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<変わらない沖縄、それでも><日米同盟の不条理><不甲斐ない為政者><不甲斐ない沖縄県民><不甲斐ない日本人>本澤二郎
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/274.html
投稿者 五月晴郎 日時 2012 年 5 月 17 日 10:21:09: ulZUCBWYQe7Lk
 

http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/51981103.html

<変わらない沖縄、それでも>

 5月15日が沖縄返還40周年に当たる。沖縄は日米両軍がもっとも激しく死闘を繰り返した場所である。そこでは無辜の民を多数自害させた。「捕虜になるなら自ら命を絶て」と厳命したのだ。世界に例を見ない、天皇制国家主義のもっとも恐ろしい掟である。それから40年、沖縄は平和の島に回復したろうか。NOだ。何も変わっていない。だが、それでも変わる。

 新緑が目にしみる季節である。3・11放射能汚染も、毎年繰り返される自然の変化には勝てない?新緑の季節は今年も巡ってきた。ウグイスのさえずりを耳にしながらの、畑の雑草取りは40年前と変わらない。
 それでも悪い変化には気付かされる。たとえば燕が農村から消えている。原因は農薬農業のお陰だが、最近NHKは「建物に原因がある」というウソを公然と報道していた。公共放送までも財閥企業に屈しているのだ。
 それは沖縄報道についても言えるだろう。沖縄に変化は起きていない。余談だが、自宅の梅が沢山落ちていた。原因は不明。放射能でないことを祈りたいものだ。

<日米同盟の不条理>

 新緑に浸りながら、40年目の5・15返還を考えると、この国の空しさばかりが先行してくる。愚か過ぎる日本人に反吐が出る。無能・無責任・無節操に地団太踏むしかない。だが、それでも。
 思えば72年に首都圏紙・東京タイムズの政治部に所属した。佐藤内閣末期である。7・7に田中内閣が発足、3カ月後に日中国交正常化が実現した。90年までの18年間、自民党派閥政治を取材してきた。連日、永田町を徘徊、特に首相官邸・自民党本部・派閥実力者の動向を追い掛けてきたのだが、それはそれで幸運なことだった。しかし沖縄も変わらない。日中関係も複雑怪奇なままだ。
 間に日米同盟がどっしりと座って、双方をコントロールしている。ワシントンに操られる日本を象徴している。それに気付かない日本人、そしてジャーナリズムである。
 ワシントンに服従する・屈する日本に変化が見られない。ワシントンの不条理に屈する日米同盟に言論界が貢献している。お話にならない。
 筆者が政治部長になった時の鈴木内閣では、日米同盟を口走った伊東正義外相が更迭された。ことほど日米同盟は、不見識を露呈する表現だったが、続く中曽根内閣でこれが当たり前に使用されるようになった。霞が関の官僚用語を極右内閣が拝借してしまったのだ。
 最近では「日米同盟の深化」という言葉が、恥ずかしげもなく与野党が当たり前にさえずっている。日本精神の衰弱も極まっていまいか。属国どころか「属領だ」と決めつける論者の言い分に頷くほかない。天皇制をひけらかす右翼ほどワシントンにひれ伏して恥じない。
 日本に返還された沖縄を、そのままそっくり米軍基地として使用、かつてはソ連封じに、現在は中国封じに軍事的機能強化に日米産軍体制が必死なのだ。おかしいではないか。

<不甲斐ない為政者>

 本来、まともな為政者であれば恥ずかしくて、沖縄の式典に顔を出せないだろう。しかし、タヌキ首相は出向いた。
 「米軍基地を撤去させます」といえば、多少なりとも意味があろう。演説では、そうした片燐さえ感じさせなかった。ワシントンの属領・属僚でしかなかった。これが独立した民主国の総理大臣というのである。
 父親はワシントンの産軍体制が戦後発足させた自衛隊の隊員だった、そのせいなのか。
 これに一言も「おかしい」という論評がない。ジャーナリズムの死は、日本精神をも殺してしまっている。そうではないのか。

