03. 2013年1月08日 02:47:02
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【第12回】 2013年1月8日 インフレ・ターゲティングは万能薬か 超金融緩和論の論点を整理する ――ダイヤモンド社論説委員 辻広雅文 安倍晋三首相が昨年12月の衆議院選挙期間中から「デフレ脱却のために大胆な金融緩和を求める」との発言を繰り返したことから、世間の耳目は金融政策を所管する日本銀行に集まっている。 日銀は、今月21、22日に金融政策決定会合を開く。そこでは、安倍晋三首相が強く求めている「物価目標」の導入が決定され、しかも2%という数値が目標とする物価上昇率として盛り込まれる、と多くのメディアが規定路線のように報じている。 だが、物価目標(インフレ・ターゲティング)がいかなる効果を持つのか、2%の物価上昇率の実現可能性はどれほどあるのか、多様な観点から検証され、広く議論が起こっているとは言いがたい。以下に、物価目標に関わる基本的な論点を整理した。 論点1:「デフレ脱却」とは何を意味するのか つじひろ・まさふみ ダイヤモンド社論説委員。1981年ダイヤモンド社入社。週刊ダイヤモンド編集部に配属後、エレクトロニクス、流通などの業界を担当。91年副編集長となり金融分野を担当。01年から04年5月末まで編集長を務める。主な著書に「ドキュメント住専崩壊」(共著)ほか。 デフレは通常、「物価が下落し続けること」と定義されている。この定義にしたがうと、物価が上昇基調に反転さえすれば、デフレを脱却することにはなる。だが、多くの人々が「デフレ脱却」という言葉に託す意味は、端的に「景気が良くなる」ということであろう。
すなわち、「企業収益が向上し、賃金が上昇し、雇用も増加し、物価も上昇する」という経済状況全体が改善する状況を指していると思われる。実際、物価の代表的指数である消費者物価指数(CPI)上昇率は、2008年夏には2%を一時的に超えたが、石油や食料価格の上昇による資源価格の高騰によるもので、経済状況はむしろ悪化し、家計にダメージを与えた。敢えて言えば、「物価上昇」と「デフレ脱却」は別物であり、そこに物価目標を巡る議論が混乱する原因がある。 むろん、景気が上向き、経済状況全般が改善されれば、物価はその結果として上昇するのだから、物価の上昇は、本来的な意味でのデフレ脱却の計測指数として重要である。日銀は、およそ1年前の2012年2月14日、「中長期的な物価安定の目途」を公表、当面の目途としてCPI上昇率1%を掲げ、1年ごとに点検をする、とした。だが、現状では1%という目途に達するどころか、依然としてプラスにさえ転じていない。したがって、日銀は、目途と現状が乖離している要因に加え、金融政策当局としての何をなしえて何をなしえなかったのか、を国民に説明しなければならない責任を負っている。 それでは、CPI上昇率がマイナスである現状からみて、安倍首相が求める物価上昇率2%という高い数値の実現可能性はどれほどあるのだろうか。日本は1990年代に入ってバブル経済が崩壊、1998年にCPIが下落に転じて以来、デフレ経済と呼ばれるようになった。物価下落問題は、1990年代以降の長期経済停滞の代名詞のように言われてきたのである。 だが、CPI上昇率の低下傾向は、それ以前から現れていた。1980年代後半のCPI上昇率の平均は1.3%であり、86年からの3年間は0%台であった。バブル経済が生成し、資産価格が高騰し、絶頂に向かう歴史的な5年間においてすらも、CPIは2%に達していなかったのである。オイルショックの影響が残る1980年代前半は2%台であるが、その後は、バブル景気の影響が尾を引く1990年代初頭と国際商品市況が上昇した2008年の一時期を除けば、2%台は記録していない。この過去の経緯からだけでも、2%達成の実現可能性には困難を感じざるを得ない。 仮に、2%を目途あるいは目標として掲げるのであれば、1980年代後半から日本経済にいかなる構造変化が起こったのかを改めて分析し、対処する経済政策を金融政策との両輪とする必要性がある、と思われる。 論点2:金融緩和は不十分か 安倍首相は物価上昇率2%達成のために、「大胆な金融緩和」を日銀に求めている。言い方をかえれば、「これまでの金融緩和では物足りず、不十分だ」、ということである。