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投稿者関口博之
しかし「オリーブの木」のような連合によって新しい日本をつくるためには、小沢一郎が国民に信頼されていなくてはならない。
裁判を通して検察の不当なリークであったことは明らかとなったが、日本の新自由主義提唱者が権力を奪う目的で脱増税、脱原発、脱中央集権という脱新自由主義を掲げていると、疑う人は決して少なくない。
しかしこの本で一貫して主張しているのは、誰も責任をとらない中で政策が決まっていく、形骸化した戦後も継続されている大本営官僚政治の否定であり(P16からP25)、官僚支配政府の解体による政治家主導の責任ある政治である。
(注2)小沢 一郎 & 上杉 隆
(注3)小沢一郎元民主党代表の記者会見
残念ながら世論調査が示すように、現在の時点では国民の大部分は小沢一郎を信頼しておらず、嘘つき、壊し屋、豪腕、そして朋友側近たちの裏切りを通して悪党像が定着していると言っても過言ではない。
その理由は彼の実像から形成されているのではなく、彼が自民党離党以来一貫して、戦後の時代遅れとなった官僚支配政府解体を主張してきたことにある。
すなわち誕生した民主党政権がその解体に取り掛かった矢先に、不当な検察リークと大本営支配のメディアが繰り出す御用評論家たちによって、決定的な悪党像がつくられて行った。
確かに1993年に小沢一郎が世に出した『日本改造計画』は(注1)、規制緩和や自己責任だけでなく、他国に市場開放を迫るという発想の転換さえ求めており(P138)、その後の小泉新自由主義構造改革の手本となったことも事実である。
またこの本では、「身近なことはすべて地方」でを標語に(P84)、財源と権限を地方に委譲し真の地域主権が求められている。
さらに日本の軍備に関しても、国連の旗の下に行われる平和活動のみであると規定し、「たとえ国民が99パーセント正義を確信しても、正義の戦争と価値づけて戦争を確信をすることは許されない」と述べており(P125)、どのような戦争も全否定している。
そして五つの自由では、第一に「東京からの自由」で空港や高速道路整備地方への分散的発展が求められている。
第二の「企業からの自由」では、高度成長型社会の脱皮を唱え、労働時間の短縮などを通して個人の自由、創意工夫が生かされような個人と企業の関係が求められている。
また第三の「長時間労働の自由」では、高齢化社会を見据えて欧米並みの労働時間の短縮で、高齢者や女性の働きやすい環境をつくる労働の分かち合いを求めており、得られた時間で社会奉仕や国際貢献などのボランティア活動に使われることを推奨し、企業中心の社会から高齢化社会を乗り越えるより豊かな個人中心の社会への転換の重要性を述べている。
さらに第四の「年齢と性別からの自由」では、雇用の枠組の自由について述べているが、新自由主義とは相反してパートタイマーとフルタイム正規従業員との差別をなくし、社会保険などで同等の扱いを求めている。
そして第五の「規制からの自由」では、(官僚支配の道具になっている1万を超える許認可権の)余りにも多すぎる規制を取り上げ、国民生活をがんじがらめにしている規制の緩和、撤廃を求めている。
自由放任ではなく、管理型行政規制から情報公開を通してガラス張りにしていくことでルール型行政(ルール違反への厳しい罰則)へ転換していくことを求めている。
また民営化については、スクラップビルドが必要なように政府が行うことがなくなったものは民間に委譲し、民間の知恵とアイデアと活力を生かして今後も続けていくことを提言している。
明らかに第二から第四の自由は反自由主義であり、第五も脱官僚支配のための規制緩和であり、民営化も国民主人公の国民利益のためであれば、むしろ脱新自由主義と言えるだろう。
また第一も、地方の空港や高速道路整備の分散的発展を脱原発の再生可能エネルギーやソラー産業の地方への分散的発展に置き変えれば、脱新自由主義の推進力に変化するのである。
すなわちこの本は新自由主義を踏まえて執筆されているが、国民利益を最優先していることから、大本営官僚支配解体の「日本改造計画」であると同時に、本当の中身は脱新自由主義と言っても過言ではない。
しかし世間は、そのようには受け取らなかった。
小沢一郎は1993年5月の『日本改造計画』直後に自民党を離党し、7月の衆議院選挙で長い自民党支配を打ち破り、8党連立による細川政権を誕生させた。
細川連立政権は小沢一郎の描いた大本営官僚支配を解体し、新しい日本を創ろうとしたことから、官僚側、産業側から攻撃が開始された。
すなわち組合組織に依存している社会党は、連立政権から離脱するだけでなく、護憲のシンボルであった「自衛隊違憲」を合法と受け入れ、村山政権誕生のシナリオに乗ったのであった。
そしてその後の日本社会は、『日本改造計画』の主人公を国民から国に換え、すなわち国民利益から産業利益に置き換えることで、小沢一郎の意図とは全く異なって、新自由主義推進に利用しててきたのであった。
もちろんそこでは、働くものの自由が全く反対に巧妙に脚色され、新自由主義の底辺競争に利用されたことは言うまでもない。
また小沢一郎のあくまでも国民のための政治を求める頑なな姿勢が、つねに御用評論家たちによって巧妙に脚色されて、非国民であるかのような悪党像がつくられてきたと言っても過言ではない。
しかし本当の小沢一郎の人間像はそれとはまったく異なり、1989年の海部首相退陣の際周囲からの首相指名を固辞し続けたように、彼の望みは戦後の大本営官僚政府の人形のような首相になることではなく、『日本改造計画』に述べられているような国民のための新しい政府を創ることであった。
確かに小沢一郎は国民の望むような無菌培養では育っておらず、国民の目を背けるような雑菌培養で育ってきているが、むしろそうした中で純粋に信念を貫いてきたことは称賛すべきことではないだろうか。
そのような彼の人間像は、「ニュースターの深層」での小沢一郎と上杉隆の対談(注2)でも伺えるだろう。
また自由メディアが2011年1月に主催したガラス張りに開かれた小沢一郎記者会見(注3)を見れば、本当の小沢一郎の人間像がわかるのではないだろうか。
(注1)『日本改造計画』小沢一郎、1993年、講談社。
「ところが、戦前からの官僚制を温存したため、権力の中枢は「官」であり、政治家は「民」の代表にすぎないという意識をそのまま引きずってきた。
だから、たとえ国会の多数派となって、ある政党が政権を担っても、統治機構の外部の存在にすぎないという意識が残りつづけた。・・・実際には、戦前のように権力が「官」の世界に分散している状態がつづいているというほかない」
P56より抜粋。
http://www.youtube.com/watch?v=sY-1WCkKIsU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=_UcyRhi78kY&feature=relmfu
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