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記事元:夜間飛行
■いまだに影響力を持つ「自由主義」というイデオロギー
みなさん、こんにちは! 茂木健一郎です。私は今、イタリアのシシリア島のタオルミーナにいます。先ほど、オバマ大統領とロムニー知事によるアメリカ大統領選の討論を見ました。どちらの候補者がアメリカの大統領になるのかは、我々日本人にも非常に大きな影響を与えます。その点から考えても、この二人の討論の内容に耳を傾けることにはもちろん意味がある。しかしそれ以上に、この二人の三回に渡る討論から、「私たちはどうやって社会をつくっていくべきか」を考えるための重要な論点が見えてきたように思うのです。
かつて、この世界には、マルクス主義、共産主義、社会主義といった「社会主義イデオロギー」というものがありました。そして、ソ連などいくつかの国家は、それらのイデオロギーを指針として国家を運営していた。社会主義とは要するに、中央政府が、社会資源の配分や経済システムを最適化することができるという思想です。ところが、ソ連邦の崩壊、ベルリンの壁の崩壊などがあり、そうした社会主義イデオロギーを通して、この世の中を運営するのは難しいことが明らかになった。今では、中国のように、名目上では共産主義を強行している国でも、実質上は資本主義が導入されている。北朝鮮でも、「計画経済・統制経済では立ち行かない」ということが、実際の国の運営から明らかになっている。
今回、アメリカの大統領選の議論を見ていると、もう一つ、いまだに我々に対して影響を与えているイデオロギーがあることに気が付きます。それは「自由主義」あるいは、「市場による競争」は素晴らしいというイデオロギーです。
■アメリカはすでに「危険」な国?
ロムニー候補は、今回の討論で、オバマ大統領の医療健康保険改革、いわゆる「オバマケア」を厳しく批判しています。国が個人を助けたり、企業を助けたり、といったスキームは社会主義的であり、間違っているというわけです。人々がそれぞれの自由な創意に基づいて、市場の中で競争する、アメリカはそういう国にするべきだと主張しています。
実際、レーガン大統領とブッシュ親子二代の大統領が、そのような新自由主義的政策を進めた結果、アメリカの経済が活性化したという意見もあります。
しかし、一方では、アメリカはレーガン大統領時代以来、国民の所得の不平等はずっと広がってきています。これはジニ係数を見ても一目瞭然です。
みなさん、あるアメリカの機関が、世界中のさまざまな国のこのジニ係数の統計を取っていることはご存知でしょうか。そのアメリカの機関とは実は、CIA(アメリカ中央情報局)です。ではなぜ、CIAがこのジニ係数の統計を集めているのか。それは、このジニ係数から、社会の安定性を予測することができるからですね。つまり、ジニ係数が大きくなって社会の不平等が増していると思われる国は、革命が起きる可能性が高いということになる。
ちなみに、ジニ係数は、ゼロがもっとも平等な国ということであり、1になると完全な不平等ということを意味します。そして、0.5くらいになると危険水域とされています。ではアメリカは今いくつくらいかというと、0.45ほどになっています。アメリカは、すでにかなり不平等な社会になっていて、安定性の面から考えても危険な状況にあると言えるわけです。
■安全基地が無ければ、人は競争できない
「市場の中で競争しろ」と言われても、世の中にはそれができない人もいるわけです。例えば、基本的な生活基盤がなければ、自由な創意工夫をする余地がありません。脳科学を研究している立場から言っても、「ここなら安全だ」という安全基地がなければ、脳はチャレンジできません。
日本の生活保護制度などはまさにその役割を果たしていますが、社会福祉のセキュリティーベースを用意しておくということは、その社会全体が積極的に挑戦をするために必要なことなのです。
その「安全基地」には、もちろん「誰でも教育を受けることができる」といったことも含まれます。経済的にどれほど恵まれていない家に生まれても、自分自身が努力すれば高い教育を受けることができる。そうした社会システムを作っておくことは、人々にとってチャレンジするために必要な条件なんです。
しかし、アメリカではそういう条件は満たされていません。皆さんよくご存知のように、日本でも少しずつ「格差が拡大してきた」と言われてきています。子供がどのような質の教育を受けられるかが、家庭の経済環境によって左右されている社会になってしまってきている。しかし、アメリカは日本などとは比べ物にならないほど、ひどい状態にある。
この自由競争というのは、僕は、ひとつのイデオロギーだと考えています。
イデオロギーはさまざまな前提のもとに成り立つものです。社会の構成員が、ある程度の安全基地を持って、しかもある程度の教育を受けた上で競争する、ということであれば、「自由競争を重視しましょう」という考え方も分かります。しかし、最初からまともに競争することができないような不平等がある場合には、それはおかしいと言わざるを得ない。そもそも「自由競争」自体が成り立たないと思うのです。
■社会主義も自由主義も賞味期限が切れている
私は、今回の討論でロムニー候補が唱えている「自由な競争」や「市場原理」などはファンタジーだと思っています。
