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第3回 青木理(ジャーナリスト) G2
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小沢一郎妻に「離縁状」を書かせた男 第1回 青木理 (G2)
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小沢一郎妻に「離縁状」を書かせた男 第2回 青木理 (G2)
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第3回
父への憎悪
前記したように、小沢と妻・和子の間には3人の息子がいる。74年に生まれた長男は、早稲田大学理工学部を卒業後に海上自衛隊の幹部候補生学校に入学し、海上自衛官となった。77年生まれの次男は98年に東京大学文科・類への合格を果たし、78年生まれの三男は慶應義塾大学に進学しているから、いずれも随分と立派な学歴の持ち主である。しかも三男は、卒業後にプロボクサーになるという異色の人物だという。
ところが長男は2001年に海上自衛隊を退職し、プロボクサーとなった三男は鳴かず飛ばずの戦績のまま引退してしまったらしい。東大を卒業した次男も、既に30歳を超えているのに、定職に就いている気配がない。少し前まで小沢番だったテレビ局の政治部記者もこう言う。
「小沢さんの長男と三男はもう深沢の家(小沢邸)を出ているのですが、いまどこで何をやってるのか、わたしたち番記者にもわからないんです。そもそも小沢さんは長い間、番記者とそういう話をする機会を持とうともしませんから。そういえば、3年ほど前に小沢さんがラジオ番組に出た時、『息子は派遣社員をやっている』と明かして話題になったことがありました。三男のことだと思うんですが、これも真偽は定かじゃありません。次男ですか? 次男だけは、いっつも和子さんと一緒にいるようです」
この次男について、前出した小沢の元側近に尋ねると、次のように打ち明けてくれた。
「(次男は)いまでもずっと奥さまと一緒にいるはずです。あの方(次男)は、むかしから奥さまと本当に仲良しでね。大きくなられてからも腕を組んで一緒に出かけるほどでしたから、傍から見ていると少し異常なくらいでした。それに、大学時代ぐらいから小沢先生にものすごく反発するようになりましてね」
―というと?
「大好きな母を蔑ろにし、失意のどん底に追いやる小沢先生が許せなかったんでしょう。ものすごい政治嫌いになって、秘書や書生にも敵意を露にして、ほとんど口もきかないような状態になりました。あの手紙も、実は……」
―実は?
「奥さまとずっと一緒にいる次男が、奥さまに書かせたんだと思います」
―次男が? どうしてそんなことを?
「愛する母を不幸にした父や秘書たちへの復讐、ということじゃないでしょうか。もちろん奥さま自身の意志も入っているとは思いますが、いまの奥さまはきちんとした判断ができるような状態じゃありませんから。それに、あの手紙は明らかな間違いがいくつもある。小沢先生が放射能が怖くて逃げ出したなんていうことはないし、京都から出馬するなんていう話もありえない。小沢先生は奥さまや次男と会話も交わさないような関係になってしまっていますから、妄想的な話も交えて感情任せに書いたもの、という印象を受けました。書く必要もない秘書の名前まで詳しく書かれているでしょう。あれも秘書への恨みのようなものを感じます」
野田首相が開口一番……
小沢の周辺に当たってみると、問題の手紙が綴られた背後事情に関する証言には若干の食い違いもある。
ただ、これだけは間違いなく断言できる。小沢の妻・和子は近年、まともな精神状態といえるような身体ではなかった。しかも、夫・小沢との関係は完全な破綻状態に陥っており、母・和子を異常なほど偏愛する次男は、父・小沢への反発と憎悪をたぎらせつつ和子にベッタリと寄り添っている。つまり、家庭内の不和が極限まで高まる中、妻と次男によって問題の手紙はしたためられた。
その上、手紙の中には明らかに事実と異なる記述もあれば、ウラの取りようのない記述もあった。だから、大半の新聞やテレビは手紙を黙殺した。大手紙の政治部デスクがうんざりとした顔で言った。
