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『from 911/USAレポート』第587回
「日韓関係の現状をアメリカから見る」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第587回
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まず、この2012年の8月という時点で、日韓関係が悪化したことの外部環境に
ついてはどう見たらいいのでしょうか?
一つには、アメリカのオバマ政権がどうして「同盟国間のトラブルを放置」してい
るのかという問題があります。この点に関しては、韓国の李明博政権も、日本の民主
党政権も、また東アジアの軍事外交に大きな影響力を持つ中国の胡錦濤政権も、全て
が「政権末期」という事情が大きいと思われます。つまり、いくら同盟国同士の間で
波風が立ったとしても、「当事者」は数カ月後には舞台から消えているわけで、アメ
リカとしては「問題に過剰反応する必要はない」あるいは「一過性の問題で本質的な
変化ではない」という判断をしているフシがあります。
それ以前の問題として、アメリカ自身が大統領選の真っ最中であるわけです。その
大統領選では、特に今回はそうですが、内政問題へ関心が集中するわけで、外交につ
いては争点になることは少ないわけです。特にアジア外交の選択肢というのは争点に
なじまない以上、こうした日韓のトラブルには首を突っ込む必要性を感じないという
こともあるように思われます。
更に言えば、ここ十数年の間、東アジアにおいて何かと不安定要素であった北朝鮮
の体制が、どうやら金正恩体制として固まりつつあるという問題があります。仮に北
朝鮮の新体制が動揺を続け、内部の混乱が転じて体外強硬姿勢になるような状況では、
日韓がケンカしているような余裕はなくなるわけです。ですが、どうやら金正恩体制
というのは、中国を後見人としつつ「改革開放路線」へと舵を切りつつあり、その点
に関して恐らくは米中間で「当面は静観」という暗黙の合意があるように見えます。
では、こうしたアメリカの「静観姿勢」はずっと続くのでしょうか? そうではな
いと思います。秋の到来とともに、様々な新しい文脈での動きが始まっていくと思わ
れますが、その中で、アメリカはアジア外交に関して、改めて新しい方向性を模索し
ていくことになるでしょう。
まず動きとしては、今週既に少しその予兆が出てきています。例えば、22日の水
曜日に「ウォール・ストリート・ジャーナル」が報道したところでは、オバマ政権は
「アジアにおけるミサイル防衛の次の段階」について準備を始めているようです。主
旨としては「北朝鮮の核の脅威は続くが、それ以上に拡大する中国の攻撃能力への抑
止」だということが言われています。
また今週発行された雑誌『フォーリン・アフェアーズ』には対中国政策に関する論
文が二本掲載されていますが、基本的には「中国に対しては米国はもっと毅然とした
姿勢で影響力を行使すべき」であり、米国が世界の軍事覇権を離さない限り中国は抑
え込めるし、その限りにおいて中国は経済社会のソフトランディングに持ってゆくべ
きだという論調です。こうした姿勢には当然のことながら、同盟国である日本、韓国、
台湾の協調が必要となるでしょう。
勿論、ミサイル防衛の進展はオバマ政権の判断であり、『フォーリン・アフェアー
ズ』の論文も民主党系のものだとは言えます。この欄で数回にわたってお話したよう
に、ロムニーの共和党政権ともなれば、対中国の姿勢はまた変わってくるでしょうし、
中長期的には成り行きにもよりますが、「日本外し」を模索してくる危険も出てくる
かもしれません。
ですが、いずれにしても、秋になって政治の動きが次の季節を模索するようになれ
ば、さすがに日本と韓国という自由経済と民主主義体制を持った同盟国同士が、まる
で国交を断絶するかのようなケンカを続けるようなことは、許される環境ではなくな
ると思われます。
では、日本と韓国の関係について、アメリカではどんな理解がされているのでしょ
う? コピーが手元にないので詳細は省略しますが、90年代に『サイコロジー・ト
ゥディ』という雑誌で日韓関係に関する記事を見たことがあります。この雑誌は、心
理学を切り口に科学的なテーマや社会的なテーマに論評を加えるメジャーな雑誌なの
ですが、韓国の植民地時代の記憶に関する分析を加えて、日韓の間にある「心理」を
分析していました。ただ、結論としては「日韓は二カ国としては言語も文化も歴史も
非常に類似している」にも関わらず、心理的な距離感があるのは「近親憎悪」としか
言えないということで、双方に冷ややかな内容でした。
この雑誌の記事が多くのアメリカ人の感覚を代表しているとは即断できませんが、
漠然と次のようなことは言えると思います。一つは、日韓の文化は非常に似ていると
いう印象があるようです。ですから、日本の会社と韓国の会社を取り違えたり、日本
人と韓国人を間違えたりということは日常茶飯です。
例えば、ここ5年ぐらいのアメリカでは韓国の三大財閥、つまりサムソン、LG、
現代の製品が市場を席巻しているのですが、この3つのブランドが「韓国製」だとい
うのは、あまり意識はされていません。程度の問題で言えば、レクサスが実はトヨタ
だということがそれほど意識されないのと同じように、ビジネスの世界に詳しくない
人々の間では、漠然と「アメリカの会社?日本の会社?」という理解がされているよ
うです。
また、文化については日本文化の方が圧倒的に浸透しています。日本食は完全に
「アメリカ人にとって最も身近な外国料理の一つ」になっていますし、アニメやデザ
インなど「クールジャパン」と言われる文化の浸透力は今でも衰えていません。これ
に対して、韓国は「Kポップ」がアメリカの若者に受けていますが、これは分かりや
すい流暢な英語の歌ということと、アジア系の人口増を受けての現象ということで、
ちょっと違うと思います。
料理に関しては、韓国料理というのは、ゆっくりと普及してはいるものの、基本的
には甘口の焼肉料理が主です。今でもキムチを含むトウガラシを使った料理に関して
は「外国の食べ物の中では敷居の高い上級編」だと思われています。
いずれにしても、アメリカの政権としても、社会としても日韓関係は「良好」であ