では、金融緩和はどのように物足りず、不十分なのだろうか。 日銀は2010年10月、新たな金融緩和策として「包括緩和」を導入、「資産買入等の基金」を35兆円規模で設置、国債を中心に指数連動型上場投資信託などのリスク性資産の購入も開始した。この基金はその後8回に渡って規模拡大が決定され、2012年末の積み上げ実績は65兆円、2014年末までには40兆円弱がさらに積み上げられ、101兆円に達する計画となっている。 また、「成長基盤強化支援制度」が金融機関向けに3兆円規模で創設され、現在は3兆5000億円程度に拡大、2014年末には2兆円が積み上げられる予定だ。さらに、日銀は「貸出増加支援制度」を2012年12月に新設、金融機関が融資残高を増やせば、その全額を低利、長期、無制限に供給する体制を整えた。この新制度の15兆円分を加えれば、今後に新たな50兆円を超える資金供給を予定していることになる。こうした政策を合計すれば、現在の実績残高である65兆円から120兆円超へ、二倍近い規模への拡大である。 日銀に対しては、これまで米国、ユーロと比べて金融緩和規模が小さいとの批判が付きまとってきた。だが、2008年9月のリーマンショック以降の米国、ユーロ圏、日本の資金供給量の増加率をGDP比で比較すると、それぞれ10.7%、8.8%、9.6%となり、さして相違はない。ここに日本は、GDPの約10%に当たる50兆円超がさらに加わるのである。 こうしてみると、資金供給規模の観点からは、金融緩和が物足りず、不十分である、とは言えないのではないだろうか。それとも、安倍首相は何らかの根拠を持って、さらなる規模拡大が必要だと確信しているのであろうか。あるいは、安倍首相の言う「大胆さ」とは、規模ではなく、買入資産の中身あるいは機動性といった金融政策の方法論にまで踏み込んだ要求なのだろうか。 金融緩和の目的は、資金が大量に供給され、それが世の中に行き渡り、家計の消費や企業の投資に結びつくことで、経済が活性化することにある。ところが現状は、資金が大規模に供給されているにもかかわらず、消費や投資に盛り上がりは見えない。資金はどこで目詰まりを起こしているのだろうか。 たとえば、東証一部と二部上場企業のなかで1995年度から連続してデータ取得可能な1260社の決算を見ると、現金・預金等の合計は47兆円に上り、およそ45%の企業が実質無借金経営を実現している。つまり、企業に手元資金は十分に確保されている。それにもかかわらず設備投資が活発化しないのは、資金供給が不足しているからではなく、他の理由によって、経営者の投資意欲が向上しない、あるいは投資機会がないと判断している、と考えるのが自然であろう。そうであれば、その理由がどこにあるのかを検証して、取り除く政策が必要不可欠と思われる。 論点3:インフレ・ターゲティングは機能するのか 数値をもって物価目標を設定するということは、金融政策において「インフレ・ターゲティング」といわれる制度を導入するということである。インフレ・ターゲティング導入国は、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデンである。以下の図表を見ていただきたい。 カナダ、オーストラリア、ニュージーランドは、数値目標に一定の幅を持たせている。この三ヵ国に加えて、2%と規定している英国とスウェーデンにしても、政府と中央銀行の間には、インフレ率が数値目標から乖離することをあらかじめ想定あるいは許容する、との了解がある。また、その目標数値の決定を政府だけで行うのは英国だけであり、他の四ヵ国は中央銀行が関わるか、あるいは決定権を持っている。
インフレ・ターゲティングを採用していない米国やユーロでは、物価安定に関する数値的な目標や定義は中央銀行が決定している。達成期間については、中長期とされるケースが多く、期間を定めている国は少ない。期間を定めている国においても、実態的には伸縮的な運用がなされており、短期的な達成を要請する制度設計にはなっていない。 ここで、二つの事例を検討してみよう。論点1で述べたが、2008年夏のように資源価格の高騰などで短期的にCPI上昇率が2%を突破することはありえる。だが、仮に物価目標が2%とするインフレ・ターゲティングが導入されていて、現実の数値が目標を超えたからといって、経済状況全般が改善されていないのに、中央銀行が機械的に引き締めに転じるのは適切ではないことは言うまでもない。 