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【第41回・最終回】 2012年11月12日 宮崎智之 [プレスラボ/ライター]
結婚願望が凍りついた「絶食系男子」まで増殖中
“ロス婚化”が加速する日本に未来はあるのか?
草食系男子がますますパワーアップ?
肉食系女子お手上げの「絶食系男子」
少子化や晩婚化が叫ばれ、「結婚」についての問題がメディアでも大きく報じられるようになった。結婚したくてもできない。そんな人が増えている現状は、この連載でも度々触れてきたとおりである。
しかし、足もとで進行している状況は、そんな悠長なものではない。「できない」のではなく、「そもそもしたくない」と考えている人が増加してきているからだ。
ライフネット生命保険が全国の20代独身男性に調査したところ、「将来的にも結婚したくない」と考えている人は35.3%にも及んでいる。フリーターだけのデータでは、47.3%が「結婚したくない」と回答しているというから深刻だ。
結婚情報サービス会社のオーネットが、こうした「絶食系男子」のことを詳細に分析しているので、チェックしていこう。
25〜34 歳の独身男性に対する調査の中で、「恋愛に興味はなく、女性なしで人生を楽しめる」と回答した絶食系男子の割合は14.4%。そのなかで交際経験がない男性は51%、つまり2人に1人にも及んだ。
ちなみに、話題の草食系男子のうち交際経験がないのは17%だった。「恋愛にガツガツ」しないと言いながらも、8割以上は交際経験を持っているのだ。自分からは積極的に女性にアプローチしないものの、機会があれば交際するというスタンスなのだろうか。
肉食系女子は「最近の男子は草食系で困る」と感じているかもしれないが、相手が草食系なのか絶食系なのか見極めなければ、「押しても、押しても反応がない」という悲しい結果に終わってしまう可能性もある。
職業別に絶食系男子の割合を見ると、農林水産業従事が38%でトップ。続いてSE/プログラマーが29%、建設/工事従事が20%という結果になった。
本人たちが不幸なわけではない
厚い氷に閉ざされた結婚願望
なぜ、絶食系男子はこうも恋愛や結婚に興味がないのか。同調査によると、71.1%の絶食系男子は、「今まで一度も結婚したいと思ったことがない」と証言している。
「結婚式に出席したとき」「ステキな夫婦を見たとき」「友人/知人に子どもが生まれたとき」「恋愛ドラマ/映画を見たとき」「真っ暗な1人暮らしの家に帰ったとき」「家族写真の年賀状を受け取ったとき」「元カノが結婚したと聞いたとき」
誰もがこんな場面に遭遇すれば、「結婚したいな」と少しは思うものである。しかし、絶食系男子の回答はすべてが0%で、全く結婚したいと思わないのだという。前述のような場面に自身が置かれたとしても、1ミリたりとも心を動かすことがないのだ。
一方、どういったときに絶食系男子の心が結婚に傾くかというと、「親を安心させたいと思ったとき」「老後のことを考えたとき」「1人暮らしの家事に疲れたとき」などだ。しかし、これらも8.9%〜6.7%の回答に留まっており、かつ自身の恋愛感情とは一切関係がない外的要因である。まさに厚い氷のなかに結婚願望が閉じ込められてしまったような状況なのだ。
しかし、だからと言って本人たちが不幸なわけではない。価値観が多様化し、様々な生き方ができるようになった昨今では、なにも「結婚」というライフスタイルを選ぶことだけが幸せだとは限らないからだ。
「結婚をすると自由な時間がなくなる」と考えている人も多いだろうし、実際にそういった側面もある。インターネットの普及により、個人的な趣味について同じ趣向を持った人と語り合える時間も増えただろう。当然、少子化や老後の問題など、社会的な課題は多い。だからと言って、頭ごなしに「そんなこと言わずに結婚しろ」と説教しても、事態は好転しない状況がある。
不安定な経済事情に加えて
恋愛至上主義も非婚化を加速させる
1つには、やはり経済的な事情があるだろう。前出のフリーターに絶食系男子が多いことでもわかるとおり、「安定した経済的な基盤がなければ結婚ができない」と考えている人は多い。
女性にしても、結婚相手の男性に経済力を求める傾向は顕著だし、長引く不況で給料が伸び悩んでいる正社員の男性も、同様の問題を抱えている。専業主婦ではなく共働き世帯は増えているものの、まだまだ男性が家庭を支えていくという意識は根強く残っている。もちろん、女性のマインドだけが問題ではなく、結婚後や出産後の就労継続がままならない社会構造の問題も大きいだろう。
もう1つは、「恋愛結婚」の台頭があるように思う。お見合い結婚と恋愛結婚の比率が逆転したのは、1960年代後半のこと。連載1回目に取材した「お見合いおばさん」は、1回目のお見合い相手の名前が気に入ったこと、大好きな郷ひろみさんと誕生日が1日違いだったことから、結婚を決意したという。
しかし、今はそんな牧歌的な時代ではない。「本当に愛する人」「価値観が合う人」を求めて恋愛結婚をすることが当たり前になっているなか、恋愛が結婚の前提となり、恋愛ができない人は結婚できないという風潮すら漂っている。
当然、そうなれば「勝ち組」や「負け組」も出る。
国立社会保障・人口問題研究所の『第14回出生動向基本調査』(2010年)によると、18歳〜34歳の男性(未婚)のうち、「交際している相手はいない」と答えたのは61.4%。これは1987年以来、最も高い数字だ。
20代男子の4人に1人が恋愛経験さえなし
「ロス婚」化する日本に未来はあるのか?
