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内閣総理大臣、さらには遺族会の声に出さない悲願である天皇陛下の参拝ができないのは政治の怠慢に他ならない。上杉隆
http://www.asyura2.com/12/senkyo134/msg/579.html
投稿者 TORA 日時 2012 年 8 月 19 日 14:44:31: GZSz.C7aK2zXo
 

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu270.html
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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内閣総理大臣、さらには遺族会の声に出さない悲願である天皇陛下の
参拝ができないのは政治の怠慢に他ならない。 上杉隆

2012年8月19日 日曜日

◆結局何も変わっていない、進歩を止めた日本――靖国神社で迎えた67回目の終戦記念日 8月16日 上杉隆
http://diamond.jp/articles/-/23336

終戦記念日、今年も靖国神社には多くの参拝客が訪れた。67回目の夏、筆者にとっても1999年以来、13回目となる靖国参拝であった。

 直前には、李明博韓国大統領の「竹島上陸」や、きのう15日には、中国の活動家たちが尖閣諸島への上陸を企て逮捕されるなど、日本を取り巻く環境は、俄然、騒々しくなっている。

 そうした中での終戦記念日、だが、靖国神社の風景そのものは、例年とさほど変わらないものだった。

 午前中には、到着殿から入った古賀誠遺族会会長以下「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバー55人が今年も参拝を行なった。

 その中には、羽田雄一郎国土交通大臣も含まれ、民主党政権になって初の現職閣僚の靖国参拝がようやく実現した。

 確かにそこは少しばかりの変化といえる。だがそれでも、小泉純一郎元内閣総理大臣の参拝時のような熱狂はなかった。

安倍首相も、野田首相も
政治家はみなこうなのか
 さて、筆者自身も例年と同じく、参拝後に、第二鳥居脇、大手水舎横で恒例となっている「チャンネル桜」のインタビューに答えた。

「内閣総理大臣、さらには遺族会の声に出さない悲願である天皇陛下の参拝ができないのは政治の怠慢に他ならない。麻生元首相が『日本を考える夏』と宣言してから何年経ったのか。そもそも、小泉政権時代の2005年、野田首相自身が政府への質問主意書の中で、『靖国問題で戦争犯罪人はいない』と宣言し、参拝を迫ったではないか」

野田首相は靖国問題の解決に目を向けるどころか、他の首相と同じように逃げる姿勢に転じたのだ。結局、政治家はみなこうなのか。

 首相就任前、靖国参拝に対して勇ましかった安倍首相も、野田首相も、政治家としての信条はその程度なのだろう。

 さて、靖国神社でその後、筆者は何人かの参拝客の声を集めた後、境内の木陰に移動し涼をとった。携帯のワンセグでテレビをつけると、ロンドンオリンピックの日本選手団の解団式の映像が飛び込んできた。(後略)

◆東日本大震災が起きたのも靖国神社のたたりであり、300万の英霊が、天皇陛下および総理が参拝してくれないことに怒っているのだ。 2011年6月5日 株式日記
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/653.html

(私のコメント)

靖国神社は、麻生氏が記事に書かれているように神社と名前が付けられていますが、「元来靖国は、記紀伝承の神々を祀る本来の神社ではない。伊勢神宮以下約8万の神社を束ねる神社本庁にも属したことがない。」と指摘していますが、そのとおりだと思う。つまり靖国神社と名乗るから問題がこじれるのであり、『戦死者を祀る「東京招魂社」として生まれた創建時の趣旨に復する』ような国家追悼施設とすればいい。

そもそも長年続いた自民党政権が野党に転落した原因は、時の総理の麻生太郎が8月15日に私人の形でも靖国神社を参拝しなかったためであり、もし麻生総理が8月15日に靖国参拝していれば、8月30日の総選挙では麻生内閣の自民党は大敗することはなく、なんとか政権を維持することが出来たのではないかと思う。株式日記では2009年8月13日に次のように書いた。

私自身は先祖崇拝するものであり、天皇崇拝するものではない。本来ならば先祖を祀る主催者であるべき天皇陛下が靖国神社の行幸されないと言うことはあってはならない。毎年8月15日に武道館で行なわれる追悼式に天皇及び総理大臣が「偽りの儀式」をすることに私は強い怒りを覚える。300万の英霊は「靖国で逢おう」と言って死んでいったのであり、「天皇陛下万歳」と言って死んでいったのだ。

天皇家は日本人の祖先を祀る主催者であり神ではない。それを大東亜戦争では天皇陛下を神としてみなしたから負けたのであり、大東亜戦争に負けたのは天皇を神格化させたことが原因なのだ。だから戦前の軍服を着た天皇の姿にも違和感を感じるし、神社でお払いをする総本家が天皇家のはずだ。

厳密に言えば、皇室神道と神社神道の二つの流れがあるのですが、明治時代に二つの神道が合流して国家神道になった。「国家によって神社が管理され、天皇縁の神社や国家の要になる神社を神宮と定め、神社にランクをつけた。」 神道は日本国の歴史と共にあるから、神道の御神体は「アマテラス」と言うように太陽が御神体であり、太陽神の一種である。

東日本大震災と言う大地震とそれに続く大津波は、御神体である太陽の怒りであり、太陽の怒りが地球の電磁波に影響をもたらして三陸沖の地盤が動いたのだ。アマテラスの怒りを納めるには300万人の英霊を祀る靖国神社に行幸されることが天皇陛下の役割であり、総理大臣も日本国民を代表して靖国神社を参拝しなければ、国民の不安も収まらないだろう。

国家の成り立ちと神事とは深い関係があり、古代の卑弥呼の時代から変わってはいない。中曽根総理以降の総理大臣で、8月15日に靖国神社参拝した総理大臣は小泉純一郎ただ一人しかいない。これでは日本の先祖の霊もやすまらないし300万の英霊もやすまらないし、たたりを恐れる心が日本国民に生じてしまって東日本大震災が起きたのだ。

だからこそ天皇陛下が靖国神社に行幸されて、先祖の霊とアマテラスの神の怒りを静めなければならない。

(本日の私のコメント)