また、歴史に教訓を求めるならば、1980年代後半のバブル生成期には、物価が極めて安定していたにもかかわらず、資産価格の急激な上昇が起こったことが挙げられる。こうした場合に、中央銀行が対処を怠れば、金融的不均衡が増大し、金融システムが不安定化してしまう。 したがって、インフレ・ターゲティングは金融政策の方向性を示すフレームワークであり、中央銀行には中長期を見通し、経済全般に目配りした柔軟な金融政策が求められる。言い方をかえれば、インフレ・ターゲティングは、それを導入しさえすれば経済状況を改善かつ安定化させるという「魔法の杖」ではない。リーマンショック後に金融危機に見舞われた英国のマービン・キング・イングランド銀行総裁は、2012年2月の会見のなかで、「インフレ・ターゲティングでは金融的不均衡の増大を防げなかった」と述べている。 論点4:為替は日銀の責任か 安倍首相は1月4日の年頭記者会見で、2%の物価上昇率とともに円相場についても、「日銀の金融政策が決定的に重要だ。責任を持って対応してもらわなければならない」と述べた。昨年来、電機産業などの国際競争力低下に対する危機感に加え、デフレ脱却への有効な方法のひとつとして円高是正が強調され始め、その主要な役割を日銀が果たすべきだという議論が広がっている。たとえば、日銀による外債購入論である(安倍政権では、官民で外債を購入するファンド構想があると伝えられる)。 為替政策は現在、日銀法上、財務省の専権事項とされている。1997年の日銀法改正によって、日銀の為替市場介入権は法律上も明確に否定され、財務省に一元化された。したがって、明確な形で日銀が為替政策に関与すれば、日銀法違反ということになる。外債購入論を支持する人々は、外債購入によってドル買い円売りを行うのは直接的な為替政策ではなく、グレーゾーンとして許容される、と判断しているのであろう。だが、仮に日銀単独であろうが、官民共同であろうが、外債を購入することが有効な為替政策になりうるのだろうか。 為替市場介入が財務省の専権事項とされたのは、為替政策は詰まるところ、通貨外交である、という整理がなされたからである。国家戦略に則って、ターゲットを決め、大規模かつ多様に介入し続けなくては成功しない。そのとき、最も重要なのは他国、とりわけ米国の理解とサポートである。日本だけの意志で達成できるものではない。だから、通貨"外交“なのである。したがって、世界各国が通貨安競争を行い、米国もまた製造業復活を経済政策の主軸とするなかで、日本が望むような円安誘導が許容されるには、安倍政権が各国とりわけ米国をどれだけ説得できるかが鍵を握っているのである。 論点5:名目3%、実質2%の成長は実現可能か 昨年、民主党、自民党、公明党の三党合意によって成立した消費税引き上げ法案の附則には、「名目成長率3%、実質成長率2%」が謳われている。したがって、民主党から政権を引き継いだ自民党にしても、これは極めて重要な数値である。それでは、実質成長率2%は実現可能な数値であろうか。 大まかに言って、実質成長率は、生産性(就業者一人当たりの実質GDP)の伸び率と就業者数変化率、つまり労働力の二つに分解できる。日銀のホームページに掲載されている資料によれば、1990年代の実質成長率の平均は1.4%で、それを分解すると、生産性伸び率が+0.9%、就業者数変化率は+0.5%の寄与度ということになる。 ところが、2000年代になると実質成長率は0.6%に低下した。生産性伸び率は+0.8%を維持しているものの、就業者数変化率は−0.2%となって、実質成長率を押し上げるどころか引き下げている。これは、1990年代まで増え続けた労働人口が、高齢化の影響で2000年代に入って減少し始めたことの結果である。 今後の就業者数変化率の見通しは、2010年代に−0.6%、2020年代には−0.8%となっている。この現状で実質成長率2%を達成するには、生産性伸び率を+2.6%に引き上げなければならないことになる。社会全体にさまざまなイノベーションの余地がある新興国では可能であろうが、成熟した先進国では困難な数字といわざるを得ない。したがって、仮に、実質成長率2%の達成を経済目標に掲げるのであれば、絶えざる生産性向上とともに労働人口を増加させる抜本的な経済政策が必要となるのである。 