http://www.asyura2.com/12/senkyo131/msg/566.html
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小泉政権時代も、すさまじい国家社会破壊活動者が統治を担う国になったものだと慨嘆したが、それに輪をかけたようなとんでもない政治状況の出現に怯え戦くばかりである。
加えて、そのような政治状況を称揚する主要メディア(読売・朝日・毎日・日経の全国紙やNHKなど)の異様な姿に慄然とさせられる。
三党合意を受けた一般全国紙3紙の16日の社説は、共同社説なのかと見紛うほど、揃って「決められない政治」から「決める政治」への転換が成し遂げられたという観点で三党合意を称揚する内容になっている。
他のブロック紙や地方紙は確認していないが、東京新聞は、そのなかで光り輝くがごとく、「「一体」改革 消費増税も棚上げせよ」という至極まっとうな社説を掲げている。当たり前で敬意を表するほどのことではないはずだが、ついつい東京新聞を称賛したくなるというのは、日本のメディア界の哀しい実状を物語っている。
15日に民主・自民・公明三党で合意をみた内容を端的に言えば、目的であるはずの社会保障の在り方は棚上げにしたまま、手段である消費税増税だけは法律として確定させようというものである。
これをもって、「決められない政治」から「決める政治」に脱皮したと称揚する新聞社幹部の知性を疑う。元々“ためにする”社説だから論理がデタラメなのは承知である。だから、知性を疑う理由は、そんなみっともないほめ方ではなく、もっとましなほめ方があるだろうという点にある。
肝心要の年金については棚上げしながらも、かたちだけはぎりぎり「社会保障と税の一体改革」として国会に上程されたものが、本音むき出しの「消費税の“一本”改革」=「消費税と法人税の一体改革」(消費税増税と法人税減税)に変容したというのが三党合意の実質的な内容である。
これまでの投稿で説明してきたように、消費税の税率アップは、社会保障の維持や充実のためでも、「財政健全化」に向かうためのものでもない。
社会保障との無関係性は今回の合意の内容からも見えてくるが、年々1兆円ずつ増大する社会保障相当をはるかに超える規模で財政支出の肥大化させてきたここ数年の財政運営を見れば、「財政健全化」という目的もウソであることがわかる。
気力が続けば別途説明するつもりだが、ここ3年ほどの財政支出肥大化=赤字国債発行増大=政府債務残高増大は、税収不足や社会保障費増大に対応した結果ではなく、銀行など金融業への“助成策”として進められてきたものなのである。
その目的が達成できるかどうかは別として、「消費税と法人税の一体改革」の目的は、国際的な経済活動に励むグローバル企業の競争力アップを牽引力として、日本経済全体の活力を回復させることである。
しかし、統治者としては、税制を通じて、グローバル企業(輸出免税&設備投資)や成長企業(設備投資大)そして銀行などの金融業(金融取引非課税)に“利益”を与えることで国際競争力や日本経済の成長を計るとは説明できないがゆえに、“社会保障”や“財政”をもっともらしく持ち出してごまかしているのである。
「消費税と法人税の一体改革」が、経済論理に照らして、普遍的に誤った政策だと主張するつもりはない。
デフレ基調にある日本で採用すればとんでもない“破壊行為”になるが、異なる経済条件と経営思想を持つ経済社会とそれを活かす政策を実施できる政治国家で進められたら、それなりの“経済成長効果”は発揮すると考えている。
(「消費税と法人税の一体改革」以外にも可能な政策はあり、消費税=付加価値税の“社会主義”=国家統制経済的手法には反吐を催すので、どうであっても賛同はできない)
※ これに関する論理は次に示す投稿を参照していただきたい。
「E:消費税増税の目的は、「社会保障」や「財政再建」ではなく、「国際競争力の回復」である:付加価値税と“国際関係”」
http://www.asyura2.com/12/senkyo129/msg/400.html
しかし、09年総選挙で多数派を獲得した民主党が掲げた政権公約をことごとく政策から追い払う一方で、政権公約で否定した政策である消費税増税だけはなんとか実現しようという合意が、世間を憚ることなく大手を振ってまかり通っている現状は、民主政治の終焉を意味するといっても過言ではないだろう。
その責任の多くは当然のように民主党主流派にあるが、自分たちの主張が採り入れられたとしても、民主政治の根底を破壊する合意の一翼を担った自民党と公明党も責任を免れることはできない。