上杉隆氏は、日頃の言動から左翼かリベラル派のジャ−ナリストかと思っていたのですが、1999年以来、13回目となる靖国参拝してるそうです。靖国神社は300万の英霊が祀られた神社であり、アメリカにあるアーリントン墓地のような慰霊施設なのですが、そこに総理大臣も天皇陛下も参拝されないと言う事は、300万英霊に対する侮辱だろう。

私自身は先祖を崇拝するものであり天皇陛下を神と崇拝するものではない。ところが戦前のいては天皇が現人神として神格化されて来た。その結果、天皇を神として統帥権を振りかざした軍部の暴走で大東亜戦争に敗れた。天皇は現人神ではなく、本来ならば先祖を祀る主催者であるべき天皇陛下が靖国神社への行幸されないと言うことはあってはならない。

靖国問題の根本は、靖国神社を宗教施設と見ているから一部のキリスト教団体などから批判も出ていますが、靖国神社には位牌も遺骨もあるわけではなく単なる慰霊施設であり、日本には88,000社もの神社がありますが、宗教施設と言うよりも先祖の霊を祀る文化施設と見るべきだろう。つまり慰霊塔のようなものであり、神道には教祖がいるわけではなく経典も無い。御神体も鏡だったり山だったり太陽だったりと様々でありいわゆる「宗教」では無い。

確かに天皇が軍服を着て白馬にまたがって軍隊を閲兵するような事は、神道からして逸脱行為であり大戦の敗北と言う天罰を受けた。しかし戦後における靖国神社への行幸をなされなくなり総理大臣も参拝は小泉総理を最後にされていない。安部総理や麻生総理すら靖国参拝をされないから自民党は天罰で野党に転落したのであり、東日本大震災や福島第一原発災害も、天皇も首相も参拝されない事に対する靖国の300万人の英霊の祟りなのだろう。

野田総理も8月15日の靖国参拝をされなかったが、上杉氏は取材に対して、「そもそも、小泉政権時代の2005年、野田首相自身が政府への質問主意書の中で、『靖国問題で戦争犯罪人はいない』と宣言し、参拝を迫ったではないか」と批判しているように、なぜ参拝しないのか理解に苦しむ。中国や韓国が批判するからといって思想信条の自由はあるのであり、遠慮する事は間違っている。今度は300万員の英霊の祟りは東京直下型の大地震によってもたらされるだろう。


◆靖国神社って「戦場で非業の死を遂げた軍人」が祀られている神社ですよね。ってこ...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q117847936

靖国神社って「戦場で非業の死を遂げた軍人」が祀られている神社ですよね。
ってことは、遺族会や自民党の人たちが言っているのとは別の意味で
祀っておかなければマズい神社なんじゃないですか?
典型的な「祟り神」候補ですよね?
日本の国家に祟るか、何に祟るかは判りませんが、とりあえず数万人単位の
祟り神を野放しにしておくのはマズいと、神道的にはそういうことに
なりませんかね?


ベストアンサー

まあ、確かにそういう側面はあるみたいですね。
菅原道真にしろ平将門にしろ、非業の死を遂げた人が祟り神として呪いを振りまいたため宮に封じて祀り善神へと転化させる。
神社が非業の死を遂げた人々を祀っている場合、大概はそのパターンです。
靖国神社も、非業の死を遂げた人々を国が感謝を認定し護国の神として祀ることで祟り神になる事を防ごうという側面があるらしい。

おぞましいのは、この祟り神防止施設である靖国神社を否定し、祟り神を祟り神として晒し者にしようとする人間が存在するということです。
無実の罪で裁かれた戦犯の方々を、今頃になって犯罪者としてあげつらい晒し者に仕立て上げようとする。

正直言って、私には彼らが人間として大切なモノを欠落してしまっているとしか思えません。
自分自身の一時の利益のために、死人に口なしとうそぶいて死者に区鞭打とうとしているのです。
感謝の心を売り払って、彼らは何を得ようというのでしょう。

 

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コメント
 
01. 2012年8月19日 15:07:57 : aBT5W4Lv8U
昭和天皇すら、A級戦犯合祀を苦々しく思っていた。

靖国を愛するなら、この問題を棚上げしないで、分祀を要求しろ。

靖国の上層部があくまでこれを拒否するから、他の慰霊施設を作るしかないと皆が言ってるんだよ。

もちろん、国のために亡くなった戦没者を慰霊することは貴いことだ。

しかし、軍属だけに限るというのもおかしいし、日中戦争始め、純粋な他国侵略戦争に、けじめをつけないのもおかしい。特に軍・政府の責任者に対して。

そういう様々な内外の批判・意見を、靖国を大切に思うなら、謙虚に聞け。


02. 2012年8月19日 15:29:30 : pjG0gTTuYc
人々の非業の死の背中を押したのが靖国神社でしょ?
生きて祖国の土を踏むな、と言って多くの若者を戦場に送り出して、
言った本人は戦後国内で生き残り、当然A級戦犯で処刑されて
靖国神社に合祀されてる。
親兄弟を非業な死に追いやった本人が祀られてる、
そんなところに絶対に参拝したくない人がいるのは当たり前で、
そこにこそ思想信条の自由はある。

03. 2012年8月19日 15:39:56 : 2VqlvXJj3E
こういう時の「阿修羅過去ログ」ですよ。

・【昭和天皇の意に反して靖国神社側の独断で合祀された東条】靖国問題ー昭和天皇と東条の確執【浅井久仁臣:私の視点】
http://www.asyura2.com/0502/senkyo9/msg/916.html
投稿者 傍観者A 日時 2005 年 6 月 08 日 23:08:17: 9eOOEDmWHxEqI

http://blog.goo.ne.jp/asaikuniomi_graffiti/e/3fede30ef997afc56ba99b7e088382e0
私の視点 靖国問題ー昭和天皇と東条の確執
Weblog / 2005-06-07 11:31:53