一方、いわゆるリフレ派の人は、大胆な金融緩和によって予想インフレ率が高まれば、設備投資が増加し、そのことによって生産性が上昇するとうシナリオを描く。だが、このメカニズムが働くには、金融緩和が予想インフレ率の上昇を促し、その上昇が設備投資の増加を促すという2段階にわたる仮定が実現しなくてはならず、果たしてこの経路が働くのかどうか、十分に検証されているとは言い難い。 論点6:日銀には信頼が置けないのか これまで日銀は、過去に例を見ない超金融緩和政策の正常化を二度、試みた。一度目は、2001年8月の「ゼロ金利」解除であり、二度目は、2006年3月の「量的緩和」解除である。安倍首相は一度目が小泉内閣の官房副長官、二度目は官房長官の職にあり、いずれの場合も日銀の判断には懐疑的であったと伝えられ、この不信感が物価目標をはじめとする日銀への強硬姿勢につながっている、と見られている。 実際、二度とも日銀が想定したような経済状況の改善が持続することにはならなかった。2001年8月のゼロ金利解除の後、秋には米国のITバブルが破裂、日本にも深刻な影響を与え、わずか半年後には量的緩和に追い込まれてしまった。言い方を変えれば、日銀はゼロ金利解除に際して、米国の好景気はバブルに支えられた異常なものではなく、一定程度持続可能なものである、と判断していたということになる。 また、量的緩和は、CPIの4ヵ月連続の上昇やGDPギャップの解消を根拠に2006年3月に解除され、当時の日銀は、政策金利を1〜1.25%にまで徐々に引き上げるシナリオを内々に描いていたと思われる。たが、後知恵で言えば、当時の経済状況の好転は、米国の住宅バブルに世界中が支えられていたためであった。世界の資金が米国に流れ込む不均衡の危うさを日銀が認識していなかったわけではないが、本質を見極めていたとはいいがたい。そうして日銀は三度目の超金融緩和策である「包括緩和」に踏み込まざるを得なくなった 有り体に言えば、日銀への信頼が高まらないのは、こうした過去の低調なトラッキングレコードが理由である。こうした状況を、池尾和人・慶応大学教授は、「赤字続きの経営者がどんなに高邁な経営論を展開しても説得力は乏しい」と解説する。日銀の主張する金融政策論が正当だとしても、実績が芳しくなければ、風当たりが強まるのは避けられない、というわけである。 なぜ、過去の実績が芳しくないのか、当事者のみならずさまざまに検証され、それらを教訓として学ぶのが日銀の義務である。だが、たとえ赤字続きだからといって、ある特定の経営指標の達成を外部から義務付けることができれば、経営状況が改善される、ということはまったくないのは、言うまでもない。 論点7:政府の役割は何か 安倍政権は金融政策において、政府と日銀の政策協定(アコード)を結ぶ意向だと伝えられている。政策協定の内容は明らかにされていないが、仮にインフレ・ターゲティングが導入されて、政府関与によって数値目標が設定されるのであれば、その達成については政府にも責任が生じることになる。 「達成手段は日銀の裁量に任されている」と、中央銀行の独立性に絡めて達成責任をすべて押し付けるのは筋違いであろう。これまで述べてきたように、物価の上昇は経済状況全般が改善され、景気が上向いた結果であり、そのためには金融政策に加えて、政府による経済政策が両輪となる必要があるからだ。 繰り返せば、論点1で指摘したように、物価上昇率が低下し始めた1980年代後半から日本経済と世界経済に、いかなる構造変化が起こったのかを改めて分析し、適切な政策対応と産業界の構造改革がなされているのか検証が必要だろう。また、論点2で触れたように、資金は十分に確保されているのに、経営者の投資意欲が向上しない、あるいは投資機会がないと判断している理由を突きとめ、解消しなければならない。 通常、考えられる理由は二つある。第一に、将来に向けて不安が先行し、確たる見通しが立たないことである。その代表例が、長期金利高騰の不安が付きまとう巨額の財政赤字であろう。第二は、成長市場が乏しいか、あるいは有望な成長産業があるにもかかわらず参入障壁によって守られているか、である。さらに、論点5で述べたように、絶えざる生産性向上のサポートとともに、労働人口を増加させる政策も不可欠である。 これらを踏まえれば、政府の役割は3つに集約される。第一は、マクロ経済政策であり、そのポイントはいかに効果的かつ効率的な財政政策を実行できるか、である。