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毎日新聞 9月1日(土)12時17分配信
小沢一郎氏とともに民主党を離党し、「国民の生活が第一」に加わった笠原多見子衆院議員(47)=比例東海=は31日、同党の県連を設立し、県選管に必要書類を提出した。事務所は、笠原氏の事務所(岐阜市長良校文町)に置く。代表は笠原議員が務め、党勢拡大を図る。【加藤沙波】
9月1日朝刊
衆議院議員 笠原 多見子
1965年4月30日(47歳)
東京国際大学教養学部卒業
前職
岐阜県議会議員
世襲
2世
父・笠原潤一(参議院議員)
選出選挙区
比例東海ブロック
当選回数
1回所属党派(自由民主党→)
(民主党→)
国民の生活が第一
ウェブサイト
笠原 多見子ホームページ
http://www.kasahara-tamiko.net/pc/
笠原多見子衆議院議員 2012年6月9日「名鉄岐阜駅前街頭演説」
1999年-自民党公認で岐阜県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後3期連続当選。
2005年-第44回衆議院議員総選挙では岐阜県連が自民党の意向に反した野田聖子支援に回る中、党公認候補の佐藤ゆかりの支援に回った。
2009年8月14日-第45回衆議院議員総選挙で民主党岐阜県第1区総支部代表の柴橋正直の支援にまわるため、自民党に離党届を提出 8月17日-岐阜県議会議員を辞職
8月30日-民主党公認で比例単独34位で出馬し、初当選を果たした。
2011年2月17日に民主党政権交代に責任を持つ会の幹事長に就任。 6月-菅内閣不信任決議(菅おろし)の採決では棄権したため、民主党執行部によって3ヶ月党員資格停止
8月-党員資格停止中のため、2011年民主党代表選挙には、投票できなかった。
2012年 6月-内閣総理大臣の野田佳彦が第45回衆議院議員総選挙でのマニフェストを破棄し、公約を反故にして消費税増税などを含む社会保障・税一体改革関連法案の提出を表明した際には、法案の内容を批判した。衆議院本会議における社会保障・税一体改革関連法案の採決では、党の公約を守るため反対票を投じた。
7月11日に国民の生活が第一の結党に参加した[2]。
※菅おろしの時に、小沢一郎氏とともに棄権・欠席した。下記は、読売の記事であるが、当時、いかに勇気のいる行為だったかがわかる。
裏切り者、造反者…笠原多見子衆院議員に猛批判 民主党
民主党岐阜県連の定期大会が5日、岐阜市内のホテルで開かれ、出席者から笠原多見子衆院議員の会派離脱や国の新年度予算の衆院採決欠席について批判が相次いだ。
大会前に開いた県連常任幹事会では、衆院採決欠席について、笠原氏に厳重注意した。
大会では、出席者から笠原議員に対し、「民主が一丸となってやるべきところなのに、笠原議員の取った行動は納得できない」「笠原議員の行動は民主の裏切り者、造反者と呼ばれてもおかしくない」などと批判の声があがった。
園田康博代表は「今は一致団結して統一地方選を戦うべき時。個人攻撃より皆さんが力を合わせて厳しい時を乗り越えよう」となだめた。
大会終了後、取材に応じた笠原議員は「増税路線に走っている今の民主党にストップをかけなければと思い行動した。争う気持ちはなく、求められれば説明する用意がある」と話した。
その後の記者会見で、園田代表は常任幹事会で、笠原議員に厳重注意したことについて「党本部の決定(厳重注意)を尊重した。党議拘束に反する行動は良くない」と説明、「今後は新年度予算の関連法案もあり、党議拘束に従って党員としての行動をしてくれると思う」と述べた。
(2011年3月6日11時34分 読売新聞http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110306-OYT1T00259.htm
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