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もはや、中国と日本の国家間の対立が明確化しつつあることは誰の目にも明らかだが、そんな時期に計ったようなタイミングで自民党の総裁選が行われ、安倍晋三氏が総裁に選任される運びとなった。
安倍氏の再登場を批判する向きもあるが、外交問題が政治の最重要課題となってきた現在、無難なところに落ち着いたかと思う。無論、現在の自民党を手放しで礼賛するつもりはさらさらないが、ここは党に関係なく保守政治家に任を委ねた方が無難だと思う。
以前、安倍氏が総理大臣だった時代も、海外の左巻き国家からは評判が悪かったことは記憶に新しいが、再度、安倍内閣が復活する可能性が浮上してきたことから、同国家はまるでアレルギーを発症したかのように危機感(?)を煽っているかに見える。
当初、反米親中の姿勢だった民主党は左巻き国家に重宝がられていた(=利用されていたという意味)フシがあるが、親米反中の保守勢力が前面に出てくると左巻き国家は条件反射的に嫌悪感をあらわにする。
石原都知事や自民党の石破氏や安倍氏、その他保守論客の影響からか、最近よく聞かれるようになった言葉が「右翼」や「右傾化」という言葉だ。少し前には「草食系男子」という言葉が流行り、日本の若者は保守化しつつあることが問題となっていたが、今後は違う意味で「右傾化」しつつあることが問題視されそうだ。
3年程前には『なぜ若者は保守化するのか』という本が話題になったが、この調子でいくと近い将来、『なぜ国民は右傾化するのか』というようなタイトルの本が出てくるのかもしれない。
ところで、上述した「左巻き国家」の中には当然、中国も含まれている。しかし、その中国国民とて、中国国内から観れば立派な「右翼」である。と言うよりも世界中の人々はほぼ例外なく自国内では「右翼」だ。これは当たり前の話で、オリンピックなどを観ればよく分かる。
例えば、サッカーなどでは、相手国のゴールネットにサッカーボールがタッチすることで、自国の国民(サポーター)は狂喜乱舞する。まるで一国の英雄を称えるかのような感情的なその光景は、尖閣諸島にタッチした香港の右翼団体を観て狂喜乱舞した中国国民の姿とダブって見える。
しかしそう考えると、中国国民は内心では《尖閣諸島=日本の領土》という認識を持っているということになる。尖閣諸島を端から自国の領土だと認識しているのであれば、“オウンゴールして喜ぶ国民”というのはどこか不自然だ。
話が少し俗論に傾いてしまったが、オリンピックで自国を応援する国民の姿を観れば、それが母国を愛する国民の姿(ナショナリズム)であることが分かる。中国も例外ではない。
自国内で自国が悪くなることを願う「左翼」が大手を振って闊歩しているのは、日本ぐらいのものであり、それは良く言えば「絶海の孤島の天然記念物」、悪く言えば「ガラパゴス島の絶滅危惧種」でもある。
右翼や左翼の定義についてツッコミが入りそうなので、ここでウィキペディアの「右翼」の定義を簡単に以下にまとめておこう。
「左翼も右翼も相対的な用語であり、何を「左翼」や「右翼」と呼ぶかは時代・国・視点などによって変化するが、一般的には、保守的・国粋主義的な思想の傾向を指すものを右翼と呼ぶ」
しかしながら、日本では、思想的な認識において以下のようなズレがあると思われるので、この説明をそのまま鵜呑みにすることはできない。ここでは解り易くするために、「左翼」と「右翼」の間に「保守」という言葉を挟んで考えてみよう。
【世界】右翼 → 極右【日本】
【世界】保守 → 右翼【日本】
【世界】左翼 → 保守【日本】
【世界】極左 → 左翼【日本】
日本では、世界と認識が一段ズレており、「保守」が「右翼」と認識され、「左翼」が「保守」と認識されていると考える位が丁度よいのかもしれない。
日本では、感情的に「脱原発」を唱えている人物が「保守」と思われているフシがあるが、これも認識のズレが招いた曲解だと言える。真の「保守」というものは、あらゆる観点から日本の将来を考えた上で、理性的に物事を判断するものであって、物事の一面だけを観て感情的に危機を煽るのは「保守」ではない。たとえ現在の自分自身にリスクが及ぼうとも、将来的な繁栄を願うのが「保守」である。目の前にあるリスクを無くすことだけに躍起になるような人物のことは「保守」とは呼ばない。そういった人物は一般的に「左翼」と呼ぶ。原発問題だけ見ても、日本では「左翼」が「保守」になっていることがよく分かる。
ゆえに、現在騒がれている「右傾化」とは「保守化」のことであり、特に問題視する必要もないと思われる。
世界の常識に照らすと、日本で言うところの「右翼」とは、世界全般的には「保守」のことを意味するので決して恥ずかしいことではない。国際的に翻訳化した意味合いで「保守化することが悪い」というような国内世論が出てくること自体が馬鹿げていると考えるべきである。
もちろん、「保守」という言葉も先程の「右翼」と同様、相対的な用語であるので、反論も多々あると思われるが、ここで述べたことは、ごく限られた小さな範囲の中での思想論であることだけはお断りしておきたい。一般的な常識の範疇でご理解願いたいと思う。
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