自民党や公明党は、当初主張していたように、政権公約を裏切る消費税増税を政策化したいのなら解散総選挙で主権者の意向を問わなければならないと言い続ける責任がある。それこそが“責任野党”の言動だ。
それは、政策の妥当性や必要性の問題ではなく、民主政治の根幹に関わる問題だからである。
民主党政権は、「子ども手当」騒動が象徴だが、国民にバラマキを行っていると非難もされてきた。しかし、「子ども手当」は、元々がリーマン・ショック後の不況対策の変形として持ち出された政策なのだからバラマキで当然だが、自公政権時代の「地域振興券」よりもバラマキ度合いは低いかも知れない。さらに、「子ども手当」の導入に伴い実施された所得税の扶養関連控除の廃止により、半額で打ち止めになってしまった「子ども手当」は、実質的にプラマイゼロで実入りの増加はないのである。
厚生年金保険の料率アップなどを考えれば、たとえ給与総額は変わらないとしても、勤労者世帯の可処分所得は減少している。
政権公約の一大看板であった最低年金制度や後期高齢者医療保険制度は、今回の合意で雲散霧散の瀬戸際にある。
新自由主義や市場原理思想に心を寄せている人が多い民主党主流派は、自民党からの“要求”でそれらの政策を追い払えるようになったことに内心うれしく思っているはずだ。
今回打ち出された増税政策は、消費税だけではなく、所得税の最高税率の引き上げや相続税増税もあり、それらは、消費税増税よりも先行して今年度から実施される予定であった。
財政危機を真顔で声高に言うのなら、国民生活や経済活動への影響が少ないそれらを優先的に実施すべきだと思うが、それらも三党間の合意で棚上げにした。
「財政健全化」がお題目以上のなにものでもないということがよくわかる動きである。
“社会の木鐸”を自認する組織のトップにいる全国紙の幹部には、そのような合意のどこが、「決められない政治」から「決める政治」への脱皮なのか、そして、なにをもって新聞社が称揚できることなのか教えて欲しい。そして、「決められない政治」と揶揄している民主党政権がこの3年弱の間に野党の同意も得て成立した法律をリストアップして欲しいものだ。
年金制度を中核とした社会保障制度の改革は、「社会保障制度改革国民会議」で1年ほどかけて議論して成案を得るというのが合意だが、1年後の時点でも、消費税の税率アップは実施に移っていない。
「社会保障と税の一体改革」というのなら、手段でしかない消費税の増税を単独で先行させるのではなく、社会保障の改革内容が明らかになったのち、全体像を提示した総選挙を経て、一体で成立をはかるべきである。
そう言うと、ゴマカシが得意な連中は、「事業者が会計システムの変更など消費税の税率変更に備えた準備が必要だから」とでも反論するかもしれない。
しかし、まったくさらの状態で89年4月に消費税を導入すると決めた法律は、実施のわずか3ヶ月前の前年12月30日に公布されており、97年4月に消費税税率をアップする法律も、前年の6月19日に公布されている。
事業者の会計システムやPOSシステム(レジマシン)は、軽減税率が導入されるのならともかく、消費税税率変更に対しては短い期間と低いコストで対応できるようになっている。目的であるはずの社会保障改革の内容が1年後にまとまったのちに、消費税増税法案と一体で成立をめざしてもなんら問題はないのだ。
国民に選ばれた国会議員として、主権者に最低限の誠実さを示すそのような選択さえしない理由は言うまでもないだろう。
来年の7月には参議院通常選挙があり、肝心要の総選挙も、任期いっぱいまで引き延ばしても来年9月までには実施しなければならないからである。
消費税増税派は、消費税増税法案はできるだけ早く成立させ、来年の国政選挙に向け、消費税増税に対する主権者の“怨念”が薄まる冷却期間をできるだけ長く持ちたいのである。
総選挙は、早くても来年7月のダブル選挙であり(公明党が絡んでいるのでそれもないはず)、おそらく、憲法規定上まっとうな任期満了(解散なし)選挙になるだろう。
来年の春から夏にかけては、消費税増税論議とは打って変わって、年金など国民に対する給付を増大させる話がメディアを賑わすことだろう。
消費税増税を引き上げに伴う“敵意”を喪失させる効果的な手法は、幅広い主権者にバラマキをすることだからである。
今回の「社会保障と税の一体改革」の民主・自民・公明の三党による修正協議の合意を歓迎する向きは、今回の合意こそが日本を救う道で、今回の合意がなければ日本はさらに悲劇的な道に進むと言いたいかもしれない。