<不甲斐ない沖縄県民>

 為政者がこのレベルである。比例して沖縄県民も心が腐ってしまっている。だいたい土建屋上がりの代表を永田町に送り込んでいる土地柄なのだから。
 知事といっても、小ダヌキか狐なのであろう。「沖縄を平和の島にしたい」という挨拶さえしなかった。
 ことあれば「金をくれ」である。永田町と霞が関は、血税をせっせと沖縄に運んだ。今年は借用証しかないのに、タヌキは狐に巨費を持ち込んだ。これに狐は感謝する始末で、米軍も基地もいらない、とは叫ぼうとしなかった。これにもマスコミは正常に評論しなかった。

<不甲斐ない日本人>

 埴生の宿で一服しながら、書棚にあった「日本官僚制の研究」(辻清明著・東京大学出版会)を引っ張り出して開いてみた。
 そこに“5・15事件から太平洋戦争に至る、いわゆる暗黒時代を、その当初から東京駐在のアメリカ大使グルーの著名な日記「滞日10年」に近衛新体制を次のように評している”とあった。
 すなわち「全国が天皇への忠誠に結ばれ、全ての政党がないのである。政治犯人収容所はまだないが、警察と憲兵は新体制の原理を犯すものをやっつけるのに多忙を極めている」と。
 グルーのいう天皇を、ワシントン・CIAと言い換えると、どうだろうか。いまも通用する言葉ではないか。対米自立派の小沢一郎や鳩山由紀夫は、検察に狙われて当然だろう。しかし、それも長くは続かない。

<対米自立派台頭が時代の潮流>
 CIAの暴走は、共和党大統領指名争いに出馬している下院議員のロン・ポールによってさえも「廃止する」と公約していることからも理解出来る。CIAへの法外な予算措置もままならなくなっているワシントン財政だ。CIAの金に頼っていた各国の悪しき組織・団体・人物は、おいおい生存権を失ってゆくだろう。アメリカ市民の多くはCIAを擁護してはいない。世界から嫌われている。イラク・アフガン・グワンタナモだけではない。
 既に、屈米派の守護神・検察の不正が暴露、国民の信頼を失っている。
 対米自立派は、近いうちに服従派・屈米派にとって変わるだろう。時代の趨勢である。鳩山の普天間公約は死んではいない。生きている。ここにきて覚醒した沖縄県民が多数を占めている。

 対米自立派のアジア重視・脱官僚・反10%消費税・反TPP・反脱原発は天の声・民意である。メディアの一角も崩れてきている。中曽根・ナベツネの暴走も間もなく止まるだろう。
 川は流れ、季節は変わり、地球は回ってじっとしていない。屈米派の時代は終わりが見えてきている。勇気を出そう。今がその時である。

                       2012年5月17日6時50分記  

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コメント
 
01. 五月晴郎 2012年5月17日 10:31:02 : ulZUCBWYQe7Lk : t3OuS3nAYI
チャルマーズ・ジョンソン保護国日韓を語る(太田述正コラム2006年)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/629.html

1 始めに

 日本は米国の保護国だと申し上げてきたところですが、あの(コラム#1145、1148でお馴染みの)チャルマーズ・ジョンソンが、戦後米国が、日本と韓国という二つの保護国の内政をどのように左右してきたかを、アジアタイムス掲載の論考(http://atimes01.atimes.com/atimes/Front_Page/HE04Aa01.html。5月5日アクセス)に記しているので、それぞれについて、要約してご紹介しましょう。

 なお、部分的に私の言葉に直したことをお断りしておきます。

2 日本篇

 (1)ジョンソンの指摘

 日本は、中共と並んで、現存する最長の一党独裁国家の代表だ。
 日本で自由民主党の、そして中共で中国共産党の支配が始まったのはほぼ同じ時期であり、自民党と中国共産党の違いは、前者が1993年から94年にかけての短期間政権の座を離れたことくらいだ。

 日本が米国の保護国(satellite)であり続けたのも、自民党による日本の支配が続いたのも、宗主国米国の意思が働いている。そこに日本国民自身の意思も働いていることは、日本国民が米国が占領中に押しつけた憲法を墨守してきたこと一つとっても、否定はできないが・・。

 1950年代には、日本社会党が政権を獲ることがないよう、米国は自民党に秘密裏に資金援助を行った。
 また、戦時中軍需相であった岸信介が首相になった背景には米国の意向があった。
 更に米国は、日本社会党の力を削ぐために、日本社会党から分裂した民主社会党を支援し資金援助を行った。