様々な不平等をもたらす社会的な歪みを直さなければ、ロムニー候補が主張しているような自由競争はありえない。ロムニー候補のように非常に恵まれた家の生まれであれば、自由に競争に参加することができるでしょう。けれども、必ずしもそうではない家の子供にとっては、そもそも「競争する」機会が与えられていないのです。
崩壊したソ連が、社会主義や共産主義というファンタジーを信じていたのと同じように、レーガン元大統領以来のブッシュ親子、ロムニー候補など、アメリカの新自由主義を唱える人たちは、結局一つのファンタジーを信じているのだと思います。
ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツは、『The Price of Inequality』 という本の中で、いわゆる市場原理主義が、いかに実際の社会に当てはまらないかを理論的、あるいはデータに基づいて緻密に議論しています。
私は、20世紀を動かした二つのイデオロギー、つまり社会主義も自由主義も、どちらも賞味期限が切れていると考えています。社会主義や共産主義の賞味期限が切れたということは、ソ連の崩壊や中国の変質で非常に分かりやすく我々の前に提示されています。一方の新自由主義という、イデオロギーないしはファンタジーは、いまだに力を持っています。実際、今回のアメリカ大統領選挙でも、このファンタジーを信じてロムニー候補を支持する人たちがいる。
このすでに賞味期限が切れているのに、いまだに我々の周りを徘徊している亡霊とも言える新自由主義は、日本にも非常に大きなダメージを与えています。
この新自由主義が前提としている世界観は、つまり、「我々は利己的な存在であり、我々は自分の利益のために競争する」というものです。しかし、シリコンバレーの実際の仕事ぶりや、スティーヴ・ジョブスさんの仕事を見ても、「自分一人で何かを成し遂げる」ということはありません。つまり、パートナーシップだとかコラボレーション、協力、協調、など、お互いに補い合うネットワークのモデルにしなければ、現代においてイノベーションは作り出せない。そういう現代のリアリティーと新自由主義的な世界観は一致しないのです。
例えば、日本の受験勉強を見ても同じことを思います。受験勉強というのは、典型的な個人競技です。ペーパーテストの点数だけが問題にされて、どのくらい友達と協力できるかといったことは、まったく考慮されない。この受験勉強も僕から見れば、ある意味で極端な新自由主義的な考え方と変わりません。もっと評価を多様にして、どのくらいの子供たち、あるいは社会と協力できるのか。一緒に何を作れるのかを総合的に評価するものにすべきです。そうしないと、結局、過去に「自己責任」という知性のかけらもない言葉が跋扈したのと同じように、科学的に見て間違っているイデオロギーの亡霊が、この世の中を徘徊し続けることになるのではないかと思います。
■僕はオバマ大統領を支持します
いずれにしても、今申し上げた理由で、今回の大統領選挙については、オバマ候補を支持しています。
ロムニー候補が主張していることは、単なるファンタジーに過ぎない。しかも、自分自身を正当化するためのファンタジーに過ぎないと思います。1パーセントの人だけが幸せな社会などありえません。
脳の中には、不平等を嫌う回路があることが研究でわかっています。人間は、自分がある程度のものを持っているとき、よりたくさんのものを持ちたいという衝動よりも、むしろ分け与えたいという衝動の方が強くなるものなのです。例えば、日本には、家を建てる時に、建前(たてまえ)といって、家の上からお餅やお金を撒くような風習がありました。これも「自分は家を新築するぐらい経済的に余裕がある。そういう時には、富の一部を他の方に与える」ことで自分自身がさらに幸せを感じていたことから続いた風習です。つまり、「分け与える」という行動は、人間の本能のようなものなのです。これは日本人だけの習性ではありません。アメリカのネイティブ・アメリカンの方々の間にもポトラッチという風習があります。これは、持てる者が持たざる者にパーティーを開いて、いろんなものを分け与えるというものです。こうした「分かち合う社会、分かち合う経済」こそが、今我々が直面している現代の混迷を切り開く、一つの道だと思います。
今回のアメリカ大統領選挙について言えば、21世紀にふさわしい新しい社会福祉を志向しているのは、オバマ候補であって、ロムニー候補ではないと感じています。個人攻撃をするわけではありませんが、ロムニー候補の表情からは、他人に対するリスペクトを感じることができませんでした。他人が苦しかったり、辛い思いをしている時、それに対して共感を持つ。そうした共感を原動力として、政治の世界に入ってきた方ではないように、僕は感じています。
日本の政治状況は、今、非常に混迷しています。その日本でどういう政治を選択するかは悩ましいところですが、自由主義や自己責任を強調する政治勢力よりも、分かち合いやネットワークといったことを強調する政治勢力を支持することが、結局は、日本の経済を活性化して、文化を育て、そして、また「日が昇る国」と言われるようになる道ではないかと思います。
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