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性風俗産業に潜む「人身取引」という闇
藤原志帆子ポラリスプロジェクトジャパン代表に聞く
2012年11月6日(火) 蛯谷 敏
「ヒューマン・トラフィッキング(人身取引)」という言葉をご存知だろうか。性的目的の人身取引、児童ポルノ、違法労働搾取。決して貧困にあえぐ他国の話ではなく、日本にも存在する現在進行形の社会問題である。あまり公にならないこの問題に正面から取り組んでいるのが、人身取引の撲滅運動を推進する米NPOポラリスプロジェクト。同団体日本事務所を設立し、現在は米国団体とのパートナー団体としてポラリスプロジェクトジャパン代表を務める藤原志帆子氏に、国内での人身取引の実情を聞く。(聞き手は蛯谷 敏=日経ビジネス)
人身取引とは、具体的にどのような問題を指すのでしょうか。
藤原志帆子(ふじわら・しほこ)氏
米国のNPOポラリスプロジェクトでの勤務を経て、2004年に同団体日本事務所「ポラリスジャパン」を設立。現在は米国のパートナー団体として、NPO法人ポラリスプロジェクトジャパンとして活動。多言語による電話相談窓口の解説など、被害の発見と救済事業を日本で初めて開始した。人身取引被害を受ける子どもや女性への現場での支援、児童施設や入国管理局での研修講師としても活動する。2008年に、母校であるウィスコンシン大学マディソン校に活動を評価され、名誉卒業生賞を受賞した。(写真:村田和聡、以下同)
藤原:ヒューマン・トラフィッキングと英語で言われます。人身取引と言えば、かつては貧しい国から子どもが売買されるケースや、奴隷貿易といった奴隷制度を指していました。でも、現代ではこの言葉が指す範囲は大きく広がっています。過去の奴隷制よりも大きな規模で、奴隷のように生きる人がこの社会にいるということです。今年発表された国連の統計では、世界で2700万人が奴隷的な生活を強いられていると指摘しています。
現代社会で問題になっている人身取引は3つあります。1つは、性的目的の人身取引。もう1つは、臓器売買目的の取引。そして3つ目が労働目的、すなわち暴力や詐欺という手段で搾取するというものです。それぞれがとても大きな問題なのですが、私たちポラリスプロジェクトジャパンでは、特に性的目的の人身取引に集中して取り組んでいます。8年間の活動の中で、2600件以上の相談に対応し、その中から130人以上の被害者の救済支援をしてきました。
人身取引という言葉だけを聞くと、何か歴史の教科書に出てくるような、過去の出来事という印象があります。
藤原:それは誤解で、今現在も日本に存在する社会的な問題なんです。いえ、日本だけでなく、すべての国が直面している問題です。性的目的の人身取引で言えば、夜の繁華街で見かけるアジア各国の女性たちが、実は騙されて日本に連れてこられ、性風俗産業への従事を強要されているケースは本当に多くあります。
その現実を知っていただくために、少々生々しいですが、あるエピソードをお話しましょう。
性感染症が悪化し、歩けない女性を2人がかりで救出
1年ほど前、性風俗産業で売春を強要されていた韓国籍の女性を救出しました。被害女性は、20代前半。もともと日本に憧れを抱いていて、「日本で働きたい」という夢を持って来日しました。
ところが、彼女を仲介するブローカーは、最初から彼女をだますつもりでした。彼女は東京都内のマンションに軟禁状態にされ、ブローカーとつながる都内の性風俗店で、毎日自分の体を売ることを強要させられました。パスポートと財布を取り上げ、経済的に拘束し、逃げ出しても「来日するための手数料が借金としてあるから働け」と脅し、逃げられないようにしていました。
こうした情報が私たちに入ってくるのは、本人からではありません。今回のケースでは彼女が一番信用できる韓国の知人にまず連絡が入り、その人が現地のNGO(非政府組織)や警察などの機関を通じてポラリスに頼ってきました。
彼女からのSOSが私たちに入ってから数日、本人と話して信頼を得て、軟禁されているマンションを突き止めました。本来ならこのような救出は私たちの仕事ではないですし、警察などが介入するのが筋です。しかし、女性は警察の介入を最後まで拒否しました。ですから私たちも警察や行政機関への支援要請はできなかったのです。
何度か警察に通いましたが、「女性が真実を話しているのかが分からなければ、何も答えられない」「本人が窓口に来なければ何もできない」と事実上拒否され、私たちは途方に暮れました。仕方なく、私たち自身が軟禁された女性を救出しなければなりませんでした。今だったら助けに行っても大丈夫というタイミングを彼女に教えてもらい、スタッフといざ彼女のいる部屋を訪れました。
