の内実はあまり知られていない。
自身も開成学園の卒業生であり、昨年から開成学園の校長に就任した柳沢幸雄校長に「開成に根づくDNA」を聞いた。
★開成生は世界一の集団
私が卒業式で彼らに言うのは、「君たちは18歳の集団としては世界一の能力を持っている」ということ。私はハーバード大学で教鞭を取っていました。その経験から感じるのは、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学の新入生と開成生を比べたら、開成生の方が遙かに優秀である、ということです。もちろん、生徒個人の能力の高さもありますが、開成で過ごす6年間で彼らの「世界一の能力」が培われると感じています。
――「世界一」はどのように培われるのでしょうか
世間一般で「開成」というと、とにかく高い偏差値と東大合格者数ばかりが先行し、「ガリ勉」というイメージを抱かれがちです。しかし、実際には、学校として、大学への進学実績は考えたことはありません。6年間の開成での過ごし方の結果の一つとして大学合格実績があるという認識を持っています。
「ガリ勉ではない」というとなかなか信じてもらえないのですが、学力面で特別な指導はしていません。教員には「生徒が面白いと感じるようなエキサイティングな授業をして欲しい」というだけです。
授業で使う教材もほとんどが教員のオリジナルです。学力に応じたクラス分けもなければ、文系、理系の区別もありません。教員も基本的には中1の時の担任が高3まで持ち上がり、受験指導に特化した教員はいない。すべて生徒の自主性に任せっきりなんです。
勉強方法も生徒任せで、「手と口は出さないが、目で見ている」のが教員のスタンス。生徒がよっぽど道を踏み外しそうにならない限り、こちらから手をだすことはありません。そういう意味では放任主義です。もしかしたら、「面倒見の悪い学校」かもしれませんね(笑)。
――「自主性」の育成は学力向上よりも難しいようにも思えますが。
「自主性」の育成で大切な役割を担っているのが先輩とのコミュニケーションでしょう。教員が指導するよりも先輩の背中を見て学ぶ方が手っ取り早い。生徒からすれば、先輩は最も身近なロールモデルになります。先輩がどう過ごすのかを見て学ぶ。そこで重要視しているのが部活動や文化祭実行委員などの課外活動です。
例えば部活動が最もよい例です。中高一貫校としては珍しいかもしれませんが、運動部は中高で分けていません。一応、顧問の教員はいますが、実質的な指導を行うのは先輩です。できれば生徒には何らかの部活動に入って欲しいと思っています。そのために様々な種類の部活動を設けています。
★開成生の通過儀礼、「元服式」とは
ところが、うちのグラウンドは他校と比べても狭い。その狭いグラウンドを多くの部活が取り合うものだから、野球部でも週に1回練習するのが限界です。それに土曜日も試合があって、授業を休まなきゃならないこともある。制約された環境の中で、自らを律しつつ、どう練習と勉強を両立させるのか。「上手な時間の使い方」を先輩から学ぶ。同じ部活の中で東大に進学した先輩がいれば、自然と「自分でもやれるはず!」と思うわけです。
他にも、開成生にとって一大イベントは、5月の体育祭です。体育祭は8組に分かれた対抗戦なのですが、中学1年生から高校3年生までの1学年8組による縦割りです。すべてが生徒の手によって運営され、各々の役割分担が明確に割り振られています。
体育祭では高校3年生が陣頭指揮をとって、高校2年生が裏方を担います。初めて参加する中学1年生も中学2年生の振る舞いをみて学びます。とにかく「先輩の背中を見て学ぶ」という「自主性」が6年間を通して身についていく。特に高3生にとっては後輩を指導して一つのプロジェクトを成し遂げる「大人」への通過儀礼です。私はこの体育祭を「元服式」と呼んで重要視しています。
――後輩と先輩が一緒に過ごす機会は多いですね
今の子どもはどうしても同年代とばかり遊ぶことが多い。昔は年の離れた子ども同士でも遊ぶことが多かった。開成では意図的に高校3年生と中学1年生が交流する機会を多く設けています。中学に入学したらいきなり他校とのボートレース大会がある。そこでいきなり応援歌と開成の校歌を覚えさせられます。
その後、すぐに体育祭がある。とにかく入学してから先輩の指導を受けるイベントが目白押しです。ところがその先輩も夏の部合宿ではOBにしごかれている(笑)。そこで連綿と続く先輩たちの背中を見て育っていくんです。
★負ける経験が開成生を育てる
もう一つ、口を酸っぱくして行っているのは「負ける経験こそ大切」ということです。確かに、入学してくる生徒のレベルは高い。厳しい受験戦争を突破して、開成に入学する生徒は「神童」と呼ばれる子も少なくない。だけど、彼らも最初の学内の試験で「上には上がいる」ということを痛感させられます。それに部活動では、よその高校には大抵、手痛く負ける(笑)。
勉強だけでやっていけるほど、高校生活は甘くない。意外に思われるかもしれませんが、開成生は挫折が多いんですよ。かつて経験したことない「敗北」という経験からどう立て直していくか。苦い挫折経験がバネになる。「エラーして当たり前」だった野球部も激戦区の東京都でベスト16まで勝ち進むようになりました。
彼らを「世界一」と自信を持って言えるのは、こうした経験を積み重ねているからだと思います。要するに、単なる勉学の知識や勉強方法だけではなく、問題に直面したときに、挫けずに「どうすればよいのか」と思考し、答えを出すノウハウを持っている。これを18歳の時点で身につけているのは、世界広しといえども、開成だけ。一言で言えば、「自立と自律」こそ「開成イズム」だと思っています。
――今の東大生をどう分析されますか?
