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元内閣参与・田坂広志氏決意の内部告発 「『原発ゼロ』はこうして潰された」 聞き手・長谷川幸洋氏
http://ameblo.jp/heiwabokenosanbutsu/entry-11385623010.html
週刊ポスト2012/11/02号 :大友涼介です。
「原発政策を180度変えなければならない」
2030年代での原発ゼロ社会実現への決意を、野田佳彦首相はこう示した。だが、実際に180度変わったのは、「ゼロ方針」の方だった。政権幹部と官僚が行った「国家的詐術」を、政府の脱原発路線を支えてきた最高ブレーンが初めて白日の下に晒す。
※田坂広志 1951年生まれ。東京大学大学院修了。工学博士(核燃料サイクルの環境安全研究)。民間企業と米国国立研究所で放射性廃棄物最終処分プロジェクトに取り組む。日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。11年3月〜9月まで内閣官房参与。新著に『田坂教授、教えてください。これから原発は、どうなるのですか?』(東洋経済新報社刊)
■ゼロ方針は「15%」シナリオ
野田佳彦政権が決めた「2030年代原発ゼロ」方針は、実はゼロではなく「30年に原発依存度15%」だった。私が本誌連載コラム「ニュースのことばは嘘をつく」(10月12日号)で指摘した原発15%問題は大きな反響を呼んだ。
国民に対して、やがて原発ゼロ社会が来るかのような幻想をふりまいた野田政権のデタラメは明らかなのに、多くのマスコミは厳しく追及することもなく放置している。その後の取材で言葉だけのゼロ方針を盛り込んだ「革新的エネルギー・環境戦略」の素案を書いた1人が、元内閣官房参与の田坂広志(多摩大学大学院教授)である、とわかった。
いったい「偽りのゼロ案」はどのように決まったのか。そもそも原発はどうすべきなのか。
原発・エネルギー政策について内側から提言し、仕上がっていく過程を政権の最深部で見続けてきた田坂にインタビューした。
田坂の話を聞く前に、まず問題の「ゼロ案=30年に15%案」の実体をおさらいしておきたい。
政府の革新的エネルギー・環境戦略はこう書いている。
<2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する。その過程において安全性が確認された原発は、これを重要電源として活用する>
本来、この文章は丸ごと閣議決定されるはずだった。ところが、実際には<「戦略」を踏まえて(中略)国民の理解を得つつ、柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する>という5行の文言が閣議決定されただけだった。
そもそも元の「ゼロを可能とするよう」と書いた戦略自体がまやかしなのだ。なぜなら30年代ゼロ案は「30年に省エネルギー7200万キロリットル(10年比19%減)」などと想定しているが、その数字は政府が6月29日に決めた「エネルギー・環境に関する選択肢」では原発依存度15%シナリオそのものだったからだ。
それどころか、実は原発をもっと積極的に活用する20〜25%シナリオでも、ほとんど同じ数字になっている。つまり政府が想定していたのは15%案どころではなく、20〜25%案だったとさえ言える。言い換えれば「省エネや再生可能エネはこの程度」という腰だめの数字が先にあって「不足分は原発で」という発想なのである。
そういう考え方自体が政府の根本的な誤りであると田坂は主張する。それが今回、政府内にいた田坂が沈黙を破って、私のインタビューを受けた最大の理由であった。
以下、やり取りを紹介する。
■あれは「霞が関文学」だ
長谷川:田坂さんは内閣官房参与として菅直人政権を支え、原発・エネルギー政策の仕事をされた。その後退任されたが、私の取材によれば、実は野田政権でも深く政策作りに関わっているようですね。そこで聞きたい。「政府の30年代ゼロ案は、30年15%案だ」とみている。この理解は正しいか。
