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安倍晋三政権『誕生前夜の憂鬱』 長谷川幸洋氏《対談》鈴木哲夫氏
http://ameblo.jp/heiwabokenosanbutsu/entry-11368300312.html
週刊ポスト2012/10/12号 :大友涼介です。
野党の党首選に勝っただけで、まるで「次期首相」に内定したかのようなはしゃぎぶりだ。しかし、安倍新総裁を取り巻く内憂外患は、そうした浮かれ気分などすぐに吹き飛ばすことだろう。安倍氏の至近距離で取材を重ねる2人のジャーナリストが、総裁選でみえた安倍氏の「弱点」を指摘する。
◆各陣営の票読みは全てハズレ
鈴木:総裁選を見て思ったのは、自民党はやっぱり何も変わっていないな、と。党員票は一番民意に近い票です。石破は1年以上前から地方回りをやってきて、地方では「この人なら戦える」という空気にようやくなって、1回目の票数(498票のうち199票)に結びついた。それが2回目の議員投票で平気で逆転するんですから。自民党の国会議員たちは、果たして民意を感じ取っているのか疑問です。
長谷川:国民、自民党員、自民党の国会議員。この3つのレベルの意識がズレている。石破が地方票を得たのは、おっしゃるように地方を熱心に歩いたから。次に歩いていたのは安倍で、石原はあまり歩かなかった。結局、地方をこまめに歩いた順に票が入ったということでしょう。先日、森喜朗も言ってましたが、地方の自民党員はテレビに出ている議員が来れば、そりゃ喜びますよ。けれど、それと国民の意識はまた違うのではないか。
鈴木:決選投票で最終的に安倍になったのは、永田町ムラの議員心理が相変わらず働いているから。石原では長老の影も見えて選挙の顔としては弱い。石破は嫌いだから入れたくない。対して安倍には今、領土問題などで勢いがあって国民的な人気があると、だから勝ち馬に乗ろうと。完全に国民感覚とズレていますね。
長谷川:石破の議員票は1回目が34票、決選投票が89票だから、党内人気のない彼としては大健闘だったと思う。自民党長老たちは石破が大嫌いで、必死で落選運動をやっていたはず。それなのに55票も上乗せしたのは衝撃的ですよ。派閥の締めつけもきかなかった。石破とは付き合いがないのに投票した議員も相当いたはず。自民党が変わる兆しかもしれないとさえ思う。
鈴木:長老支配や派閥が少しは崩れてきているのは事実ですね。ただ、各候補の陣営の浮かれ具合には呆れました。ホテルに陣取って票読みしながら、まるで与党時代のようなお祭り騒ぎでしたよ。しかも、私は事前に各陣営の票読みを取材しましたが、どれひとつ当たっていない。(笑)
長谷川:次の選挙後には自民党を中心とする政権ができて「自民党総裁が次の内閣総理大臣になる」と多くの人が思っていたし、メディアも連日、そう報じた。となれば盛り上がるのも無理はない。
鈴木:安倍について言えば、非常にタイムリーに領土問題が総裁選に重なったためにクローズアップされたことは間違いない。もともと本人は総裁選出馬に消極的で「まだ先頭には立てない」と言っていた。意外と世論がわかっていたのに、領土問題で一気に火が点いて高揚してしまった。
長谷川:しかし、この盛り上がりも、総裁選があったからこそ。バブルのようなものです。1週間もすれば落ち着いてしまう。
鈴木:ええ。しょせんまだ野党の総裁選選びなんです。自民党中心の政権ができる”かもしれない”というだけなのに、野党である立場を忘れているかのようなバカ騒ぎだった。総裁選の各候補の話からも、野党の党首として野田政権をどう追い込み政権を奪い取るかという必死さというか、戦略がほとんど聞かれなかった。
◆党内「霞が関派」の処遇
長谷川:一番大事なのは、もちろん国民レベル。09年の総選挙は国民が「脱官僚・政治主導」路線を支持して民主党を圧勝させた。その民主党の支持率が急落したのは、初心を忘れて国民への約束を裏切ったから。自民党の面々は「これで政権は戻ってくる」と思っているけど、民意は今も基本的に「自民はノー」でしょう。自分たちが否定されたことを忘れてはいけない。
鈴木:同感です。民主党もダメで自民党もダメ。それで第三極に支持が流れている。今、選挙をしたくないのは民主党です。ボロ負けしますから。一方、自民党は選挙情勢分析で「今なら勝てる」と踏んでいた。ところが最近は、第三極を警戒して「選挙をやりたくない」という本音を自民党議員から感じます。「野田政権を解散に追い込む」と気勢を上げながら先送りしている茶番的な状況が一番安住しやすい。「近いうち解散」と言いつつ、当たり前のように通常国会を閉じて代表選や総裁選をやっているけど、本来やるべきは党内選挙ではなく国民に約束した総選挙でしょう。