初めて会う彼女は、腹をくの字に曲げ、辛そうな表情で壁に寄りかかっていました。すらりとした女性だと思いましたが、つぶさに見ると、ひどく痩せこけ、やつれていることが分かりました。性感染症が悪化して骨盤が炎症をおこし、歩くのもままなりません。彼女を2人がかりで担ぎ、そのまま病院に直行しました。後から聞くと、彼女は保護したその日も、加害者によって売春を強要させられていました。こんな状態でもなお、性を買うことができる日本人がいることに、ひどく驚き、落胆しました。
憧れだった日本で受けた仕打ちに、彼女が絶望したのは言うまでもありません。2度と日本には来ないと言い残し、帰国していきました。日本人として、これほど悲しい現実はありませんよ。
発見できるのは、ほんのわずか
けれども、こうやって見つかるケースは本当に少ないんです。
お話したのは外国人の例ですが、自分の意思に反して労働や性的な仕事を強要されるケースは、絶対数で言えばもちろん日本人の方が多い。10代、20代の女性が、加害者が出会い系サイトで募った買春客の男性たちとセックスをさせられ、その売り上げを加害者に搾取されています。これもヒューマン・トラフィッキングの一例です。人身取引の問題の本質は、他人を利用してお金を搾取することであって、人が国と国を移動するかどうかは無関係です。
こうした被害は、どの程度あるのでしょうか。
藤原:私たちの調査では、全国に5万4000人はいると推定しています。けれど、売春・性風俗産業は、違法と合法の境界がとても曖昧です。そこで行われている人身売買は、実態が見えにくく、正確なデータは警察すらも把握していないでしょう。私たちもこの数字は、本当に劣悪な人身取引のみを考慮した、控えめな数字だと考えています。最近の傾向としては、本人を追い込むことは珍しくて、ぎりぎりのところで搾取を続けていくブローカーも少なくありません。そういった女性たちは、調査に含まれてこないんです。
大人の女性だけでなく、子どもたちが犠牲になっているケースも本当に多いです。私たちが関わったケースでは、コロンビアの15歳の女の子が日本中のストリップ劇場を連れ回され、本番行為を強要され続けていたこともあります。日本の18歳未満の子どもたちが被害にあう買春・ポルノ被害は毎年5000件を超えます。
個人的な感想ですが、子どもの性の商品化に対して、日本という国は悪い意味で「おおらか」だと思います。15年以上前から存在する「援助交際」という言葉1つ取っても、子どもの性を商品化する傾向は強く、その悪印象が世界中に広まっていると感じます。
もちろん、自分の意思でやっている子たちもいるのでしょう。でも、子どもの性を利用していることには違いありませんよね。国際法上、援助交際(児童買春)はれっきとした人身取引です。
なぜこうした問題が、あまり日本では大きく取り上げられないのでしょうか。
日本は性をタブー視する
藤原:日本が性の売買というものを容認しながら、セクシュアリティーとしての豊かな性全体をタブー視するということが大きいと思います。こうした問題を正面から議論できる場と機会が極端に少ないと感じています。性風俗産業で働いている女性たちのイメージも、私からすると、見た目はすごく綺麗に装飾されていると思います。何か、華やかというか、健全な印象を与えるというか。実態はそうではないのにもかかわらず、です。
しかし、実際には産業自体も社会も働く女性を差別し、労働問題、ハラスメントなどの人権侵害、そして人身取引が起きているわけです。
人身取引被害を受けた女性たちは、毎日確実に増えています。今のままではその傷が癒えることはないし、私たちが救った女性たちも残念ながら、自立した生活を送るのがすごく難しくなっています。20代、30代という、本来なら恋愛や家庭を持つことなど充実した生活が送れる時期に、虐待の結果、心身ともに疲れ果ててしまいます。中には仕事もできず、ただ自宅や医療機関、保護施設などにこもりっきりという状態に陥り、結果的に生活保護といった形で行政の支援が必要になることも多いです。
具体的には、どんな対応が必要なのですか。
藤原:日本でこうした問題が解消できない1つの理由は、行政の対応です。日本では海外のように行政に正式な人身取引の相談窓口はありませんし、先の韓国女性のケースにもありましたが、本人からSOSが発信されていても、その駆け込み寺となる窓口が存在しません。早急に政府が我々と一緒にこの問題に対応すべきだし、そのためには法律が必要と考えます。
もう1つは、人身取引に対する認識です。現状では、警察や行政に人身取引被害を届け出ても、自分が被害者だと認めてくれないかもしれないリスクがあります。安全が保証されないのなら、助けを求めても仕方がないと、被害者は感じています。