田坂:ご指摘のように私は前政権で脱原発依存の政策を推進しました。野田政権では公的な立場にはありませんが、「脱原発への具体的な道筋と政策」を提言することは、前政権で脱原発政策を進言した人間の責任と考えています。従って現在も、重要な問題については、閣僚や議員の方々に非公式に進言しています。その立場でお答えすれば、「ゼロ案のデータは実質15%案のもの」という指摘は鋭い指摘と思います。
長谷川:6月に決めた「選択肢」の文章は私から見ると、官僚の作文そのものだ。ところが9月14日に決めた「戦略」はまったく違う。たとえば選択肢では主語が「我々」だったのに、戦略は「私たち」になっている。ずばり聞くが、戦略を書いたのは田坂さんなのか。
田坂:残念ながら、あの「戦略」の文章は、脱原発の人も原発維持の人も、一応、双方が納得できる「玉虫色の妥協の文章」と受け止める人は多いでしょう。30年代ゼロということは、30年0%もあるし15%もある。
長谷川:ここは、しっかり聞きたい。私は「39年ゼロ」も実はないだろうと読む。この理解は間違いか。
田坂:これも残念ながら、「戦略」の表現は、「コミットメント」(公約)ではなく、あくまでも「ベストの努力をする」という主旨に抑えてある。それは「綱引き」の結果生まれてきた文章だからです。どの政権でも、政策的文章は官僚と政治家、有識者を交えた合作であり、ある種の力関係と綱引きの産物です。
原発を「何とか残したい」という方々もいるし「いずれゼロにする」という方々もいる。そういう人たちが集まって文章を合作すると、表面的には文章の修正合戦ですが、実際には政策の綱引きをやっている。あれはそのプロセスでできた「霞が関文学」です。私も昨年は内閣官房参与の立場で、その綱引きを何度も体験しました。
■強硬な原発推進派は誰か
ここまで野田政権が打ち出した「30年代ゼロ」方針が、実は脱原発派も原発推進派も都合良く解釈できる「妥協の産物」だったとおわかりいただけるだろう。野田民主党はおそらく「近いうち」にある総選挙で「私たち民主党は脱原発を目指す政党です」と大宣伝するに違いない。
ライバルになる自民党の原発エネルギー政策は曖昧で、実態は推進派とみられていることから、違いを明確にして国民の支持を得ようという作戦である。ところが野田民主党も大して違わないのだ。ここは大事なポイントである。
長谷川:政権内の綱引きであるのはわかりました。そこには官僚や政治家など多くのプレーヤーがいたと思う。そこで順に聞きたいが、まず経済産業省・資源エネルギー庁の官僚たちは何を目指していたのか。私には15%案に着地させたがっていたようにみえる。
田坂:経産省でも資源エネルギー庁でも官僚諸氏が一番こだわっているのは「数値」そのものよりも、「原発維持の可能性を残す」という点だと思います。
長谷川:つまり戦略目標は原発維持だった。
田坂:そうだと思います。財界も「原発ゼロ達成の年限が早過ぎるから、あと10年遅らせてくれ」という言い方はしていない。「遅かれ早かれ原発をゼロにする」という考え方そのものを猛烈に批判している。
そして、立地自治体である福井県の西川一誠知事(旧自治省=総務出身)は、大飯原発再稼働の際、「原発は我が国の基幹エネルギーだと表明してくれ」と強く政府に要求したと言われています。野田総理の記者会見もその意を汲んだ形になっている。従って、今行われている綱引きは「30年でゼロか、今後39年でゼロか」という戦いでさえない。
長谷川:そうではなく「いかに維持するか」だと。官僚も同じとみていいか。
田坂:立場はそれぞれ違いますが、官僚、財界、立地自治体、結論は同じです。
長谷川:なぜ彼らは原発が必要と考えるのか。
田坂:立地自治体は、原発が動かないと電源三法交付金が得られず地元経済がおかしくなる。経済界は、電力料金が高くなると産業が非常に打撃を受ける。そして、原子力産業はかなり裾野が広い産業でもある。
長谷川:原発輸出もできなくなる。
田坂:それもある。原発輸出はかなりのビッグビジネスですから。
長谷川:政治家はどうか。戦略をまとめる担当大臣だった古川元久・国家戦略相(当時、以下同)はどういう姿勢だったのか。
田坂:古川大臣は「バックエンド(使用済み核燃料の処理や廃炉など)の問題がネックとなって、いずれ原発ゼロ社会がやってくる。だから早くその準備をするべきだ」という考えでした。それで、「グリーン成長戦略」に相当な力を入れたのでしょう。
長谷川:枝野幸男経産相はどうか?
