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2012.6.17たかじん:宮崎哲也は黙れ!折角呼んだゲスト若松考ニ監督の発言を遮るな!ヘブライ顔三宅久之の小醜男版か!
http://www.asyura2.com/12/senkyo131/msg/561.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 6 月 17 日 15:26:18: UiY46YlCu.Moc
 

若松孝二監督を知らなかった。凄い経歴だ。もっと聞きたかったが、小馬鹿が邪魔した。

私は1970.11.25早稲田政治1年時の大岡昇平の文学講義を4時頃受けていたら、外に放送局や新聞記者が来て、『これで終わります、』でドット突入して来た。

先生に説明するのを聞いていたら、三島由紀夫が市ヶ谷の防衛庁総監室で割腹自殺したらしく、先生の談話を求めていた。それで学生は急いで帰宅・下宿に帰った。上京8ヶ月目の大事件の日だった。連合赤軍も三島由紀夫も金払って見たい事件では無いが、早く民放で見たい。

それなのに、親のお金で学歴ロンダリングした様な顔して、本番前に事典やウイキペディア見て来た様な発言。レギュラーが少しは遠慮しろ!誰も話を継がない時に継ぐのがレギュラーだ!!ゲストが喋ろうとしたその先に口鋏、話を取るのはゲストをワザワザ呼んだ趣旨に反するだろう!

こんな宮崎哲也もたかじん準レギュラーで十分だ!!喋る時間を集計して、多い人はマイクを切ってくれ!!宮崎みたいな図々しい奴がノサバルのは醜悪だ!!宮崎のせいで今日の2件が潰れた。もう言いたい事も明日になる。ゲストの話を遮るな!!まだ老い先短い三宅さんなら許せるキャラだが、軽薄学ロンは遠慮せよ!!誰も喋らない時だけ話を上手く継いで見せてみろ!出来るなら!!人の話題をサラウのは馬鹿のやる事だ!!

 

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コメント
 
01. 2012年6月17日 15:50:53 : FXfdK9kiMo
若松孝二さんとは昨年、監督が銀熊賞をとった直後に二人で小一時間ほど話す機会があった。
もちろん老いてなを気鋭の監督と一般庶民との偶然の話す機会ではあったが、かれのものすごい反骨思想には驚いた。
宮崎哲也のようなとうちゃんガキ、たかじんのような能無しの酔っ払いとはわけが違う。まして三宅など若松氏の思想の深さの足元にも及ばないだろう。
ただし、映画はつまらない。w
あれほどすごい人がどうしてあんな退屈な映画をとるのかわたしのような素人には不可解。
わたしとしては若松氏が「恩人」と語る赤塚不二夫の半生でも映画化してほしいのだが、あの人、パロディやユーモア映像は苦手だからな。

02. 2012年6月17日 16:12:12 : pphEUA8yso
01さん、おもろい話ありがとう。
類は友を呼ぶとは昔の人は良い事を言いまね。浪速の胡散臭いタカジン、訳知り醜顔ミヤザキ、瞬間湯沸かし器禿ミヤケ等々、視るに聞くに堪えない連中に、真面なゲストの困惑顔が目に浮かぶ。若松孝二氏の名声(ピンク映画の巨匠)は耳にしていたが、それ以上の興味はなかった。機会があればアプローチしてみたい。

03. 2012年6月17日 16:36:08 : DcxDg6lzRM
たかじんなんかまったく見る気も起きないので若松孝二が出てるなんて知らんかった。
ひと昔前の若さんだったらミヤケなんて居丈高なユデダコ湯沸し野郎はボコーンと一発ブッ飛ばして終わってたくらいスイッチ入ったら手が早い人だったが、今や本当に好々爺になっちゃってニコニコして物分りよく話してられるもんねえ。
まあ映画は退屈というより、ピンク(エロ)形式を借り日本人、国家の行き詰まり感を打破するため暴力やセックス、革命や政治性を織り込んで隠喩とした映画を撮っていたからパッと見ただけじゃ「なんのこっちゃ、これ?」と思うのも無理からぬことかもね。



04. 2012年6月17日 18:33:49 : hVWo8DcXjM
大きな口きいて、ゲストの発言の腰を折る経歴・実績か?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


