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【 其の20「兵は国の大事」(孫子) 小沢氏の離党、新党結成を孫子の立場で見てみると…… (逆境を吹っ飛ばす江上“剛術”―古典に学ぶ処世訓―) 江上 剛 [作家] 】
2012年7月17日
小沢一郎氏が、ついにというか、とうとうと言うか、民主党を離党し、新党を旗揚げした。郎党を50名ほど連れて出たから、野田首相周辺は、「馬鹿が出て行ってくれてせいせいした」などと言う議員もいると聞くが、侮ってはいけないだろう。マスコミの小沢氏嫌いもまだまだ強く、成算ない、人材ない、金ないの「3ない新党」などと言いたい放題だが、歴戦の勇士である小沢氏のことだ、それほど馬鹿にしたものではないかもしれない。
今回の離党、新党結成を孫子の兵法に従って、ちょっと見てみることにする。すなわち小沢氏が孫子の兵法を学んで、今回の離党を実行したという仮定に立ってみるのだ。小沢氏の愛読書に孫子の兵法があるかどうかは知らないが、何かが見えて来るかもしれない。
■「兵(戦争)」に大事な5条件
孫子は、冒頭に「兵は国の大事」と言う。続けて「死生の地、存亡の道なり」と言う。すなわち戦争とは、国民の生死、国家の存亡がかかっているということだ。
小沢氏は、野田民主党に宣戦布告したわけだが、「国民生活第一」ということを主張しているように、この戦争が、国家、国民の存亡に重大な関わりがあると認識していると考える。
そこで孫子は、「兵(戦争)」には、5条件が大事という。「道・天・地・将・法」の五つだ。
第1の「道」は「大義」だ。これがないと戦争は無意味な殺戮でしかない。兵士も人民も大義があるからこそ、君主とともに命を捨てる気になるのだ。
小沢氏は、大義は自分にあると判断している。野田首相は、消費税は上げないと言って選挙を戦って来た。また原発も脱原発の路線を踏襲すると言っていた。それを簡単に翻した。国民の生活を守るためだとか屁理屈をこねているが、多弁なだけで、国民は、彼の裏切りを見抜いている。筋から言えば、「消費税を上げる、原発を動かす」ということで解散総選挙を行うべきなのだ。
小沢氏自身も、その都度適当なことを言って選挙を戦っているから、目くそ鼻くそを嗤(わら)うところはあるが、今回は、大義の点からは自分に軍配が上がると考えたに違いない。
孫子の言う「天」は自然環境や時間的な環境のことだが、小沢氏の場合は、これが世論だと考えれば、いまは天の時ではない。夫人との離婚騒動や、マスコミの反小沢キャンペーンで、小沢新党には期待は集まらないだろう。「天」の条件は満たしていない。
「地」とは戦う地の利だが、小沢氏の場合は、資金や選挙地盤と考える。これも政党助成金もないし、郎党は1年生議員が多く、選挙地盤も強固ではない。「地」の条件も満たしていない。「将」は、将軍の人材のことだが、これも期待できない。小沢氏に全てを一任するような、よほど選良とは思えない人ばかりだ。
しかし小沢氏は、自分が偉いと思っている節があるから、そういう馬鹿な奴ほど使いやすいと思っているだろう。だから「将」に関してはまずまずだとしておこう。「法」とは、軍制などに関することだが、小沢氏の場合は「規律」とすれば、小沢氏について行かざるを得ない郎党だから規律はしっかりしているだろう。これは鳩山由紀夫氏らのような獅子身中の虫を抱えている民主党よりはいい。
小沢氏は、「道」と「法」はなんとかなるが、「天」と「地」はどうにもならない。また「将」も心もとない。孫子は、この5条件を「知る者は勝ち、知らざる者は勝たず」と言っているから、なんとか「天」と「地」とそして「将」を埋めねばならない。
ここで小沢氏は、はたと考え込む。これらの足らずを埋めねば、離党し、新党結成には踏み切れない。野垂れ死にをするだけだ。
■「勢い」を味方につけられるか
「勢に求めて、人に責めず」と孫子は言う。
戦いは勢いであり、人材を巧みに配置し、一気に戦えば、まるで丸い石が坂道を転がるように、全員一丸となることができるというのだが、小沢氏はこれだ!と思う。勢いだ。勢いを付ければ、勝利できると思う。
たとえ小沢新党に風は吹いていなくても、今、選挙を行えば、「反消費税、反原発」の風に乗ることができる。
