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(1)まず最初に「自民党には絶対投票しない」
我が国の戦後復興期は米国に対して抗える状況ではなかったため「顔色伺いの手もみ番頭」よろしくアメリカ様のご機嫌取り、即ち自民党をやむなく必要としてきたのである。
自民党はその見返りとして安定政権を手に入れ、それはやがて利権へと繋がってゆくのであるが、他方真っ向から反発する姿勢をみせていた共産党はマスコミのプロパガンダにより「赤」のレッテルを貼られ、迫害され続けてきた。
やがて我が国が経済大国として目覚しい復興を遂げた後は、自民党議員と官僚、そして大企業のこの三者によって我が国には全く身動きが取れないほどの利権構造(即ち社会的不公平)ができ上がってしまったのである。
この利権構造とは言うまでもなく「多くの国民の声なき犠牲」の上に成り立っているのであるが、前述の三者が「この国を治める者」として振る舞うようになり、同時に弱者である国民はこの三者に虐げられ、言いなりになってきたのである。
(実はこの時期というのは残念ながら国民の側も「一億総中流」などという言葉に乗せられてB層化してゆくのであるが‥。)
しかし与党の自民党も政権の上にあぐらをかき続けてきた結果、甘い蜜に群がるがごとく政治家としての信念もなく居心地の良さだけを求める議員がその大多数を占めるようになり、議員の質は戦後の復興期や高度成長期の田中角栄を最後として著しく低下を呈すようになった。 同時にそれは官僚をのさばらせることにも繋がり、この間を縫って官僚は多くの独立法人を作っては従え、着々と天下り先の確保に勤しむのである。
この時期のもう一つの問題点としては政権与党の議員も官僚も、そして大企業の経営者たちも「己の活動期さえ安泰であれば良い」という無責任極まりない姿勢を続けたことが、社会の多くのモラル・ハザードへと繋がったことに対する責任は極めて大きいものがある。今日の「侍魂」を言うのであれば、この連中にこそ求められると思うのだが‥。 本来マスコミの役割として期待する社会的正義の視点は全く機能しておらず、国家の衰退はまさしくこの時期から始まったと換言しても差し支えないほどにこれは国家を預かる与党自民党の大きな責任である。
そしてバブルの崩壊による不景気の始まりは金融機関を始めとする多くの企業倒産を招き、国民はリストラの嵐にもがき苦しむのであるが、そうした事態に陥っても何ら有効な手立てを示せなかった与党自民党に対し、国民の不満が積り積もっていたところへ運悪くその時期に重なって小泉政権が誕生したのである。 小泉政権が国民に与えた恩恵とは果たして一体何だったのであろうか。
小泉政権の後はズタズタになった我が国の回復に努めようとする次の政権に活路を見出そうとするが、いかんせん質の低下が恒常化しており人材に乏しい自民党のわずか一年足らずでの首相交代劇を見せつけられる国民の側はまさに悲劇と言うしかないであろう。
以上述べたように今日の自民党は本来政治家と呼べない人々が集う政党に成り下がっており、長期的視点での国家経営を担う政党とはとても思えない。
今や期待値ゼロの議員を多く抱える「政党としての魅力」も失った今日においては、我が国における政治的役割を既に終えたと言わざるを得ない。
(2)次に「民主党にも絶対投票しない」
いまさら民主党について綴る気力さえ起こらないが、個人的に今日のザマは、本を正せば仙谷氏の存在がその全ての発端と思われる。 しかし仙谷氏は基本的に仕掛け人であって、仕掛けられる民主党の議員も同罪なのであるが、彼らも大部分は政治家としての信念や信条の欠落した単なる政権交代の便乗組に過ぎないのである。 単なる己の野心や欲望のためのチャラ男はもう要らない。
(3)最後に「バカ国民から脱却しよう」これが一番重要!
かつての我が国は「経済は一流、政治は三流」と言われた時期もあったとのことですが、はっきり申し上げて政治が三流の所以は国民の責任です!
政治が三流とは、言い換えれば国民の政治に対する認識が三流と同義語です。
国民がここから脱皮しない限り我が国の政治が良くなることはありえません。
では国民が政治について三流から脱皮するとはどういうことでしょうか。
それは究極的には国民一人ひとりの投票行動に尽きると思うのです。
まず選挙権を大事にしましょう。 本来の自分の考えと別の考えに流されないようにしましょう。 自分に与えられた重い一票を他人の考えに委ねてしまうような愚かな行動はいい加減やめにしましょう。
次に自分が国会に送りたいと思う人と国会に送りたくないと思う人の選別をはっきり認識しましょう。 ただ残念なことに比例当選という仕組みがあるので、ある選挙区で常連の候補者を見事落選させたにも関わらず、政党の比例順位で当選してしまうケースが存在していることは残念なことです。
私などは個人的に比例当選というのは国民の落とす権利を蔑ろにするものだと思っていますし、当選後に不適格議員がわかった時、選出選挙区からのリコール制度がないため4年とか6年安住させてしまうという一般の会社経営では考えられないような非効率さ(税金の無駄遣いという意味で)に憤りすら覚えます。 人によっては会社経営と国家運営を一緒にするなという声も聞こえて来そうですが、優れた政治家は優れた国家観(ビジョン)を持ち、優れた国家経営のできる 人であります。
次に、同じ過ちを繰り返さないこと。未来の日本のために国会議員として相応しくない人物を何度も送り込むのはやめましょう。(学習しましょう)
「巧言令色、鮮なし仁」の諺にもあるように、例えば本来重い言葉である「命がけ」とかの言葉を軽々しく用いる口先だけの人物は絶対に信用できません。
政治家とは自分の信念に基づいて、身をもって行動を示す人。そこを見なければどこを見よというのでしょうか。 何度もサギに引っかかる国民はバカです。
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