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コラム:日本がおびえる「TPPおばけ」=山下一仁氏
2012年 11月 27日 12:20 JST
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山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
[東京 27日 ロイター] 金融政策と並び、12月総選挙の主要な争点となっているのが環太平洋連携協定(TPP)参加問題である。TPPとは、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国間で2006年に発効した経済連携協定を母体とし、その後、2010年から、米国、オーストラリア、ベトナムなどが交渉に加わった多国間の自由貿易推進構想である。
日本も野田佳彦首相が昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)ハワイ会合前に、「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と交渉参加の意向を表明したが、長年にわたり二国間通商交渉で日本に無理難題を突き付けてきたと映る米国がTPP交渉のリード役ということもあって、農業分野を中心に、国内既得権益のアレルギー反応は相当強く、正式な交渉参加表明には至っていない。
しかし、率直に言って、TPP問題は、特に日本側の捉え方において誤解が多い。昨秋、民主党の前原誠司(当時)政調会長が講演会で、TPP慎重論の中には事実に基づいた不安感と事実ではないことへの恐怖感があると語り、特に後者を「TPPおばけ」と呼んだと報じられたが、まさに言い得て妙だろう。
この「TPPおばけ」のわかりやすい例は、単純労働者の受け入れや労働基準の引き下げである。
米国の国内事情を知っていれば、オバマ民主党政権がそうした要求をする可能性がないことはわかるはずだ。米国は、労働基準が低い途上国からの廉価な輸入品の流入を「ソーシャルダンピング」といって強く非難するお国柄である。最近ではアップル(AAPL.O: 株価, 企業情報, レポート)がやり玉に挙げられたが、途上国の低賃金労働をフルに活用し競争力を高めている企業群は社会的に痛烈な批判にさらされることが多い。米議会もそうした大衆の空気に敏感で、この問題に極めて厳しい姿勢をとる傾向がある。たとえば、労働基準を切り下げて作られたトヨタ自動車(7203.T: 株価, ニュース, レポート)などの日本車が米国に打ち寄せてくることにでもなれば、米自動車業界にとって悪夢以外の何ものでもない。
米連邦議会による北米自由貿易協定(NAFTA)承認作業の難航はいまだ記憶に新しい。米国に比べて労働基準が低いメキシコから廉価な輸入品や労働力が流れ込み、米国の勤労者に甚大な被害を与えかねないと懸念の声が上がったためだ。米政府はメキシコ、カナダと再交渉を重ねた末、労働および環境基準の改善を図る補完協定を結び、ようやく議会承認にこぎつけた経緯がある。
仮にTPP反対論者の言うように、米政府が単純労働者の受け入れや労働水準の引き下げを狙っているとすれば、多国間協定の双務性および相互主義のルールから、米国もまた同じ義務を負うこととなり、自国の雇用にも打撃を与えるのは必定だ。雇用創出を公約して再選を勝ち取ったオバマ大統領が、民主党の最大の支持基盤である労働組合をそのような形で裏切るとは万が一にもあり得ない。
<消えた公的医療保険制度改変という「おばけ」>
また、TPP協定を通じた、混合診療や営利企業の医療参入を認める公的医療保険制度の改変も杞憂だろう。いまだこの「おばけ」に言及する論者も少なくないが、米通商代表部(USTR)のカトラー代表補は3月に東京で行った講演で、公的医療保険制度をTPP交渉の対象外とする考えを明確に示している。
そもそも、公的医療保険のような政府によるサービスは、世界貿易機関(WTO)のサービス協定の対象外であるとその第1条に明記されている。だから、これまで各国がまとめた自由貿易協定でも、公的医療保険制度が取り上げられたことはない。カトラー氏の発言は、当然のことを言っただけだ。協定という法的な土俵にのらないものは、TPPでは議論されない。米国が自分の関心事項を一方的に要求した日米二国間の協議と、WTOなどの国際法を前提としたTPPなどの自由貿易協定の交渉は、性質が異なるのだ。
万が一、米国が国際慣習を無視し、TPP交渉で要求してきたとしても、そのときは同じく公的医療保険制度を持つオーストラリアやニュージーランドなどと共闘して反対すればよい。TPP交渉は多国間交渉なのだから、一方的に米国側の主張が通るわけではない。そもそも、TPPはすでに2年以上も経過し、交渉提案は出そろっている。これまで、議論もしてこなかった公的医療保険制度が、交渉の対象になるとは、どの国も考えていない。