「小沢側から圧力がかかった、なんて話まで出ていましたが、ウラが取れない上、明らかに事実と違う内容がしたためられた感情任せの手紙なんて、記事にできるわけがありませんよ。唯一、読売新聞が(6月23日付の紙面で)取り上げていましたが、あれこそいかにも特定の政治的意図を持った下品な記事でした。一方で小沢シンパの議員たちは手紙がすべて捏造だと言い張っています。いや、捏造だと思い込むことにした、という方が正確でしょうけれど、これもなんだかなぁ……という感じです(苦笑)」
衝撃の手紙の真相とは、つまるところそれだけの話に過ぎない。しかし、手紙をめぐる一連の経過を眺め見れば、キナ臭さが立ちこめているのも事実ではある。
問題の手紙が岩手の後援会関係者に届いたのは、昨年秋のことであった。それが今年6月になってから『週刊文春』に報じられ、同誌の発売直後には、そのコピーが東京・永田町に位置する国会議員会館の各議員事務所に大量に送りつけられた。家庭内の不和から発せられた手紙は、作成・投函から半年以上も経過した後になって、突如として“利用”されはじめたのである。小沢と長く行動をともにしてきた衆院議員の松木謙公はこう言う。
「あれ(手紙)が本物というのなら、(妻・和子らが)感情的になっているのは事実だろうね。でも、夫婦の間のことだからね。喧嘩することだってあるでしょう。それが政治的に利用されてしまった、ということじゃないですか」
では、半年以上も前にしたためられた手紙を“利用”したのはいったい誰か。ある官邸関係者が、私にこんな話を打ち明けてくれた。
「今年の1月中旬のことでした。野田(佳彦)首相が大手メディアの幹部と密かに会食したことがありましてね。その際、野田首相が会食場所に姿をみせるや否や、開口一番に『小沢さんがついに離婚されたそうですね』と切り出したんです。出席者たちは、なんでいきなりそんなことを言うんだろうと怪訝な雰囲気だったんですが、今になって考えれば、1月の段階で官邸は手紙の存在を掴んでいたんでしょう。だから、ひょっとすると官邸筋があの手紙を“利用”したのかもしれません」
真相はわからない。しかし、だからといって家庭内の不和が極限状態にまで達した中で発せられた感情的で不正確な代物―という以上の意味が、問題の手紙に付されるわけでもない。また、小沢周辺の関係者によれば、和子は以後、さらに体調を悪化させているという。
「和子さんは、手紙が報道されて以降も地元の小沢支持者からの電話には何度か応じたそうです。その(支持者たちの)話によると、報道の反響でストレスが溜まり、極端な睡眠障害に陥り、鬱症状もさらに悪化して、再び入院したそうです。たぶん、次男がそう(入院)させたんでしょう。一部では、自分で歩けないほどに衰弱してしまっている、という話もあります」
この“手紙”をどう読むか
断っておくが、私はここで、『週刊文春』が和子の手紙をスクープしたことについて疑義や異論を挟み込むつもりなど微塵もない。30年以上にわたって日本政界の中枢に居続けた男の動静は、相当にプライベートな部分まで含め、報道する価値は十分にある。また、大抵の情報は、発信者の背後にさまざまな思惑が横たわっていることが常であり、それがゆえに報道そのものを封ずるという選択肢はあり得ない。
しかし一方、この手紙をもって〈当代随一の政界実力者の政治力を一挙に奪ってしまった〉などとはしゃぐのは、明らかに歪んだ見方である。同時に、すべてが仕組まれた謀略のように物事を捉え、事実を直視しようともしないのは、まさに愚か者の振る舞いである。繰り返すが、事実は虚心に見つめられなければならない。
まず、こう判断することができるだろう。長く自身を支えてくれた妻をそのような精神状態に追い込み、子どもからも憎悪と反発の対象とされるような人物は政治家としても失格であり、国政の重要部分を担うには相応しくない、と。実際、小沢の周辺では、小沢という人間の「情の欠落」を難ずる声は実に多い。
一方、家庭や私生活などは政治家としての資質とは無関係であり、そのようなことをうんぬんするのは意味がない、とみなすこともできる。事実、隠し子や愛人を抱えた政治家など過去に数多いるのだから、そのようなことに目くじらを立てる必要はないようにも思う。
おそらく、いずれの立場も正しい。煎じ詰めれば、あの手紙はその程度に冷めて見るべき代物に過ぎない。それこそが、手紙の“利用者”に踊らされぬ道でもある。
了
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