野田民主党は、自分の信念を貫いたと満足しているかもしれない。財界からは、「よくやった」と言われるかもしれない。しかし、国会周辺を囲んだ反原発の国民の声を軽視してはいけない、また生活保護不正受給に見られるように貧困層の拡大は、あきらかに反消費税へと向かっている。消費税の逆進性や、輸出大企業には消費税が還付され、消費税の引き上げなんてなんとも思っていないことなどが国民に理解されれば、反原発、反消費税のデモが国会を取り巻くだろう。
この二つに賛成したのは、民主、自民、公明だ。彼らには風は吹かない。選挙を、今、実施すれば、国民は少ない選択肢の中から、小沢新党を選ばざるを得なくなるに違いない。これで「天」と「地」の不足は補えると考える。
そこで小沢氏は、新党を結成した暁には、選挙の実施を拒む野田民主党に徹底して、早期解散を迫るに違いない。
消費税法案は、民主、自民、公明の3党合意で参議院を通過することは間違いないと思われている。しかし、政界は何があるか分からない。
■「詐」を以て「勢」に乗る
「兵は詐(さ)を以て立ち、利を以て動き、分合(ぶんごう)を以て変を為す者なり」と孫子は言う。
戦いは、騙し合いであり、自分の利益を優先して行動し、別れたり、ひっついたりして変化していくものだと言う意味だ。正に今の政界のことではないかと小沢氏は思う。
今、選挙をやった方が有利と考える奴らを巻き込めばいい。共産党、きずな、社民、みんなの党など合わせれば三十数議席になる。また自民党だって、3党合意をしたものの世間の空気次第では、消費税を参議院通過させた後では選挙を戦えないと思うかもしれない。ひょっとしたら蛇蝎のごとく嫌う小沢氏と共闘したいと考えるかもしれない。まだまだ野田民主党は消費税法案が成立すると安心するのは早いぞ。政界は一寸先は闇。騙し合いの世界だ。
いずれにしても小沢氏はやみくもに早期解散に追い込もうとするだろう。その動きを水面上、水面下で加速するに違いない。
小沢氏は、「詐」を以て「勢」に乗ろうと画策するに違いない。さて野田民主党には、それに打ち勝つほど「詐」の策士がいるだろうか?
■「呉越同舟」の計略
次は「将」だ。
「言うとも相い聞こえず、故に金鼓を為(つく)る。視(しめ)すとも相い見えず、故に旌旗(せいき)を為る」と孫子は言う。
口で言っても聞こえないから鐘や太鼓の鳴り物を備え、さし示しても見えないから旗や幟を立てるという意味で、多くの兵に統一した動きをさせるには、こうしたものが必要だという意味だが、小沢氏は、「反消費税、反原発」という鐘、太鼓を打ち鳴らし、旗、幟を揺らすに違いない。
かつて8党を連立させ、自民党を倒した小沢氏だ、「大義は我にあり」とばかりに行動すれば、いつか見た夢は、十分に正夢になる可能性は高い。選挙に不安な政党や政治家は小沢氏の鐘や太鼓に踊り、旗や幟を掲げる可能性は十分にある。
選挙目当ての烏合の衆とあざけられようが、孫子の言う「呉越同舟」の計略だ。呉と越は互いに憎み合っているが、もしも同じ船に乗り合わせて、嵐に合えば、一致協力して助け合うだろうということだ。
政治家は、選挙に落ちたら、タダの人以下になる。この恐怖は何ものにも代えがたいらしい。そのためには小沢氏から「呉越同舟」を持ちかけられたら、小沢艇に乗る政治家もいるだろう。
小沢氏は、なんとか「道、天、地、将、法」という孫子の言う勝利の5条件を満たすことが出来ると確信を持ったから、離党し、新党を組織する決断をしたと考えるべきだろう。
最後にもう一つ、「進みて禦(ふせ)ぐべからざる者は、其の虚を衝けばなり」と孫子は言う。
自軍の進軍を敵が防ぐことができないのは、敵を虚、すなわちスキをついているからだということだ。
小沢氏が少数で、野田民主党と戦って勝利するためには、虚を突かねばならない。政界の虚とはなにか?小沢氏のことだ。野田民主党のスキャンダルでもなんでも出してくるかもしれない。いよいよ政界から目が離せなくなった。
だが、野田首相も孫子の兵法を学んでいるかもしれないから、小沢氏、ゆめゆめ油断めさるな。
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