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司法改革を実現しなければこの国は永遠に暗黒
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2012年5月29日 植草一秀の『知られざる真実』
名張毒ぶどう酒事件で名古屋高裁は、殺人罪などで1972年に死刑が確定した奥西勝死刑囚(86)の再審開始を認めない決定をした。
この問題は、日本の刑事司法の根本的な問題を示す一事例である。
ぶどう酒の王冠についた歯型は、鑑定では誰のものかはっきり分からなかった。
王冠自体、事件当時のものとは違うらしい。
農薬を混入する機会は、奥西氏以外の人にもあった。
「自白」は取られた。動機は妻と愛人の三角関係を清算するためとされたが、その後に全面否認された。
自白にあった、農薬を入れてきた竹筒は見つかっていない。
検察の主張では、毒物はニッカリンTだとされた。弁護側は、市販のぶどう酒にニッカリンTを混ぜた溶液から副生成物「トリエチルピロホスフェート」が検出されたが、事件当時の鑑定で、飲み残しのぶどう酒から副生成物が検出されなかったことから、事件に使われた毒物はニッカリンTではなかったと主張した。
しかし、検察側は、エーテルという薬品で成分を抽出すると不純物=副生成物が検出されないとの鑑定結果を出した。
裁判所は、事件で使われた薬物がニッカリンTではなかったとは証明されていないとし、自白は根幹部分で十分信用できるとして、再審開始を認めない決定をした。
刑事事案に対する国家の対応には二つの類型がある。
「無辜の不処罰」と「必罰主義」だ。
「無辜の不処罰」とは、
「たとえ十人の真犯人を逃すことがあっても、一人の無辜(婿)を処罰するなかれ」
というものだ。無辜とは罪を犯していない人のことを指す。無実の人間だ。
これに対して「必罰主義」は、
「たとえ十人の冤罪を生み出すことがあっても、一人の真犯人を逃すことなかれ」
というものだ。
正反対の姿勢である。
真犯人を一人も逃さないためには、「疑わしきを罰す」ればよい。「疑わしい」なかに無実の人間が含まれる。しかし、真犯人を逃がさないためには、その部分=冤罪発生に目をつぶる。
これに対して、人権尊重の立場から生まれる姿勢が「無辜の不処罰」である。「疑わしきを罰せず」とすれば、真犯人を逃す可能性はある。しかし、無実の人間を処罰することの人権侵害の重さに鑑みて、あえて、この道を選択するのである。
さらにひとつ、見落としてならないことがある。
必罰主義で、「疑わしきを罰す」としたとき、無実の人間が罪人として取り扱われる危険が生じるが、このことは同時に、真犯人を完全に取り逃がすことにつながることだ。
一人の真犯人も取り逃がさないための「必罰主義」が帰って、真犯人を完全に無罪放免してしまうリスクを内包していることに注意が払われねばならない。
現代民主主義国家においては、国家の権力から人民の権利を守るために、「無辜の不処罰」の大原則が取られてきた。
これを明文化したのがフランス人権宣言である。
第6条から第8条に定めが置かれた。
第7条(適法手続きと身体の安全)
何人も、法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的(しいてき)な命令を要請し、発令し、執行し、または執行させた者は、処罰されなければならない。ただし、法律によって召喚され、または逮捕されたすべての市民は、直ちに服従しなければならない。その者は、抵抗によって有罪となる。
第8条(罪刑法定主義)
法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定めてはならない。何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。
第9条(無罪の推定)
何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。
そして日本でも、憲法に次の規定が置かれている。
第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第34条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第36条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
第38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
そして、刑事訴訟法に次の規定が置かれている。