04. okonomono 2012年8月19日 15:45:22 : ufgCmUGS6CG6M : 30F0lBBNsU
「他の慰霊施設を作る」というのがやはり妥当だと思う。

現在靖国神社は国家の施設ではない。「A級戦犯」でもなんでも好きに祀ればよい。政治の都合で信仰の内容をコントロールすべきではない・・・・・・。

とはいえ、靖国神社にかぎらず日本の神社なるものはそもそもの成り立ちからしてきわめて政治的だ。靖国神社にとって政教分離はその本質を奪われることを意味するだろう。

現実的な基盤とアイデンティティーを奪われた宗教はどうすればいいのか。鎌倉時代の仏教の大転換をみればヒントがあるかもしれない。

個人的な意見としては、東京裁判にもとづく「A級戦犯」はみとめがたい。その不当性を政府として主張し、同時に戦勝国にたよらない対外的対内的な戦争責任のけじめを今からでもつけてもらいたい。

一方、靖国神社は戊辰戦争の戦死者を祀ったの起源であり、たとえば旧幕府軍や奥羽越列藩同盟軍の戦死者は祀られていない。こんな神社をどうして心から敬えようか。「祟り」があるとしたらまずそこだろう。


05. 2012年8月19日 15:45:57 : gvIUFzhxAs
一般の日本国民が、靖国神社に参拝し、慰霊顕彰することには、何ら異議を
唱えるものではありません。
もっとも深刻な問題なのは、A級戦犯を合祀したことによって、戦争犯罪人では無いとか戦争犯罪人であるとか言って、昭和天皇に参拝出来なくしてしまったことこそにあるのでは無いでしょうか。
A級戦犯については、東京裁判で有罪判決により裁かれたことは事実ですが、戦争犯罪人では無いとするならば、再審請求をして無罪判決に変わったことにより、名誉が回復されたと言っても、国際的にも通用するし、天皇陛下が参拝されtも、内閣総理大臣が公式参拝されても、近隣諸国から苦情が来たとしても、何ら問題ではありませんよね。
なぜ再審請求が出来なかったのかという点については、何とも申し上げられませんが、今の段階では、幾ら名誉が回復されたと言っても、これは国内だけの話であり、世界的には通用しない以上、もう二度と天皇陛下の参拝や内閣総理大臣の公式参拝は出来なくなっても何ら構わないし、国際社会と一切切り離した上で、皆で心静かに参拝し、慰霊顕彰することで、天皇陛下には、そっと静かに暖かく見守って下さることだけを願えば、これだけで十分なことでは無いでしょうか。
閣僚と言えども、個人的にそっと静かに参拝される分には、何ら問題にすることでは無いし、与野党を問わず、政治家の皆様にしても、個人的に、そっと静かに参拝されることには問題にするまでも無いし、そもそも「お国のため、天皇陛下のため」と言いながら、実際には、一部の権力者の都合により、特攻隊をやらされたのを知らずに犠牲になられたというのも真実だとすれば、特攻隊そのものは、「お国のためにもならないし、天皇陛下のためにもならない、命知らずでしか無い」というのもまた、真実でもあるとすれば、これに向き合えば、再び同じ過ちを繰り返そうとしている連中に対しては、「ふざけるな!お前らこそ日本からとっとと出て行け!」と言うくらいの物凄い怒りを幾らでもぶつけられても当然のことだし、そう言う怒りを鎮めて、二度と戦争を引き起こすことが無い様に、皆でそっと静かに慰霊顕彰が出来る様に、大切に存続して行くことこそが何より大切なことでは無いでしょうか。

06. 2012年8月19日 16:17:28 : 65vt3h07xM
これは大きなお世話だろう。

天皇陛下が靖国神社を参拝しないのは、東條英機らA級戦犯が靖国神社に祀られたことを昭和天皇が不快に感じたからだ。

それに東條英機も板垣征四郎も岩手人(東條は東京出身だが当時の意識では岩手人になる。本人も岩手人のつもりでいた。)。
東北的イデオロギーを抱えていた彼らは生前、靖国神社には祀られたくないと言っていた。(当時の岩手県人会)
靖国神社は戊辰戦争における薩長側の招魂社であって、岩手人には親の仇なのだ。

そもそも戦没者でない彼らは靖国神社に祀られる筋合いはない。

東條は対米戦争回避を昭和天皇より直々に命じられて首相に就任するが失敗。戦争回避どころか華々しく開戦し泥沼にはまっていく。
東條は大御心に応えられなかったのだ。
途中、休戦や終戦の機会はあったはずだが、政府も軍部も暴走しっぱなしとなり、結局、日本は破壊される。
アメリカの物量に負けたと言うのは言い訳で、政府・軍部の見通しの甘さ、無責任、無能で負けたのだ。
東條らA級戦犯が昭和天皇の不興を勝っていたのは当然だ。

靖国神社に天皇を参拝するもしないも、本人の勝手だ。
まして父昭和天皇を敬愛する今上天皇陛下に「参拝すべきだ」などとアカの他人が言うことではない。
そんなに参拝して欲しければ、参拝したくなるような工夫くらいしてみるものだ。

例えば、東條と板垣は岩手人だ。靖国神社に祀られる筋合いはない。
彼らは本人の希望通り、美しい故郷の岩手に帰れば良いのだ。
(本当に魂があるなら、彼らは岩手公園の辺りを微笑みながら漂っているに違いない。靖国のような薩長の汚れに染まった場所にいるわけがない)

父英教を尊敬してやまなかった英樹なら、戊辰の戦の真の英雄、楢山佐渡も敬愛しているだろう。
利昭さまが靖国の宮司をしている間に、東條らを盛岡の東禅寺にでも移しておけば、全てが上手く入ったに違いない。東條にとっても板垣にとっても最高の栄誉だ。