国会議員や報道機関の記者のなかには、真顔でそう思っている“善意”の人もいるとは思っている。
思考力や判断力に欠けるそのような人が国策を決める国会議員や“社会の木鐸”を自認しているジャーナリストの職にあってもいいのかという問いかけはおくとして、次のことは明確にしておきたい。
政策に対する好悪は価値観で異なるものだからそれをとやかく言う気はない。
また、政策の効果性や合理性も、思考力や判断力の違いで評価が異なるものだから、とりあえず悪意は免責されると思っている。
しかし、憲法を基礎とする民主制政治の在り方に関わる言説についてはそうはいかない。
民主政治における政策は、論理的な妥当性ではなく、主権者の選択で決まるというのがコアである。
最高の徳と最高の理性を持ち合わせているかもしれないある人の判断ではなく、有象無象の有権者の判断の“量”に委ねるというのが、ことの善し悪しは無関係に、民主政治の眼目である。
有象無象の有権者の判断に委ねるがゆえに、主権者の選択が特定勢力の誘導や独りよがりによって“おかしな”もの堕さないよう、政治結社の自由に基づく政党(代議)制や言論の自由を基礎とした活発な議論がなければならないとも言える。
私は民主主義者ではないが、民主主義の普遍性を持ち上げ、それを盾にことあるごとに中国・北朝鮮やイスラム圏諸国を非難している人々が、今回の三党合意を称揚している姿はまさに倒錯の極みである。
消費税の増税を次の総選挙までは封印する内容を含んだ政権公約を掲げることで、主権者から政権運営を託されたはずの政党が、急激な政治経済状況の変化もないのに、消費税増税を政策化しようとする動きは、消費税増税そのものに対する賛否は別として、野党やメディア(多くの特権を得ている)によって厳しく糾弾されなければならないはずである。
仮に民主党が政権公約で消費税問題に触れていないとしても、中核の税目である消費税を増税するという重大政策は、主権者に問いかけ(政権公約に掲げ)ないまま推し進めることはできない。
消費税増税は日本の将来にとって必要だという誰かの判断がそのような動きを正当化できるというのなら、「振り込め詐欺」ならぬ「票を入れろ詐欺」が容認されたに等しいだろう。
こんなことがまかり通るのなら、国会議員を主権者が選ぶという唯一とも言える主権行為が無意味のものに堕してしまうからである。
全国紙の新聞社は、主要広告主であるグローバル企業の意向を汲んで消費税増税を強く求めていると思われる。
そのような全国紙など新聞社が次に狙うのは、新聞への“軽減税率”の適用であろう。
そうであれば、低所得者層への給付付き税額控除を政策とする民主党より、食品などへの軽減税率の適用を政策とする自民党に“親近感”を寄せるのは当然である。
軽減税率は、消費税=付加価値税の内実から、消費者のためにあるのではなく、直接及び間接の効果で供給する事業者のためにある。
以降は、愚痴になるので書くことをためらった内容である。
消費税問題を投稿することは鬼門だと思っているが、政局にかかわる投稿は、それ以上におぞましい気分になるのでできるだけ避けてきた。
日本の統治を関わっている政党や行政機構にまったく期待を寄せていないこの身でも、原発存続問題や消費税増税問題にまつわる動きにブチ切れそうになることもしばしばで、“我が心身の安全”を維持するためには、一歩も二歩も引き下がって眺めなければならないからである。
3.11震災&原発事故からの1年有余を振り返ると、国会・内閣を頂点とした日本統治機構と大手メディアのおぞましさと腐敗臭に吐き気を催す。
住民や国民の被曝を少しでも減らすために無コストの努力さえしなかった原発事故初期対応、即座に着手すべき復旧活動を増税論議と絡め(消費税増税への先鞭)復興会議とやらにゲタを預け復旧を遅らせた犯罪的醜態、広範囲が長期にわたって居住や農林業農業の不適地域になった膨大な放射性物質拡散事故を引き起こしながら農業も競争力向上をと恥知らずに叫びながらのTPP参加表明、トータルベースでの税の増収さえ疑わしい消費税増税をウソの目的を掲げて押し切ろうとする動き、福島第一原発の事故原因さえ明確にされていないなか電力の需給データも秘匿されたまま短期の金銭的利益のために突き進む原発再稼働などなど、国家社会の行く末をまじめに考える人であれば、正気を保つことが困難であろうと思えるようなとんでもない動きの連続である。
このような統治者や統治機構の姿は、アジア太平洋戦争時代の統治者や統治機構とダブって見える。