田坂:枝野大臣も、「原発ゼロは遅かれ早かれ実現していくべきだ」と考えられていますね。
長谷川:もう1人、重要なのは細野豪志原発担当相兼環境相(現在は民主党政調会長)です。
田坂:細野大臣も公式には「原発ゼロは目指すべきだ」と何度も言われていますが、現実的なバランス感覚のある方なので、経済界や立地自治体、経産省や資エネ庁、さらには米国の意向などを現実的に受け止め、悩みながら政策を模索されたのではないでしょうか。
長谷川:なるほど。野田佳彦首相と藤村修官房長官はどうですか。
田坂:総理と官房長官は、この問題については、一歩引かれていたと思います。一方、閣僚でなくとも深くこの政策決定に関わられた方もいます。
長谷川:仙石由人政調会長代行(現・副代表)とか。
田坂:仙石政調代行の意見も影響力はあったでしょう。古川大臣は、そうした様々な意見を聞き、意見調整と政策立案に苦労をされたかと思います。
田坂は言葉を慎重に選びながら語ったが、それでも政権内部での綱引きの実体が浮き上がってくる。経済界や官僚はとにかく原発の維持に全精力を費やした。
政権内部では古川がもっとも原発ゼロを追求していた。それを枝野が援護射撃した格好だ。やや意外なのは細野である。田坂は「現実的」と表現しているが、原発推進派にも慎重に配慮していたことがうかがえる。強硬な原発推進派は仙石だ。別の取材でも「仙石は机を叩いてゼロ案を批判した」という話を聞いた。
原発ゼロを目指していたという古川に田坂は同情的だが、そこは割り引いて考える必要がある。政治は結果だ。最策決定に至る途中でいくら理想的な話をしていようと、評価はそれが実現できたかどうかである。
野田や藤村は閣僚や議員、官僚たちの激論をよそに傍観に近い状態だった。消費税引き上げの行方に頭が一杯で、原発エネルギー問題に精力を割く余裕がなかったのだろう。
■つまみ食いされた脱原発ペーパー
ここから田坂が政権に提言した内容に入っていく。私は「『脱原発依存』に向けた12の政策パッケージの宣言」と題する6枚紙の政策ペーパーを入手した。これはゼロ方針決定の過程で政権内に流通していた文書で、政府がパッケージとして取り入れていれば「原発ゼロ」実現に向け大きな一歩を踏み出したはずだった。
私はこれを田坂に見せた。
※田坂氏が起案した”幻の原発ゼロ案”
1.「原発ゼロ社会」を目指す
2.「40年」で必ず廃炉にする
3. 原発の「新増設」は認めない
4. 核燃料サイクルを廃止する
5.「もんじゅ」を廃炉にする
6. 各電力会社の原発を「脱原発公社」の下で一元管理する
7. 青森、福島両県に「脱原発技術開発センター」(仮称)を設置する
8. 原子力環境安全産業と環境エネルギー産業を創出する
9. 電源三法交付金に代えて「脱原発交付金」を交付する
10. 省エネと自然エネルギーを推進する国民運動を始める
11.「脱原発基本法」を成立させる
12. 近い将来「脱原発国民投票」を実施する
長谷川:これを見ると「原子力環境安全産業」など、田坂さんが近著で使った言葉がいくつか出てくる。この紙は田坂さんが書いたものでしょう?