何が起きているかと言うと、日本では人身取引の被害者が安心して支援を受けたいと思うような制度がないから、警察に届け出ずに、そっと母国に帰りたいという人たちが続出しています。彼女たちの被害状況は明らかにされないまま去っていくので、また新たに同じような被害に遭う子たちもいるし、何よりもブローカーや、その人身取引の加害者たちを野放しする悪循環に陥っています。
もちろん、政府も何も対策を打っていないわけではありません。日本政府は人身取引問題の解決に向けて2004年に行動計画を作り、2009年にも計画をリニューアルしました。人身取引の問題を学校の教科書に取り上げて周知を図るなど計画案もありますが、実質的にはほとんど行われていません。それは、市民だけでなく、現場の警察、それから福祉職員や法律の専門家も問題に対する意識が低く、まだまだ国内にいる被害者が安心して被害状況を話せる状況ではないからですよ。
米国では、国務省の中に人身取引撲滅のための対策室を設けて、国が自ら取り組んでいます。やはり政府の姿勢というのは大きいんです。
日本は一刻も早く、公式の相談・通告窓口を設けて、警察・入国管理局などの現場で人身取引被害者への対応ができる体制を敷く必要があると思います。その前提として、一般の方々にも、日本が人身取引大国であるという認識を持っていただきたいし、反人身取引への世論を形成していく必要があります。
まずはリアリティーを持ってほしい
これを読んだ人ができることは何でしょうか。
藤原:詰まるところ、まずリアリティーを持つことが大事だと思っています。男性には、自分の親戚や、娘さん、妹やお姉さんが、人身取引の被害に遭ったらどうかと想像していただくと、きっと意識が変わると思います。
実際、自分の大切な人たちが人身取引の被害に遭っている人は珍しくないんですね。うちの長期的な寄付者の1人は、自分の妹が実はずっと性風俗産業で彼氏と思っていた人に仕事をさせられていたと言います。「だから僕は妹みたいな被害者をこれ以上、作り出したくないから」と言って、ずっと寄付を続けてくれています。
私自身は、この問題に対する解決策は、教育にあると思っています。仕事でよく、児童施設や学校で講演することがあるのですが、今の人身取引の実態を話しながら、男の子は自分の体を守る、性暴力に遭わないようにすると同時に、将来、性を買わない人、性を軽々しくお金で解決しない人になってほしいと常々語りかけています。時間はかかるけれど、やはり小さい頃からこうした考えを教えていかなくては、変わらないと思います。
今の日本は、あまりにも子どもたちに対しての正確な性の情報が欠けていると思います。あるのは、大人向けの商業的な作りものの性文化です。お金で性を買うというのは、もちろん昔からあるものですけれども、その中で無理やりやらされる人たち、子どもたちがいることを、早く社会が認識してほしいと思います。
企業としてリスクがあることも認識すべし
企業としても、人身取引、特に性的搾取目的の人身取引がビジネスのリスクになることが大いにあります。例えば、日本企業は今後さらに海外展開を進めると思いますが、海外では欧米でもアジアでも買春・ポルノ問題は日本よりも厳格です。被害児童の幼少化が進んでいますから、各国も次々と子どもに対する暴力の厳罰化を進めています。その中で、社員が若い女性を買い、仮に子供だった場合、その影響は社員にとどまらず、会社にも大きなリスクとなるでしょう。
接待として性サービスを伴うところに連れていかれる。このような接待も、最近の動きでは、例えば英国の「Anti-Bribery Law」のように、厳しく禁止され、接待される側にも罰則規定が科されます。万が一社員にこうした事件が発覚した場合、「知らなかった」では済まされない時代になっていることを認識すべきです。
困難は多いですが、同様の問題意識を持った10代から60代のスタッフやボランティアの皆さんと日々、人身取引のない日本にするために活動していくことが励みになっています。「何か、おかしい」。人身取引に対して多くの人が関心を持ち、こうした意識を持ってもらうことが、私自身のライフワークであると思っています。
蛯谷 敏(えびたに・さとし)
2000年、日経BP社入社。通信業界誌『日経コミュニケーション』記者を経て、2006年より日経ビジネス記者。情報通信、ネット、金融、不動産、政治、人材など色々担当。「一極集中」から「多極分散」へと移り変わる様々な事象をテーマに日々企画を考えている。
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121102/238972/?ST=print
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