バブル崩壊後の政策は、“もしやもしや”という気持ちに引っ張られたのか、“どうにも止まらない”という気分でずるずる進んだのかはわからないが、膨大な犠牲と消耗への道に自ら進んだ太平洋戦線への戦力逐次投入に始まり、沖縄地上戦を経て広島・長崎への原爆投下を招いた戦争遂行政策に似たものに見えるからである。
アジア太平洋戦争で日本は300万人を超える犠牲者を出したとされているが、情報と普通の思考力を有する統治者であれば敗戦必至と判断できた昭和19年夏以降の一年足らずのあいだに200万人以上のひとが死んだと言われている。
鉄砲の弾や爆弾が飛び交うわけではないが、多くの国民が疲弊し将来への展望を持てなくなっている状況にさらに拍車をかけるような政策が主要政党と大手メディアの合作で進められようとしている状況は、アジア太平洋戦争の終末期を思い起こさせる。
日本の統治機構は、端的に言えば、無能と腐敗に覆い尽くされている。無能と言うと失礼かもしれない。自分たちの望む政策をもっともらしく見せるためや自分たちのデタラメぶりを覆い隠すための“理屈付け”や“ゴマカシ”の能力は実に長けているからである。
統治者を気取っている連中は、彼らの観念としてある国家社会のための政策を追及しているのかもしれないが、生身の一人ひとりの国民のための政策はまったく考慮の外に置かれている。抽象的な存在である国家のために具体的な生身の人間(国民)は身を捧げなければならないという戦前・戦中的思考が跋扈しているのである。
国家のためのいう考え方が一概に間違いと言いたいわけではない。その評価は価値観によって異なるが、80年代までの戦後日本は、国家のためという政策が経済成長をもたらし、国民一人ひとりの経済的諸条件も向上させた。
敗戦から70年頃までの段階で、国家ではなく、一人ひとりを尊重した政策を実施していればあのような高度経済成長はなく、一人ひとりを尊重した政策であっても、高度成長の成り行き(それを恩恵と言ってもいいだろう)で得た果実よりもずっと小さいものしか国民は手に入れられなかった可能性がある。
7〇年以降の日本は、国際競争力を重視しつつも、国民一人一人の生活条件向上を目指した政策が、グローバル企業の“利益”にもなる状況を迎えた。
しかし、そのような政策に転換できずに旧来の政策を続けることでバブルを生成させ、そのあぶくが崩壊する憂き目にあったのである。
バブル崩壊から20年以上も経過した現在ですら、戦後日本経済史のきちんとした検証は行われていない。
今の日本の統治者は、80年代以降の経済・金融・財政政策の問題を見極めないまま、欧州諸国や韓国が採用している「付加価値税(消費税)と法人税の一体改革」を日本に持ち込もうと必死になっているのである。
現在消費税増税に狂奔している連中は、その政策が国民と日本経済に悲劇的な状況をもたらすことになっても、あれやこれやの理屈や理由を持ち出して、自分たちの判断の誤りを認めることはないだろう。
福島第一原発でとんでもない放射性物質放出事故を引き起こした東電のその後の言動に反省の姿を見る人は少ないだろう。
それも当然である。東電幹部やほとんどの従業員は、アジア太平洋戦争を遂行した連中やバブルの生成や崩壊そしてその後の経済政策に責任を有する連中がそうであった(あるる)ように、反省もしていなければ、悪いとも思っていないからである。
彼らを勝手に代弁すれば、「日本のために、安定した廉価の電力を供給してきた我々が非難される謂われはないはずだ。原発の導入そのものも、国策によって強いられたものである。福島第一の事故も、想定外の巨大津波で引き起こされたものだから、我々も犠牲者なのである。想像力や思考力を働かせれば、原発の設備や施設にまつわる危険な要素は無数にある。安全強化のためにお金をつぎ込めば、原発を動かす意味がないほどコストが高くなる。政府もそれがわかっているから、阿吽の呼吸で、ほどほどの対策にとどめてきたのである。それなのに、東電が悪の権化であるかのように扱われている。称揚されてもいいほど国家社会に貢献してきたのに、給与を引き下げろ、資産は売れと怒鳴られている。福島第一も、福島第二(時間が経てばなんとかなるかもとも思うが)も、廃炉にせざるを得ないようだが、その建設のために借り入れた社債は残る。原発が悪いというのなら、導入させた政府は責任をとって原発を買い上げ、廃炉処分を行って欲しいと言いたい」というものかもしれない。
これを、思い上がりや洗脳(マインドコントロール)のせいだというのはたやすい。(もっともだと思う人もいるかもしれない(笑))
