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<「巨大企業が民主主義を滅ぼす」>
2001年にイギリスで出版された話題の本を、2003年に早川書房が翻訳したものが、小見出しの標題である。著者はケンブリッジ大学教授で経済学者のノリーナ・ハーツ。鈴木淑美の翻訳である。偶然、新橋駅前の古本屋祭りのコーナーで見つけ、少し開いてそのままになっていたのだが、改めて斜め読みすると、持論とほぼ同じ内容で、しかも学問的価値の高いすばらしい見事な分析であることが分かる。
図書館にも眠っているだろう。日本人は全てこの本を読まれるとよい。人民が主人公の民主主義が、グローバル資本主義の下で死滅させられた、と決めつけている。日本的に言うと、財閥の論理で動いている日本に、もはや真の民主主義は存在しない、というものである。正に我が意を得た傑作本だ。
自民党の派閥政治・権力闘争の取材に明け暮れていた30代、40代、50代の筆者である。そこから、さらに奥深く、彼らの活動の原動力である金・資金に目を向けると、グローバル・多国籍化した財閥が姿を現したのだ。日本を水面下で、政治経済外交をコントールしている怪物である。その正体は、戦前を数千倍、数万倍も上回って巨大化した一握りの財閥だった。
ケンブリッジ大学の経済学者も、欧米の実情からそのことに気付いたのだ。この本を英タイムズは「不朽の名作となることが運命付けられている」と評した。「一体、何が起こっているか、どういうことなのかを、見事なまでに分析、描写している」(モーニング・スター)と紹介している。
<財閥が民意を封じ込める日本>
日本財閥の雄は三井住友と三菱である。戦前の財閥は、戦後に解体したが、すぐに復活、国際的な広がりを見せている。中小の国家を容易に動かせる資本と能力を有し、現にそうした傾向が途上国などでみられる。欧米のそれと同様に実質、21世紀型の植民地化を印象付けるまでになっている。この財閥本陣の傘下には東芝・日立・三菱の原子炉メーカーも存在している。日本を代表する金融財閥が、ほとんどの日本の大手巨大企業を掌握している。それは新聞テレビにも及んでいるのである。市民が真実を知ることが出来ない構造的原因だ。政界・官界も、もちろん財閥の意向で動いている。
これが日本なのでもある。
「80年代の10年間に世界の最富裕層の収入は15%も伸びたが、最貧困層では1%も伸びていない」「冷戦時代のスパイ技術は、他国の企業秘密を入手するために用いられている」「メディアのスポンサー企業のスキャンダルは、歪曲化されるか、もみ消されている」と指摘する英経済学者だ。
こうした分析を日本人の多くは共有できるだろう。貧富の差・格差の拡大の元凶は、財閥の意思といってもいいだろう。民意が反映されない日本なのだ。政府・マスコミを支配する財閥の威力は、他国、とりわけ中小国にも影響力を発揮している。ベトナムへの原子炉輸出攻勢もその一つなのだ。
石油メジャーズによるエネルギー独占ばかりではない。食料支配のためには、海外の安い農地さえも買いあさっている。さしずめこうした新たな植民地政策が企業レベルで強行されている。
<不公平社会を実現>
アメリカ社会は典型的な1%社会である。1%が支配する不公平な社会・格差社会だ。93年の訪米取材中、ワシントンのホワイトハウス前の公園に凍えながら、寝袋で生活するホームレスを見た時は衝撃的だった。2008年のリーマン・ショック後では、住宅を失う中産階級が大量に続出した。いまスペインでも同じことが大問題になっている。
成長には限界がある。それでも「成長する」と嘘を振りまく政党が日本にも存在する。「市場の見えざる手」とは、時に財閥・多国籍企業のことを意味する。中東危機を悪用しての原油の大幅値上げや、大量の穀物購入による値上げなども、彼らにとって容易なことなのだ。
1%のための経済政策は、イギリスではマーガレット・サッチャー、米国のロナルド・レーガンのもとで推進された。「企業に多大な力を渡すという資本主義の布教で、市場のシェアを拡大した」のだ。これを中曽根内閣が、ついで小泉内閣が強行した。日本の混迷原因である。最近は、アメリカでサッチャーを礼賛する映画が誕生、弱肉強食の新自由主義の正当化を訴えている。それによって「英米では政治のみならず、民主主義も犠牲になった」「世界の多くの国々を今なお支配し続けている」というのに、である。
このレーガン・サッチャーの新自由主義を採用した小泉内閣の悪しき推進役が竹中平蔵だ。彼が今、大阪の無知な若者を背後でコントロールしている。終身雇用制を破壊した犯人である。規制緩和とフリーター・非正規社員の増大と正規社員の精神異常化を生みだしている。
