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社民党本部が入る東京・永田町の「社会文化会館」が、老朽化から近く取り壊される。建設から49年。自前の党本部を持たない政党も増える中で、歴史的建造物だが、東日本大震災を機に、「使用禁止」と判断された。かつては、皇居方面を見渡せる結婚式場としても使われた。党本部は今月末、賃貸ビルに移るが、党の歴史を見守った浅沼稲次郎元日本社会党委員長の胸像が持ち込まれないなど、衆院選で国会議員数が減少した党と同様、寂しいお引っ越しになりそうだ。
1月のある日、訪れた社会文化会館は、静まり返っていた。東京五輪が開かれた1964年(昭39)完成で、地上7階、地下1階。ロビーには、党の前身日本社会党の委員長で、60年、演説中に刺殺された浅沼稲次郎の胸像がある。上の階は、廊下の電気も消えていた。各階には会議室や、688人収容の三宅坂ホールもあるが、現在使われているのは党本部が入る4階だけ。その中で、職員が引っ越し作業に追われていた。
国有地を借りて建てられ、来年は50年の節目だが、時の流れに伴う老朽化に勝てなかった。80年代に1度改装されたが、大地震が建物の運命を変えた。
95年の阪神・淡路大震災後、設計図面上の簡易診断で劣化への不安が浮上。改修話も出たが、執行部が変わるたび、一からの検討が繰り返された。11年の東日本大震災で壁のコンクリートが一部落下、見た目も危険な状況に陥った。昨年6月に始まった耐震診断で出た結果は、「即時使用制限」。文部科学省が学校対象に行う厳しい基準では、事実上の「使用禁止」だった。
党側は「建て替えには30億〜40億円かかるが、そんなお金もない。改修でも配管をすべて変えなくてはならず、建て替えと同じ。職場環境の安全を考え、無理だと判断した」。準備に入った途端に、衆院解散。解散時の5議席は2議席に減り、衆参計6人の小所帯になった。党の存在を左右する7月の参院選を控え、「再出発」の移転になる。
党は、近くの坂の名称にちなみ「三宅坂」と呼ばれる。崩れかけた建物を前にすると、「三宅坂がなくなるなんて」という反対意見も、消えたという。地下の食堂は閉鎖し、ホールは使用禁止。民間にも貸していた会議室は、予約をやめた。党関係者は「すべてが重なって一気にきた、という感じです」と、話す。
移転先は、官邸近くのビル2フロアだが、広さは今の10分の1。そんな事情で、党の「宝」も持ち込めない。ロビーの胸像と、ホールにあるスタインウェイ社製のグランドピアノだ。胸像は石製で重く、移転先に置けず、遺族とも相談し保管先を探している。日本社会党時代に特別発注されたピアノは、63年製。状態は良く「これから音色が良くなる」とお墨付きも得たが、こちらも置ける場所がなく、業者に引き取ってもらう予定だ。
引っ越しは今月26、27両日。当初、OBやゆかりのある関係者を招いたお別れ会の計画もあったが、衆院選敗北も影響し、見送られた。建物は今春にも取り壊され、土地は国に返納される。【中山知子】
[2013年1月14日9時13分 紙面から]
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20130114-1071817.html
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