オウム真理教の残された指名手配メンバーが次々と逮捕されるなかで、テレビなどもマインドコントール云々を言い立てている。
マインドコントロールについて断言できることが少しだけある。
「マインドコントロールなんかされていないと思っている人は、確実にマインドコントロールされている。自分がマインドコントロールされていることに気づいた人は、少しはマインドコントロールから抜け出ている」
しかし、どうなるんだろうね、これからの日本は。
※ 関連参照投稿
「A:消費税増税法案をめぐる政局:「小泉改革」を超える“日本破壊政策”が「野田改革」:小沢判決との関連」
http://www.asyura2.com/12/senkyo128/msg/903.html
「B:消費税(付加価値税)と経済成長:デフレ下での消費税増税はその破壊力を生々しく実証する“経済学的社会実験”」
http://www.asyura2.com/12/senkyo128/msg/905.html
「C:消費税増税は「社会保障の維持」とは無関係:竹中平蔵氏「社会保障のためなら高中所得者対象の所得税増税以外にない」」
http://www.asyura2.com/12/senkyo129/msg/194.html
「D:「財政再建」に寄与せず逆に足を引っ張る消費税増税の論理:フロー課税の連関性だけで見えてくる消費税増税の結末」
http://www.asyura2.com/12/senkyo129/msg/198.html
「E:消費税増税の目的は、「社会保障」や「財政再建」ではなく、「国際競争力の回復」である:付加価値税と“国際関係”」
http://www.asyura2.com/12/senkyo129/msg/400.html
「消費税シリーズ番外編:「輸出戻し税」妥当説の妥当性を簡単に説明」
http://www.asyura2.com/12/senkyo129/msg/466.html
「消費税シリーズ番外編:消費税と法人税は基本的に同じ税金:消費税と法人税の転嫁について」
http://www.asyura2.com/12/senkyo129/msg/504.html
「EkRMugNzZkさんへの質問:「消費税還付」は“坊主丸儲け”!?:消費税還付金の会計処理について」
http://www.asyura2.com/12/senkyo129/msg/523.html
「「追加金融緩和策」の目的と「消費税増税」の意図そして「国債発行増加」は誰のため?:[その1]「追加金融緩和策」の目的」
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/179.html
「[その2]「財政問題の基本」:日本にとって財政問題とは何なのか」
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/238.html
「[その3]わかると、低迷を続ける日本経済の元凶が何かが透けて見えてくる消費税の内実」
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/246.html
「[その4]消費税論議で駆使される嘘やマヤカシは“消費税特権者”を守護する粉飾:経団連が消費税増税を求める真の理由」
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/300.html
「[その5]消費税に取って代わるべき税制:「小売売上税」への変更で消費税にまつわるデタラメは解消」
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/309.html
「[その5の補足]米国型「売上税」と「消費税」:米国で考えられている「法人付加価値税」(BAT)とは何?」
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/316.html
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※ 三党合意を受けての新聞社の社説(東京新聞・読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日経新聞)
[東京新聞]:「一体」改革 消費増税も棚上げせよ
2012年6月16日
民自公三党が「一体改革」法案の修正に合意した。社会保障の抜本改革を棚上げするなど一体改革には程遠いにもかかわらず、消費税は上げるという。この際、増税も棚上げすべきではないのか。
