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【第12回】 2012年11月20日 吉田典史 [ジャーナリスト]
3K職場で遺体解剖に明け暮れ、手取りは700万円台 医学界の「最下層社会」で雇用不安と闘う法医学者
――法医学者・岩瀬博太郎さんのケース
連載第12回は、高収入の代名詞である医師の中で、年収が低く、労働環境が悪く、成り手が少ないことで知られる法医学の現場を仕切る教授を紹介しよう。現在、国公立大の予算は縮小しているが、法医学もまた、その影響を受けている。もともと劣悪な環境が、一段と悪化している。この教授は、日頃から様々な機会を通して、法医学者の労働環境の改善を訴えている。
あなたは、生き残ることができるか?
なお、本人の了解により、今回も実名でお伝えすることをお断りしておく。
今回のシュリンク業界――法医学
医学の1つの分野。各大学の法医学教室では、警察の依頼により、不審遺体などの司法解剖が行なわれている。昨年3月の震災では、各大学の法医学者らが被災地の遺体安置所に赴き、死体検案業務に携わった。
2007年、大相撲の時津風部屋で力士が暴行され、死亡した事件では、警察の判断で司法解剖が行なわれず、事故死として処理された。遺族やマスメデイアの指摘でそれが問題視され、改めて正確な死因判定の尊さがクローズアップされた。
警察が扱う変死事案は増えているが、解剖を担当する解剖医のポストは減り続けている。大学は法人化され、成果が評価されやすい分野や収益につながる分野には力を入れるものの、法医学などの環境を熱心に整備する機運には乏しい。法医学者がいる法医学教室のポストは少数になり、医学の分野では労働環境が恵まれない職場となりつつつある。
「妻より収入が少ない……」
法医学者は医師の中の下層社会?
「勤務医の妻は自分より収入が多いから、頭が上がらない。医師になって20年が過ぎたけど、年収は同世代の開業医や臨床医よりはるかに低い。3年目の研修医の年収のほうが、多い場合さえある」
千葉大学大学院医学研究院教授の岩瀬博太郎氏
千葉大学大学院医学研究院教授で、法医学者の岩瀬博太郎氏(45歳)は苦笑いをしつつ語る。
法医は通常、警察から依頼を受け、不審遺体などの解剖や検査を行なうことで死因などを判定する。病院などに勤務する臨床医などよりは、遺体の検案(いわゆる検死)に精通している場合が多い。事件や事故の真相を、遺体から分析することにも貢献している。
岩瀬氏は昨年の震災では、発生直後に岩手県の陸前高田市などに赴き、遺体の検案を行なった。東京大学医学部を卒業後、助教授を務め、36歳で千葉大学の教授に就任、日本法医学会の理事も兼ねる。
手取り年収は700万円台に減少
開業医の相場は2000〜3000万円
千葉大学医学部のキャンパス
現在の年収は、約900万円。様々な税が引かれた後の手取り額は、700万円前後。月の手取りにすると、約40万円。ボーナスは夏が70万円ほどで、冬が約90万円という。
「現在は“震災復興”ということで、公務員の給与は減っている。大学は法人化されているから、私は純然たる公務員とは言わない。だけど、年収は1000万円前後(額面)から10%削減されて、今年(2012年度)は約900万円になった。“震災復興”であるならば、仕方がないとは思うが……」
年収900万円と言えば、普通のサラリーマンから見れば間違いなく高収入の部類に入る。しかし、医師の世界は違う。岩瀬氏と同世代の都内の開業医などは、年収で2000万円〜3000万円の医師が少なくない。そんな疑問を投げかけると、こう答える。
「現状では、法医学者の年収がその額に達することは難しい。法医学の中には、同世代の臨床医の収入を知り、その格差に失望し、辞めていく人がいる。我々は医師の中で、収入が少ないという点では下から数えてトップレベル(苦笑)」
「本来は、優秀な人材を確保するために、せめて一般病院の勤務医くらいの年収が必要だと思う。診療科の部長クラスならば、1200万円前後はもらっているでしょう。我々の仕事はリスクが高いし、臨床医に負けず劣らず、身を削り、仕事をしていますから……」
危険、臭い、キツイ――。