さらに、オーネットの調査では25歳から34歳までの独身男性のうち、29%が「交際をしたことがない」と答えている(絶食系男子で交際経験がない人は51%ということは前出のとおり)。ライフネット生命保険の調査でも、20代独身男子の4人に1人が、いわゆる「彼女いない歴=年齢」だという結果も出ている。
「異性に興味がないから交際したくない」のが先か、「交際しないから異性に興味が持てない」のが先なのか。卵が先か鶏が先かという問題もあろうが、少なくとも「異性と恋愛関係になり、交際を経て結婚」という流れの中で、「恋愛関係になり、交際を経て」というプロセスが絶対化している風潮が、非婚化につながっていることは間違いなさそうだ。
●ロス婚の福音
筆者は別に、恋愛結婚を否定しているわけではない。しかし、恋愛結婚の主流化によって結婚のハードルが上がったうえ、経済的、社会的な要因なども重なり、絶食系男子が増えているとは言えないだろうか。
「恋愛に興味はなく、女性なしで人生を楽しめる」と思う傾向が絶食系男子の間で強まっているが、前述のハードルを全て越えなければいけないと思うと、そう考える人が増えてもおかしくないと思う。
これまで41回続いたこの連載も、今回で最終回を迎える。連載中に筆者自身が離婚し、「ロス婚」状態に陥るというオマケまでついてしまったものの、そういった立場だからこそ、これからも結婚や恋愛の問題を注視していきたいという思いもある。
最近、若干絶食系男子になりそうな傾向が出てきた筆者だが、一時の「断食」を経て、これまでは取材対象だった婚活サービスに自ら登録する日が来るかもしれない。そのときは、率直な感想とレポートをお伝えしたいと思っている。今までご愛読いただいた読者の皆様に対して、心から感謝の意を伝えたい。
http://diamond.jp/articles/print/27706
【第13回】 2012年11月12日 笠井奈津子 [栄養士、食事カウンセラー]
仕事が終わるまで夕食はガマンしたほうがいい?
残業中も集中力が続き、大事なプレゼンも失敗しない食事
集中力が持続するのは、本来、小一時間程度らしい。でも、そんな脳の限界を、仕事は配慮してくれない。たとえば、大事な会議やプレゼンの前夜、準備が長丁場になって、深夜遅くなることもあるだろう。そんな時、疲れをためず、効率を落とさないためにはどうすれば良いだろうか。
片手で肉まん、菓子パンを食べていないか?
残業中も効率を落とさない食べ物とは
「仕事中はお腹が空かない」という男性は非常に多いが、前の食事から時間が経過するほどに、脳も体もそれなりに充電が減ってきている。残業することが予想できたら、10分、15分の時間を惜しまず、8時くらいまでに軽く夕食を摂ってほしい。チームのリーダーであるならば、部下も含めてブレイクタイムを摂ることをすすめてほしい。可能であれば、30分。いや、本当にそんな時間がないんだよ、というときには、昼食に外に出た際などに、おにぎりやサンドイッチなど、作業しながら片手で食べられるものを買ってきておくのもおすすめだ。
この時の食事はエネルギー補給が目的なので、がっつりと、過剰には摂らなくて良い。するべきタスクがたまっているときには、頭がフル回転して、どうしても交感神経が優位になりがちだ。そうすると消化吸収がうまくいかなくなるので、せっかく食べただけのパフォーマンスが発揮できなくなってしまう、ということがある。もしも「自分はあまり切り替え上手な方ではない」という自覚があったら、本当におにぎり1個くらいで十分。感覚としては、空腹ではない程度に満たしておく、といった具合だ。
それなら、リラックスした仕事終わりに食事をすれば良いではないか、と思われるかもしれないが、遅い時間の食事は、疲れを残す。仕事が終わってから食べる食事は、寝る直前の食事となり、良質な睡眠を妨げるからだ(詳細は第4回)。十分に睡眠がとれなければ、回復がままならず、翌日の脳のパフォーマンスはどうしたって下がる。プレゼンでは、反応を見ながら臨機応変に対応を変えていくスキルも求められているだろう。せっかく時間をかけて準備したものが台無しにならないよう、ネガティブ要素は排除しておこう。
ただ、この日の昼食の時間も随分ずれこんでいて、そもそもお腹が空いていない時には、ムリに食べなくても良い。体内時計をおかしくさせないためには、ある程度規則的に食べることが必要だが、例外もある。胃が空になっていない状態で食べると、胃が疲れて代謝も落ちがちになってしまうのだ。仕事をしながらずっと何か口にしているというのはもちろん、食間をきちんと空けて食べ疲れしないことにも意識を向けてほしい。
さて、食べる時間に気を付けたら、次は食べるものの話。時間的制約もあるので、そんなに多くの選択肢がないかもしれない。だから、このタイミングでは食べてほしくないもの、だけをいうと、ハンバーガー、菓子パン、肉まん、菓子などの、糖質・塩分・脂質を多く含む、血糖値と血圧を一気にあげそうな面々だ。いつものように、栄養バランスを気にして色々摂れなくても良いので、立ち食いそば屋でそば、というシンプルな炭水化物を選んで脳にエネルギー補給しても良いし、さくっと定食チェーンにいって魚定食でも選んでくれたら感涙ものだ。魚に含まれるEPAやDHAが脳の動きをサポートしてくれるだろう。