第三百三十六条 被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
法文を書き並べてしまったが、要するにこうなる。
とりわけ重要であるのが刑訴法336条にある、「犯罪の証明」がない場合には、無罪としなければならないとの規定だ。
@犯罪が証明されない限り、無罪になる。
A強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
B自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
ここで、「犯罪の証明」の内容が問題になる。
「犯罪の証明」とは、
「被告が犯人であることについて合理的な疑いを差し挟む余地がない程度にまで犯罪が証明されること」
ということになる。これが最高裁が示した判例による基準である。
逆に言えば、被告が犯人であることについて、合理的な疑いを差し挟む余地がある場合、被告は無罪とされなければならないのである。
名張ぶどう酒事件では、証拠と言えるのは、「自白」しかない。
弁護側は鑑定結果から犯行に使われた薬物は「ニッカリンT」ではなかったと主張し、自白と矛盾することをあげて、自白調書の任意性を否定した。
しかし、検察側は、犯行に使われた薬物が「ニッカリンT」でなかったとは言えないとして、弁護側主張を弾劾した。
しかし、より重要な点は、検察側が犯罪事実そのものを立証していないことである。ニッカリンTを使って犯罪が行われたのか、ニッカリンTではない別の薬品を使って犯罪が行われたのか、検察側は明確な立証をしていない。
つまり、刑訴法第336条が規定する「犯罪の証明」がない状態であると言わざるを得ない。
同時に被告が犯人であることについて、合理的な疑いを差し挟む余地があるのなら、被告は無罪とされなければならない。これが、日本の法体系が導く結論であるはずなのだ。
したがって、本来は被告に無罪が言い渡されるべきである。
ところが、近年の裁判では、この原則が根底から覆され始めている。
その際、裁量的に利用が無限に広がっているのが、「自由心証主義」である。「自由心証主義」の拡大解釈によって、「疑わしきを罰す」判決が横行し始めている。
「自由心証主義」とは、
「事実認定・証拠評価について裁判官の自由な判断に委ねる」
ことである。
これを過大解釈すると、いかなる裁判でも、「疑わしきが罰せ」られることになる。
うその証言をする証人が出廷したとする。
証人の証言を信用できない状況証拠が多数存在したとする。
しかし、裁判官が自由な判断で、この証言を信用できるとする場合、この証人の証言が重要証拠となり、有罪判決の決め手にされる。
この図式で、現在の日本においては、極めて多数の裁判事案で「有罪」判決が示されている。
これは、「裁判員裁判」でもまったく同様である。
したがって、「冤罪」が生み出される可能性は極めて高くなっている。
とりわけ問題が深刻であるのは、政治的理由で標的にされた無実の人間が、こうした日本の司法制度を通じて犯罪者として取り扱われることである。
カレル・ヴァン・ウォルフレン教授が『誰が小沢一郎を殺すのか』で示した、Character Assassination=人物破壊工作が、いとも簡単に実行されてしまう。
森ゆう子氏の新著『検察の罠』226ページの記述を改めて提示する。
「国家権力はその気になれば一人の人間を抹殺できるのだ。
危険なのは小沢先生だけでなく、私も同様である。どんなに注意をして正しく生きていても、相手は証拠や捜査報告書を捏造できる立場である。いつでも罪人にされてしまう。マスコミを利用してスキャンダルを作るのはもっと簡単だ。」
私も、ターゲットたされ、正真正銘の無実であるのに、罪人にされた。
警察と検察はベールに覆われた密室の証拠捏造所を保持し、しかも、巨大な裁量権を持つ。そして、マスメディアを支配下に置く。
一人の人間を犯罪者に仕立て上げて社会的に抹殺することなど朝飯前である。
この恐ろしい現実を排除するには裁判において、
「合理的な疑いを差し挟む余地がない程度にまで犯罪が立証されているか」
との基準を厳格に適用することが不可欠だ。
「自由心証主義」を、「裁判官の推認を無制限に認める」ことに置き換えては、冤罪を防ぐことは不可能になる。
日本の警察・検察・裁判所制度が人権を守る制度ではなく、人権を破壊する制度に転じてしまっている現実を是正しなければ、この国は暗黒国家と認定せざるを得ない。
国家権力によって人民の権利が蹂躙されることを防ぐ体制が整備されていない日本の現状は、前近代の人権侵害国家と認定せざるを得ない。
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