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ビールを手に、小沢一郎氏を語る友近聡朗参院議員=東京・東麻布の「旬彩本多」(酒巻俊介撮影)
小沢一郎氏は何をしている? 「生活」友近聡朗参院議員が語る素顔
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/52926f3ebed20b7774754888c1dbaf1f
2012-09-23 来栖宥子★午後のアダージォ
【水内茂幸の夜の政論】
小沢氏は何をしている?側近友近氏が語る素顔
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120923/stt12092318010003-n1.htm
産経ニュース2012.9.23 18:00
民主党は野田佳彦首相が再選され、自民党も愛憎むき出しの総裁選が花盛りだが、皆さん少々うんざりしていませんか?こんな永田町の争乱を冷めた目でみつめるのが、新党「国民の生活が第一」だ。小沢一郎代表とともに離党した面々は、今の政局にどう向き合おうとしているのか。元Jリーガー、友近聡朗参院議員は小沢一郎代表の意外な素顔にも触れながら、民主党の病巣や次の選挙の戦い方を語り尽くした。
友近さんと待ち合わせたのは東京・東麻布の和食料理店「旬彩 本多」。板長の本多裕一さんは、愛媛県立南宇和高サッカー部イレブンとして、友近さんと同じピッチに立った仲だ。
「僕はフォワード、本多君はディフェンダーやミッドフィルダーとして暴れ回った。思いだすのは冬の全国大会。前年度優勝の帝京高から僕が2ゴールを決めて勝ったんですよね。まさかその時、僕が政治家になり、板前になった本多さんの店に来るなんて想像だにできなかった」
この店の売りは、2人の故郷・愛媛県から空輸される旬の魚。本多さんの実家は水産業を営んでおり、毎日お父さんが県内の市場で買い付け、東京まで送るそうだ。
早速、前菜の「はもと丹波しめじの三杯酢」が運ばれてきた。はもも今朝愛媛から届いた逸品。軽く油を通した肉には甘みが生まれ、さっと口の中で溶ける。党首選の取材からしばし離れ、のどを潤すビールも格別だ。
僕が友近さんと初めて出会ったのは、参院選に初出馬した平成19年夏。当時は自民党の安倍政権が「消えた年金」などで火の車となり、盤石だった地方の「自民王国」にほころびが見え始めていた。僕は選挙区ルポ取材として、朝の松山市内で、通りかかる市電に必死で手を振る友近さんを追いかけていた。前年まで現役Jリーガーだった友近さんが、政治の常識に挑戦していく様は実に野心的だった。
当時の民主党代表が小沢さんでしたよね。
「思いだすのは僕が現役だった18年の11月15日。小沢さんに突然呼ばれ、父と妻と3人で東京・赤坂のマンションで30分面会した。小沢さんは参院選の候補者を探していたようですね。高揚した父が25分近くしゃべるなか、僕はじっと黙っているだけだった。小沢さんは突然『んで、君なんかあるか』と一言。僕は思わず『今日はくしくも坂本龍馬の誕生日。同じ四国の血を引く人間として、龍馬のような気概を持ちたい』と答え、出馬が決まった。正直にいえば、それまで国会議事堂に足を入れたことなどなかったし、政治ニュースにも疎かったから、なんとも不思議な気持ちだった」
あの時の幹事長は鳩山由紀夫元首相、代表代行は菅直人前首相。小沢さんのもとに民主党が一枚岩になっていました。
「よく誤解されるけど、初当選以来、僕は小沢さんに『ああしなさい』『こうしなさい』といわれたことは一度もない。小沢さんとは暗黙の了解で『自分で考え、来たければ来ればいい』というスタイルだ。彼がよく口にするのは『自立と共生』というキーワード。くる人拒まず、去る人追わずという考えだと思います」
ここで「岩ガキとマツタケの茶碗蒸し」が登場した。マツタケの香りがしっとりと卵に絡みつく。
「去年の秋くらいから、小沢さんを若手議員が取り囲むと、話題はいつも党内政局になった。こっちが『一緒にやれない人たちもいますよね。』と水を向けるが、小沢さんは『小さな話ばかりするな。申し訳ないけど君たちより僕の方が民主党に思い入れがあるぞ』と繰り返すのみ。『政局は政策からしか生まれない。あいつが嫌いこいつが嫌いという次元で語っちゃいけない』とたしなめるんだよね」
うーん。僕の印象とかなりかけ離れていますが…。どうも小沢さんといえば、「こわもて」「剛腕」「軍隊」「独善的」という負のイメージしか浮かびません。
「それは小沢さん自身も酔った勢いで言ってます。『こんな顔に生まれたばっかりになあ』とね。みかけによらず繊細で、おちゃめな面もある。『小沢神話』っていわれるけど、僕らからみると、単に親しみやすいお父さん。この前も飲み会で一時間だけ政策の話をした後『仕事の話はおしまい!』と宣言し、あとは無礼講で何でもあり。・・1年生議員ながらこんなこと言っていいのか」
ますます分からない。
「小沢さんは必要以上のことを説明しようとしないし、決して雄弁でもない。どこぞの『言うだけ番長』と違い説明が上手だとも言えない。だが口に出さない行動力はピカ一だ。民主党には『政策を語ることだけが政治』と思っている輩が多いけど、彼は真逆だ。サッカーに例えれば、民主党議員はみんな点取り屋のフォワードばかりやりたがるが、本来ディフェンダーもいなければ試合は組み立てられない。政治には泥かぶり役も必要だよ」
刺し身は愛媛沖で採れた秋さば、アオリイカ、クエ。友近さんは「秋さばは、大分の豊後水道で採れる『関さば』と同じ品種。大分はブランド化に成功しているが、愛媛はちょっと損をしている」といいながらはしを伸ばす。適度な脂が舌触りをなめらかにする。