宮崎 哲弥(みやざき てつや、1962年10月10日 - )は、日本の評論家およびコメンテーター。福岡県久留米市出身。研究開発コンサルティング会社「アルターブレイン」副代表。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。内閣府経済財政諮問会議専門委員や、総務省「通信・放送の在り方に関する懇談会」構成員を務めた。1998年12月から2006年3月まで新聞三社連合の論壇時評を担当[1]、2003年は共同通信の論壇時評も担当。2003年4月から2006年3月まで朝日新聞書評委員。2006年4月より京都産業大学客員教授。自らの基本的な立場を「仏教者」としている。親しい人からは「哲っちゃん」の愛称で呼ばれることもある。東京都杉並区在住。[2]
目次 [非表示] 1 来歴2 人物3 評論家、コメンテーターとしての活動
3.1 政治スタンス3.2 政治3.3 宗教3.4 サブカルチャー
3.5 コミュニタリアンとしての主張、ナショナリズム論3.6 社会3.7 交友関係
4 著書4.1 単著4.2 共編著4.3 「M2」単行本(宮台真司との対談)4.4 翻訳
5 出演番組5.1 レギュラー5.2 準レギュラー・常連ゲスト5.3 過去のレギュラー番組5.4 過去のゲスト出演番組5.5 過去のスペシャル番組
来歴 [編集]
泌尿器科開業医の家に生まれる。
小学校高学年期から中学生の頃にかけては、いわゆる不登校児であまり学校に通わず、自宅にあったさまざまな思想書を読んでいた。シモーヌ・ヴェイユの影響を受け、中学卒業後しばらく社会人生活を送る。今の雰囲気からは考えられないが、当時を本人は===========「高校までは札付きの不良だった」と語っており、ナイフを携帯し、深夜徘徊していた。そのような素行のため、親族が「このままでは犯罪者になるのではないか」と恐れ、精神病院に入れられそうになったと述懐したことがある。無頼な生活を送るなか1年遅れで久留米工業大学付属高等学校に入学。一転して、上からの社会改革を志し東大法学部を目指して猛勉強し、====偏差値落差20〜25の===早稲田大学教育学部に進学するも、過度の飲酒で体調を崩してしまったことや、===早稲田はインチキを嫌う本物志向・醜男は無視する雰囲気大===校風が合わないとの理由で中退。その後、慶應義塾大学文学部社会学科に入学。同学部の卒業後、さらに同大学法学部法律学科に学士入学するも中退。===(幼少期からの生い立ちは自身がレギュラー番組『アクセス』『そこまで言って委員会』などで明かしている)===コツコツ努力しない口先行===
やがて『宝島30』で「評論家見習い」として執筆活動を始め(この肩書きを自身は気に入っていなかったという)、===曲者どんな伝手?===西部邁の推薦を受けて処女評論集『正義の見方』(1996年)を出版した。政治哲学・宗教思想を「自分のシマ」とするも、おおよそどのような話題についても論評する。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


05. 2012年6月17日 19:21:13 : hVWo8DcXjM
たかじんNOマネーやたかじんそこまで言って委員会は面白い。反面教師にも成る。

2012.6.17の若い女性は正直にネット情報を喋り、キツネ目の辛抱が下を向いた。一瞬、し〜んとした雰囲気=ついに本音を言ってくれてしもうた!だった。愉快だった。大変面白い。生も有るの?

東京に行った時はネットで見ている。早く全国放送になる政権が良い。


06. 2012年6月17日 22:11:28 : 1r5oSeJe8w
これって読売テレビの番組?

三宅はテレ朝の朝の番組の若返りで追い出され、ビートタケシの番組に行って
そこでも追い出され、最終的には読売テレビに頼ったのか。


07. 2012年6月17日 23:48:52 : hVWo8DcXjM
ネットで【たかじん】とやれば、『たかじんNOマネー』や『たかじんそこまで言って委員会』が見れますよ!

大変面白いですよ!


08. 2012年6月18日 05:52:06 : hVWo8DcXjM
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

若松 孝二(わかまつ こうじ、1936年4月1日 - )は、日本の映画監督、映画プロデューサー、脚本家。宮城県出身。
目次 [非表示]1 経歴・人物2 作品2.1 映画2.1.1 監督2.1.2 プロデュース
2.2 テレビドラマ2.3 ミュージック・ビデオ3 著書4 脚注5 外部リンク
経歴・人物 [編集]