これなら、天皇陛下も無用な心配に煩わされず、単に太平洋戦争の戦没者慰霊の目的で靖国でも何でも参拝できるだろう。

我々は東條らの魂を引き取って独自に慰霊祭を行う。ただしそれは10月11日だ。


07. 2012年8月19日 16:20:04 : 65vt3h07xM
04、靖国神社と東北の関係について正しく理解してくれてありがとう。

08. 2012年8月19日 17:08:25 : scLrCUBzM6
上杉も段々本性を現してくるね
ま、こんなもんだろ
まともな人間だったら腐ったマスゴミ業界内の生息は不可能
所詮は副島と同じだったか

09. 2012年8月19日 17:34:29 : HNPlrBDYLM
Tora さんは非業の死の意味がわかってないね。

非業の死を遂げた人 = 自分たちが権力を取るために滅ぼした人

今度の戦争の事でいえば

非業の死を遂げた人 = 日本兵に殺された中国や朝鮮、東アジアの人々


非業の死を遂げた人を祭るのなら日本兵に殺された中国や朝鮮、東アジアの人々を祭るしかない。


10. 2012年8月19日 17:41:53 : HNPlrBDYLM


靖国は日本の伝統的な神道から逸脱している。古事記の神道を伝統とすれば、古事記は天皇の祖先神である天照大神を祀る伊勢神宮と、天照大神の子孫が滅ぼした(殺した)大国主命を祀る出雲大社。この二つの神社からなる。天皇は自分たちの先祖よりも、むしろ滅ぼした出雲の方に大きな神社を建てた。

*自分たちが権力を取るために滅ぼした人たちを鎮魂する神社を、自分たちの祖先の神社より大きくつくるのが日本の清清しい伝統であります* 。元寇との戦いでも、鎌倉に戦死した元の人たちを祀る寺をつくっているし、あの虐殺鬼「秀吉」でさえ、朝鮮で殺した人々の耳塚までつくっている。

そういうことを、先の大戦でも行うべきであった。中国や朝鮮、東アジアの人々の犠牲は、日本の犠牲の5倍も多い。1千万人の方々が日本の犠牲となった。伝統的な神道であれば、その人たちの霊を厚く祀るべきなのだ。その人たちの霊を慰めることをしないで、自国の死んだ人たちだけを祀るのはおかしいこと。

靖国は明治の初めの廃仏毀釈とつながっている。廃仏毀釈は仏を廃し神を残したといわれるが、実は神も排斥した。というのは、それと同時に修験道が同時に廃止されているからだ。


修験道は神と仏を結びつけたもの。神仏習合は東大寺を宇佐からやってきた八幡神が祝福したことに始まる。ここで公式に神と仏は習合した。それを助けたのが行基。それが空海によって完成される。そこから修験道が始まる。神と仏が仲良くするのが修験道なのだ。

ところが、その修験道を禁じ、仏を殺し、神を殺して、そのかわり国家を神とする神道が、新しい近代神道として起こった。神道のなかではごく最近のものである。近代日本の国家主義の産物で、他の神仏を殺してしまった。つぶして再度、国家神道の下に神道を統合した。だから、それはほんとうの神様ではない。一木一草のなかに神をみる。これが日本の伝統。そういう神様を全部殺して、天皇と国家を神としたのが国家神道。そういう伝統にあらざる神道を首相が公式参拝して保護するのはどうなのか?

*日本の伝統は犠牲になったものを祀らないと怨霊となって祟りをなす。だからその祟りを鎮めようというもの。アジアの人たちに酷いことをして殺したことが祟りになって日本の前途を危うくする、だからそういう魂を祀るという精神が靖国には皆無だ。これは日本の伝統的神道に欺くことである* 。

靖国は密かに祀る。心の中で祀る。そういう精神にしたらよい。近所に迷惑をかけた以上は近所に対し黙って祀る。目立たないように祀るのが国と国との礼儀だ。日本人とは慎ましやかな民族であるはずなのである。コイズミのように声高に祀るのは、「恥」と云わざるをえない。
http://ch05028.kitaguni.tv/e71190.html


11. 2012年8月19日 17:47:39 : HNPlrBDYLM

靖国神道が古来の神道とは別物のインチキカルト


社の格好をしているから神道の神社だと思ってしまうが、その思想とか教義から見れば道教の土俗型に近いと思います。 祭られている「神」も、道教の「魔」とみれば、神社の解説もすっきり読めますね。 「宮司」も、道教の「陰陽師」と解せば、日ごろの行動まですっきり読めます。

 日本古来の神道の衣を被った道教の廟ということでしょう。
http://www.asyura.com/0601/dispute24/msg/192.html

宗教史や民俗史を学んできた者にとっては、靖国神社という存在が、幕末から明治期にかけての国学者たちによってデッチ上げられた、本来の意味での神道的信仰とはかけはなれた存在であるということは常識です。

日本古来の伝統文化とは縁もゆかりもない「奇形」と言ってもいい存在です。そもそも、日本古来の伝統文化の最大の「破壊者」が、明治政府であるということもあまり知られていません。(明治期の政府による廃仏毀釈運動によって、75%以上の寺院が破壊された)

つまり、靖国神社とは、我々、宗教史家たちがこよなく愛する日本の伝統文化(純粋な意味での神道、仏教、儒教、その他の民間信仰)を、非道にも破壊しつくした果てに誕生した、国家イデオロギー装置でしかありえないのです。

つまり、靖国を伝統文化論の立場から擁護するのは完全なる誤りであるといえます。
http://pacolog.cocolog-nifty.com/pacolog/2005/08/post_aca5.html

靖国神社は教義もかたまっていない新興宗教ですから、道教といふのもおかしいインチキカルトでしょう. 靖国神社が おかしいのに全く気付かないのはクリスマスを祝い,仏教の僧に葬式をやってもらう日本人ならではですね. 本当の仏教は葬式をやらない宗教なのです. 京都や奈良の本物の仏教寺院で葬式をやってますか?

靖国参拝は仏教徒がクリスマスを祝うのと同じ類ですね.