第二は、成長戦略であり、さまざまな規制緩和を行って新しい成長産業への投資を誘導する一方で、高齢者や女性などの参加率を高め労働人口の減少を食い止めるなど、日本経済の実力値を引き上げる多面的な取り組みが必要となる。第三に、財政規律を取り戻し、将来不安の解消を行うことである。 円安・株高が加速し、にわかに安倍政権への期待が高まり出した。だが、日本経済に与えられた課題はきわめて構造的なものであり、低下した実力値を持続的な取り組みによって引き上げることが求められている。短期間のうちに一挙に解決できるかのような幻想を与えることこそ、改革の妨げである。 【第258回】 2013年1月8日 加藤 出 [東短リサーチ取締役] 安倍政権の物価目標+2%は 何を値上げすれば実現するか? 安倍政権の要求に応じて、日銀は2%のインフレ目標を中心とする政策協定を政府と締結する可能性が高まってきている。 では、実際のところ、日本経済を2%程度のインフレの世界にするためには、どの品目をどの程度値上げすればいいのだろうか? すべての品目のインフレ率が平行移動することはあり得ない。グローバルに価格競争が激烈な耐久消費財(テレビなど)は、全体のインフレ率が5%を超えるような高インフレの新興国ですら、激しい値下がりを見せてきた。 米国のケースを日本と比較してみよう。2002年以降の米国の毎月のCPI(消費者物価指数)総合前年比の平均は2.4%。最近はやや下がって2%前後で推移している。一方、02年以降の日本の平均は▲0.2%だ。 自動車は、02年1月を100とすると、12年10月の米国は98.9、日本は98.4だ。テレビは、05年1月を100とすると、米国は12年10月は18.0、日本は12.1。やはり米国でも、それらの価格は上がっていない。となると、何が米国では値上がりを続けているのかを参考にする必要がある。 同様に02年1月を100として12年10月の米国の価格を見てみよう(カッコ内は日本)。食料費133.6(101.9)、公共交通料金131.5(100.2)、電気料金146.2(105.0)、医療費149.6(日本は医療サービスで99.6)、大学授業料198.8(日本は私立大学授業料で104.9)、ガソリン332.2(145.6)である。 このように生活コストに大きな影響を与える品目が、米国では大幅に上昇している。日本の家庭の支出における食料費、公共交通料金、光熱費、医療費、大学授業料、ガソリン代の合計は4割を超える。それらが上昇しないと、2%のインフレ目標達成は難しい。 一般的には、海外でインフレ率を低下させるために政府と中央銀行が協力関係を結んだ場合、政府は公共交通料金や光熱費の価格上昇を抑え込もうとする。また、政府は公務員の賃金をカットし、民間の労働組合には賃上げ要求を控えるように説得を試みる。中央銀行だけでインフレ率を短期に低下させることは困難だからである。しかし、今の日本でその逆を政府が行うのは容易ではない。 賃金が増えないのに生活コストが上昇したら、多くの人は不満を募らせるだろう。2%のインフレを単に実現することが必要なのではなく、賃金上昇と物価上昇の適度な「よいスパイラル」が起きるように、日本経済の基礎体力を強めていくことが大事である。 (東短リサーチ取締役 加藤 出) 【第2回】 2013年1月8日 主導国なき「Gゼロ」状態からの脱却なるか 国内は財政の信認失墜回避の「意志」に注目 ――三菱総合研究所チーフエコノミスト 武田洋子氏 2012年はまれに見る政治の年だった。日米中露仏韓と世界の主要国で、政権が替わるか、新政権が発足した。それを投影して経済も不安定だった。さて、安倍新政権は、対外的には日中、日韓の関係改善という難題を抱える一方、大幅な金融緩和と財政出動を掲げてスタートを切る。政府部門はGDPの200%にも達する借金を抱え、再生は容易な道ではない。「巳年」の巳は草木の成長が極限に達して、次の生命が創られることを意味するという。果たして、日本は再生の糸口を見つけらるのか。そうした状況下、2013年を予想する上で、何がポイントになるのか。経営者、識者の方々にアンケートをお願いし、5つののポイントを挙げてもらった。 たけだ・ようこ 三菱総合研究所政策経済・研究センター・チーフエコノミスト。 ジョージタウン大学公共政策大学院修士課程修了、1994年日本銀行入行。日本銀行では海外経済調査、外国為替平衡操作、内外金融市場分析などを担当。2009年三菱総合研究所入社。専門はマクロ経済、国際金融。社会保障審議会年金部会委員、年金財政における経済前提と積立金運用に関する専門委員会委員等 @「Gゼロ」状態からの脱却