プレゼン当日の朝は
ごはんを山盛り食べてはいけない
では、気持ち早目に食事を済ませ、仕事も終わらせ、帰って寝たら、翌朝はどうすれば良いだろう。前回の記事で朝食の重要性について書かせていただいたので、きっと皆さん何かしら気をつけてくださっているだろう、と信じているのを大前提にもう一歩踏み込んでみたい。
前日に遅くまで働いていたことも、当日、大きな緊張感があることも、それなりのストレスになっているはず。だから、ストレス抵抗力を強めるビタミンCを多く含む食品、つまりはかんきつ系の果物を積極的に摂ってほしい。コンビニはスーパーに比べると生鮮食品が若干、割高に感じるが、キウイはそう大差ない。包丁で皮をむくのは面倒くさかったりするが、朝、半分に切ってスプーンで食べると良いだろう。ちょっと大変かもしれないが、今が旬の柿もビタミンCが豊富なのでおすすめだ。
そして、勝負に備えて、ごはんを山盛り食べたいところでも、ここはちょっと控えめ〜通常の量で我慢してほしい。炭水化物を多く摂って、糖質過多になると、強い眠気がやってくる。口にしたものがその力を発揮するまで、体内で分解、吸収、合成されることを考えると、即効性、というのは期待できないかもしれない。ただ、血糖値が安定した状態=脳も安定している、とすると、食べものを選ぶことで、血糖値を安定させてあげることはできる。
もしも、午後に大事な用事があるときには、引き続き、昼食も気をつけなければならない。このときには、前日の晩、朝食と同様に、糖質の摂り過ぎに気を付けてほしい。その点、コンビニやファミレスは非常に良い。なぜならば、おかずのみ、という単品でのオーダーが可能だからだ。
普段はバランスよく食べることが大事だが、ここぞというときには、摂るべき栄養素や食材を優先しよう。たとえば、鉄分。鉄分不足というと、貧血など、女性が気を付けるもの、とイメージするかもしれないが、実は、男性も意識すべき栄養素。鉄分が不足すると、脳は酸欠状態になり、パフォーマンスが落ちてしまう。体内での酸素運搬は、鉄分によって合成されるヘモグロビンの役割だ。もしも、ちょっと立ちくらみをしたり、なんとなく頭がすっきりしなかったり、頭痛がするようであれば、鉄分不足が疑われるので、日頃から鉄分を多く含む食材を摂ると良いだろう。
鉄分を多く含む食品といえば、ほうれん草、ひじき、貝類、レバー類であるが、こうして並べてみると、決して摂りやすいとはいえない食品かもしれない。そういうときには、赤身のものに多く含まれる、ということを覚えておいて、鶏のささみより豚もも肉、鱈よりカツオ、というように、赤身のお肉やお魚を選ぶと摂りやすくなる。
気合だけで集中力は上がらない
定期的な休憩とストレッチを
集中力を維持するためには、1時間経ったら10分休憩、そしてまた一時間集中、というサイクルも大切だ。もちろん、ノリにのっているときにわざわざ中断しなくても良いが、ふと気がぬけたとき、少し時計に目をやると良いだろう。なにも、席をたって休憩しなくても、休憩にあてる10分に単純作業を持ってくる、というのでも良いだろう。頭を使う仕事だったら頭を休ませるために飲み物を飲む、身体を使う仕事だったら、座って事務作業をする、そんなふうに、身体に違う刺激を送ると頭がすっきりしやすい。
ただ、以前よりも集中力が下がっていると感じたら、疲労が積み重なっていないか、ちょっと気にしてほしい。集中力なんて気合だ、と思う人ほど、集中できないときに自分や周りを責めてしまいがちなので注意が必要だ。
最後におすすめしたいのは、ベッドの上でできるような、朝のちょっとしたストレッチ。筋肉は、寝ているときにはリラックスして緩んでそう…と思われがちだが、実際は、長時間同じ姿勢でいたために、起床時にはしなやかとはいえない状態になっている。そして、そのかたくなった状態のまま活動を始めると、交感神経の緊張をつくる引き金になってしまいがちだ。落ち着いた気持ちで1日をスタートするには、このような自律神経の働きを意識して利用するといいだろう。これから、布団から抜け出すのが益々つらくなる時期。軽くストレッチして、少しあたたまった体でベッドから元気に飛び出てほしい。
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http://diamond.jp/articles/print/27707
「テーマがある人は、テーマなき人をどう使ってもいい」
「頭上の敵機」(1949年 ヘンリー・キング監督)【後編】
2012年11月12日(月) 押井 守 、 野田 真外
これからどうなっちゃうんだろう?
前回は「頭上の敵機」を題材に、中間管理職の悲しきありようについてお話しいただきました。主人公のサヴェージ准将(グレゴリー・ペック)は部下を守るために厳しく接したが、そのことが原因で心を病んでしまった、というお話で。
押井:そういえば、若いプロデューサーたちや制作たちで鬱病っぽくなってる人が増えているんだよね。この映画のサヴェージ准将みたいなもんだよ。出社拒否になっちゃって、会社に出てこないで家でDVD見てるんだって。揃いも揃ってみんな30過ぎてから。ローンで家を買って子供が産まれた途端に。
何があったんですか?
