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スペインは債務危機から金融危機へと事態が進展しそうで、近くユーロ圏各国は金融支援を行う。その陰にやや隠れがちなギリシャだが、6月17日には再選挙が予定されている。ギリシャ国民はどんな判断を下すのか。ギリシャ問題を中心に、フランスのオランド政権のように緊縮財政反対派が勢力を伸ばすヨーロッパの現状についてうかがった
ポピュリズムという悪循環に陥っている
――2012年1-3月期の日本の国内総生産(GDP)は前期比1.2%増(年率換算で4.7%増、2次速報値)と良い数字が出ていますが、復興特需と政府の景気対策による一時的なものとの声もあります。一方で、フランスではオランド大統領が誕生し、「緊縮より成長」ということで財政緊縮策を拒絶する動きが出ています。ギリシャでも緊縮反対の急進左派が躍進しました。ユーロ危機の再燃と世界経済の減速がささやかれています。
竹中平蔵氏(以下、竹中) 世界中で一種の悪循環が起きているように思います。まず、リーマンショック以降、経済が悪くなりました。そして、経済が悪くなることで社会不安が高まりました。社会不安の典型は、失業であり格差です。
社会不安が高まることで、政治家がポピュリズム(大衆迎合)に走るようになりました。しかし、「みなさんを助けてあげます。何でもかんでもやってあげますよ。生活が一番ですから」とポピュリズムに走ったところで、経済が良くなるわけもなく、財政だけが悪化しました。
財政が悪くなり、経済も良くならないなかで、ますます社会不安が募る。そして、政治家はますますポピュリズムに走るという悪循環です。
フランスはそういうなかで、「政府がいろいろやってあげますよ」という社会党のオランド大統領が誕生したというわけです。実は、フランスには前例があります。1980年代の最初に、社会党のミッテラン大統領(1981〜1995年)が登場しました。
180度政策を転換したミッテラン大統領
――ミッテラン大統領は最初、社会主義的な政策を積極的に進めたわけですね。
竹中 ミッテランがやった政策というのは、現在の日本の民主党がやった政策と似ています。ミッテランはまず、家族手当制度を導入しました。これは民主党の子ども手当と似ています。
さらにミッテランは、かなりの数の企業について国営化を実施しました。民主党でいえば、郵政民営化を逆戻りさせたのと同じようなものです。また、最低賃金の引き上げも行いました。
これらの政策の結果、当時のフランス経済はガタガタの状態になってしまいます。財政収支が赤字になることで、経常収支が赤字になりました。そこからフランが安くなることで、インフレが引き起こされました。
そこでミッテランがどうしたかというと、2年かけて、180度政策を転換したのです。就任当初のミッテランは「フランス型の社会主義を導入する」と高らかに宣言しましたが、それを放棄して、「ヨーロッパの統合」ということを言い出しました。
ヨーロッパの統合のためにフランスの財政再建を進める。シラク(1995〜2007年の大統領)のような自分と考えの違う人物を首相に登用して、社会主義とは真逆の政策を推し進めたのです。政策転換によりフランス経済の建て直しに成功したミッテランは長期政権を築くことになります
来年の総選挙を控え、思い切った政策が打てないメルケル首相
――「大きな政府」路線のオランド大統領が、ミッテラン大統領のように政策転換できるのかどうかが注目されますね。
竹中 政府の大きさからいえば、フランスは北欧並みの「大きな政府」です。それをさらに大きくするというのは、実際には不可能だと思います。
ミッテラン時代の経験もありますから、結局、オランドも現実主義的な路線になっていくのではないでしょうか。もっとも、この予想には希望的観測が入っていますが。
――就任当初ということもあるのでしょうが、緊縮路線のドイツとの関係についても、オランド大統領は比較的慎重に事を運んでいるようですね。ドイツは引きつづきフランスと連携して、追加救済策を打ち出すことができるのでしょうか。
竹中 一つ、日本であまり議論されていないんですが、ヨーロッパ人が強く意識していることがあります。それは、来年、ドイツで総選挙があるということです。
ギリシャを救うためにドイツ国民の血税を使うということに対して、国内では依然として大きな反発があります。そのため、ドイツでは思い切った追加救済策を打ち出すことができない状況です。しかし、ドイツがやらなければ、ヨーロッパは動きません。
選挙を控えているため、ドイツのメルケル首相は身動きがとれないでいる。そういうなかにヨーロッパが置かれているということが、一番のポイントだと思います。