遺体解剖に10時間かかることも
岩瀬氏がただ一人の教授として責任者を務める千葉大学法医学教室には、数人の法医学専門の医師がいる。ローテーションを組み、千葉県警から運ばれてきた遺体を解剖室で解剖する。数時間から10時間ほどに及ぶこともあるという。
その数は、昨年で約270体。1つの大学が扱う司法解剖の数としては、全国の大学で上位5番以内に位置する。解剖室の横には、自助努力でCTスキャンを設けるなど、態勢は他の大学よりも整っている。ここの法医学教室での司法解剖は、時間をかけて相当に丁寧に進められている。
法医が働く職場は、危険な職場でもある。岩瀬氏いわく「3K(危険、臭い、キツイ)」。
たとえば、解剖の際、針などで遺体を縫うときにそれが体にささり、感染症になることもあり得るが、一般の手術や病理解剖に比べると、縫合する部位が多い。最悪の場合は、HIVウィルスに感染することなども考えられるという。腐敗した遺体もあり、その臭いは強烈になる。死後数ヵ月や数年経った遺体もあり、病院で死を迎えた遺体とはその状態は大きく違う。
千葉大学法医学教室は、岩瀬氏の下に、法医として准教授や講師、助手などがいる。それぞれ年収で、准教授が800万円ほど、講師が約700万円、助教が650万円ほどという。
いずれも大学の医学部を卒業し、医師の免許を持ち、6〜7年から十数年のキャリアがあるが、同世代の開業医などと比べると、年収で数百万円から1000万円以上の差がある。
私は尋ねた。「部下たちからは、収入が低いことで不満が出ないのか」と。岩瀬氏は「ないことはない」と言い、説明をする。
「医師になり、6〜7年経つが、2年目の研修医よりも年収が低い者がいる。上のポジションに上がらない限り、毎年、その額は据え置きに近い。収入だけでその職業を判断することはできないが、同じ医師の中でここまで差がつくと、誰もが不満を感じると思う。
私は給料の低さは心得ていて、仕事のやりがいを求めて法医学の世界に入った。だが、30代の頃、何度も辞めようと思った。10年ほど前は法医学の現場は末期的な症状だった。退職し、開業医をしようと考えたこともある」
実質は非正規社員の検査技師
バイトをすると研究が疎かに
さらに尋ねてみた。医師の世界でのいわゆる、バイト(他の病院などで働くこと)をしている法医学者はいないのか、と。岩瀬氏は答える。
「私はしていない。私がバイトをすると、他の医師がするかもしれない。それでは大学の研究・教育業務と解剖業務のバランスが崩れ、教室運営に支障が出てしまいかねない。ここの教室では、大学院生はバイトをしているが、講師クラスはさほどすることなく、我慢をしているのだと思う。少人数体制であり、そもそもそのような時間がない。
実は、そこにも問題がある。理想を言えば、バイトをしなくとも医師にふさわしい給与が与えられ、生活が安定し、解剖だけでなく、研究に力を入れることもできることが望ましい。准教授や講師などである以上、たとえば論文を書くなどして研究に力を注がないと、なかなか認められない。いずれは大学に残ることも難しくなるのかもしれない。
ところが、全国の国公立大学の法医学教室の多くは予算も少なく、そのような状況にはおおよそなっていない。それこそ、シュリンクする構造になっている」
岩瀬氏によると、国公立大学の臨床医らは、病院などでバイトをして収入を得ることもあるという。その収入と大学教授や准教授としての収入を合わせると、1500万円ほどになるケースもある。それで、収入の面での不満はある程度、解消されているのだという。
ちなみに、病院で医師が健康診断などのバイトをすると、1日で平均3〜4万円の収入になるという。
岩瀬氏がさらに懸念するのが、千葉大学法医学教室に勤務する、検査技師の雇用である。検査技師は、遺体の体液などを検査し、たとえば覚せい剤や睡眠薬をはじめとした薬物、様々な病気のウィルスなどを見つけ出す。事件の真相解明にも、犯罪抑止にも欠かせない働きをしている。
岩瀬氏は、検査技師が精度の高い検査をすることで、警察の捜査の誤りを見つけ出すこともできると話す。そこに、法医学が果たす使命の1つがあると繰り返す。
千葉大学の法医学教室は、他の大学と比べると検査技師の数が7人と多い。少ない大学では、いくつかの検査のうち、何かを外している可能性があるという。
