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「国民の生活が第一」の理念と政策
日本一新の会 達増 拓也
(岩手県知事)
新党「国民の生活が第一」の略称が「生活」に決まったとのこと。ちなみに、小沢一郎後援会報の名前は『暮らしと政治』。政治の原点に「暮らし=生活」を置く姿勢が、初当選した、1969年(昭和44年)以来、43年間続いている。
〈生活保障〉
政治における「生活」というテーマは、古くて新しい。岩手県では、3年前に新しい県の総合計画を策定する際、「生活保障」の考え方を参考にした。「生活保障」という言葉は政府の審議会などで昔から使われていたが、最近この言葉が注目されるようになったのは、宮本太郎・北海道大学教授が著書『福祉政治』や『生活保障』でキーワードにしたのがきっかけである。全国知事会の平成20年度(2008)研究調査事業にも宮本教授が参加しており、その報告書を基にして策定された2010年の全国知事会提言『この国のあり方』も「生活保障」の考え方をベースにしている。
「生活保障」というのは、雇用政策と福祉政策を組み合わせて、よりよく働き、よりよく暮らす、という意味での生活を保障することだ。「生活保護」とは違う。「生活保障」は、経済政策と社会政策の組み合わせであり、右と左の対立を越えた、冷戦後のグローバル時代にふさわしいアプローチである。完全雇用を実現するような一定の経済水準を目指すと同時に、様々な理由で働けない人たちのためのセーフティネットをしっかり整備しつつ、教育・訓練によって失業者・離職者をよりよい雇用に導く手法である。社会保障を充実させながら、IT産業中心に経済成長にも成功した、スウェーデンなど北欧型の経済・社会政策をモデルにしている。
冷戦思考では、景気をよくする経済政策は右派の政策、福祉を充実させる社会政策は左派の政策と二分され、対立する関係にあった。昔の自民党は要領よく左派的政策を取り入れていたが、小泉政権の頃から自民党政権は右派的な路線に大きく舵を切り、セーフティネット充実の社会政策は社会主義的なバラマキで悪であるとして、新自由主義的経済政策に深く傾斜した。自民党政権が格差社会化や貧困の深刻化が進む日本の経済・社会の実態に背を向けたことが、政権交代につながったと私は見ている。
「国民の生活が第一」をスローガンとする民主党は、日本が直面する課題と必要な対策を分かっており、正しい方向に国を導いてくれる、と期待されたがゆえに、政権交代が実現したのだと思う。したがって、民主党が自民党政権同様に冷戦思考にとらわれ、左派的な政策はバラマキでよくない、自由市場経済でやっていけばよい、となれば、政権交代の担い手たる資格は失われる。新党「国民の生活が第一」こそ、取って代わらなければならない。
〈人間の安全保障〉
東日本大震災の被災地においては、「生活保障」というテーマは一層切実さを増している。被災者の生活保障のためには、衣食住の確保という狭義の生活面だけではなく、働く場を確保すること、そのためにも地域産業を再生させること、という経済面の政策が不可欠だ。
そもそも、原発事故も含めて災害から命を守るという「安全保障」が切実であり、私は国際政治の分野で使われるキーワード「人間の安全保障」が大きなテーマであると実感している。
9・11米国同時多発テロは、国家安全保障の分野でも、国家そのものではなく国民一人一人の安全保障の必要性にあらためて目を開かせたと思う。国家間の相互依存や相互浸透が高まり、個々の国民がテロ、コンピュータ・ウィルス、あるいは新型インフルエンザなどの感染症等、直接国際的な脅威にさらされる時代である。
さらに、リーマンショックのような国際経済危機が、個々の国民の雇用を奪い、生活を脅かす。日本の「失われた20年」は、日本国民が怠けてサボったからこうなったわけではなく、様々な制度と政策運用がグローバル時代に対応していないがゆえに、こうなったのである。個々の国民の生活を守る、という目標をしっかりと定め、その目標に向けて、この国のしくみを大きく変えていかなければならない。
新党「国民の生活が第一」は、「生活保障」を含む「人間の安全保障」を推進すべきだと思う。そのためには、今日の国民生活の実態をよく知る必要があり、その上で、国家安全保障に求められるような覚悟と戦略性が必要だ。「生活」を掲げる政治は、決して甘い政治ではない。いわば「徹底的な政治」、それが「生活」を掲げる政治である。
ちなみに、とにかく消費税率を上げなければならない、というのはあまりに単純な発想で、戦略性に欠ける。財政再建のような一見反ポピュリズムに見える「痛みを伴う改革」は、米国のティーパーティーや欧州の極右運動もそうだが、むしろ近年流行のポピュリズムである。消費増税に反対する事は大衆迎合で頭が悪いと思っている人が結構いるが、オバマ大統領がよく言うように「事態は複雑」なのであって、野田内閣の姿勢こそ「甘い」というべきである。
転載終わり
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生活保障と言うがどのようにそれを達成しようと言うのですか???
現在は需要が生産を制約するという、愚かな状態に陥っているということを理解しているのでしょうか???
ケインズの言った「豊穣の中の貧困」とは需要が生産を制約すると言うことです。
オバマもチェンジと言ったが、愚かな状態を愚かと理解できなければなのも変わらない。
オバマガ就任してから3年間でフードスタンプ受給者が1300万人も増加し、4600万人に成った。
これは明らかに失政、政策を間違えたと言うべきでしょう。
オランドも富裕者に75%増税すると言う。
それで何が変わるのか?どういう効果が有るのか?
それがはっきりしていなければ単に人気取りの政策に見えてしまいます。
現在はマネーが中心になり、それに実体経済をあわせるという愚かなことが行われています。
虚に実をあわせようとしているのです。
これを実体経済にマネーを合わせるという政策に転換しなければ成らない。
簡単なことなのですが、お金しか頭が回らないものには理解できない。
ドラギ総裁独りではユーロは救えない
ECBの介入は時間稼ぎ、まだ残る解体リスク
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36095
面白い分析があります↑
ドラギは無制限にスペイン、イタリアの国債を市場から買うということで、ユーロ解体、ソブリン危機からユーロ圏を救った(これは実体経済にマネーを合わせたということです)
しかし財政再建という条件をつけた。
では財政再建が出来なかったらどうするのか
ユーロ崩壊を止めるために、やはり国債を買うしかないだろうということです。
(これも実体経済にマネーを合わせると言うことです)
しかしドイツ国民はそれに反対するだろうという分析です。
(これはマネーに実体経済をあわせろと言うことです)
しかし債務国の成長と雇用が無ければ、ユーロの不可逆性は無いだろうという結論です。
つまり実体経済にマネーを合わせろということです。
いくらどたばたしたって、最後はこうしなければユーロの不可逆性はないという事です。
今、世界はマネーを中心に回り、実体経済をそれにあわせろという妄想に囚われています。
日本の消費税増税もそれに当たります。
虚にあわせ実を変える、この酷い妄想を取り払わなければ、世界も日本も破滅にと向かうだけです。
いい加減に「豊穣の中の貧困」需要が生産を制約するということの愚かさに気がついてください。
需要が生産を制約するとは、自給自足の農家が、豊かな耕作地があるのに、耕作をしないで飢餓にあえいでいるのと同じことなのです。
そして市場の欠陥についても知ってください。
市場の欠陥についてはケインズ、ゲゼル、ガルブレイスなどの先賢が、さんざん言ってきたことです。
なおこれは理念が間違っていると言うことでは有りません
理念を行うに当たって、どういう知識が必要かということです。
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