政党政治に新たな汚点を加えることになりはしないか。
消費税増税を柱とする「社会保障と税の一体改革」関連法案の修正協議で、民主、自民、公明三党が合意に達した。今国会で成立すれば消費税は5%から二〇一四年四月に8%、一五年十月に10%へと引き上げられる。
実際の増税前に次の衆院選が必ず行われ、その是非を問う機会があるとはいえ、法律が成立してしまえば阻止するのは至難の業だ。
民主党は〇九年衆院選で消費税増税はしないと約束し、一〇年参院選は増税を掲げて惨敗した。有権者が拒否した政策をなぜ強行するのか。次の衆院選で、有権者は何を信じて投票すればいいのか。
野田佳彦首相は、本格的な少子高齢化社会を迎え、持続可能な社会保障制度を構築するための消費税増税だ、と言う。だから、社会保障と税の改革は「一体」だと。
ところが年金の最低保障機能や高齢者医療制度の見直しなど、消費税増税と一体であるはずの社会保障の抜本改革は棚上げされ、有識者らによる「国民会議」で一年以内に結論を出すことになった。
与野党が協力して社会保障改革に取り組むのは是とするが、それならば改革案がまとまって必要な財源額が確定するまで、増税決定も見送るのが筋ではないか。
社会保障の全体像が見えないまま消費税増税に踏み切るのなら、最初から増税だけが狙いだったと批判されても仕方があるまい。
財政への危機感は首相と共有する。今の社会保障が持続可能とも思わない。国民も同じだろう。社会保障も税も抜本改革が必要だ。
それを進めるには国民の理解と同意が欠かせないが、野田内閣の努力は十分といえるだろうか。〇九年衆院選マニフェストに「書いてある」政府や国会の無駄排除に取り組まずに、「書いていない」消費税増税を強行することには、国民が納得しないだろう。
民主党内に消費税増税に反対する動きがある。良識ある国会議員としては当然だ。首相はそうした議員を切り捨て、消費税増税のために自民党と組むというのか。
「書いてあることは命懸けで実行する、書いてないことはやらない」。こう公言していたのは首相自身である。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012061602000108.html
[東京新聞6月16日朝刊]
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一体改革合意 首相は民主党内説得に全力を(6月16日付・読売社説)
長年の懸案である社会保障と税の一体改革の実現に向けて、大きな前進と、歓迎したい。
民主、自民、公明3党が、一体改革関連法案の修正協議で合意した。当初の予定通り、今国会会期末の21日までの法案の衆院通過を目指す。
社会保障分野に関する各党の主張に隔たりがあり、交渉は難航したが、各党が譲り合い、合意を形成したことは高く評価できる。これを「決められる政治」に転じる貴重な一歩としてもらいたい。
野田首相は、自民党の対案を基本に合意をまとめるよう民主党の交渉当事者に指示し、年金制度や子育て支援策で大幅に野党に歩み寄る決断をした。
自民党も、これに呼応し、自民案の「丸のみ」という要求を取り下げて譲歩した。野党ながら、自民党が果たした役割は大きい。
焦点だった最低保障年金の創設と後期高齢者医療制度の廃止については、民主党の政権公約(マニフェスト)の撤回にこだわらず、一時棚上げして、「社会保障制度改革国民会議」で結論を出すことで折り合った。
自民党が撤回に固執すれば、民主党の増税反対派に加え、中間派も反発して党分裂含みになり、採決が困難になる恐れがあった。
民主党の公約撤回に強くこだわっていた公明党も、3党合意に自党の主張が一定程度反映されたことを評価し、最終的に合意に加わった。この意義は大きい。
一体改革は、どの党が政権を取っても取り組まざるを得ない中長期的な重要課題である。できるだけ多くの党が賛成して、法案を成立させることが望ましい。
社会保障改革の結論が先送りされたことを、単純に「増税先行」と批判するのは間違いである。
増税の実施は再来年4月だ。1週間の修正協議で強引に結論を出すのと比べて、1年間かけて国民会議で議論し、より良い政策をまとめることは悪くない。
今後は、民主党が今回の合意内容を了承して採決に臨めるかどうかが、最大の焦点となる。
小沢一郎元代表らは、「増税より前にやるべきことがある」との相変わらず無責任な論法で、増税反対勢力の多数派工作を展開し、野田首相を揺さぶっている。
民自公3党が合意したのに、政権党の足並みが乱れ、採決ができないような事態は許されない。