千葉大学法医学教室の検査技師たちは、その7割が民間企業で言うところの「非正規社員」である。週5日、フルタイムで働きながらも、月収は手取りで20万円前後。年収は、額面で400万円ほど。今後、年次を積むごとに給与が増えるわけでもない。退職金はない。技師たちは、医師以上に雇用不安を強く抱えながら働く身となる。
当初は、テレビ番組などで法医が取り上げられることもあり、憧れでこの職場に来るものもいるが、雇用が不安定で将来の道筋が見えないことに疑問を感じる者も現れるという。失意のもと、辞めていく技師もいる。
フリーター化懸念さえある法医学職場
人材が不足すると検死の精度に影響も
そのような不満の声を耳にしながらも、岩瀬氏には技師たちを民間企業の正社員にあたる「常勤雇用」の職員にする権限はない。そこで「検査技師を常勤の雇用にしてもらいたい」と大学側に求めるが、承諾される状況には至っていない。
大学は法医学教室の重要性を理解し、検査技師らも常勤雇用が望ましいことに一定の理解を示すが、文部科学省からの予算削減の指示などを理由に認めることをしない。
「文部科学省からの予算削減の目標数字を達成できない場合に、大学の運営費交付金を減らされることを警戒しているのかもしれない。結局、大学から雇用することを許されるのは、年期雇用(期間は1年〜3年ごと)などの非常勤職員になる。雇い止めにするための措置と思われるが、このままだと、いずれはこの分野はフリーター化しかねない。すでにその兆候がある」
私は、検査技師が非常勤職員のままであると、大きな問題が生じるのではないかと尋ねた。
たとえば、優秀な人材を確保することが難しくなり、検査の段階で問題が生じ、警察の誤った判断を覆すことができなくなるのかもしれない。さらには、守秘義務の意識が低く、遺体の状態や検査の内容が外部に漏れるのではないか。これらは、ときに犯罪捜査に関わることであり、相当に重要な機密である。
岩瀬氏は、そのことを「今のままで今後も進むと、可能性としてあり得る」と認める。現在はハローワークに求人を出し、自らが面接官となり、非常勤として採用するか否かを決めている。
「幸いに、優秀な人からエントリーをしていただいてきたが、今後もそれが続くとは限らない。法医学は人権などにも深く関わる分野だけに、本来、シュリンクさせてはいけないはずなのだが……」
大震災で露呈した予算不足の影響
本来、法医は“上医”であるべき
「国が医学の他の分野に見劣りしない予算をつけて、環境を整備しないと、いずれ大きな問題になる。その1つの例が、昨年の震災。多くの方が死亡したが、その大半は解剖がなされていない。正確な死因判定がされた、とは言い難い」
ここ十数年、司法解剖や行政解剖などの解剖数は増えている。在宅医療が進むことで、死因が明らかになっているとは言い難い不審な遺体も増えている。
だが、法医学を含む基礎系講座に進む医師の数は、全国的に減少している。自ずと現役の法医学者に負担が増える。せめて教授や講師などのポストが増えれば、不満を解消できるのかもしれないが、国公立大学ではむしろ減っている。これらのしわ寄せは、検査技師にも及ぶ。
岩瀬氏は考えながら、話した。
「今後の課題は、准教授や講師、助教らが自身のキャリア形成を考える上で、未来が見えるようにすること。そして、検査技師たちの身分保障をすること。これらの試みで、彼らの雇用不安を解消していかないと、法医学は行き詰まる。それができれば、医学生から潜在的な人気があるのだから、医学の分野ではやっと“勝ち組”になれるのかもしれない」
そして、古代中国の格言を説明し、話を終えた。
「上医は国を医し(いやし)、中医は人を医し、下医は病を医す、という格言がある。本来、医学は、病や人はもちろん、国までも癒すことができる、幅広い学問領域。そのような中、医師として国を癒やそうとする者が、医師として最下層の扱いを受けるのはいかがなものか、と思う。
そのようなことが続くと、医学全体が、本来の幅の広さを失い、人や病を治すどころか、目先の出世につながる研究業績だけを追う医師ばかりを養成することになりかねない。