ることが当然という感覚があるわけです。と言いますか、アメリカ社会の中では、日
本も韓国も自然な存在感があり、それも違和感ではなく自然に受け入れらているとい
う事実があるように思います。これに、軍事外交上の同盟関係ということが乗っかる
形になっており、その結果として、今回のような紛争は「困る」ということになるわ
けです。
ところで、ここに一つ気になる問題があります。いわゆる「従軍慰安婦」の問題で
す。例えば、私の住むニュージャージー州では、ニューヨークの通勤圏であるパラセ
イズ・パーク町という韓国人・韓国系の集中している居住区で、この問題に関する記
念碑が建立されるという事件がありました。この件に関しては、このパラセイズ・パ
ーク町というところが、人口の60%が韓国系という特殊なコミュニティだというこ
とで、大騒ぎする問題ではないと思います。また、この一方で、この問題に関して、
日本側からの国際世論へ訴える動きも目にしています。
いずれにしても、この問題を語るのは気が重いものがありますが、アメリカから見
ていると「有効な態度」とは何かという点が非常に気になるので取り上げることにし
ます。
その前提として、先にこの問題に関する私の認識を申し述べます。まず、私は「謝
罪外交」というのは、そもそも成立しないという考えです。戦前戦中の行為に関して、
それが現在の常識や法律に照らして非難されるべきものであったとしても、現代の世
代には責任はないし、従って公的な謝罪を行う立場でもない、また日本の周辺国の現
代の世代には謝罪を要求する資格はないと考えます。いわゆる「従軍慰安婦問題」も
同じです。
問題は、にも関わらず韓国の世論と政治家が、この問題に関する「強制連行」の事
実を認めよという要求と、現代の世代の日本の政府に対して公式謝罪を要求している
ことです。
この問題に関して国際社会において可能なことは、次の三点であると考えます。
「(1)アジア女性基金により総額10億8千万円の経済的な支援が完了しているこ
とを改めてアピールする。(2)現代の世代の日本国は公式謝罪の主体にはならない
という姿勢を明確にする。(3)事実関係の誇張に関しては誤報のある毎に事務的に
訂正を求めるに留める。国際社会に対しては事実関係の訂正に関する積極的なPR活
動はしない。」という三点です。
この中で注釈が必要なのは、「事実関係の訂正に関して積極的なPR活動はしない」
という部分でしょう。どうして事実関係の訂正に積極的になることが得策ではないの
でしょうか?
現在、日本の世論の一部は、この問題に関して事実関係の訂正を行えば、国際社会
における日本の名誉回復になると考えています。今週は、こうした主旨での政治家の
発言が相次いだのも事実です。また、そのために、外国の新聞に意見広告を出すなど
の活動も知られています。この場合の事実関係の訂正は以下のようなものだと考えら
れます。
(誤)「日本軍は派遣軍に同行させて性的な奴隷とするために、朝鮮半島から多くの
女性を強制的に連行した。これが従軍慰安婦である。」
(正)「従軍慰安婦という存在はない。慰安所に勤務していたのは職業売春婦であり、
経済的な報酬は支払われていた。その中には、身売りと言って家族の借金を精算する
ために人身売買の対象として管理売春業者に拘束された者もあるが、これはあくまで
私的な経済取引である。また売春婦の公娼登録には警察が関与し、売春目的の渡航に
は外務省が関与しているが、これはあくまで風俗取締が主旨であって、当時の日本政
府が管理売春を強制したわけではない。慰安所の設置は軍が行ったが運営は管理売春
業者に任されており、従って派遣軍に女性を同行させたのは、あくまで業者の私的行
為である。戦地においては女性たちの管理は憲兵隊の管轄であったが、女性を拘束し
た主体はあくまで管理売春業者である。また、こうした人身売買を伴い、戦地での勤
務を業務命令として強制し脱走を許さない管理売春には、大多数の日本人女性も勤務
していたので朝鮮半島など植民地や非占領地出身者だけが対象になったのではない。」
私自身、様々な資料や証言などを総合すると、事実関係としては「(誤)」はあく
まで誤りであり、仮にそうしたケースがあったとしても例外的なものであり、事実と
しては「(正)」に近いという理解をしています。
ですが、これを国際世論に対して「大声で訂正を求める」というのは、PR活動と
してすべきではないと考えます。逆効果以外の何物でもないからです。
というのは、現代の国際社会における常識に照らして考えれば、「(正)」の方で
も十分に違法であり、倫理的には人間として最悪の行為とみなされるからです。日本
の近代史に関して何も知らない第三国の人が初めて「(正)」の事実を知ったら、そ
れだけで激怒し、日本に対する嫌悪の感情を、それも相当に不快な感情を持つに違い
ありません。
PR運動に情熱を感じている人は、「マイナス100」が「マイナス90」になれ
ば「プラス10」の成果としての満足感が得られるかもしれません。ですが、いきな
り「マイナス90」の情報に触れた人は、特に日本との縁がなく、日本への関心もな
い人であれば、現在の日本も含めて大変な悪感情を持つでしょう。この「(正)」の
方で語られている内容を「胸を張って」当時は合法だったと主張するような人間は、
現在形での悪人に見えてしまうのです。
日本国政府や外務省は、基本的にこのパラドックスを理解して慎重に行動してきた
と思います。今回の総理大臣親書の受取拒否といった一連の外交心理戦の中でも、先
方の挑発に乗って、この原則を大きく曲げるようなことがあってはならないと思いま
す。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆
「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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JMM [Japan Mail Media] No.702 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】101,417部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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