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従軍慰安婦問題 米国でも強まる「対日不信」
編集委員 春原剛
2012/9/12 7:00 情報元 日本経済新聞 電子版
会談はいつしか、リラックスしたムードでの私的な立ち話に移っていた。目の前にいる米国大統領、バラク・オバマとは2009年4月にロンドンで初の首脳会談をして以来、ソウル、トロントと場所を変えて会話を重ねてきた。信頼関係も十分で、いよいよ機が熟した――。そう考えたのか。韓国大統領の李明博は、静かに切り出した。
「ところで、日本についてだが……」
しかし、オバマは韓国大統領のただならぬ雰囲気を察知したのか、即座に話題を変えてしまった。取り合わなかったのだ。
にわかに2人の間に訪れた緊迫の瞬間を、居合わせたオバマ側近は見逃さず、全神経を集中して身構えた。
しかし、オバマが機転を利かせたおかげで大事には至らず、側近は心の中で胸をなで下ろした。この元ホワイトハウス高官は1年以上前になる米韓首脳のやりとりを振り返る。
下手に応じれば、米国の対日政策に大きなマイナス影響が出るのは避けられなかっただろう。
オバマ側近は「李明博が何らかの『言質』を取ろうとしていたことは雰囲気からわかった」と振り返る。
韓国大統領の念頭にあったのが、日韓間に今も横たわる歴史認識問題、つまり旧日本軍によるいわゆる「従軍慰安婦問題」であることは言うまでもない。
■「日本非難声明」も浮上
オバマの当時の対応とは裏腹に、米国内では慰安婦問題に対する日本の姿勢に不満が高まっている。「今年初夏には、国務省内で日本を非難する声明の発表すら検討された」とある米政府関係者は打ち明ける。
これも寸前で政権の知日派、カート・キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が日米同盟の重要性を強調して止めに入り、事なきを得た。だが、米政府・議会では「対日不信」の機運がくすぶり続けている。
慰安婦問題を巡っては、自らの支援者に多数のアジア系米国人を抱えるマイク・ホンダ下院議員が日本に謝罪を要求する決議案を2007年に米議会に提出したことが記憶に新しい。こうした「エスニック・ポリティクス(少数派の声を重視する政治)」の傾向は近年、米国内で一層強まっている。特に歴代米政権が超党派で重視する「人権外交」の文脈で日本の問題が語られると、事態は一気に深刻化する。
慰安婦問題同様、日本が抱える歴史案件として米国内で論争の対象となったのは、小泉純一郎首相(当時)による靖国公式参拝問題だ。この時も米政権内外のアジア政策通は参拝に固執する小泉の態度をいぶかり、不信感を強めた。
小泉を「盟友」と位置付けたブッシュ大統領(同)の配慮で深刻な対立は回避できたものの、ブッシュ自身も参拝を継続する小泉の真意をはかりかねている面があった。小泉との友情関係を横目ににらみ、今も「(小泉も)中国との関係を戦略的に考えていたはずだ……」と述べるにとどめるブッシュの煮え切らない態度からも、そうした内情は垣間見える。
■知日派による「和解工作」
その盟友関係も過去のものとなった。共和党知日派のリチャード・アーミテージ元国務副長官らも急速に悪化する日韓関係を見かねて、今年8月にまとめた超党派の対日政策指南書(アーミテージ・ナイ3)の中で「和解工作」を米国に促した。
その趣旨について、アーミテージは「(韓国が主張する)二十万人とか、(日本が指摘する)二千人とか数字を議論するつもりはない」と断言した上で、日本が慰安婦問題について、民主主義国家が共有すべき「人権問題」として取り組むべきだと主張する。
こうした米側の姿勢に対して、日本では「21世紀の人権感覚を過去の歴史に適用するのは、いかにも乱暴」(北岡伸一・政策研究大学院教授)と疑義を呈する声もある。一方で、イマヌエル・カントやジョン・ロールズら著名な哲学者が説いたリベラリズムを自らの社会的基盤と位置付ける米社会において、個人の自由や尊厳を損なう「人権侵害案件(慰安婦問題)」には、党派を超えて本能的に拒絶反応を示す習い性があることも見逃してはならない。
大統領選が本番を迎えた米国では野党・共和党がミット・ロムニーを正式な候補として選出。オバマ大統領も民主党大会で2期目へのビジョンを示し、本格的な論戦が始まる。そのロムニー陣営に強い影響力を持つ知日派は見当たらず、アーロン・フリードバーグ米プリンストン大学教授らも「反中思想の裏返しとしての親日姿勢」(ある共和党知日派)を持つにとどまっている。
実際、オバマ有利の声が根強い中、現職攻撃の材料としてロムニー候補が「慰安婦」「日本」に目を付ける恐れも否定できない、とマイケル・グリーン元大統領補佐官は警鐘を鳴らす。一方のオバマ陣営もクリントン国務長官やキャンベル国務次官補の政権離脱が確実となった今、日本の肩を持つ「ジャパン・ハンド(対日政策通)」は少数派の憂き目を見る可能性が高い。
「従軍慰安婦問題」を巡る米国内の動向(日経)
アーミテージら知日派が党派を超えて、日本に慰安婦問題への善処を求める背景には、中国の再興や北朝鮮の本格的な核武装に備え、日米韓三カ国による民主連合体の結束を強めたいとの思惑もある。実際、韓国が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)合意を破棄したことにアーミテージは失望の念を隠さない。
■「日米同盟に損失与えかねない」
ただ、彼等が募らせる危機感は、そうした表層的なことではなく、この問題を不完全なまま放置すれば、日韓関係だけでなく、日米同盟体制にも必ず大きな損失をもたらす、という長期的な危機意識に基づいている。
ブッシュ・小泉の両首脳が蜜月関係を構築した際、日米両国政府関係者は一様に「日米同盟は民主主義や言論の自由、人権、市場経済など『共通の価値観』を共有する同盟だ」と主張した。この時、日本側には共産党一党支配が続く中国と米国との「戦略的接近」を阻止する思惑もあった。中国とは相いれない「価値観」を共有する民主国家・日本の姿を強調することで、米中両国が共同でアジアだけでなく、21世紀の世界秩序まで形成すべきだとする「米中G2体制」構想の矛盾を突こうとしたのである。
だが、靖国参拝や慰安婦問題で明らかになったように、日米両国はまだ、真の意味で普遍的な価値観の共有にまで至っていない。もちろん、突然の竹島訪問や天皇陛下に対する韓国側の言動には、「全く、予測不能」(元ホワイトハウス高官)と米側も戸惑いは隠さない。一方で「対中国」という外交文脈で価値共有を強調した日本に対して、米国が「言動不一致」との不満を燻らせ、従軍慰安婦問題で態度改善を望む声が強まっているのもまた、歴然たる事実と言わざるを得ない。=敬称略
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