理由:2012年は世界の選挙イヤーであった。5月のギリシャの総選挙を契機に、同国のユーロ離脱懸念が一気に高まったことは記憶に新しい。また、台湾、ロシア、フランス、米国、中国、韓国など主要国が、選挙もしくは政権交代を迎えた。11月には、米大統領選挙でオバマ大統領が再選されたほか、中国では習近平氏が中国共産党総書記に就任した。わが国も12月の衆議院総選挙で政権交代となった。 2008年のリーマン・ショック以降、世界のパワーバランスは変化しつつあるが、とくに選挙イヤーの2012年は、主要国のトップが内向き志向になり、国際政治が停滞した面は否めない。2013年は米国、中国、日本のG3で新政権が始動する。主導国がいないという「Gゼロ」状態から抜け出すのか、注目すべき一年となろう。 A米国の「日本化」回避のポテンシャル 理由:米国経済が「ジャパナイゼーション(日本化)」に陥るとの予測は依然として根強い。確かに金融危機後のバランスシート調整、高い政府債務残高、高齢化進展、金融政策のゼロ金利制約と、日本との共通点は多い。政府債務残高の対GDP比率をみると、200%超という異常な水準に達した日本ほどではないが、米国も100%を超える。米経済学者ラインハート教授とロゴフ教授によれば、同比率の90%超えは成長抑制のシグナルだとされる。 しかし、人口増加の継続、経済の新陳代謝の高さといった米国ならではの強みも見逃せない。さらに「シェール革命」という外交・経済面での大きな強みもある。2020年代半ばまでに、米国の産油量は世界最大になるともいわれている。2期目に突入し選挙から解放されたオバマ政権が、こうした強みを最大限に活かして成長力を高め、財政再建をも着実に進めることが出来れば、米国は「失われた20年」をたどったわが国とは異なる道を歩み始めるであろう。 Bくすぶるチャイナリスク 理由:中国経済が高度成長から安定成長へと移行するには4つのハードルがある。第一に、過剰投資問題だ。リーマン・ショック後の4兆元の景気対策により、GDPに占める固定資本形成比率は約45%に達した。その後、政府は不動産投資規制を強化してきたが、鉄鋼などの素原材料産業は建設需要を見込んで生産能力を増強したため、すでに過剰設備を抱えている。 第二のハードルは産業構造の転換だ。人件費の高騰により、これまでの安価な労働力に依存した「世界の工場」としての役割は限界に近づいている。今後は産業の高付加価値化が課題となろう。第三に、所得格差と社会不安がある。所得格差の度合いを示すジニ係数をみると、中国は米国をも上回る。新政権の求心力は未知数だが、格差に対する不満が社会不安につながりやすい点には留意すべきだ。最後に、人口問題がある。2015年にも生産年齢人口比率はピークアウトする。本格的な高齢化を控え、社会保障制度の整備も課題だ。 C問われる日本の「意志」 理由:安倍新首相は、消費税率を2014年4月から引き上げるかどうか今年の秋に判断するとしている。2013年夏頃の経済情勢が判断材料となりそうだ。現段階では、海外経済が相応のペースで好転したとしても、夏頃のデフレ脱却、まして2%の物価上昇率の達成は見通し難い。デフレが続くなかでの増税は政治的には困難な選択だが、仮に消費税増税が先送りされれば、財政の信認失墜のトリガーを引きかねない。 日本銀行公表の金融システムレポート2012年10月号によれば、国内金利が一律1%上昇するだけで、大手銀行に3.7兆円、地域銀行に3兆円の債券時価損失が生じる。ひとたび市場の信認が崩れれば、財政・金融システム・経済の負の連鎖は欧州の比ではないだろう。 D日本の強みを再認識する年に 理由:日本は5つの強みを持つ。まず、アジア各国がいずれ直面する高齢化や資源制約などの問題を、すでに一手に抱えている点だ。これは現時点では大きな課題であるが、潜在的には先行者利得のチャンスだ。次にハード&ソフトの強み。例えばインフラ輸出では、ハードの技術力とソフトの信頼性の両方を備える強みが生きるだろう。 3つめは金融の潜在力。