宮城県遠田郡涌谷町出身。農業高校二年時中退、家出し上京。職人見習いや新聞配達、ヤクザの下働きなどを経験。1957年、チンピラ同士のいざこざから逮捕され、半年間、拘置所に拘禁され執行猶予付の判決を受ける。その時の経験により後に監督デビュー作の『甘い罠』は”警官を殺すために映画監督になった”と豪語した通りに警官殺しの映画になっている。
その後、職を転々としテレビ映画の助監督になる。ある現場でシナリオの改変に腹を立ててプロデューサーを殴り、その場でクビになる。その後ピンク映画の企画が巡って来た事が転機となり、1963年にピンク映画『甘い罠』で映画監督としてデビュー。低予算ながらもピンク映画としては異例の集客力をみせた。若松は「ピンク映画の黒澤明」などと形容されヒット作を量産する。若松孝二の映画作りの原点は“怒り”であり反体制の視点から描く手法は当時の若者たちから圧倒的に支持される。
1965年「若松プロダクション」を創設、足立正生や大和屋竺などの人材が集まる。作品は学生運動を行っていた若者たちなどから支持を受けたが、若松自身は「学生運動を支持するために映画を作ったことはなかった」と語っている[1]。自分自身が面白いと思った映画を撮っているとのこと。のちに『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を撮影した時は、前売り券の購入を昔の学生運動家に頼んだものの全く買ってくれなかったという[2]。
若松作品は海外での評価も高い[3]。元ソニック・ユースのジム・オルークは若松の映画音楽を作りたいがために日本語を習得した[4]。
プロデュース作品としては、大和屋竺監督『荒野のダッチワイフ』(1967)、足立正生監督『女学生ゲリラ』(1969)、大島渚監督『愛のコリーダ』(1976)、神代辰巳監督『赤い帽子の女』(1982)等がある。
音楽ビデオクリップとしては唯一、ソウル・フラワー・ユニオンを手がけたことがあり、1998年、アイルランドにて「イーチ・リトル・シング」と「風の市」を撮影している。
時に役者として出演することもある。また、名古屋のミニシアターシネマスコーレを自ら経営。
連合赤軍をテーマにした作品『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007)は、2007年8月の湯布院映画祭にて「特別試写作品」として上映。2007年10月には、第20回東京国際映画祭にて「日本映画・ある視点 作品賞」を受賞した。同年12月に、若松が設立した映画館[5]「シネマスコーレ」(名古屋市)で公開され、2008年3月から全国で公開された。2008年2月に開催の第58回ベルリン国際映画祭において最優秀アジア映画賞(NETPAC賞)と国際芸術映画評論連盟賞(CICAE賞)を受賞。毎日映画コンクールで監督賞、日本映画評論家大賞で作品賞を受賞した。ロングラン上映後、DVDが発売された。
2010年公開は、寺島しのぶ主演『キャタピラー』(8月14日より全国各地の映画祭などで上映)。撮影期間は12日間、スタッフ数は11人[6]。日本での公開を前に、2010年2月20日、主演の寺島がベルリン国際映画祭の主演女優賞を受賞した[7]。観客は「戦争がただの殺し合いでしかない現実」と、「生の根源であるセックス」に引き込まれていたという[8]。国内では11月に「第2回TAMA映画賞」特別賞を受賞。12月には新藤兼人賞・SARVH賞2010の最優秀プロデューサー賞である「SARVH賞」を受賞した。授賞式で「尊敬する新藤監督とこのような形でお会いする事が出来て、本当にうれしい。これからも自分の映画を撮れるように頑張ります」と述べた。
次回作は、三島由紀夫(三島事件)をテーマとして、楯の会結成(1968年)から自決までを描く『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』。次いで船戸与一原作の『海燕ホテルブルー』をつづけて制作。2012年春の公開を予定している[9]。同年中上健次原作で『千年の愉楽』の制作に取り掛かる。主演は寺島しのぶ。
作品 [編集]

映画 [編集]
監督 [編集]
甘い罠
壁の中の秘事(1965年)
胎児が密猟する時(1966年)
犯された白衣(1967年)
腹貸し女(1968年)
狂走情死考(1969年)
処女ゲバゲバ(1969年)
ゆけゆけ二度目の処女(1969年)
現代好色伝 テロルの季節(1969年)
性賊 セックスジャック(1970年)
新宿マッド(1970年)
秘花(1971年)
赤軍-PFLP・世界戦争宣言(1971年)
私は濡れている(1971年)
天使の恍惚(1972年)
略称・連続射殺魔(1975年)
拷問百年史(1975年)
13人連続暴行魔(1978年)
餌食(1979年)
水のないプール(1982年)
スクラップ ストーリー ある愛の物語(1984年)
衝撃 パフォーマンス(1986年)
キスより簡単(1989年)
われに撃つ用意あり READY TO SHOOT(1990年)
エロティックな関係(1992年)
寝盗られ宗介(1992年)
Endless Waltz エンドレス・ワルツ(1995年)
明日なき街角(1997年)
飛ぶは天国、もぐるが地獄(1999年)
完全なる飼育 赤い殺意(2004年)
17歳の風景 少年は何を見たのか(2005年)
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(2008年)
キャタピラー(2010年)
海燕ホテル・ブルー(2012年)
11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち(2012年)
千年の愉楽(2012年)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


09. 2012年6月18日 21:53:15 : KZWsL1KpwQ
『<若松孝二氏>は<寺山修司氏>の生まれ変わりである。』

表現の細部は別に置く。が、思念の“方向性”と現実世相の“切り取り方”は<寺山修司氏>直伝の“アナーキー”そのものである。
ですから、とうの昔に賞味期限切れの<タカジンクン>や<ミヤザキナニガシクン>がどう抗弁しようと、“覚悟”の本質が全く異相なのである。
私が最も不可解に思っているのは、「何故<塵売りテレビ>が<若松孝二氏>を番組に呼んだの?」ってことだけ。
解ってる人がいたら、どうか教せーって?