突き詰めて考えるに、実体のない恐怖をあおった「おばけ」は、単なる二国間の協議と法的な性格を持つ自由貿易協定の交渉、二国間交渉と多国間交渉、単一トピックの交渉と複数トピックの交渉の区別を理解していなかったのだ。繰り返すが、TPPだけでなく多国間協定は、すべての参加国が共通の義務を負う双務性と相互主義を原則とする。他国に要求したことは自国に跳ね返ってくる。米国が日本に対して一方的に要求をぶつけてくる日米二国間協議とは、交渉の様相が根本的に異なるのだ。
遺伝子組み換え食品の表示ができなくなるのではないかという不安を、「おばけ」はあおった。しかし、私自身、APECで遺伝子組み換え食品の表示問題が起こった際、日本側の交渉責任者として、オーストラリアやニュージーランドを味方につけ、USTR(当時の代表は最近まで世界銀行総裁だったゼーリック氏)の提案を撤回させた経験があるから、そう申し上げている。
むろん、農業においては、米国、オーストラリア、ニュージーランドなどの農業国が結束して農産物の関税撤廃を求めてくることは明白であり、「高関税」「高価格」での農業保護政策を続けようとする限りにおいては、日本政府はまず間違いなく孤立せざるを得ない。この問題の解決策は、端的に言って、輸出市場をにらんだ大規模農業を育成する観点から減反を廃止して一定規模以上の生産能力を持つ専業農家への直接支払いを導入するという「攻めの農政」に転じるしかないと筆者はかねてより主張している。仮にこれが認められないとなれば、日本の農業は甚大な被害を受ける可能性がないわけではなく、その場合は交渉撤退もやむを得ないだろう。農協や農水省が日本農業が壊滅すると主張するのは、関税撤廃だけの不安をあおり、直接支払いの導入はあえて言わないからだ。
しかし現実には、それはあり得ない。なぜならば、直接支払いは米国も導入しているし、日本や米国が自由貿易協定(FTA)交渉を始める欧州連合(EU)にも昔からあるからだ。日本だけが鎧(よろい)をつけないで競争する必要はない。1991年に牛肉を自由化した際にも、日本は直接支払いによる対抗策を講じている。この結果、牛肉生産はほとんど影響を受けなかった。
<TPPで中国に高レベルの規律を迫る意義>
そもそも、米国はTPPに関して、それほど怖い交渉相手なのだろうか。日本の参加を待たずにTPP交渉はすでに始まっているが、薬価や国有企業への規律などの分野では、他の交渉参加国の反対を受けて、米国が提案を再検討せざるを得ないケースが増えている。しかも、オバマ政権は国内調整もままならず、再提案さえ行えていないものさえある。むしろ、米国は孤立しているような感じさえ受ける。
TPP反対の理由に情報が不十分だというものがあるが、ほとんどの分野は過去日本が結んだ自由貿易協定と同じである。「おばけ」が反対している、投資家が国家を訴えることができるという「ISDS条項」も、日本が結んだ自由貿易協定に含まれている。ほとんどのことはわかっている。
もちろん、2年後に合意される協定の具体的な内容は、米国をはじめ現在交渉している者にさえわからない。まとまるかさえ不明な段階で、交渉の席にいない日本があれこれ心配する様子は、既存の交渉参加諸国から見て、奇異に映っているとしても不思議でない。いわば、株式投資をしたいから、2年後の新聞の株式面を教えるべきだと言っているようなものだ。2年後の特定の企業の株価はわからないし、左右できない。しかし、交渉に参加すれば、TPP協定の内容を変更することは十分可能だ。2年後の新聞一面のTPP交渉妥結の記事内容なら、日本政府は変更できるのだ。
米国がTPPの先に中国のとり込みを見据えていることは明白である。高レベルの知的財産権保護やこれまでどの協定でも対象にしなかった国有企業に対する規律まで踏み込んだ広域の経済パートナーシップを構築することで、中国に高いレベルの規律を迫る戦略を描いていると見受けられる。その点において、日米の利害は一致するはずだ。国益に関わるというならば、中国との関わりまで視野に入っている多国間交渉の舞台に上がらない理由など本来ないはずだ。
*本稿は、山下一仁氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
*山下一仁氏は、キヤノングローバル戦略研究所の研究主幹、経済産業研究所の上席研究員(非常勤)。1977年、東京大学法学部卒業後、農水省入省。ウルグアイ・ラウンド交渉などの国際交渉に参加。農水省の国際部参事官、農村振興局次長などを経て2008年に同省を退職。東京大学博士(農学)、ミシガン大学行政修士・応用経済学修士。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
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http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYE8AQ01N20121127?sp=true
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