押井:たぶん、これから30年間ローンを返さないとって考えたときにやっと気付くんだよ、自分のスタジオはこれから30年存続するんだろうかって。
例えばジブリ(宮崎駿氏の所属するアニメスタジオ)。どう考えても宮さん(宮崎駿)があと30年生きるわけがないけど、宮さんが死んだ時点でジブリはおしまいだってことは誰でもわかってる。存続するにしても版権管理会社だよ。じゃあ今あそこで働いてる連中はどうなるのか。
他のスタジオには移れないんですか?
押井:ジブリのアニメーターには5年10年やってても人間を描いたことないアニメーターもいるんだよ。そうじゃなければ、あれだけクオリティの高い作品なんてできない。キャラクターを描かせてもらえる人間なんて一握りで、それ以外の人たちは延々と動画だったりするんです。
(写真:大槻 純一、以下同)
他のスタジオだったらアニメーターは忙しいんだよ。2年に1本なんて悠長なことを言ってられないから、バンバン描かせる。そういう人はそこそこ描けるから、どこへ行っても食えるんです。ジブリは、うまい人はめちゃくちゃうまいけど、下積みの連中はなかなか上に上がれない。
でもその分、仕上げた枚数いくらじゃなくて会社で正規雇用して、高い給料を払っているわけですよね。
押井:だけど宮さんが死んだら全員放り出されるって、あるときハタと気がつくわけ。それでもアニメーターは、ある意味手に職があるからまだましで、プロデューサーとか制作の連中は「30年のローンで家買っちゃった。子供産まれちゃった。大学出るまであと20年以上かかるんだ」ってさ。
それに気がついてしまうと…。でもそれ、普通の会社だって同じじゃないですか?
押井:そうだよね。愕然とする方がまともかもしれない。「自分たちの未来はどうなるんだろう?」ってさ。とはいえ、そうなる前にどうするかをなんで考えなかったのアンタ、って思うんだけどね。
今からでもいいから考えて、行動すればいい。
押井:そうやって飛び出したヤツも何人かはいる。今残ってる連中はジブリという組織、会社員一般で言えば会社の名前に守られてるだけ。外に出てやっていく自信はないんじゃないかな。
僕から見たジブリは、「宮さんの映画を作る」ということに特化したちょっといびつなスタジオだから、みんな守備範囲が狭いわけ。外に出されたらあっと言う間に萎えちゃう。温室なんです。雑草みたいなヤツはほとんどいない。宮さんひとりが獰猛な百獣の王で、その獰猛な百獣の王を飼うために人工的に作ったサバンナなんだよ。
わかりやすい例えですね。
押井:鈴木敏夫は最近一所懸命に鬱病の本を読んでるよ。
でもそれは、あのお方にも責任の一端があるんじゃ(笑)。
押井:あのオヤジは最初から百も承知で人を集めてるよ。
説明責任とかあるべきなんじゃないですか?
押井:いや、自分に責任があるなんて思ってないよ。「使えない人間は使える人間の言うことを聞くのが当たり前だ」と思ってるだけだから。昔からそうだよ。
「何もテーマを持ってない若いヤツをいいように使うのは当然の権利だ。だってテーマがないんだから」って、そういうオヤジなの。団塊というのは基本的にそういう発想をするんですよ。「自分はテーマを持っている。やるべきことも見えてる。やるべきこともなければテーマすら持ってない若いヤツらを自分がいいように使うのは当たり前だ」って。
テーマを持っていないと、使いつぶされるリスクが高いってことですか。
「命令する以上は、責任がある」という当たり前の理屈
「頭上の敵機」でいえば、おそらく、サヴェージ准将に猛烈に感情移入する読者さんがいっぱいいると思うんですよ。部下を死ぬほどこき使うように見えるけれど、実は生き残る確率を増やしてくれている、という。
押井:一見、こき使う部分だけを見ると似てるんだけどさ、宮さんとか鈴木敏夫とか高畑勲とか、あの辺の指揮官クラスの団塊のオヤジたちはサヴェージ准将みたいに人格者じゃないもんね。だから彼みたいに壊れたりしないんだよ。
あっ、本人は頑丈だから周りが壊れるんですね(笑)。
押井:そうそう。そういうところまで苦労しないとこの映画の面白さはわからないのかもね(笑)。戦略爆撃隊だったらこの映画みたいに、現場の指揮官から壊れている話になるんだけどさ、日本の場合は案外、士官(★下士官でしょうか?)が壊れなかったんだよ。責任取るつもりがないから全然平気なの。その代わりに下の人間が壊れたんです。
戦時下の軍隊は、会社と違って辞めるという選択肢がないから逃げられないですからね。
押井:僕に言わせればアメリカという国のタフさはそこにあるんだよね。アメリカ人にとっては、そういう意味での「責任の取り方」というのが最初から人生のテーマになってるんです。日本の場合は、責任を取るということを本当の意味で誰も学んでない。
といいますと?
押井:上司は部下に命令する以上は、責任がある。そして部下は命令を聞く以上、責任を問えるんです。日本の社会では、命令した上司の責任を問うという部下もいなければ、部下に対して責任を取る上司もいないわけです。それは軍隊も会社も一緒。全然いないわけじゃないけど、ほとんどいない。
確かにいませんね。なぜなんでしょうか?