家計金融資産は1500兆円を超え、邦銀のバランスシートや貸出余力も欧州銀と比べ健全・潤沢だ。成長市場に積極的に乗り出す好機だ。4つめは人材の力。震災後のサプライチェーン復旧の早さに、世界が驚いた。不可能を可能に変えたのは日本の「現場力」だ。 最後は女性力。女性の労働参加で成長制約要因である労働力減少の悪影響は緩和する。稼ぎ手が増え、世帯所得の増加に弾みがつけば、消費税収・所得税収を通じて財政再建にも資する。政府・民間がこれらの強みを再認識し果敢に行動すれば、2013年は新たな活路を拓く年となるだろう。 【第260回】 2013年1月8日 真壁昭夫 [信州大学教授] 米国、欧州、中国、日本――主要国の明暗やいかに? “政治の年”のリスクを解き明かすケーススタディ 2013年の米欧日中はどこへ向かうか? 社会の最上部に位置する政治機能の不安 米国の“財政の崖”やユーロ圏の信用不安問題、中国共産党内の権力闘争、わが国の経済運営などを見ていると、2013年の世界情勢に最も大きな影響を及ぼすのは政治であることがよくわかる。今年は“政治の年”と言ってもよいだろう。 世界中が固唾を飲んで注視していた“財政の崖”は、期限切れ寸前になってようやく回避された。最終的にはどこかで妥協案が成立すると見られていたものの、予想通り、民主党と共和党が意地を張り続け、1月に入ってやっと合意案の可決に漕ぎ着けた。 政治ゲームに一応の決着が付いたことには、米国民だけではなく、世界中の人々がほっと胸をなで下ろしていることだろう。 ユーロ圏の信用不安問題に関しても、ギリシャやスペインなどの南欧諸国に対する、ドイツやオランダなどの北欧諸国のスタンスはかなり頑強だった。問題発生の当初から、北欧諸国が柔軟な対応姿勢を示すことができれば、おそらく南欧諸国の信用不安に伴う社会の問題はこれほどまで発展することはなかったことだろう。これも、ある意味では政治の責任と言える。 また昨年、中国共産党内の権力継承に関して、かなり熾烈な政治的抗争があった。今や世界第2位の経済大国である中国で、経済合理性の通用しない権力闘争が発生することは、同国の経済や人々の心理にマイナスの影響を与えることは避けられない。それが中国だけの問題に収まればよいのだが、中国の動向は世界経済に大きなインパクトを及ぼすことになる。 わが国でも、機能不全に陥っていた旧民主党政権から、“アベノミクス”を標榜する自民党政権に移行した。問題は、自民党政権が、一段の金融緩和策と大規模な公共投資の二本立ての経済政策でわが国経済を立て直すことができるか否かだ。これら主要国のケースを見ても、2013年には政治の機能がとても重要な役割を担うことは間違いない。 もともと政治は、社会の中で最も上部に位置する機能だ。政治は税制や社会保障などの仕組みを決める権限を持ち、社会全体にとても重要な影響を与える。その意味では、政治は社会にとってなくてはならない機能である。 ただ、社会全体がスムーズに進んでいるとき、政治の機能はそれほどの存在感を示す必要はない。何故なら、人々は政治に多くを頼らず、毎日の生活を大きな不自由を感じずに過ごすことができるからだ。 しかし、一旦社会の中で無視できない問題が発生すると、政治の機能は重要性を増すことになる。大災害が起きると被災地に対する救援・復興策を決めたり、景気が落ち込んだときには景気対策を打つことが必要になるからだ。 2008年のリーマンショックが起きて以降、世界の経済は低迷期を迎え、多くの国は経済政策や社会の制度改革などが必要になった。それに伴って、政治の役割が大幅に増している。 主要先進国は、一斉に財政・金融政策を総動員して景気の下支えを行なってきた。それと同時に、バブルの後始末で財務内容が悪化した大手金融機関に公的資金を投入して、金融機関の救済に努めた。 その結果、いずれの主要国も財政状況が悪化し、南欧諸国などは深刻な信用不安問題が発生した。南欧諸国をメンバーに持つユーロ圏諸国は、危機的状態に瀕している南欧諸国を救済してユーロ圏の体制維持を行なうことを決めた。 政治のリーダーシップでは 根本的な解決ができない欧州諸国 ところが、ドイツやオランダなど北欧諸国の世論は、救済策の実施に伴う資金提供に反対する姿勢を示した。 本来、北欧諸国のメリットを考えれば、政治が国民世論をそうした方向に導くことが有効な選択肢なのだが、政治のリーダーシップはそれができなかった。