10. 2012年6月18日 22:38:46 : W9Nh79xfoN
>>9
『<若松孝二氏>は<寺山修司氏>の生まれ変わりである。』
の解釈には異論ありです。

寺山作品がごく個人的なマザーコンプレックス色に彩られていたのに対して、
若松孝二はもっと普遍的な弱者救済、愛と性の温かく力強い融合を赤裸々に描いた人であり、
だからこそかつてカウンターカルチャーに過ぎなかった成人作品も含めて今現在、国際的に脚光を浴びている。(「愛のコリーダ」も製作当時世界最先端でした)
彼の作品は常に社会的弱者が力強く描かれていて、成人作品であっても女性が不快にならずむしろ胸が空く思いで見られる。

寺山的日本男児のマザコン志向は海外では受け入れられにくいが、若松はそこをおろそかにせず、なおかつ乗り越えている(つまり母親に対する個人的愛憎にいちいちこだわらない)。

大病を患った後の彼の作品は、太平洋戦争と学生運動両方を経験した自身の人生を総括し、かつそれを普遍化した秀作が多い。

阿修羅っぽくないカルチャーコメントで失礼しましたm(_ _)m


11. 2012年6月19日 02:13:02 : 1r5oSeJe8w
最近は阿修羅も 老いの繰言 板と化してるからいいんじゃないかな

12. 2012年6月19日 04:43:19 : fKP0HA9geU
これって昼間の番組なのか。メンバーからして深夜だと思ってた

13. 2012年6月19日 09:08:44 : hVWo8DcXjM
信州では日曜日13:30〜15:00にTV6でやっています。ネットで見れますよ。

14. 2012年6月20日 16:11:04 : fKP0HA9geU
やしきたかじんって味の素の人でしょ。 
印象悪いから、今休んでるのならこの番組を関東で広めるチャンスなのかも。

15. 2012年6月24日 17:16:20 : opuSlfFAh2
2012.6.24たかじんの宮崎哲弥さんは良かった。

余り、遮らず、話を継いでいた。レギュラーの役割をやっとし出した。

分からない点をゲストにも聞く様になった。批判して良かった。天狗はダメダメ!


16. 2012年7月21日 21:26:10 : opuSlfFAh2
【西部 邁】(にしべ すすむ、1939年3月15日[要出典] - )は日本の評論家、思想家、雑誌『表現者』顧問、元東京大学教養学部教授。

目次 [非表示]1 経歴2 思想3 主張3.1 イラク戦争3.2 皇位継承3.3 国防4 受賞
5 雑誌 5.1 雑誌連載5.2 雑誌の刊行6 テレビ出演7 映画出演8 エピソード9 著書
9.1 単著9.2 共著9.3 一部執筆/インタビュー書籍10 翻訳11 音声・動画作品
12 脚注13 関連項目13.1 門下生14 外部リンク

経歴 [編集]1939年3月、北海道山越郡の漁師町・長万部町に生まれる[1]。父は夕張郡長沼町[2]の浄土真宗派の末寺の末男で農協職員。札幌郡厚別の信濃小学校、札幌市立柏中学校、北海道札幌南高等学校に進学。高校卒業まではマルクスもレーニンもスターリンも毛沢東も知らなかった。1957年、東京大学の受験に落第、一年間の浪人生活を送る。

1958年4月、東京大学に入学、三鷹寮に入寮。同年12月に結成された共産主義者同盟(ブント)に加盟。在学中の1959年から教養学部で自治会委員長を務める。

また全学連の中央執行委員も務め、60年安保闘争に参加。

1961年3月、左翼過激派と訣別。1964年3月、東京大学経済学部卒業。当時、ブントの活動家であった青木昌彦の勧めにより、東京大学大学院に進学、経済学を専攻。指導教官は嘉治元郎。1971年3月、東京大学大学院経済学研究科理論経済学専攻修士課程修了。1972年、連合赤軍による群馬県榛名山での集団リンチ殺人事件(山岳ベース事件)の報道を目にして、多少とも左翼に共感していたことへの道徳的反省をせざるをえなくなる[3]。

横浜国立大学経済学部助教授、東京大学教養学部助教授を歴任。経済学を始めとする社会科学の細分化を一貫して批判する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%83%A8%E9%82%81


17. 2012年8月12日 17:43:57 : opuSlfFAh2
宮崎哲弥さんは最近自重し、ゲストを少し立てる姿勢が見られる。

でも、説明がくどい。ゲストの話を取る癖が少し残っている。


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