押井:それは日本人の人間性が上から下まで均質だからだよね。でもアメリカは違う。いろんな価値観があって、いろんな文化があって、いろんな言語があって、というのが大前提になってる。だから責任を取ることを明解にしなかったら、組織が最初から成り立たないんです。だから「責任のとり方」というテーマが最初から持てたんだよね。というよりむしろ、それなしではアメリカという国は存在しなかったんです。
独立を許した英国は、反省して強くなった
押井:今ちょうどアメリカの独立戦争の本を読んでるんだけど、アメリカが独立する過程というのは本当に面白いの。利害の衝突の繰り返しで、映画でやってるような美しい世界じゃない。ヘマの連続。
じゃ、なぜ独立できたんですか。
押井:イギリスはアメリカよりもっとヘマだったからなんとか勝てたんです。
そうなんですか?
押井:イギリスがヘマを繰り返してるうちに、アメリカはフランスと同盟できた。だからイギリスは戦争をやめるしかなかったんだよ。下手をすればフランスとスペインを相手に戦争をしなきゃいけなくなるからね。イギリスもそれは避けたいから、結果的にアメリカは独立できた。民兵の戦いで独立できたわけじゃないんだよ。英雄的な独立戦争を戦い抜いて独立を勝ち取ったんだって、ハリウッドが何度も何度も映画を作ってたけどさ、あれは全部嘘。
ついに嘘だと言い出しますか(笑)。
押井:あの大英帝国と言えどもアメリカの独立に関して言えば完全にヘマをした。イギリスの議会政治が腐敗しきってたからだ。だけど「さすがにこれはヤバい」と気がついて、イギリスの政治家は危機感を持つようになったんです。「俺たちがアイルランドに高飛車に命令してたように、今度は俺たちがフランス人に命令されるようになっちゃうんだきっと。このままだと小国になっちゃう」って。
だから貴族の子弟を猛烈に、徹底的に鍛えたんです。結果的にアメリカの独立を許したその後、大英帝国はピークを迎えた。要するにイギリスというのは中間管理職を鍛えるということに国の運命を賭けたんだよね。貴族の子弟を鍛えるためにパブリックスクールというのを作って、その副産物としてサッカーが生まれたんです。
えっ。
押井:貴族の子弟を鍛えて立派な将校にするという一環として球技を始めたんですよ。命令することや服従することに慣れる、真冬だろうが雨だろうがとことんやる。そうやって1対1でタイマンを張っても労働者に絶対負けない精神と肉体を持った人間を鍛えるんだというさ。それがいわゆる「エンパイアビルダー」という連中だよね。帝国を担ったわけだ。
日本はそういうことをやらなかったんですか?
押井:日本はエリートの養成校は作ったけども、命令することだけに慣れちゃった。サヴェージ准将みたいに、兵隊を厳しく鍛えて結果的に兵隊を救おうという発想なんかなかった。だから結果的には膨大な戦死者を出した。
「中間管理職の悲哀」の真実
押井:そういう意味では確かに、「頭上の敵機」で描かれた戦略爆撃というのは軍隊の縮図なんです。戦闘する度に3〜5%は死ぬんだとわかった上でやる統計と確率の世界。1万人以上が出撃すれば、何百人かは必ず帰ってこないんだから。
「もしかしたら勝てそうだから無理しよう」とか、そういうものじゃない。被害を許容できる限界との戦いだったんだよ。被害が15%を超えたらさすがにつぎの出撃はできなくて、しばらく飛行停止になる。どうしてそこまで損失が出たのか。編隊の組み方か、敵の新戦法か、何が問題だったか徹底的に洗い出すんだよね。それまではつぎの爆撃をさせない。
日本みたいに「全員でとことんまで行くんだ」とかやってるとあっと言う間にベテランパイロットが消耗し尽くしちゃう。彼らは養成するのにすごく時間がかかるから、補充が効かない。
数がいればいいわけじゃないと。
押井:爆撃機の機長と副機長は相当優秀じゃないとダメなんです。あれだけデカい飛行機を操縦し、10人からのクルーを率いるんだから「絶対に帰還するぞ」というガッツが必要なんです。それ以外の乗員は機銃を撃ったり無線で通信したりするだけだから、3カ月速成で養成すればクルーとして搭乗できる。
戦略爆撃の世界というのはそこら辺が面白いんだよね。戦争の縮図なんだよ。大量に養成できる人間たちと、徹底的に鍛えないとものにならない人間と、それを指揮する人間と3種類の人間がいて、それぞれがそれぞれの損耗率のなかで戦ってる。サヴェージ准将は爆撃隊の先頭に立ってるけど、実際の指揮官は飛ばないんです。訓練して見守ってるだけ。彼らは自分の内側で、上司や自分の人間性と戦ってる。5%死ぬとわかってても毎回送り出さなきゃいけない。
「淘汰」は、指揮官の義務でもある
きついですね…。
押井:僕だって毎回アニメ映画を作る度に、アニメーター全員が最後まで無事にやり遂げるなんて思ってないから。5%どころか10〜15%は逃亡するし(笑)、あるいはクビにしなきゃいけないし。じゃあいつクビを言い渡そうかとか、その分の補充戦力はどこからぶっこ抜いてこようかとか、その繰り返し。
その場合は戦死で減るんじゃなくて淘汰するんですね。
押井:でも、「淘汰する」というのは「上でやっている人間の責任」であり、やるべきことなんだよね。やらないと全員が被害に遭うから。
「あいつとあいつをクビにしろ。まわりの足を引っ張ってるだけだ。このままだと士気が落ちる一方だから」というさ。だから人情家では監督は務まらないんです。だけど、スタッフなんていくらでも取り替えればいいんだと思ってるようなただの鬼は、これも監督になれない。次の作品の時には監督に呼ばれないから。「あんな最低なヤツとは二度と嫌だ」ってなっちゃう。
サヴェージ准将も厳しいだけではないですからね。
押井:だから両方必要なんだよ。決断もしなきゃいけないけども、現場を守らなきゃいけない。プロデューサーから守り、スポンサーから守り、うるさい局Pから守り。現場を守るのは監督の仕事だけど、現場を守るためにいらない人間を切るのも監督の仕事。別にサヴェージ准将となにも変わらない。
だからぶっ壊れる監督もいる。逃亡する監督もいる。逃亡した監督は二度と呼ばれないから、どんなとんでもない作品でも逃げなかったことは評価される。逆に逃げたヤツはあっと言う間に業界に知れ渡る。ただアニメ業界の面白いところは、逃げたヤツでも2、3年するとほとぼりが冷めて、何事もなかったようにやってるんだよね。
上司と部下、とっちがバカ?