招魂教(靖国神社)はテロリストのための新興宗教である。

招魂教の起源は1862年の「殉難の志士の霊祭」、1863年に福羽美静が八坂神社に建てた小祠に由来する。

招魂祭は死者の魂を呼び寄せて生者の魂を奮い立たせる儀式。

招魂と慰霊とは全く異なる
慰霊は魂を慰め鎮めること。(魂鎮、たましずめ)。
招魂は死者の魂を呼び寄せて生者の魂を奮い立たせること。(魂振、たまふり)。

>魂鎮(たましずめ)、
>魂振(たまふり)
>「たましずめ」は、魂を身体の中府に鎮めること。「たまふり」は衰弱した魂を呪物や体の震動によって励起すること。


下記の記事の中で「陣中の一時的な招魂祭」とあることに注目。招魂祭は、戦闘に赴く兵士に、戦死者の荒ぶる魂を招き入れて、兵士の戦闘意識を高める宗教儀式だったことがわかる。

招魂教の精神は特攻隊という自爆テロの元祖を生んだ。


靖国は神道とは全く別物の新興宗教である

本当の神道は魂鎮(たましずめ)の宗教であり、戦争においては敗者となった敵の魂を鎮めることのほうに力点が置かれていた。

靖国には神道的な背景(魂振)もある。しかし、戦闘中に死んだ死人の魂を招き入れることによって、生者の魂振を行うというような発想は神道の伝統にはなかった。

>各地の招魂社(護国神社)で行われていた忠死霊の招祷祭も「招魂祭」と呼ばれますが、招魂社成立以前の神道の儀式としての「招魂祭」というのは思い当たりません。なお、陰陽道では、災厄の源となる怨霊などを鎮めて息災を祈る祭儀を招魂祭と称しており、これについては古来の記録も多数残っています。

当事者も神道だとは思っていなかったようだ。


>なぜ「神社」となったのか。国学院大学の阪本是丸教授(近代神道史)によると、最大の要因は「神官設置問題」であった。陸軍省によって「社格」などは念頭外で、ただ「神官を置いて神社らしくしたい」と願っただけだという(阪本『国家神道形成過程の研究』)。それ以前は正式な神社ではなかったから、神官も置かれず、財政困難を強いられていたらしい。

靖国神社を所轄していた陸軍省にとっては神道の魂鎮(たましずめ)の伝統を持ちこまれては、迷惑千万といったところだろう。

招魂教はテロリストや軍隊のための宗教であり、日本列島の人々が信仰してきた神道とは別物である。戦前の行政上の管轄の扱いでもそうなっていた。
http://www.asyura.com/0304/bd25/msg/514.html


12. 2012年8月19日 17:49:25 : kejlwA5Rsw
まあ、A級戦犯って事実上あの敗戦の責任者として罰せられたんでしょ?
総理や天皇が墓参りするみたいな事ってどうなのよ、
国内外に何も反省してませんよって宣言するみたいなものじゃないの、
国家的破滅とも言える結末に終わったあの戦争を悪くなかったってどうなのよ。

ある種天皇の身代わりの戦犯って意味もあるし、
その行為に泥を塗って天皇制存続の危機に結びつくかもしれない、
A級戦犯合祀の靖国神社への参拝なんて出来るわきゃないよ。


13. 2012年8月19日 17:49:26 : HNPlrBDYLM

神道には天皇が出る幕はない.

戦没者は恐ろしいものではないから神にはなれない.従って祭る必要もない.

神道の教義では,神になれるのは日本軍に残虐な殺され方をして,恨みを呑んで死んでいった中国やアジアの人々だけだろうね.


神道というのは原始信仰のアニミズムやトーテミズムをそのまま残した化石的な宗教だ.

アニミズムやトーテミズムでは人格神ではなく,人間に危害を及ぼす様なものはすべて神になる. 神仏習合というのは仏教の仏を神道の沢山いる神の一つにしただけだ.

日本の仏教というのは本当の仏教ではなく,中身は完全に神道で外形だけを仏教から借りただけの代物だ.だから仏教は日本に根付いたが,キリスト教は完全に放逐された.キリスト教は一神教で神道の精神と相容れないからだ.

しかし,靖国は神道の基本精神と合い入れないから,神道とは共存できない.
靖国は軍人を殺人の前に奮い立たせるためのものであって,信仰ですらないからだ.

靖国参拝は殺しの前の儀式行動としてやるものであって,宗教的な行動ではない.


14. 2012年8月19日 17:56:54 : qe2XKenM7M
「上杉隆=新社会民主主義を装った国家社会主義=オリジナル民主党の本性」という実態が見えてきた。日本における社民主義の復活は社民党の議席奪還にしかない。それが現実なんだろう。

15. 2012年8月19日 18:05:53 : HNPlrBDYLM

昭和天皇が靖国神社を絶対に参拝しなかった理由


昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ

 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。

昭和天皇がある時期から靖国神社を参拝されなくなった理由は「A級戦犯」合祀であろう、という推測が以前からあった。この記事内容が事実であるなら、その推測が資料で裏付けられたことになり意義深いと思う。

首相の靖国参拝問題などの諸問題は、このことで一気に解決するとは思えない。
そこで記事の引用(2件)

<昭和天皇>靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも

 「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。A級戦犯分祀論や、小泉純一郎首相の参拝問題にどのような影響を与えるのか。

■A級戦犯の遺族
 「信じられない。陛下(昭和天皇)のお気持ちを信じています」――A級戦犯として処刑され、靖国神社に合祀される板垣征四郎元陸軍大将の二男の正・日本遺族会顧問(82)=元参院議員=は驚きながらも、そう言い切った。


日本近現代史に詳しい小田部雄次・静岡福祉大教授は「昭和天皇の気持ちが分かって面白い」と驚き、「東京裁判を否定することは昭和天皇にとって自己否定につながる。国民との一体感を保つためにも、合祀を批判して戦後社会に適応するスタンスを示す必要もあったのではないか」と冷ややかな見方を示した。その上で「A級戦犯が合祀されると、A級戦犯が国のために戦ったことになり、国家元首だった昭和天皇の責任問題も出てくる。その意味では、天皇の発言は『責任回避だ』という面もあるが、東京裁判を容認する戦後天皇家の基盤を否定することもできなかったのではないか」と話した。