長谷川:橋下維新の人気がなぜ高いか。核心は「統治機構の改革」を唱えているからです。これは実は09年総選挙の流れを引き継いでいる。そこをしっかり見るべきです。
谷垣自民は国民から見れば、旧来型の自民党からなにも変わっていない。だから支持率が上がらなかった。安倍は「維新の会がいう統治機構の改革はわれわれの目指す戦後レジームからの脱却と底流に流れる考え方が共通している」と言っている(9月7日号の本誌インタビュー)。安倍自身は谷垣自民を脱して、本当に生まれ変われるかどうかが最大のカギになる。
鈴木:そこで注目すべきは人事ですね。安倍は総理大臣になったとき、官邸主導でやろうとして官僚の強い抵抗に遭った。しかし実際にはそれ以上に党内で足下をすくわれたんです。今回もまったく同じ局面で、霞が関にべったりの長老たちにどうブレーキをかけていくかが問われる。
長谷川:石破も石原も私から見ると、経済政策においては霞が関、つまり財務省にべったりです。しかし人事では2位の石破と3位の石原は無視できない。町村もそうです。財務省はもちろん安倍を籠絡にかかるでしょうし、彼らを抱えたまま改革をアピールできるのか。”新しい自民党”を打ち出さなければ、あっという間に人気が落ちる。
鈴木:そうした党内抗争が、国民の目から見ると非常にわかり難い。
長谷川:改革を目指すのなら、自民党総裁になるより新しい党を作ってトップに立つという選択もある。でも、それだと権力を握るのに時間が掛かる。安倍には自分こそが自民党の本流だという思いもある。総裁選で「3党合意は守る」と言っていたのも、あえて敵をつくらないために猫をかぶっていた面もあるように見える(笑)。彼は「今のデフレでは増税できない」とはっきり言っている。
鈴木:ただ国民の視線とは乖離しています。安倍が保守においては改革派だということも、驚くほど国民には知られていない。
そもそも保守の概念とは何なのか。保守本流とはどういうものか。自民党が国民に十分説明できていない。だいたい保守を自任する議員に「保守って何?」って聞いても、答えられない人もいる。(笑)
◆維新抜きのオリーブの木
長谷川:次の政権について言えば、安倍がどこと組むかが争点になる。彼ははっきりと「民主党とは組まない」と言っています。
衆議院で240議席取らないと政権はできない。選挙で仮に自民が170だったら、あと70議席が必要になる。公明党だけでは無理でしょう。維新の会やみんなの党が視野に入ってきますが、(現・霞が関の)石破や石原を取り込んだ上で、それらと組めるかどうか。それは、まさに安倍自民が改革政党になれるかどうかと表裏一体です。
鈴木:安倍自身を中心に見ればそうですが、第三極の側に立つとまた違った見え方になる。維新の会やみんなの党、国民の生活が第一、減税日本、新党大地という”オリーブの木”は、自民党総裁選のお祭り騒ぎの間のこの1ヶ月間、各党間でいろいろな接触を行っていました。「生活」やみんなの党の番記者まで民自の党首選取材にかり出されたから、第三極の人たちはみな「ノーマークで動ける」って喜んでましたよ。
長谷川:維新は8月20日に渡辺喜美と決別した時がひとつのピークだったと思う。以来、支持率は急落している。それまでは維新がどこと組むかだったが、今は誰に組んでもらうかという選ばれる立場になった。
鈴木:たしかに、これまでは維新が他党に踏み絵を踏ませていたが、立場が逆転しつつある。維新抜きの”オリーブの木”側は、まず自分たちをしっかり固めて、維新に「われわれと組みたいならそちらから来ればいい」と、「逆」踏み絵を踏ませる戦術に変えつつある。
長谷川:そもそも維新の会自体が一枚岩ではない。
鈴木:橋下と松井大阪府知事も微妙に気を遣い合う関係ですから。松井はとりあえず「安倍自民とは組まない」と言っているが、彼の首から下はほとんど自民党。一方の橋下は全方位外交。維新が分裂する可能性もあり得ると思います。
長谷川:安倍の真価はすぐに問われます。まず党首会談で「安倍自民は谷垣自民と違う」というメッセージをどれだけ出せるか。野田民主と徹底的に対決する姿勢を示せるかどうか。リトマス試験紙は特例公債法案です。野田にとっては喉から手が出るほど成立させたい法案ですが、安倍からすると倒閣の最後の切り札になる。ここで安倍が突っぱねると、政局は一気に流動化してきます。逆に谷垣自民路線を引きずるようだとインパクトがない。
鈴木:結局は官僚よりの党内勢力をどう抑え込めるか。安倍や彼の周辺には、かつての安倍政権時代のリベンジを果たしたいという気持ちが強いようだが、うまくいくのかどうか。
長谷川:改革志向を打ち出せないと、安部自民は厳しくなる。総裁選で上向いた自民への支持率も頭打ちになるのではないか。国民はしっかり見ています。(文中敬称略)
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