押井:上下関係の組織でしか成立しないという意味では、会社と軍隊は一緒なんです。兵隊なしの戦争はあり得ない。でも下士官のいない戦争は勝てない。優秀な上官のいない戦争はもっと勝てないんだけど、一番てっぺんは実は取り替えが利くんです。最高戦争責任者、アメリカで言えば大統領。日本にはそれはなかったんだけどさ。
だけど、優秀な上官がいて、しかも優秀な部下もいてという理想的な軍隊はないわけ。あり得ない。もちろん部分的に優秀な上官と優秀な部下を揃えた精鋭部隊はあるだろうけど、トータルで言ったら、「上も下も優秀な軍隊」は歴史上今後もあり得ないんです。優秀な方に、そうでないほうが絶対にもたれかかるから。
そこでアメリカが合理的なのは「部下というのはバカなんだ」という前提に立ってるからだよね。
バカだって決めてかかってるんですか?
押井:決めてるというよりも、一番下のレベルでも何とかなるように考えているんです。だからバカでも鍛えられるマニュアルを一所懸命作ったわけ。どんな箸にも棒にもかからないヤツでも、ある期間このプログラムで育てれば絶対使える兵士にできるという、その方法を開発するために猛烈な研究をやったんです。
だって識字率すら100%じゃない状況なんだから。しかもいろんな人種がいて、いろんな言語があって。そりゃマニュアル文化になるのは当たり前なんです。そういう事情はソ連も一緒。
イギリスなんかも一緒なんですか?
押井:イギリスはやっぱり階級社会だったから、ある程度全体の教育水準も高い。軍隊の上官というのは言ってみればハイソサエティで、先ほど言ったみたいにみんなパブリックスクールを出てるわけです。部下、つまり兵隊はみんな労働者階級。やっぱりイギリスの軍の強さってそこにあるんですよ。子供の頃から命令することに慣れてる人間と、人の言われたとおり動くということに慣れてる人間たちがそのまま横滑りするだけだから。
そこはアメリカとはちょっと違うんですよね。確かに東部にはある種の階級社会はあるし、名門とか名家はそりゃあるよ、ケネディ家とかルーズベルト家とかね。だけどおしなべて言えば、上官も部下もみんなド田舎から出てくるんだから。ユタとかアイダホとか、ポテト野郎の世界だよ。兵隊のほとんどは田舎者で、外の世界で育った人とはコミュニケーションすらできないんだから。今のアメリカ人の7割は自分が生まれた町を一歩も出ないっていうし。だから都市部はともかく、アメリカ全体で言ったらそうなっちゃう。
バカの理由は、獲得目標を示せないから
押井:まあそんなことで優秀な上官と優秀な部下が集まって作った軍隊というのは史上なかったし、今後もないんです。必ずどっちかがバカなんだよ。会社だって同様。
両方ともバカじゃないだけマシなのでは。
押井:いや、両方バカというどうしようもない軍隊もあるんです(笑)。アフリカの民兵の世界なんてみんなそうだよ。上もダメなら下もダメ。そもそも誰も戦争の終わらせ方を知らないから収集がつかない。だから虐殺にまですぐエスカレートする。殺し合いと戦争の区別がついてないんです。要するに獲得目標を誰も示さないからだよ。
日本軍はどうだったんですか?