通貨統合ゆえのギリシャ国民の不可解な行動が許されている
――ギリシャ問題についてですが、約8割のギリシャ国民はユーロ離脱を望んでいないとされる一方で、選挙をやれば急進左派が勢力を伸ばします。ユーロ圏にとどまるためには緊縮策を受け入れるしかないはずですが、こうした矛盾した世論が示されるのは、どうしてなのでしょうか。
竹中 ある人が言っていましたが、「フランスは国民がわがままだけれども、政治は何とかなっている。日本は、国民はしっかりしているけれども、政治がダメ。国民と政治の両方に問題があるのがギリシャだ」ということなのでしょう(笑)。
われわれ日本人から見ると、これだけ大変な問題を引き起こしているのに、少し給与を下げると言っただけで公務員がストライキまでするというのは、理解に苦しむところです。
しかし、これが通貨統合の怖さなんですね。本来なら、ギリシャの通貨(ドラクマ)は暴落していたはずですが、通貨統合のおかげでそれを免れているために、ギリシャ人の不可解な行動が許されてしまっています。
ユーロが暴落しないからこそ問題がこじれている
――これまでユーロという通貨でギリシャ経済は守られてきたわけですが、今回のギリシャ危機を見る限り、ギリシャ国民はユーロに甘え切っているような気がします。
竹中 普通は通貨が暴落すると、輸入品の価格が高騰して物価が上がるので、国民の生活水準が下がります。
アジア通貨危機(1997年)の韓国では、ウォンが暴落することで国民の生活水準が下がったから、あそこまでの危機感を持って改革を行うことができた。その結果、今の強い韓国経済がつくり上げられたわけです。
一方、ギリシャは通貨統合によって調整メカニズムが奪われています。強いドイツ経済に守られたユーロを使っていることで、ギリシャ人の生活水準は下がらない。危機感を覚えない彼らは、いつまで経っても政治的意思決定を下すことができません。
日本人は「ユーロが暴落しては大変だ」と騒ぎますが、それは違います。ユーロが暴落しないからこそ問題がこじれているのです
ドイツは自由化政策がここに来て実を結んでいる
――ギリシャがデフォルト(債務不履行)するようなことになると、どのような影響が考えられますか。
竹中 ギリシャ国債を持っているのはフランスの銀行です。次に多く持っているのがドイツの銀行です。
ギリシャ国債が紙切れになるようなことが起きれば、財政危機に続いて銀行危機が発生することになります。このシナリオが最も恐れるべきものです。影響はリーマンショックの比ではないでしょう。
もちろん、そうならないように最終的にはヨーロッパがさまざまな対処をしていくことになるとは思いますが。
――そうなると、ますますドイツの役割が高まっていくと思うのですが、その肝心のドイツ経済および経済政策については、どのような見通しをお持ちでしょうか。
竹中 ドイツは、シュレーダー首相(1998〜2005年)の時から、結構いい政策を実施してきているんです。ポピュリズムに陥ることなく、思い切った自由化政策を断行しています。
リーマンショック後のドイツについて、ユーロ危機問題でユーロが少し安くなったので、輸出に強いドイツが有利になり、ドイツ経済の成長率が高くなっているとよく言われます。しかし、実は同時に、ドイツがずっと行ってきた自由化政策がここに来て実を結んでいるというのが大きいんですね。
たとえば労働者派遣制度を自由化するなど、柔軟な労働市場を実現しました。ドイツは、かなり賢い経済政策をやってきたと思います。そういった意味からも、ドイツ経済については底堅いものがあると考えています。
竹中平蔵(たけなか・へいぞう)
慶応義塾大学総合政策学部教授
グローバルセキュリティ研究所所長
1951年、和歌山県生まれ。経済学博士。一橋大学経済学部卒業後、73年日本開発銀行入行、81年に退職後、ハーバード大学客員准教授、慶応義塾大学総合政策学部教授などを務める。2001年、小泉内閣の経済財政政策担当大臣就任を皮切りに金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣などを歴任。04年参議院議員に当選。06年9月、参議院議員を辞職し政界を引退。
現在、慶応義塾大学総合政策学部教授・グローバルセキュリティ研究所所長。公益社団法人日本経済研究センター研究顧問、アカデミーヒルズ理事長、株式会社パソナグループ取締役会長などを兼職。主な著書に『日本大災害の教訓―複合危機とリスク管理』(共著、東洋経済新報社)、『経済古典は役に立つ』(光文社新書)など多数。
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