東大生を見ていて思うのが、3つのタイプに分類されるということです。「燃え尽きタイプ」と「冷めているタイプ」と「燃えているタイプ」です。
★ 柳沢校長が分析する東大生の3つのタイプ
「燃え尽き型」は東大に入ることのみを目標に勉強を続けてきたタイプの学生です。手取り足取り勉強のやり方を教わってきたタイプが多く、大学でどう勉強すればよいかわからなくなってしまいます。
「冷めているタイプ」は首都圏の進学校に多い。勉強のやり方も知っているし能力も備わっている。だけど、高校時代と環境が変わったという実感が湧きにくく、イマイチ火がつかない。
最後の「燃えているタイプ」は県立高校出身の学生によく見られます。彼らは知識も能力も備わっているうえに、一人暮らしをすることで、環境も変わる。意識も高いように感じます。
――ところが東大を卒業してみると、米国エリート大学と渡り合うほどの人材育成が行われていないように思えます。
唯一と言っていいかもしれませんが、開成生の弱点がそこでしょう。開成から、東京大学に進学する生徒は約半数。東大生全体の生徒数からしても約7%を開成生が占めています。これはどういうことかというと、中高から大学へ「ステージが変わった」という実感が湧きにくいんです。東大の銀杏並木を歩いていると、開成生としょっちゅう顔を合わせる。
★なぜ東大生は米国エリート大学生に勝てないか
中高時代と唯一違うのが「大学受験」という重しがないということだけです。おまけに単位は米国の大学と違って簡単にとれる。資格の取得などのインセンティブが無ければ勉強には目が向きにくいのが現状です。
また、大学生になっても親元から通学する生徒が多い。これが親の「子離れ」を阻害しているようにも思えます。本来なら、高校卒業時点で親元を離れるのがベストです。仕方ないことかもしれませんが、経済的・精神的に楽な実家通学を選ぶ生徒が多い。
――大学に入って一人暮らしをすることはやはり大切でしょうか?
一人暮らしから学ぶことは多い。まずは、当たり前ですが「親のありがたみ」。当然、炊事、洗濯、掃除などを自分でやらなければならない。それに一人暮らしでは経済的に困窮する。「今まで自分が豊かに暮らしてこれたのは親のすねのおかげだったんだ」と気付くわけです。
私なんかもそうでした。おカネがなくなって困ったら、ご飯にしょう油を掛けて「和食だ」とか。ソースなら「洋食」、ラー油をかけて「中華だ」とかなるわけです(笑)。ここまでしろ、とはいいませんが、「今の恵まれた環境は自分たちの力じゃないんだぞ」と認識して欲しいと考えています。
私は生徒の両親には「開成生はもう一人前の大人です。18歳になったら家から無理矢理にでも出してください。ご両親はのんびり旅行にでも出かけてください」と言っているんです。
――これからの開成生はどうなっていくのでしょうか
ここにきて、開成生の目は海外に向き始めています。やはり、開成から東大に進学してみて、高校時代と大きく環境が変わらず「物足りない」と感じている生徒もいます。彼らは、ハーバード大学などの一流大学のサマースクールを受講して「海外で勝負したい」と感じているようです。
この傾向は歓迎すべき事だと思います。私は開成の6年間で培った「開成イズム」は世界に通じると信じています。
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