押井:日本の軍隊は、兵隊は優秀だったけど、参謀が全部バカだった。アメリカ人もそう言ったんだから。「日本兵は優秀だけど将校は全部バカだ。とんでもない奴らだ」って。日本の陸軍の参謀が使い物にならなかったのは有名な話。どうしようもない連中だったの。試験エリートだから兵隊の命をなんとも思ってなかったんです。
だからむやみに突撃を繰り返すと。
犠牲も「失点」としてきちんと計算する
押井:そういう意味では、アメリカというのはよくも悪くも民主主義で、ダメな上官とかダメな将軍は成果を上げられないと更迭されるんだけど、その「成果」には2つの要素があるんです。
一つは獲得目標を達成すること。敵の野戦軍を撃滅したとか占領したとか、この戦線を突破したとか、それを競い合うわけです。将軍はみんなそれを競ってて、その争いに生き残った連中が大統領になったりする。同時に、ダメな将軍は次々と更迭されます。ダメな将軍というのは獲得目標を達成できなかった将軍と、部下を次々に死なせた将軍なんだよ。つまり「部下を死なせない」というのが二つ目の要素。
なぜかというと、時の政権が選挙で勝てなくなるから。兵隊が死ねば死ぬほど、選挙では勝てない。将軍だって政治家になろうという野心を漲らせてるわけだから、部下を殺しちゃやっぱりまずいんです。
それは現在のアメリカでも同じですね。
押井:日本の参謀とか将軍といった高級将校は終身雇用だったから、どれだけ犠牲が出ようがお構いなしなんです。だって一生が保証されてるんだもん。今の官僚と一緒だよ。誰も官僚を罷免する権利を持ってないんだから。こんなバカな話があるかよって。
まあ、それはどうでもいいんだけど、でも結局上も下も優秀な軍隊はない。僕に言わせると、優秀な上司と優秀な部下だけで構成された会社もない。たぶん、今は上司の方はそれなりに淘汰されるけど、部下を鍛えるシステムがない。
ああ、なるほど。
押井:鍛えるために必要な「忠誠心」を持っている部下も少ないしね。いつ切られるかわかんないんだから忠誠心なんか持てっこない。だったらアメリカの軍隊みたいに、社員というのはなにもできないんだという前提の上に会社を経営するのか、と。
そうなりつつあるのかもしれません。
押井:そう考えると、今の日本の企業なんて、みんな中間管理職が支えてるんだよ。上にはコロコロ変わる経営陣がいて、下には使えないダメな社員たちの大群がいて、誰がこの会社を守るんだって(笑)。部長とか課長が頑張ってるんだよ。出版社で言ったら編集長は基本的にはお飾りで、実際には副編が踏ん張ってるんじゃないかな。編集長は責任を取るためにいるだけで。
でもですね。それぐらいのお飾り編集長の方がむしろ誌面は面白くなることが多くないですか? やたら強権発動して介入を図る人よりも(笑)。
押井:だから名物編集長というのは出版社を渡り歩けるんだよ。編集長は確かに変人が多いからね。でもそういうことなんだよ。使える兵隊さんというか、使える人間はみんなフリーになっちゃう。その後に残った使えない兵隊を、誰がどうやってまとめるんだって。
それをやらないと戦争に勝てない。そうすると中間管理職がストレスで壊れるよという、そういう構造はもう60年前にこの「頭上の敵機」という映画がちゃんと見せてる(笑)。日本の軍隊もいびつだったけど、日本の企業もいびつなんだよ。
部下のことを考え、戦略も考えたサヴェージ准将みたいにあんまり根詰めて会社のためにと頑張ると、板挟みになって逃げ場がなくなりますよね。そうなると壊れちゃうと。なんとかならないもんですか。
バカのふりして他人を利用せよ
押井:だから、中間管理職もバカになればいいんです。さっきの名物編集長みたいなもんだよ。
そしたら上司も部下も中間管理職もみんなバカになっちゃうじゃないですか(笑)
押井:中間管理職は本当のバカじゃ困るけど、バカのふりをしてればいいんだよ。バカのふりをして、うまいこと若い部下をだまして、追い込んで、利用するんです。
どうせ彼らには会社への忠誠心もないんだから、うまく彼らにとっても利益になるように思わせて、誘導しないと。そうしないと部下だって動かない。さっきも話したけど、テーマのない人間を使うにはテーマを与えればいいんです。僕の映画で言えば、「機動警察パトレイバー」はそういう話だもん。
そういえばそうでしたね。では次回はその辺についてうかがいたいと思いますが、とりあえず今回はこの辺で。ありがとうございました。
押井 守(おしい・まもる)
1951年生まれ。東京都出身。大学卒業後、ラジオ番組制作会社等を経て、タツノコプロダクションに入社。84年「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」で映像作家として注目を集める。アニメーションの他に実写作品や小説も数多く手がける。主な作品に「GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊」(95)、「Avalon」(2001)、「イノセンス」(04)「スカイクロラ The Sky Crawlers」(08)等多数。
野田 真外(のだ・まこと)
1967年生まれ。福岡県北九州市出身。CM制作会社、フリーランスを経て、2003年に有限会社グラナーテ設立。CMやTV番組など映像の演出をメインに活動。主な映像作品に「東京静脈」(03)「行くぞ!30日間世界一周」(08)等。1997年には研究本「前略、押井守様。」(フットワーク出版)を上梓。また毎年2月26日にトークショー「Howling in the Night〜押井守、戦争を語る」を主催している。グラナーテwebはこちら
押井守監督の「勝つために見る映画」
映画監督として世界的に有名になった押井守氏は「30年やってこれた理由は、『勝敗論』を持っているから」と語ります。映画監督とビジネスパーソンの間にはもちろん大きな違いがあるけれど、「仕事論」として読み替えていただくことは、決して難しくないはず。連載を通してご自身の「不敗の構造」をいかに培っていくかを、ぜひ考えてみてください。押井監督から「勝敗論」のヒントにになる映画の紹介もしていただきます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121031/238838/?ST=print
TOEIC“裏ワザ”を見て考えたグローバル人材育成
必要性を感じさせるマネジメントこそ近道
2012年11月12日(月) 上木 貴博