小沢さんの人間味は分かったが、世論は決していいイメージに受け取っていない。「生活」の支持率も低迷している。来年改選ですが、本当に大丈夫ですか。
「僕は消費税の引き上げには賛成だし、僕ら30代にとって、社会保障の財源を確保するための増税は理解できる。いわゆる『団塊の世代』の逃げ切りは見過ごしたくはないよね。先細る若者世代だけが、豊かな団塊の社会保障費を出すのはどうみても不公平だ。けどどうしても許せないのは、前の選挙で約束しなかったことを永田町の都合だけでやること。ちゃんと選挙で国民の信を受け、堂々とその後やればいいじゃないか。どうしてもここが我慢ならなくて離党を決断したんです」
友近さんが焼酎の水割りに切り替える。
「もう一つ。不信感をぬぐえなかったのは、今の民主党執行部だ。どこか『自分たちだけ当選すればいい』と思う風潮がなかっただろうか。身内を大切にせず、野党など外野で過半数になればいいと考え、政権交代の原動力になったはずの多くの仲間が野たれ死んでもいいという体質だ。別の見方からいうと、民主党は野党時代、自民党政権の利権構造を追及したが、与党になった今では、批判したはずの『甘い汁』をすすっている。単に自民党から利権を移したかっただけではないのか。官僚が取り込むのも簡単だった。こうなると、自民党でも民主党でも何でもいいとなっちゃうよね」
確かに民主党への不信感はあちこちで聞く。だが、党を飛び出した小沢さんへの批判もあるはずだ。
「仰る通り、次の選挙は非常に厳しい。前回の選挙を仕切ってくれた連合愛媛は、今回の離党劇で『今後友近を応援しない』と決議した。離党を踏みとどまり、消費税政局の嵐が過ぎ去るまで待てばいいという思いが脳裏をよぎったこともある。どことも不義理にならずに次の選挙を戦う態勢ができるからね。だが、自分の政治信条として、政治家であることを目的化するなら、政治家なんか辞めた方がいいと思う。離党に伴い、小沢批判は自分が真正面から受けることになるし、組織も失う。そりゃ人気の高い『大阪維新の会』にでも行けば楽だ。でも政治って何かを成し遂げる大義がなければ意味がない。自分が思った道を掲げて戦い、必要とされれば勝てる。負けたらスポーツマンらしく、潔く退場するだけですよ」
小沢さんについていかない選択肢はなかったのか。
「当初は小沢さんに『しばらく無所属でいようと思う』と伝え、『自分で決めたならそれでいい』と認めてくれた。ただ党議拘束の撤廃など、斬新な党運営にひかれたんですよね。僕は原発の即時撤廃に反対だけど、そういう思いもくんでくれる。離党劇で迷惑をかけた人におわび行脚を続けているが、真意を話すと『組織としては無理だが、君を応援する』と言ってくださる方が多い。政局がどうなろうと、今は僕を信じて支援して下さる人をコツコツつくっていくしかないですよね」
ここで名物料理の「真鯛の塩がま焼き」が登場した。愛媛沖の大きな鯛一匹を塩と卵白で覆い隠し、ガスオーブンでふっくら焼き上げた逸品だ。本多さんは「愛媛沖の鯛はエビなど甲殻類をふんだんに食べるから身が締まって甘い」と説明しながら、木づちで塩をガンガン砕く。
同行の酒巻カメラマンが「過去十数人取材した中で、一番写真映えする料理だ」と喜びながらシャッターを切る。口に含むと、経験したことのないジューシーな食感が!本多さんが「塩の壁の内側には、大根の薄皮向きを挟んであります。これが保湿と適度な塩の染み込みを生むんですよ」と得意げに語る。
「小沢さんが離党するとき…」
友近さんのはしが止まる。
「『次の総選挙ではどこも過半数を取れないかもしれない。参院もねじれたままだから、日本の政治はもっと混乱し、各党が細かな法案1本ずつ談合を繰り返さなければならなくなる。政治が不安定になると、極端なナショナリズムが台頭する』と言ったんですよ。今度の沖縄県・尖閣諸島の問題にもつながりますよね。小沢さんは古くて不器用な政治家かもしれないけど、経験に基づき先を見る目は確かだ。今は若い僕たちが小沢さんの政治哲学を学び、引き継ぐ必要があると思う。5年間永田町にいて、『理屈だけでものは動かない』ということがよく分かったから」
友近さんの当座の目標は、来年の参院選で再選を果たすことだ。「前は『Jリーガー友近』として支持をもらったが、次に勝ってようやく『政治家友近』になれる」と意気込む。
「政治家よりサッカーやっていた方が楽だったと思いますね。プロ選手の練習時間は、キャンプを除いて2〜3時間。政治家は土日もなく街頭に立ち、暴言を浴びせた相手に『ありがとうございます』と答えなければならないでしょ。ただ、政治家でなくなることの恐怖感はない。『きれい事言うな。議員じゃなきゃ何もできない。ただの人になってしまう』と怒る人もいるが、『ただの人』も立派じゃないですか。枝葉と幹だけは間違いたくないんですよ」
民主党の政権交代劇は負の面が否めないが、友近さんのような政治家を育てた功もあっただろう。愛媛で帰りを待つ3歳と0歳のお子さんは、父の背を大きく思う日が来るに違いない。 *強調(太字・着色)、リンクは来栖
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◆友近聡朗参院議員
「国民の生活が第一」 参議院議員愛媛選挙区(愛媛県)
【所属委員会】行政監視委員会 理事、国際・地球環境・食糧問題に関する調査会 理事、国土交通委員会 委員、憲法審査会 委員
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