天皇の靖国神社参拝は1975年11月21日に昭和天皇が行って以来、今の天皇陛下も含め行われていない。同神社や遺族側は、その後も「天皇参拝」を求めているが、30年以上途絶えたままだ。これまでいくつかの理由が推測で語られていたが、今回の「富田元長官メモ」は、このうちの一つを大きくクローズアップした。

 宮内庁によると昭和天皇は、終戦に際し45年11月に同神社を参拝。その後も数年おきに訪れ、75年までに戦後計8回参拝した。

 途絶えた理由に挙げられるのは

(1)78年のA級戦犯合祀
(2)対外関係の考慮
(3)公人私人問題――など。

今回のメモは(1)が大きな理由だったと読める。
http://yy32zi.at.webry.info/200607/article_10.html


問題の天皇発言は、富田朝彦元宮内庁長官(故人)の手帳に記されていた(1988年4月28日付)。メモによると、昭和天皇はA級戦犯を合祀した当時の靖国神社宮司を名指しで批判、

「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」などと語ったという。

 天皇メモをスクープした日本経済新聞は「昭和天皇がA級戦犯合祀に強い不快感を示したのは、過去の戦争への痛切な反省と世界平和への思い、米英両国や中国など諸外国との信義を重んじる信念があったためと推察される。そうした昭和天皇の思いを日本人として大事にしたい」(7/21社説)として、小泉首相に靖国神社参拝を自制するよう求めた。「朝日」「読売」なども同様の論調を掲げている。

 時代錯誤とはこのことを言う。大手メディアがそろいもそろって首相の行動をいさめるのに天皇の言葉を持ち出すとは、とても主権在民の憲法を持つ国の出来事とは思えない。これは明らかに「天皇の政治利用」にあたる。
 そもそも、マスメディアのメモ解釈には無理がありすぎる。

昭和天皇が戦後も続けていた靖国神社への参拝を、A級戦犯の合祀(78年)を理由にとりやめたのは事実であろう。ただしそれは「戦争への痛切な反省と世界平和への思い」からではない。自身の戦争責任追及を昭和天皇が恐れたからだ。

 A級戦犯を神と崇める神社に参拝などしたら、苦労して築き上げた「平和主義者・天皇」のイメージが一瞬にして瓦解する。

つまり昭和天皇は天皇家の延命という観点から、靖国神社の勝手な行動に激怒した−−こう考えたほうが自然である。

 昭和天皇が松岡洋右元外相らに開戦責任を押しつける発言をしていたことは他の史料でも明らかになっている。戦犯連中にしてみれば、「本来なら最高責任者の陛下こそ戦犯じゃないか」というツッコミをあの世から入れたい気分ではないか。
http://www.mdsweb.jp/doc/947/0947_08a.html


昭和天皇の身代わりになって処刑された東条英機

1947年の12月、戦時中の首相、東条は自らを弁護して証言台に立った。
彼は生贄の羊となることを望んではいたものの、降伏以降、彼への雑言悪態は
限度を越えていた。

中には、天皇自身が、東条の命令不服従の不実を非難しているとさえ報じられていた。あるいは、日本の新聞は、東条が自決しようとして、刀ではなく拳銃を使ったことを、臆病者と呼んでいた。東条の家族は、近所からライ病患者のごとく扱われ、お金にも不自由した。彼の弟は、二ヶ月前、列車中で一袋の米を盗んだとして逮捕されていた

1947年の大晦日、東条への直接尋問のなかで、〔木戸の〕弁護人
ログマンはこう質問した。

「天皇の平和に対してのご希望に反して、木戸侯爵が行動をとったか、
あるいは何かを進言したという事実を何か覚えていますか?」

 東条 そういう事例はもちろんありません。私が知る限りにおいてはありません。
のみならず、日本国の臣民が、陛下のご意思に反して、かれこれすることはあり得ぬことであります。 いわんや、日本の高官においておや。


ログマン 以上をもって、木戸卿に代わる私の尋問を終わります。

裁判長(ウェッブ) 今の質問がどのようなことを示唆しているかは、
よく理解できるはずである。

 まさしく、それは誰もが知っていたことだった。

そこでキーナンは、彼の証人の切り札たる田中隆吉を、富士山麓の山中湖畔の自宅で休暇中のところより呼び戻し、ただちに巣鴨刑務所の東条に会いに行かせた。

だが東条はそれに応じようとはしなかったので、田中は皇居に行き、木戸の前秘書で
天皇の顧問の後継者、松平康昌に情況を説明した。次いで松平は、同僚の
側近たちと相談し、収監中の元内大臣木戸に手紙を送る許可を裕仁よりえた。

東条とは隣同士の房にいる木戸は、さっそく東条との話し合いに入った。
彼は東条と護衛の監視下で仕切り越しに長々と話をした。

木戸はまた、
刑務所中庭で運動の際、直接に東条に話しかけ、東条の家族の状況を改善させることを約束した。 小男で近眼の木戸ながら、彼は刑務所の雑務中でも裕仁の代理人であったため、東条は彼の話を無視することはできなかった。

二日にわたって話が交わされた後、ついに東条は折れた。

彼は法廷にもどると、キーナンによる反対尋問の中で、

自分が天皇を戦争を始めるよう説得し、それによって、裕仁を自身の気持ちに反して動くように強いさせたかも知れないことを認めるに至った。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


内閣特別顧問の石原莞爾――退役した満州戦略家――は、敗戦の説明をおこなうため、全国の津々浦々を行脚した。

彼の話す内容は、戦争を始めたのは元首相東条であり、彼以外に責任はない、という単純なものであった。

1930年代初め、石原と東条は、天皇の支持を取り付けるため互いに争っていた。だが東条が勝利していた。今、東条を犠牲者に祭り上げるにあたり、石原ほど詳細を知るものはいなかった。