小泉内閣は、あろうことか不良債権で破綻した巨大財閥金融機関に血税を投入して救済した。課税も免除している。どうして可能だったのかというと、財閥が政府とマスコミをコントロールしているからである。
ここでは主権者は、奴隷のような存在でしかない。財閥が支配する国では、市民もメディアによる世論操作に無力なのだ。
<新聞テレビの任務>
「テレビ局は資本主義の本質を美しく飾り立てる」という教授の主張に文句を言えようか。事実なのだ。ジャーナリズムは消滅して存在していない。あたかも、それがあるかのように見せかけているだけだ。CIA協力者が新聞テレビの中枢を占める日本である。
内部を知るジャーナリストであれば、これらを熟知しているが、英経済学者も当たり前のように分析している。このことに人類は注目すべきだろう。「美しく飾り立てられた映像は、記録され、再生され、強化される」のである。確かな分析に敬意を表したい。
反対に資本主義批判が報道されることは「めったにない」のである。毎週金曜日の首相官邸包囲デモを、日本の新聞もテレビも報道しなかった。参加者の抗議のあと、それでも少しだけしか報道していない。
PANASONIC傀儡政権の野田内閣が弱体化するにつれて、PANASONIC広告が大量に新聞テレビに登場した。同時に、3・11以後の福島原発3号機の原子炉メーカーの東芝も、同様である。比例して福島の真相は隠ぺいされてゆくのである。
少なくとも、国民に奉仕するという重大責務など、彼らは放棄している。これは驚くべき背信行為だが、彼ら関係者は平然とそれをやり過ごしている。
テレビからはいつも「企業利益最優先の社会を支える基盤は、政治的にも経済的にも道徳的にも正しいのだ」という無言のメッセージが、茶の間に一方的に送り込まれてくる。
人々の健全な思考を曇らせ続けるのだ。巧妙な世論操作だ。すなわち、独裁国のメディアと何ら変わらない。とうの昔に民主主義は存在していないのだから。
「企業の利益に逆らうようなCM(コマーシャル)は流さない」と語ったのは、米国GE(ゼネラル・エリクトリック)傘下のNBCネットワークの広告担当副社長のリチャード・ギッターだ。彼の思考は世界の新聞テレビにもいえる共通のものなのだ。
<財閥が王様、市民は消費者>
イギリス人経済学者は「企業は王様、国家は臣民、市民は消費者」というシステムが、既に確立していると力説する。今日の先進国の本来の主人公が、消費者でしかないと決めつけるのだが、全くその通りだろう。国家が財閥にかしずいている。人民が主権者・主人公ではなくなっている。財閥にとって、彼らはモノとサービスを購入するだけの単なる消費者なのである。民主主義は存在していないのだ。
主権者は、財閥が作るモノとサービスを購入するだけの消費者の地位に落としめられ、呻吟している子羊のような存在なのである。マルクスも驚く新自由主義下の先進国のすさんだ格差社会なのだ。
<怪物となった財閥>
無知な市民を、ひたすら消費するように仕向ける新聞テレビだ。新聞テレビは財閥を正当化し、暴利を得させる道具にすぎない。ジャーナリズムなど期待すべくもない惨状である。
そこでは「消費主義が経済政策と同一視され、財閥の利益に支配される世界」「財閥が帝国主義さながらの支配によって、国家を窒息させてしまう世界」「財閥が巨大な怪物となり、グローバルに無限の政治権力を振るう巨人と化している」のである。頷くほかない。
日本も含めた各国政府の第一の仕事は、財閥が繁栄する環境づくりと、財閥を引き付ける環境の確保と考えている、のである。「国民国家の役割は、企業が必要とするサービスと基幹施設を出来る限り安く提供し、自由貿易のシステムを守ることだけなのだ」。ということは、政府も市民のことを忘れ、財閥の奴隷のような存在なのだから、民主どころの騒ぎではない。
世界からPEAPLE・人民が消されてしまっている。ノリーナ・ハーツの見事な分析の数々に脱帽するほかない。
そこでは人権よりもビジネスが先行する。ワシントンに人権を主張する論拠などない。戦争屋のブッシュこそが最大の人権侵害者なのである。ワシントンの発する人権論は、ビジネスのために存在していると言っていいだろう。
「長いこと合衆国政府の政策を決めたのは、企業の利益だった。冷戦期の利益は軍事的利益の仮面をかぶっていた」「隅に追いやられているのは人権だけではない。民主主義も前世期の長きに渡り、貿易の利益に負けてしまった」「世界で最も声高に民主主義を支持する合衆国も、実は民主主義を資本主義の後回しにしてきた」
