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中日の「陣痛」に向き合う勇気が必要[人民網]
中日関係が「四十にして惑わず」ではなく「四十にして惑う」になったことを世界の人々は解せずにいる。最近の騒動は決して偶発的事件ではない。中日関係が100年余りの歴史を経て逆転を迎えているのだ。中日が同時に「大国化」に尽力する過程で、中国が中日関係における主導権を全面的に掌握する重大な転換であり、東アジアが戦後60年にして直面した新たな変動でもあるのだ。中日間の摩擦は事実上、この大転換の中の相互衝突であり、新たな中日関係、新たな東アジア秩序が徐々に形成される中で生じた「陣痛」と見なすことができる。(文:庚欣・日本JCC新日本研究所副所長。環球時報掲載)
歴史を振り返ると甲午海戦(黄海海戦)から第二次大戦終結まで、中日関係は日本が主導してきた。戦後60数年を経て、この関係に逆転が生じている。新中国建国から1972年の中日国交回復まで政治上の主導権は中国が握った。当時中国は米ソの両覇権に対抗し、かつ日本に平和主義の寛恕と改造を施して大いに感動させた。中国の独立独歩の政治発展路線・業績も日本を深く揺り動かした。これらによって中日関係における中国の政治上の主導的地位が固められた。改革開放から30数年を経て、中国は経済規模で日本を追い抜き、相互依存の中で主導的地位に立った。総合国力と国際的地位で優位に立ち、中日関係における主導権の全面的掌握を実現する重大な転換期にある。
過去20年来、特に近年中日関係は順調に発展していない。その最大の原因は中日両国が共に「大国への転換」に尽力しているが、双方の求めるものや道筋がぶつかり合い、一連の摩擦や衝突が生じていることにある。
まず、経済面の「中進日退」だ。日本は経済の落ち込みにより政治的意識のバランスを崩したことに加え、「国が強くなれば必ず覇権を求める」などの固有の考え方が災いして、中日協力の強化を積極的に望むどころか、反対に中国に対して猜疑心や警戒心などの負の意識を生じている。
次に、政治面の「中上日下」だ。中国は政治の開放度と民衆の参与度の高まりに伴い、外交や中日関係に関わる政策で民意の強い制約を受けるようになっている。一方、日本では社会の消極的な保守化傾向が助長している。こうした日本の保守化傾向は過激な言動をするのは少数のみだが、その社会思潮は日本各界で賛同や黙認が広がり、日本メディアは全面的に右傾化している。こうした日本社会に深く根差した「消極的な保守型の大国化」への要求と、中国の「積極的な開放型の大国化」の実践が衝突し、政府の政治・外交レベルだけに限らず、民間に対してもその影響が侵蝕してきている。
日本が第二次大戦の歴史の結論を否定し、再び軍事化へ向かううえで、最大かつ最も直接的なライバルは中国だ。日本にできるのは中国のイメージを悪くし、「中国は米国の脅威」との世論を形成し、米国に中国の大国化を受け入れるか日本の軍事化を容認するかの選択を迫り、時には米国の駒になることすら辞さないことだ。ここには3つの問題がある。中日の大国化における衝突、中米のグローバル化における駆け引き、中日米3カ国関係と世界および地域の平和的発展の潮流の融合だ。だがこうした状態は段階的な「陣痛」に過ぎない。われわれは小事のために大事を失し、「陣痛」に惑わされて大局を顧みないことも、過度に楽観視して油断することもならない。
上の世代の指導者の英明さは4点に帰納できる。人民外交の理念、戦略・大局的視野、係争棚上げの知恵、未来志向の度量だ。今日持ち上がっている新たな試練も、この4点によって対応できる。ただ最近日本は猛攻勢をかけており、「衝突に向き合う勇気」を加える必要がある。すでに中国は東アジア地域および中日関係の大局を主導する大国としての資質と能力を備えている。これは中国の歴史的な能動性、地政学的な包括性、総合国力、および衝突に向き合う勇気によって決定される。中国が自ら負うべき責任を他に担わせるわけにはいかない。(編集NA)
「人民網日本語版」2012年10月12日
http://j.people.com.cn/94474/7975201.html
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