出身地東京で一年以上の退役生活を送っていた東条は、その中傷を冷徹に受け入れ、戦争の責任を全面的に負うのが自分の意思であると、友人たちには内々に語っていた。

友人たちは彼の意思を尊重したが、以前の部下や下僕たちはそれに反発した。たとえば、官邸に20年間使えてきた給仕は、東条を、もっとも人間的で思慮深い人物であると述べていることが幾度も取り上げられていた。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_10_3a.htm


マスコミ報道等では、第二次世界大戦は日本の軍部が独走し、
天皇は仕方なくそれに引きづられた・・という事になっている。

そのため戦争中首相であった東条英機は戦争犯罪者として処刑され、
天皇は「罪を問われなかった」という事に「なっている」。


1944年7月20日、天皇の東条英機あての勅語。

「あなたは(東条は)、朕(天皇)の行う戦争において、朕の指導の下に
十分職務を果たした。」・・()内部、筆者の注。

ここで天皇自身「が」主体となって戦争を行っている事、つまり軍部に引きづられて
戦争が行われているのでは無い事、

東条が「天皇の指導の下」にその命令通りに戦争を行って来た事を、天皇自身が証言している。

天皇は、自分の行った戦争の責任を全て東条に押し付け、東条を処刑させ、
自分だけ生き延びたのである。

戦争中、東条は1日に3回天皇を「御機嫌うかがい」のため訪問し、
政界では「ゴマすり東条」と批判されていた。

東条を始めとした政界軍部が「強引に戦争を行い」、天皇がそれに引きづられる等という事は、
この東条と天皇の「力関係」から見て有り得ない。

天皇は東条に全責任を押し付け、自分だけ生き延びたのである。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/49704032.html


昭和天皇の身代わりになって処刑された松井石根

ついに本当の事は言えませんでしたね:

「南京事件ではお恥しい限りです。南京入城の後、慰霊祭の時に、シナ人の死者も
一しょにと私が申したところ、参謀長以下何も分らんから、日本軍の士気に関するでしょうといって、師団長はじめあんなことをしたのだ。

 私は日露戦争の時、大尉として従軍したが、その当時の師団長と、今度の師団長などを比べてみると、問題にならんほど悪いですね。日露戦争の時は、シナ人に対してはもちろんだが、ロシヤ人に対しても、俘虜の取扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。
政府当局ではそう考えたわけではなかったろうが、武士道とか人道とかいう点では、
当時とは全く変っておった。

 慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。その時は朝香宮もおられ、柳川中将も方面軍司令官だったが。折角皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落してしまった、と。ところが、このことのあとで、みなが笑った。 甚だしいのは、或る師団長の如きは「当り前ですよ」とさえいった。

 従って、私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人達に一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている」
http://www.geocities.jp/yu77799/gunjin.html#matuiiwane


キーナンは、自分が技巧的に追及してきたその判決を聞いた日の夜、
彼の切り札証言人、田中隆吉と一杯飲みに外出した。彼は酔いにかまけつつ、

「馬鹿げている、まったく馬鹿げた判決だ」と口にした。彼が最も反対してきた判決は、
松井――南京攻略の際、その命令が悪用された痛ましい小柄な大将――の死刑だった。

 公正は私に、被告に有罪を決定する際、天皇の免責について再考するよう、求めている。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


16. 2012年8月19日 18:12:44 : HNPlrBDYLM

要するに、南京大虐殺も731部隊の人体実験も従軍慰安婦強制連行もすべて昭和天皇の命令でやむなく行ったもの。 日本陸軍の軍人には全く責任は無い。

責任はすべて昭和天皇一人に負わせなければいけない。

東京裁判は昭和天皇の戦争犯罪を隠す為にやったんだよ。
アメリカは昭和天皇の力を借りないと日本を統治できないからね。

昭和天皇がマッカーサーに自分の命はどうなってもいいと言ったという話もすべてでっち上げだったんだ。

日本人が自分達で昭和天皇の戦争犯罪を裁かなかったからこういう結果になったんだよ。


17. 2012年8月19日 18:17:51 : TUPxsc98ho
日露不可侵条約を一方的に破棄されシベリヤに連れて行かれ非業の死を遂げた日本兵の方々が靖国に祭られていないのは不思議です。

18. 2012年8月19日 18:20:37 : UCzaVORLa2
A級戦犯の意味を知らないヤツが多すぎる。
A級しか書いてないヤツ、それランクだと思ってるだろう。

天皇陛下が終戦記念日に参拝なさらないのは、単に政治家のバカさ故である。
昭和五十年に三木総理が靖国に参拝したおり、私的参拝であると言明した。
私的だとか公的だとか言い出したのは、そもそもそこからの話で、その年の
内閣委員会にて社会党が、その後予定されていた昭和天皇の國神社御親拝を
事前に問題視する質問を行ったのだ。

これに対し吉国法制局長官が、天皇の公式参拝は、直ちに憲法違反とは言えない
までも、重大な問題となると発言したのだ。
天皇陛下は現実として存在するので、何が問題なのかわからないが、
そもそも公私の別など無いのだが、いささかの物議を醸し出すことも避けなければ
ならない、とのことから、翌年からの参拝はなされていない。

それからというもの、マスコミが「公的ですか? 私的ですか?」などと質問する
もんだから、聞かれる方も神経質になってしまうのだ。なにびびってんだよ。
日本人、お参りするのはあたりまえ。

慰安婦問題の捏造もまた、河野が無かったことをあったことのように
発言したのを逆手に取って、さも問題が実在したかのように某国の「ゆすり」の
ネタとして、意味なく議論されている。
政治家は、深く常識を学び、その発言の重さを自覚すべし。

A級戦犯の意味さえ知らないサルが、解ったようなことを書かないで頂きたい。


19. 2012年8月19日 18:31:34 : HNPlrBDYLM

おまい、殺人鬼の昭和天皇の味方するのか?