田坂:それをどこで入手されたのですか?たしかに私が書いたものです。
長谷川:いつどのような形で提出したものですか。
田坂:3つの選択肢が出された後ですね。これを提言したのは脱原発の議論が断片的な3択議論になることを懸念したからです。本来、政策というものはトータルパッケージで示さないと意味がない。
例えば、脱原発に向かう場合、「地元の経済は破綻する」との疑問には「脱原発交付金」の政策を示す。「原子力技術者がいなくなる」との疑問には、「原子力環境安全産業」(廃炉・解体など)の政策を示す。こうした諸政策をパッケージで示さない限り、必ず矛盾が出てきます。ある意味で、パッケージになってない政策というのは、政策ではなく、単なる願望になってしまうのです。
長谷川:中身をみると「原発を脱原発公社の下で一元管理する」と提案している。はっきり言って、私は「官僚に原発を委ねて大丈夫か」と強い疑問がある。
田坂:この政策は、原子力行政と原子力産業の徹底改革をすることが大前提です。
ご指摘の通り、行政改革抜きの公社設立では意味がない。ここで提言した公社は、官僚が天下りして仕事をするような組織ではありません。
長谷川:原子力規制委員会にも野田政権は原子力ムラの人間を任命した。そんな状態で脱原発政策が進むとは思えません。
田坂:その批判は根強いですね。ただ私が懸念するのは、むしろ原子力規制庁です。これは、国会事故調から「事業者の虜であった」と指弾された原子力安全・保安院がそのまま横滑りした組織です。ノーリターンルール(※注)も5年間猶予条項で抜け道ができてしまった。(※注他省庁から出向した原子力規制庁の職員は、出向元の省庁に戻れないとしたルール。5年間の経過措置が取られることになった)
長谷川:廃炉はビジネスになるでしょうか。
田坂:なります。廃炉や放射性廃棄物処理などは、脱原発に向かうために絶対に必要な産業です。さらに、我が国は、ベトナムや韓国、中国なども視野に入れ、国家戦略として、この産業を国際的産業に育てていくべきでしょう。
長谷川:脱原発交付金のアイディアも示していますね。
田坂:地元は地域経済のために原発維持を望む。国民は脱原発を求める。このねじれを解消するには、一定期間、脱原発に伴う交付金を出すことも選択肢です。また、福島では廃炉や除染の仕事が膨大にあるのですから、この地域を原子力環境安全産業と自然エネルギー産業の拠点にすることで福島の復興を支援する政策も必要でしょう。
この脱原発ペーパーは政権内部で検討され、「40年で必ず廃炉」「原発の新増設は認めない」など一部は採用されないものの、「脱原発公社」や「脱原発交付金」などはまったく日の目を見なかった。官僚は、すべて拒絶するのではなく、パッケージを細切れにして一部をつまみ食いすることで、政策全体としてのコンシステンシー(一貫性)を失わせようとした。それが「偽りのゼロ案」につながった。
■脱原発は不可避の現実
野田政権が脱原発を骨抜きにしている間に、事態はさらに深刻さを増している。田坂がもっとも力を込めて語ったのは、「脱原発は選択の問題ではなく不可避の現実」という点だ。それは、日本最高の科学者の集まりである日本学術会議(内閣府の特別機関)の報告書が大きな転換点になっている。
田坂:9月11日に日本学術会議が極めて重要な報告書を政府に提出しました。「高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料については、現時点で、10万年の安全性を保証する最終処分(地層処分)を行うことは適切ではなく、数十年から数百年の期間、暫定保管をすべきである」との提言です。要するに、日本で最終処分はできないということです。
長谷川:田坂さんは先日、NHKの番組で「活断層がないところでも地震の可能性がある」「地下水によって高レベル放射性廃棄物がどう運ばれるかわからない」と指摘していましたね。
田坂:たしかに、現在の科学で「この地下は10万年安全です」と証明することは極めて難しい。まして3・11後は国民が納得しません。従って、使用済み燃料を長期貯蔵するしかない。しかし、現在の保管のプールも数年で満杯になる現状では、廃棄物を総量規制せざるを得ません。そして、総量規制を導入した瞬間に、原発を稼働し続けることはできなくなるのです。私が、「原発ゼロ社会は、選択の問題ではなく、不可避の現実である」と申し上げるのは、それが理由です。
長谷川:すると「放射性廃棄物をどうするか」という問題が福島事故の真の教訓かもしれない。
田坂:まさにその通りです。本当の問題は、どうすれば原発を安全にできるかという話ではない。廃棄物をどうするか、という最も本質的で難しい問題を、世界中が先送りしてきたのです。
従って、この最終処分の問題は非常に重い課題となって、次の政権にものしかかってきます。近く行われる総選挙では、本当は、「原発ゼロ社会を目指すか否か」が争点ではない。「不可避的に到来する原発ゼロ社会に、どう準備するか」こそが本当の争点になるべきなのです。(一部敬称略)
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