国や社会を相手にする医学として存在する法医学や公衆衛生学といった学問分野には、国の、たとえば人権や犯罪捜査などのあり方に一石を投じ、あるべき姿に正す使命がある。本当はシュリンクなど、させてはいけないはずなのですね」
「シュリンク脱出」を
アナライズする
岩瀬さんは、法医学がシュリンクしないように奮闘している。そこで以下では、私なりに考えた今後の「リベンジ策」を提示したい。
1.オピニオン・リーダーを育成せよ
法医学が他の医学に比べて扱いが低いのは、大学という組織の中だけのことではないと思う。社会全体にも言えることではないだろうか。
たとえば、小中学生で「外科医になりたい」と口にする子がいたとしても、「法医になりたい」とはあまり聞かない。新聞やテレビなどのマスメディアでの露出度も、外科医や内科医などのほうがはるかに多い。多くの人は法医の存在もさほど関心がないのだろう。
医師の中でこういう「格差」が生じるのは、法医学を世の中に正しく伝える人が少ないことが一因であるように思う。岩瀬氏などはその1人であるのだろうが、他の医師と比べると、情報発信をする人は圧倒的に少ない。皮肉るわけではないが、法医を取材すると、奥ゆかしい医師が多く、恐縮する。
できれば、岩瀬氏ら法医学のリーダーたちが、国会議員などとつながりを持ち、十分な予算をつけてもらえるように法整備をしていくことも必要だろう。国公立大学の中での、ある意味での「改革」である以上、政治の後押しは大切である。
2.「死」についての理解を深める
1と表裏一体のことだが、私たち日本人の死に対しての考え方も、変えるべきではないだろうか。不審遺体などの解剖は、死因や死に至った経緯などを検証するために不可欠である。犯罪の真相解明や今後の犯罪抑止だけでなく、遺族の不可解な思いを和らげてくれる一助にもなり得る。
このことは、震災の被災地で遺族らと接すると、実感することだ。ある意味で、昨年の震災は、日本人の死生観を変えるきっかけになり得るいい機会だった。ところが、日本人は死と向かい合うことをしなかった。
震災後は、死に至った経緯を冷静に丁寧に検証する機運はほとんどない。むしろ、検証をしようとする遺族らを「我が子の死で、精神の病になっている」とか、「裁判に訴え、お金を得ようとしている」などと、インターネットで罵る者まで現れる。そのことにより、無念の涙を流す人が遺族の中に少なくない。
こういう状況では、法医らの活躍の場が少なくなることも理解できなくもない。検証を求める遺族らを支援する世論が根強くあるならば、地元の市議会などは何らかの動きを取るだろう。
世論に敏感でない議員は少ないはずだ。当然、地元のマスメディアはそれを報じる。そこから、世論が変わり得る。
私たちが、健全な社会をつくるために、状況いかんでは身内の遺体を解剖してでも、死に至った経緯などを検証しようという意思を強く持つと、法医らを後押しすることになり得る。死を漠然と悲しいこととして、情緒的に捉えるだけでは前進がない。事件や事故の真相は、実は私たちの意識が覆い隠すのだ。
3.「非正規職員」のあり方を見つめ直す
民間企業において、契約や派遣など非正規社員は一定の範囲で必要である。単に人件費の削減という理由からだけでなく、事業のスピードを上げるためにも、「即戦力」であるはずの契約や派遣など非正規社員の存在は大切だろう。
しかし、その論理を法医学などの医療の現場に持ち込むことには、慎重であるべきではないだろうか。民間の病院ならばともかく、犯罪捜査などにも深く関わる法医学の分野への導入は、考え直すことも必要かもしれない。
検査技師らを、大学の他の正規職員と同じ扱いにすることが難しいならば、せめて民間企業の「短時間正社員」などの扱いにはするべきだろう。
それでも、一定の比率で退職をしていくものだろうが、機密が漏れることや検査に支障をきたす可能性は、いかなる理由があろうとも取り除くべきだ。法医がシュリンクするということは、ある意味で、私たちの健全な法治国家をつくる意思が弱くなっていることを意味する。今がその分岐点である。
http://diamond.jp/articles/print/28159
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