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小沢一郎&平野貞夫
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2013年01月10日 「小沢一郎応援団」champion
<メルマガ・日本一新・通巻第143号>
日本一新の会・代表 平野貞夫妙観
○ 小沢一郎さんとの懇談(要旨)
年明け1月5日(土)、久しぶりに小沢さんと懇談する機会が
あった。私が「暮れから正月にかけて、小沢さんが平成元年に海
部自民党政権の幹事長に就任して以降からの関係書物を読み返し
ました」と話すと、強い関心を示し、約四半世紀の平成政治につ
いて議論することになった。
1)米ソ冷戦の終結を、
「パンドラの箱を開けた」と喝破した小沢一郎の歴史観!
まず私が、「衆議院事務局時代に貴方と議論して、これはただ
者ではない。普通の政治家ではないと驚いたことがありますが、
何かわかりますか」と、少し意地悪な話をしたところ「何だった
か話してくれ」とのこと。
平成元年12月2日、マルタ島でブッシュ米大統領とゴルバチ
ョフ・ソ連書記長による会談で東西冷戦を終結させたとき、小沢
さんと私とで議論したことを会話風にまとめると、
平野:米国の資本主義の勝利ですね。これからは平和な時代が期
待できますよ。
小沢:否、米ソ冷戦の終結は、パンドラの箱が開いたのと同じだ。
各地で民族や宗教がからんだ紛争が発生し、経済は市場原
理の競争を激化させ、国際的混乱が始まるよ。
私の話に小沢さんは「憶えているよ」と静かに語ったが、この
24年間の世界の歴史は、小沢自民党幹事長(当時)の、歴史観
の通りとなった。加えて、この直後の小沢幹事長の要請が普通で
はなかった。
「平野さんすまんが、日本が明治時代に議会政治を導入して以
降、世界政治の大変動によって日本国内の政治構造がどんな影響
を受けたか、調査してくれないか」というものだ。こんな感性の
政治家に付き合ったのは、衆議院事務局に奉職して初めてであっ
た。私は直ちに着手し、レポートにまとめた。これを紛失したこ
とは誠に残念なことだが、その要旨は鮮明に記憶していて、結論
は「世界で政治が大変動したとき、日本では政党再編が起きてい
る」ことであった。
小沢幹事長は「日本は米ソ冷戦中、日米安保体制に縛られ、5
5年体制というか、自・社馴れ合い政治を続けてきた。これでは
激しい国際情勢に対応できなくなる。各政党が責任を持つ政治を
行うためには、政党再編により、政権交代ができる仕組みへ変え
ざるを得ない」との考え方をまとめた。小沢さんは、私のレポー
トをもって竹下元首相に説明に行く。竹下元首相は「公明・民社
とパーシャル連合でしのげる。政権交代で自民党が政権から下り
るような政治改革は必要ない」と、理解しなかったと聞かされた。
こんな思い出話もした。
2)政治改革は自民党の
『政治改革大綱』(平成元年5月)から始まった!
竹下首相はリクルート事件の責任をとっての総辞職にあたり、
自民党の政治改革委員会(会長・後藤田正晴)がまとめた『政治
改革大綱』の実現を、自民党の衆・参両院議員に要請した。この
中には衆議院に比例代表制を加味した小選挙区を導入し、政権交
代を可能とすることなど、重要課題があった。その竹下元首相が
1年も経ないうちに「自民党が政権から下りるような改革は必要
ない」と主張するところに、自民党の政治文化、否、日本の政治
文化の特徴がある。
しかし、当時の自民党には本気で政治改革を考えていた人たち
がいた。曰く、伊東正義、後藤田正晴、海部俊樹、羽田孜、小沢
一郎氏らであった。平成時代になってからの政治紛糾は、この、
『政治改革大綱』の実現をめぐって、与野党にわたり、真に日本
を改革しようとする勢力と、改革の仮面を被って、既得権益を守
ろうとする勢力との闘いであった。
それは今日でも続いているといえる。これについては小沢さん
も同じ認識であった。
政権交代を行い易くする衆議院の選挙制度の改革は、『政治改
革大綱』の趣旨を生かして実現する。その時の政権は、自民党で
はなく非自民細川連立政権であったことは歴史の皮肉といえる。
その主導者のトップが小沢一郎という政治家であったことは誰も
否定できないだろう。しかし、衆議院可決で参議院否決の「政治
改革法案」を、党首会談などの政治決着で成立させたため、制度
への批判は多く残っている。
二人の議論で深刻な話もした。平成21年8月の、総選挙によ
る民主党への政権交代は、当時の小沢さんを中心とする民主党の
政権交代への叫びと、国民の期待がもたらされた歴史的なもので
あった。昨年12月の総選挙による自民・公明両党への政権交代
も、自公両党の政権復帰への執念と選挙制度の結果であることは、
同じといえる。巨大メディアの不公正な報道や、選挙管理の不正
といった指摘も数多くあるが、ここでは敢えて、その問題には触
れない。
総選挙の結果、民主党が壊滅的崩壊状態となった。これからど
ういう理念と政策で臨むかという方向性が見えなくなった。自公
両党が衆議院で325議席と、憲法上の再議決を可能とする巨大
政権が実現した。民主党の中には「自公民路線」という考えを持
つ人たちがいる。状況によっては議会民主政治の魂である「政権
交代」を忘却する可能性もある。さらに「日本維新の会」や「み
んなの党」は、自公政権に是々非々で臨むと公言している。共産
党が「栄光ある孤立主義」を続けており、それは、結果的に大政
翼賛会体制に協力しているといえる。小沢さんの指導する「生活
の党」(衆議院7名・参議院8名)が、政権交代の理念を堅持す
る唯一の“核”となった。
歴史とは皮肉なもので、政権交代を行い易くするための政治改
革だった「小選挙区比例代表並立制」が、結果として大政翼賛会
体制をつくることになった。重くて暗い思いに陥る。しかし、よ
く考えてみると、制度に完全無比なものはない。問題は制度に関
わる人間の側にある。暮れの総選挙では「自公」または「民主」
の政権争いに、「第三極」がまとまって挑戦する構図が期待され
ていた。小沢さんは「第三極」の結束を強く主張したが実現を見
なかった。
原因は、第三極といわれた主要な政党が、それぞれ自己の利益
にこだわったことにある。政党は自己主張だけでは政治はできな
い。健全なデモクラシーは、政治に関わる人間の自己抑制によっ
て実現するものだ。根本問題は、日本人全体のデモクラシーに対
する感性にあるのではないか、こんなことも話題となった。
私たちは先の総選挙の結果に悲観することはない。新年になっ
て真に国民のためになる国づくりのために、健全なデモクラシー
を実現しようという動きが、全国各地で始まった。小沢さんにと
って、平成の約四半世紀の時は、国民と国家のためという活動で
多くの実績を残した歴史であった。もう一度原点に戻って、本物
の国民主権を確立する機会を天命が与えたのではないか。これが
小沢さんとの懇談後の私の感想であった。
そしてまた、「日本一新の会」に寄せられる期待も同じ基軸に
あり、老体を労りながら、もうひと働きせねばと家路についた。
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