一体改革の成否がかかる正念場だ。首相は、党内の反対を最小限に抑えるため、まさに政治生命を懸けて党内を説得すべきだ。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120616-OYT1T00099.htm
(2012年6月16日01時17分 読売新聞)
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[朝日新聞]:修正協議で3党合意―政治を進める転機に
多大な痛みを伴うが、避けられない改革だ。
社会保障と税の一体改革をめぐる修正協議で、民主、自民、公明の3党が合意した。
多くの政策課題が積み残しになった。民主党内の手続きも予断を許さない。それでも、この合意が「決められない政治」を脱する契機となることを願う。
高齢化の進展に伴い、年金や医療、介護の費用が膨らむ。
低賃金の非正社員や、頼れる身寄りもなく子育てをする人が増えて、支援を求めている。
財源が要る。それを借金に頼り、子や孫の世代に払わせるのは、あまりにも不誠実だ。
なぜ「決められない政治」に陥ったのか。それは、政治家が厳しい現実と向き合うことから逃げてきたことが大きい。
経済が右肩上がりで伸び、税収が自動的に増えた時代はとうに終わった。
だが、選挙で選ばれる政治家は有権者に負担を求めるのが苦手だ。財源のあてもなく、あれもこれもやると公約するから実現できない。だれかが苦い現実を説くと、必ず甘い幻想を振りまく反対勢力が現れ、前へ進むことができない。
「ねじれ国会」のもと、その弊害は目を覆うばかりだ。
それだけに、国民に苦い「増税」を含む改革に合意した意味は大きい。
それは、政権交代がもたらした計算外の「成果」かもしれない。ばら色の公約を掲げて政権についた民主党だが、財源を見いだせず多くの公約をかなえられなかった。
自民党に続き、民主党も政権運営の厳しさを学んだ2年9カ月だった。
合意は、両党の隔たりが実は小さいことも教えている。
独自色を出そうにも、財政の制約のなかでは、現実にとりうる選択肢は限られる。だから修正協議の主な争点は、法案そのものではなく、新年金制度など民主党の公約の扱いだった。
2大政党が一致点を探り、実現していく例は増えるだろう。
ただ、それには一長一短がある。政治が動くのはいいが、今度はその方向が問われる。
たとえば自民党は、3年で15兆円を道路網の整備などにあてる国土強靱(きょうじん)化法案を提出している。時代の変化を見据えず、公共事業頼みに逆戻りするような主張をどう扱うのか。民主党も問われることになる。
それでも、争うばかりの政治は卒業しなければならない。
民主党執行部が、反対派にひるまず一体改革に党内の了承を取り付ける。それが出発点だ。
http://www.asahi.com/paper/editorial20120616.html
[朝日新聞6月16日社説]
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社説:民自公修正合意 「決める政治」を評価する
毎日新聞 2012年06月16日 02時30分
2大政党の党首が主導し、政治は崖っぷちで踏みとどまった。税と社会保障の一体改革関連法案の修正協議で民主、自民、公明3党が合意した。焦点の社会保障分野は民主党が公約した最低保障年金制度創設などの棚上げで歩み寄った。
民主党政権の発足以来、初めてとすら言える「決める政治」の一歩であり、歴史に恥じぬ合意として率直に評価したい。だが、民主党内の対立は分裂含みで激しさを増しており、今国会成立というゴールまではなお、不安要因を抱えている。
野田佳彦首相は党内のかたくなな反対勢力と決別し、ひるまず衆院での採決にのぞむべきだ。より広範な国民理解を実現するため、参院での審議などを通じ与野党は制度設計の議論を続けねばならない。
党分裂おそれず採決を 民主党にとって譲歩に譲歩を重ねてようやくつかんだ、満身創痍(そうい)の合意である。とはいえ、首相が政治生命を懸けた消費増税で主要3党の共通基盤を築いた意味には極めて重いものがある。
民主、自民両党とも複雑な内部事情を抱えつつ合意にたどりついたのは、日本が抱える財政危機の深刻さの裏返しだ。国と地方の債務残高が1000兆円規模に達する中で、増加する社会保障費への対応を迫られるという異常な状態だ。「決められない政治」からの脱却を目指し、混乱を回避することで既存政党が最低限の責任を果たしたといえよう。