こんなワシントンとの日米同盟の深化を叫ぶ自民党や民主党、維新の会は、日本人を奴隷にしようというのであろうか。財閥の意思に従う政党の正体を裏付けている。
<政経塾は財閥が育成>
世界政治における決定的要因は、企業利益がイデオロギーに取って代わったことである。したがって「企業と国家の利益が対立する場合、前者の主張がますます優先される」のである。
財閥・巨大企業の中には、進んで選挙に出て公職に就く者もいる。ワシントンでは「それは飛び抜けた金持ちの特権」なのである。ブッシュはその典型であろう。オバマには金融街の崩壊が幸いしたものだ。アメリカン民主主義の復活を少しだけ物語っている。
「ゴールドマン・サックスの元会長ジョン・コルジンは、自分の財布から3600万ドルつぎ込んで上院議員になった」
年老いた松下幸之助は、70億円をはたいて政経塾を立ち上げた。この70億円を「脱税資金」と断言する元自民党閣僚がいるのだが、その資金のお陰で野田佳彦や前原誠司らが議席を確保、悲願の政権を担当して、日本を混乱におとしめた。それは財閥の利益を優先したからである。10%消費大増税・原発再稼働・TPP推進が、そのことを裏付けている。
<財閥主導の新聞テレビ>
現在、新聞テレビは自民党・民主党と維新の会に集中して報道合戦をしている。おわかりか、この3党が財閥の利益を優先する政党だからである。マスコミによる政党差別は、財閥の意思が働いているためである。ここに民主政治は行われていない。恐ろしい日本の正体なのだ。
しかも、重大なことは政党・政治家に金を出している財閥が、表に顔を出すことはない。ここが日本財閥のすごいところである。どうしてこんな芸当が出来るのか。それは彼らが政界と官界を牛耳っているからである。
「英国において、選挙に無限の力を有しているのは新聞とテレビである」のだが、それは日本も同様なのだ。この束縛から離脱している唯一の新聞が「日刊ゲンダイ」である。懸命な日本人は、日刊ゲンダイを読むしか真実を掴めないだろう。
かつてアメリカにも偉大な大統領がいた。ラザフォード・B・ヘイズ大統領は1876年に政府について「企業の、企業による、企業のための政府である」と語っている。彼の言動は今日においても正鵠を射たものだ。企業を多国籍企業・財閥と置き換えると、さらによく理解できるだろう。
<奴隷から賢い消費者>
主権者・有権者は政治から疎外されるため、不満を抱き、懐疑的になり、政治をボイコットする。これが今日の世界的風潮となっている。このことが、余計に財閥主導を強めることになっている。
賢い有権者は、このまま財閥に屈して奴隷になるのか。それとも?財閥を動かせるようになればいい。財閥に屈しない政党・政治家を選ぶ。さらに財閥製品に対して不買運動を起こすのも方法だろう。
先の尖閣問題の表面化で中国の人民は、日本商品をボイコットしている。財閥にとっての敗戦時に次いで2度目の敗北である。財閥にとって、このことが目下の深刻な課題となっている。
野田を引きずり降ろしても、その後がどうなるのか。安倍公約はその期待に応えられそうもない。石原と野田が投じた尖閣事件は、歴史認識・天皇制とも関係している。日本財閥の深刻な課題は、今後も引きずっていくことになろう。
<財閥に対抗する市民に活路>
日本市民も財閥への対抗策を打ち立てる局面を迎えている。
英経済学者は「消費者は買い物で政治をする」「人々が立ち上がり、抗議で変化を勝ち取る」という民主主義の復権の動きを紹介している。人類の覚醒・日本人の覚醒を求めている。
今回の総選挙・都知事選挙では、ネットの動向にかかっている。新聞テレビに対抗するネット選挙の初めての挑戦でもあろう。財閥の奴隷から離脱する機会としなければならない。
昨日、意外な話を耳にした。供託金を下げたという。理由は日本共産党を大量出馬させ、本物の「生活」などの分断を促進して、財閥好みの大政党の温存と維新の台頭を狙ったものだという分析である。
供託金を下げたことを知らなかった。結果、共産党が大量出馬して、本物の足を引きずり下ろす?ありえない話ではない。「こんな共産党を中国が相手にしない理由」というのである。
筆者は日本共産党と社民党は共に解党して、合流新党に衣替えして、まともなリベラル政党と連携、民意を吸い上げることが重要だと信じる政治評論家である。財閥に引きずられる極右化した自民・民主は、日本国民やアジアにとって危険である。
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