現在、ユーロの問題は、とりあえず小康状態を保っているものの、全てが解決したわけではない。今後、政治のリーダーシップが上手く正論を誘導できるか否かが、解決に向けた鍵を握ることになる。 米国の“財政の崖”を巡る政治ゲームも、ほぼ予想通りの展開となった。ブッシュ減税の期限切れと、連邦政府の債務残高上限到達による支出削減の2つが発動されると、2013年の年明け以降、米国経済は大きく落ちこむことが懸念されていた。それを解決できるのは、米国上下両院の決議ということだった。 そこで、オバマ政権を支える民主党と、野党である共和党の政治ゲームが繰り広げられた。民主党は一部の富裕層を除いて減税措置を継続することを主張し、対する共和党は、当初一切の減税廃止には反対との姿勢をとっていた。 “財政の崖”を巡る攻防の危うさ とても付き合い切れない政治ゲーム そうした対立の背景には、民主党の支持層は中産階級以下の人々が多く、基本的に“大きな政府”によって国民の福利などに軸足を置く政策スタンスがある。一方、共和党の主な支持層には相対的に資産家が多く、“小さな政府”を標榜して政府の関与を減らす政策姿勢を取っている。 両政党の政策スタンスの違いはあるものの、“財政の崖”が現実のものになると、米国経済は大きく落ちこんで米国民が困るだけではなく、世界経済の足を引っ張ることになる。それは、民主党・共和党の両者にとって重大なマイナスになる。 そうであれば、早めに現実的な妥協案を成立させることが最も有効な選択肢になる。賢明な政治家諸氏に、それがわからないはずはない。 ところが、予想通り両者は意地を張り合い、お互いの妥協を引き出すべくチキンレース(度胸試しの駆け引き)を展開した。ニューヨークの市場関係者の1人は、「付き合い切れない政治ゲーム」とこき下ろした。 そう言いたくなる気持ちはよくわかる。米国の政治がそのようなゲームに興じているようだと、今後米国社会の発展性に疑義を抱かざるを得なくなる。早くそうした儀式を止めにして、社会全体が安心するような政治機能を心がけるべきだ。 中国の政治にも懸念がある。今でも中国では、政治と経済とが明確に分離されていない。同国の主要企業の多くは国有企業の発展形であり、現在でも企業経営の中に政治が入り込んでいる。 本来、企業の経営は経済合理性に基づいて運営されるべきだ。ところが、経済合理性が通用しない政治的な考え方によって経営が左右されると、企業の健全な運営が難しくなる。主要企業の経営に健全性が担保できないと、経済全体の効率性が低下することも考えられる。 民主化の遅れとアベノミクスの実効性 懸念される中国とわが国の政治機能 しかも中国の政治は、今でも共産党の一党独裁制で民主化も遅れている。そうした体制で、これから人口構成の歪みが顕在化すると見られる中国の社会全体を上手くマネジメントできるのだろうか。特に、中国の生産年齢人口がピークを迎えると予想される2014年以降、中国は上手く社会の構造を変えることができるだろうか。 そこには、大きな不安要素が隠れている。中国は、どこかの段階で民主化を含めた政治体制の見直しが必要になると見る。 わが国の政治にも不安要素は多い。果たして、“アベノミクス”と称する自民党の経済政策で、わが国経済は回復に向かい、社会全体が先行きに対する希望を取り戻すことが可能だろうか。 強靭化政策と称して、多額の公共投資を復活させることを考えているようだが、かつてのように不要不急の箱モノばかりをつくると、わが国の財政状況は一段と悪化し、取り返しのつかない事態を招く懸念がある。新政権は、十分に専門家の意見を聞いて慎重な政策運営を行なわなければならない。 また、日銀法改正までチラつかせて、一段の金融緩和策の実施を要求するとしているが、金融政策だけでデフレから脱却できるものではない。規制緩和などによって新しい市場を創設したり、企業の税負担の見直しや有効な産業政策による企業力の強化などを考えなければ、わが国の経済状況を変えることは難しい。 現在の日本には潤沢な資金があり、産業には強力な“現場力”がある。企業には世界有数の質を誇るサービスがある。さらに、世界有数の勤勉な国民がいる。 それらを生かすことを構想することが、わが国の政治に課された使命だ。それを肝に銘じて日々の政策運営を行なうべきだ。それができれば、きっとわが国の社会は明るさを取り戻せることだろう。 http://diamond.jp/30218 |