20. 2012年8月19日 18:48:07 : kejlwA5Rsw
国体護持 †

天皇制の核心である天皇の地位・権威・権能を保全すること。

太平洋戦争末期,連合国との講和を模索する重臣・宮中側近勢力は,国体護持を条件に戦争終結をめざした

国体護持の異なる理念グループ

昭和天皇の地位の安泰を最優先にするグループ
天皇の退位を求めても天皇制の保全を図るべきだとする近衛文麿らのグループ

しかし,天皇の権威が失墜しないうちににより戦争を終結し,天皇とそれに連なる国家権力の主要部分を温存しようとする議論では共通する。

単純に裕仁昭和天皇個人うんぬんの問題ではないぉ。
国体護持をどうするかが降伏を受け入れるか否かの重大問題だったんだから。


21. 2012年8月19日 19:34:06 : rvpLHcq1mw
A級戦犯だろうとなんだろとかってにアメ公がランク付けしただけのことだろ。
それにもし昭和の天皇陛下がA級戦犯が祀られているから行きたくかったと言うのなら、てめえがその人たちを使ったんだろといいたいね。

おれ自身は東條はなにも悪くないと思っている。
東條は一人の軍人、政治家としてやるべきことをやった。
悪いのは靖国神社の歴史的成り立ちだ。
つまり天皇を担ぎ上げていまだに階級社会を成り立たせている連中だ。

おれが靖国に行かないのはあの神社、英霊にランクを付けているからだ。
それはつまり富裕層や特権階級を容認することになる。
冗談じゃないといいたいね。


22. 2012年8月19日 19:53:54 : rvpLHcq1mw
08. 2012年8月19日 17:08:25 : scLrCUBzM6
上杉も段々本性を現してくるね
ま、こんなもんだろ
まともな人間だったら腐ったマスゴミ業界内の生息は不可能
所詮は副島と同じだったか


愚痴マニアのおまえにいわれたくないだろ、上杉も。w


23. 2012年8月19日 19:59:22 : mP5tGcCmYI
>>10さん、ご参考までに。現役修験者のブログです。(貴方はひょっとして同盟ブロガーの「みたいな実」さんですか?
http://ameblo.jp/yamabushitaiken/

なお、東北人と靖国神社の関係だが、
>>06さんの言わんとすることは理解できる。
しかし戊辰戦争の後、旧会津藩士・二本松藩士の相当の部分は
「賊軍の汚名を何としても回復」すべく大日本帝国に熱狂的な忠誠を誓い、働いたのも事実である。幼少時、薩長軍に目の前で家族を殺された柴五郎は忠臣の最高位たる陸軍大将にまで登りつめた。(敗戦直後に割腹自決)
小生は関東の者で完全には理解できないが、複雑なねじれ的心情の人も多かったのではないか。かつて米国日系人部隊が「最も合衆国に忠実かつ精強な部隊」と化したのと同じ構図かもしれない。

参考:福島縣護國神社
http://gokoku559.info/
神社自体はどうも俗化が著しいようだが、「御由緒」を参照されたい。
具体的には書いていないが、真っ先に御祭神として祀られた旧藩士は
戊辰戦争の恨みをはらすべく西郷軍討伐に志願した抜刀隊員なのだ。

なお小生は祖父が祀られており毎年靖国神社・千葉縣護國神社に参拝するが
国士気取りで参拝する「粋がり」(代表が小泉・石原だ)や、その追っかけの様な連中を見るのが嫌なので8/15には行かない。春と秋の例大祭に合わせ参っている。


24. 2012年8月19日 22:49:08 : FEC1zKK4NY
遺族会という制度はそろそろ廃止するべきだろう。いまだに孫より先まで
金をばらまくのは、まさに自民党の利権集票制度だ。
戦争で一番悲惨な目にあったのは、職業軍人ではなく赤紙で招集された
一般国民だ。片手おちのこの制度はおかしかった。

25. 2012年8月19日 23:44:46 : EOdc8NMh9o

・今 国営放送で 韓流ドラマが堂々と放映されている

国民から 金とって 何晒しとるんか 焼き討ちモンダ

同胞 どうしで 言い合ってどうする 政治家 テレビ 新聞 腐り切って

他の国からナメラレ切っているからだ 日本人はオトナシク何も出来ない

そう思わせるからだよ

日本の 一般人は 怒らせると 何するか判らないと思わせる必要がある

夜陰に乗じて 遣りたい事をやろじゃないか なあ 我が同胞よ



26. 2012年8月20日 00:07:45 : odJEEh6Pq2
上杉さんは、小沢さんの擁護もどこか不順なものを感じていましたが、ただ頭が良くないからだろうと思っていました。やはり、頭は良くないし、物の見方もバランスを欠いている。民主党議員と同じで、自分の商売として小沢氏を利用しているのだろう。自由報道協会なるものも飯の種であり、インチキだろう。

27. 2012年8月20日 01:33:43 : CqHMZ3Uk7c
丸山真男などの戦中戦後の東京大学の法学関係者はその所属した大学の面子を維持するだけに後に教員として、その行為を行っていたがごときを記している出版物がある。  閣僚会見でこの羽田や松原両氏とも何といっていたのだろうか。 ただ、おもうのは閣僚、平閣僚なら具体性を持つはずなのに、なにをおもわせぶりな、くさった女や男ことをやってんのかってことさ。

 出版物や経歴を見て(傍からはその位しか評価できないし、どういった法案を提出したかもほとんど不明の議員が)、どういう先入観を持たれるか考えたことあるのかね。


28. 2012年8月20日 23:46:21 : eD3yL1bfR2
靖国問題は戦争責任をキチンとしていないからこうなるのでは?

ドイツではヒットラー・イタリアではムッソリーニの元で戦った・・では日本では?

ヒットラーは自殺ムッソリーニは銃殺・・・。

独・伊は単なる独裁者・・しかし日本はそれ以上の現人神だった。

敗戦後、人間宣言・・・・300万の戦没者はどう考えればいいんだろうネ。

全く無宗教か逆にあらゆる宗教を包括したものか、どちらかを建てて国民の名で

慰霊するしかないんじゃないかなぁ〜。千鳥ヶ淵を拡大充実すればいいよ。


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