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はじめに
東京都港区麻布台。外務大臣が外国からの賓客をもてなすために使う飯倉公館の並びに外務省の外交史資料館がある。近現代史の日本外交に関する史料を集めた場所だ。
最近はインターネットによる情報公開のスピードが速い。外交資料館もその渦のなかにある。「聞かれてもすぐには答えない」がルールである霞ヶ関のなかにあって、そのホームページには珍しくも細かな「Q&A」が掲載されている。
ある日、私は何気なく眺めていたこの「Q&A」に、一つの事実を見つけ、衝撃を受けた。
Question
韓国の日本への併合を定めた「日韓併合条約」の原本はありますか。
Answer
「日韓併合条約」の原本は、戦後アメリカにより接収され、現在日本にはありません。外交資料館には写真版のみがあります。(外務省ホームページより抜粋)
日本が韓国を併合したのは、一九一〇(明治43年)年のことである。それから既に百年近い月日が流れようとしている。それなのに、日韓併合の証文はどういうわけか、日本人の手ではなく、米国人の手中にあるのである。
一般には語られることのない「事実」を知って、私は背筋に寒さを覚えた。一九四五(昭和20年)年から一九五二(昭和27年)年まで日本は占領軍(GHQ)による統治下にあった。その中心は言わずと知れた米軍である。彼らが、当時の日本にあった多くのものを接収してまわったことはよく知られている。外交文書も当然、そのなかに含まれていたのだろう。
しかし、GHQによる占領統治が終わってから、既に五十年以上の年月が経過している。それでも、接収した「日韓併合条約」原本を返さない米国は、一体何を考えているのか。――そう考えたとき、私たちはある一つのことに気付かざるを得ないだろう。
それは、この条約の原本に示された日本の朝鮮統治という「史実」が、日本、そして韓国や北朝鮮だけでなく、米国にとっても今なお重大な意味を持つということだ。正確に言えば、過去において「重大な意味を持っていた」ことは間違いなく、さらに現在においても「重大な意味を持っている」に違いないということである。
それではなぜ、同盟国・米国はこの条約原本を握り続けているのか。米国は今、そのことに一体どんな意味を見出しているのか。
もちろん、正面から米国に聞いたところで率直な答えが返ってくるとは思えない。あの手この手で言い逃れをされるのが落ちだろう。日本人にありがちなそうした生真面目な態度は、物事を明確にするどころか、かえって混迷に陥れることがよくあるものだ。
むしろ必要なのは、こうしたシンボリックな出来事を目の前にして、「戦前期の日本と朝鮮」、そして「戦後の米国と日本」とをつなぐミッシング・リンク(失われた継ぎ目)を論理的に導き出すことであろう。そう考えるとき、「統治するもの」と「統治されるもの」という二つの役回りが見えてくる。
統治する日本、統治される朝鮮。
統治する米国、統治される日本。
この二重構造を踏まえるときにはじめて、日本を媒介としつつ、戦前の朝鮮と現代の米国とがつながってくる。そう、日本を統治するため、日本を知り尽くす必要があったからこそ、米国は日本自身による朝鮮半島に対する統治のやり方を学ぶ必要があったのだ。
そしてまた、この条約の原本が返されていないという現実は、今もなおその「必要性」があることを物語っている。米国による対日統治は続いているのだ。それに気付いていないのは私たち日本人だけである。
このことについて、私たちが気付くための方法が一つだけある。
それは戦前日本による朝鮮統治と、戦後日本におけるGHQ統治とを比較してみることである。時代も違い、環境も大きく異なるこの二つの「史実」を比較した研究は皆無である。しかし、あえてそれを行うことで、意外にも数多くの事実が私たちの目の前へ舞い降りてくる。
とりわけこのとき、比較のターゲットとすべきが「金融」と「メディア」である。目に見えるようで、実は目に見えないこの二つの領域であえて思考の深堀りをしてみることで、「かつて日本がやったこと」から「今、日本がやられていること」が見えてくることだろう。
その意味で、この本は思考の枠組みを提供するものである。センセーショナルな新事実を示すことや、ひたすら謝る自虐史観、あるいは感情的なナショナリズムを鼓舞することのいずれをも目的としていない。
(以下略)
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