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またまた素晴らしく格調の高い(?)『天声人語』を見つけてしまった。いったいこのコラムニストの頭の中はどうなっているのだろうか?これでは中学生や高校生に「コラムのお手本」として読んでみろとはとても言えないだろう。人気ブロガーの記事の方がはるかに上質だ。
新聞社の一面のコラムとしていったいどんな視点からこんなのが書けるのだろうか? 人を小馬鹿にした、見下す視線、皮肉たっぷりで、改善を求めようともせず、腐っていくのを見て面白がっているとしか思えない。とても「社会の木鐸」とは呼べないだろう。こんなことを冷やかに見過ごしてきたのはいったい誰なのだ。政治や政治家を劣化させた一番の責任は大手メディアにあると言っても過言ではないだろう。
おかしいことはおかしいと指弾するのが「社会の木鐸」たる新聞社の社会的責任というものだ。批判のキャンペーンでも張るぐらいの気概を見せたらどうなのか?この程度の‘看板’コラムしか出せないのなら、ペンは遠の昔に自ら折ってしまい、もう「社会の木鐸」も捨ててしまった。このコラムを読もうとする読者が、本当に百万単位でいるのだろうか?思い起こせば、朝日新聞を止める最後の決め手は醜悪な「天声人語」だった。
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『天声人語』(2012年9月27日付け)
3年前の秋、自民党は落ち武者集団を見るようだった。政権を明け渡し、「自民党という名が国民に嫌われている」と党名を変える動きもあった。「和魂党」やら「自由新党」やら、まじめに考えていたらしい▼支援団体は離れ、陳情は減り、食い慣れぬ冷や飯のせいか無気力と自嘲さえ漂った。その斜陽から、新総裁が次期首相と目される党勢の復活である。「ある者の愚行は、他の者の財産である」と古人は言ったが、民主党の重ねる愚行(拙政)で、自民は財産(支持)を積み直した▼とはいえ総裁に安倍晋三元首相が返り咲いたのは、どこか「なつメロ」を聴く思いがする。セピアがかった旋律だ。当初は劣勢と見られたが、尖閣諸島や竹島から吹くナショナリズムの風に、うまく乗ったようである▼1回目の投票で2位だった候補が決選投票で逆転したのは、1956年の石橋湛山以来になる。その決選で敗れたのが安倍氏の祖父の岸信介だったのは因縁めく。「もはや戦後ではない」と経済白書がうたった年のことだ▼以降の自民党は、国民に潜在する現状維持意識に根を張って長期政権を保ってきた。人心を逸(そ)らさぬ程度に首相交代を繰り返してきたが、3年前に賞味期限が切れた▼思えば自民は、原発を推し進め、安全神話を作り上げ、尖閣や竹島では無為を続け、国の借金を膨らませてきた。景気よく民主党を罵倒するだけで済まないのは、よくお分かりだと思う。たまさかの上げ潮に浮かれず、責任を省みてほしい。
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同じく、あるいはそれ以上に醜悪な『天声人語』がここにもある。
『天声人語』(2012年7月3日付)「子どもの頃、お祭りの露店で『カラーひよこ』…」
『天声人語』(2010年10月6日付)「起訴される小沢一郎氏は涙した…」
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