http://mainichi.jp/opinion/news/20120616k0000m070092000c.html
[毎日新聞6月16日]
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[日経新聞]:首相は消費増税の実現へひるむな
社会保障と税の一体改革の関連法案の修正を巡り、民主、自民、公明3党が基本合意した。財政の健全化へ踏み出す第一歩として歓迎したい。あとは野田佳彦首相が民主党内の反対にひるむことなく採決へ突き進む気概があるかどうかだ。
民主党の輿石東幹事長は党内融和を最優先し、3党合意をすぐに履行することに後ろ向きだ。21日までの今国会の会期を延長せず、法案審議を丸ごと秋以降に先送りすることもあるという。
社会保障は効率化を
首相は今国会での法案成立に政治生命をかけると断言した。意に沿わない執行部ならば党分裂も覚悟で入れ替えるしかない。
国が抱える借金は1000兆円規模に膨らんだ。国内総生産(GDP)の約2倍である。歳入の確保と歳出の抑制をともに実施しなければ、本格的な財政再建はおぼつかない。
3党は現行5%の消費税率を2014年4月に8%、15年10月に10%まで引き上げることで一致した。日本経済にかかる負荷を和らげるため、2段階で税率を引き上げるのは妥当である。
景気への配慮は必要だが、経済が大きく落ち込まない限り、安易に消費増税を先送りすべきではない。景気情勢を見極めながら増税の是非を判断する弾力条項を、増税回避の口実に利用されないよう注意しなければならない。
残る課題は消費増税の負担が相対的に重くなる低所得者への対策である。3党は税率を8%に引き上げる14年4月に、一定額の現金を配る「簡素な給付」を実施する方針だ。
現金給付と税額控除を組み合わせた「給付付き税額控除」を導入するか、食料品などの「軽減税率」を採用するかについては、結論を先送りした。低所得者への対応策は、ばらまきに陥らないように設計する必要がある。
一方、年金の持続性の向上や医療保険財政の立て直しに向けた社会保障改革は一部の手直しで済ませ、根幹の部分は棚上げした。
幼稚園と保育所を一体化する「総合こども園」を撤回し、低所得者への年金加算を修正した。民主党が公約した最低保障年金の創設や後期高齢者医療制度の廃止に関しては、今後1年かけて結論を出すという。
各党は早急に政策協議の場をつくり、将来を見据えた年金・医療の抜本的な改革案を示したうえで、それを実行する責任を共有すべきである。そうでなければ一体改革の名に値しない。
社会保障の給付費が膨らむのを抑えるには、高齢者に応分の負担を求める必要がある。だが3党は給付抑制や制度の効率化を避けている。年金は、改革の全体像を示さないまま低所得者への大幅な加算を認めるなど、ばらまき色が濃くなった。これでは穴の開いたバケツに水を注ぐようなものだ。
厚生年金と公務員などの共済年金との一元化は、それぞれが抱える積立金の統合方法について、厚生年金の会社員側に不利なしくみになっている。一元化は急ぐべきだが官優遇の温存は許されない。
医療保険の財政立て直しは先送りされた。高齢者が使う医療費をどの世代がどう分担するのか、基本的な考え方がいまだに曖昧だ。病気やケガをする可能性が高く、保険制度になじみにくい後期高齢者の医療費には税の投入を増やし、現役世代や経済界を苦しめている支援金などを減らすべきだ。
成長の促進も不可欠
70代前半の人の窓口負担を本則の20%にしたり、外来受診時に定額の負担を上乗せしたりする案をもう一度、議論の俎上(そじょう)に載せてほしい。
増税の使途もみえにくくなった。政府・与党は5%の税率引き上げのうち4%を現在の社会保障費の赤字補填に、1%を給付の充実にあてるとしてきた。総合こども園の撤回などで使途を修正するなら、説明責任を果たすべきだ。
一体改革法案が成立しても、財政再建は一歩を踏み出すにすぎない。内閣府によると、消費税率を10%に引き上げても、20年度には基礎的な財政収支の赤字が残る。黒字に転換するという野田政権の目標達成には、16%まで上げなければならない計算だ。
消費増税だけで財政再建はできない。行政府と立法府の支出を見直し、独立行政法人を含め無駄な歳出を徹底して削る必要がある。社会保障費も例外ではない。さもなければ、増税だけが際限なく膨らむ恐れがある。法人減税や自由貿易を通じて経済成長を促し、税収を底上げする工夫も不可欠だ。
[日経新聞6月16日朝刊P.2]
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