今年、TOEICを2回受験した。春先に受けた際に隣席の受験者の“裏技”に驚かされてペースを乱されて惨敗。その裏技を自分でも実践すべく、秋にもう一度受験したのが2回目だった。結果的に裏技を使いこなせず、この回も散々だった。策に溺れてしまった。やはり基礎的な英語力を身に着けるという正攻法でなくてはいけないと反省している。
裏技はそれほど大げさなものではない。TOEICはリスニング(パート1〜4、100問で45分)とリーディング(パート5〜7、100問で75分)に分かれている。リスニングの各パート冒頭には問題形式と例題を流すイントロダクションがある。その間にパート5以降のリーディングを解き進めてしまうというものだ。両方の問題は同じ冊子に載っているので、ページさえめくればリスニングの試験が始まった瞬間からリーディングの問題にも取りかかれる。問題形式さえ知っていれば、イントロはそもそも聞かなくてもよい。注意事項にも、この行為を禁止する条項はない。
記者は春にTOEICを受けた際、このことを知らなかった。だから、隣席の受験者がリスニング問題の進行とは関係なくページをめくりまくり、マークシートにどんどん回答を書き込む気配を感じたので何事だろうと思ってしまった。この時点で記者は受験者として失敗している。周囲が何をしようが、試験に没頭しなければならない。だが、意識を集中できず、隣席が気になってしまった。試験が終わるころにようやく気付いた。「ずるい」と思うと同時に感心した。そんな手があったのかと。
それでもう一度秋に受けたのだが、この裏技は熟練していないと両刃の剣になる。イントロの間にリーディング問題を解くといっても、まったく聞いていなければ戻るタイミングがつかめない。少しでも遅れると、リスニングの本題解答に支障が出る。イントロを聞き流しながら、リーディング問題を解くには集中力が必要だ。裏技(と勝手に記者が呼んでいる)は、ある程度の英語力もしくはTOEICの受験経験、模試による事前準備がなければ使いこなせないテクニックなのだ。
裏ワザ実践者はグローバル企業社員だった
ここまでならば、記者のTOEIC失敗談で終わる。だが、たまたま記者はこの裏技の存在を教えてくれた隣席の受験者の勤務先が分かった。試験が終わった後にちらりと見えた受験票に記された氏名欄の名字が珍しく、また彼が登場していたインタビュー記事を試験の数日前に読んでいたからだ。隣席の受験者はある大企業の幹部だ。その企業はグローバル人材の育成に力を入れており、採用や昇格の条件にもTOEICの点数を挙げている。
今思うと、彼はこの裏技に慣れていた。そして、ページをめくる音が結構うるさいぐらいで、その気合いがひしひしと伝わってきた。多くの受験者がシャープペンシル2〜3本しか用意していないところを、きれいに削られた新品の鉛筆を10本近く机に並べている彼の姿は印象的だった。ちなみに消しゴムは3つあった。
試験で高得点を取るために努力するのは正しい。彼の会社の方針にもかなっているだろうし、グローバルなキャリアを拓くものではあろう。ひょっとしたら昇進に際して、スコアがボトルネックになっているのかもしれない。それならば、得点次第で給料も増える可能性がある。だが、必死すぎる姿を見るうちに、日本企業のグローバル人材育成について考えさせられた。
最近、東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々を回った。カンボジアで知り合ったタクシーのドライバーはずいぶんでたらめな英語を話したが、道に詳しいだけでなく、こちらの取材意図をうまく汲んでプノンペン市内を案内してくれた。結局、彼とは5日間行動を共にした。彼は十数年前にこの職に就いて、すぐに夜間学校で英語を学んだという。その理由は「英語を話せれば外国人相手に仕事ができるので、給料が10倍になる」からだという。ベトナムやマレーシアでも似たような経験をした。仕事の幅を広げたり給料に直結したりするから、英語を必死で学び、話せるようになった人にたまたまよく出会った。
語学学習のモチベーションは、必要性がすべてだ。外国人の友人が欲しい、映画や小説を外国語で楽しみたい。そういう動機の人もいるだろうが、ビジネスパーソンが学ぶ際には業務上の必要性をどれほどリアルに感じられるかが何より大切だろう。だから、テクニックを磨いてまでTOEICの高得点を目指すというような怪しい方向に流れる前に、企業は外国語習得の必要性を現場社員に実感させるマネジメントをすべきだ。
大和ハウスは今年、シンガポールの首都クアラルンプールに駐在所を構えた。創業以来、売り上げの9割以上を国内で稼いできた企業である。所長を除いた駐在員は、海外経験がない一級建築士たちだ。彼らは「TOEICの点数も結構ひどかったですよ」と笑い飛ばすが、現地のデベロッパーらを相手に住宅事業をASEANで根付かせるために奮闘していた。駐在員たちが日本に戻れば、彼らの体験談を語学学習のモチベーションにする人も出てくるのは間違いない。
とはいうものの、語学を学ぶモチベーションが高い人はそれほど多くはないと思う。ほとんどの場合、企業が本気で海外市場に打って出ようとしないから、現場社員は語学学習の必要性を感じていないのではないか。記者はこの1年間、マンツーマンの英会話学校に通った。高度な表現、難しい言い回し、きれいな発音を学ぶ上では良かった。だが、ASEAN諸国では誰もそんな英語は使っていなかった。
取材したアジア某国の副大臣ですら、ずいぶんいい加減な文法の英語を自信満々に使っていた。欧米企業としか取り引きがない企業ならばともかく、ASEAN諸国と多くの日本企業の距離感は今後ぐっと縮まる。TOEICを入社や昇格の条件にするより先に、世界を身近に見せる工夫こそ、経営者や人事部門に求められている。
上木 貴博(うえき・たかひろ)
日経ビジネス記者。2002年に日経BP入社。「日経ビジネス」「日経情報ストラテジー」を経て、2010年春から再び日経ビジネス編集部に所属。趣味は野球(やる、読む、観る)と献血(2011年7月現在で通算140回)。相撲二段。好きな作家は後藤正治。
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20121106/239122/?ST=print
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