 1960年には、国民の広汎な支持のあった安保改訂反対勢力と対峙した自民党政府を維持すべく米国は腐心した。
 このように米国の保護国であり続けるとともに米国の意向に従って自民党による支配に甘んじる見返りに、日本は、戦後の米国のイデオロギーに反する日本型経済社会体制(Japanese Model)を継続することを許された。

 日本型経済社会体制は、国内的には私有財産制と産業政策(industrial policy)(注)・・国家による経済目標・市場・結果のコントロール・・が結合した体制であり、対外的には高関税等による保護主義によって国際的競争から守られていた。

 (注)産業政策は戦後の米国のイデオロギーに反すると言っても、戦後の米国は一貫して国防省による事実上の産業政策の下、軍産複合体が維持され、軍事ケインズ主義が実施されてきた。

 皮肉なことに、保護主義は、建国以来1940年までの米国の経済政策の基本であり、そのおかげで米国経済は順調に発展したわけなのだが、日本はこのマネをしたのだ。

 (2)コメント

 自民党が米国から資金援助を受けたり、米国のお眼鏡にかなわない人物しか日本の首相にはなれない、といったことは、かねてより小さい声で囁かれてきたことですが、あっけらかんと指摘してくれた米国人ジョンソンに、ここは感謝の意を表しておきましょう。


3 韓国篇

 (1)ジョンソンの指摘

 旧日本帝国から「独立」した韓国も米国は保護国にしたが、韓国は米国からの独立をほぼ果たした。

 それは以下のような経過をたどった。

 米国は、1950年代にはウッドロー・ウィルソンの教え子で亡命者だった李承晩(Syngman Rhee)を傀儡の独裁者に据えた。
 1960年に学生運動によって李の腐敗した政権が倒れ、民主主義が樹立されそうになると、米国は、日本の士官学校である満州軍官学校卒で日本の敗戦まで日本の陸軍士官であった朴正熙(Park Chung-hee)将軍を支援して1963年に権力を握らせた。1979年にはKCIA長官が夕食の席上朴を射殺したが、これは長官が米国の指示を受けて、核兵器の開発を目論んでいた朴大統領を殺したのだという噂が立った。
 その後1980年からは、少将であった全斗煥(Chun Doo-hwan)が、米国の意向を受けて、二度目の軍事独裁政権を樹立した。
 その年、民主化を求めて光州(Kwangju)市民達とソウルの学生達が立ち上がったのだが、在韓米国大使は「暴徒に対しては断固たる措置が必要だ」と述べ、米軍は、国連軍の指揮下にあった韓国軍を一時的に全の統制に委ね、1981年、全は光州での市民運動の弾圧に韓国軍を用い、数千人の市民を殺害した。
 しかし、1987年にはまたも民主化運動が盛り上がった。今回はソウルの学生達を急速に数を増しつつあった豊かな中産階級の市民達が支援した。全は、翌1988年にソウル・オリンピックを控えていただけに、光州事件の時のような形の弾圧を行うわけにはいかなかった。
 そこで全は、米国の意向の下、「同志」盧泰愚(Roh Tae-woo)将軍に大統領職を譲り渡し、オリンピックを予定通り開催にこぎつけた。このような状況下で盧は民主化策をとらざるをえず、その結果、1993年の大統領選挙では、非軍人たる金泳三(Kim Young-sam)が当選する。
 この間、1989年に韓国議会が光州事件の調査を行おうとしたとき、米国政府は協力を拒み、事件当時の在韓米国大使及び在韓米軍司令官に対し、証言することを禁ずる措置をとった。
 1995年には金泳三政権は全と盧を逮捕し、(それぞれ12億米ドル、6億3,000万米ドルの)収賄容疑、1979年のクーデター容疑、及び光州事件における虐殺容疑で訴追した。一審では全・盧の両者とも死刑を言い渡されたが、最高裁では減刑された。その後1997年に大統領に就任した金大中(Kim Dae-jung)は、何度も全に殺されかけた人物だが、両者を赦免する。
 このようにして韓国は、軍事政権を打倒し民主主義をほぼ確立し、米国からの独立もほぼ果たしたのだ。しかし、軍事政権を支援し民主化運動の弾圧に手を貸したところの、旧宗主国米国に対する韓国民の怒りは容易に収まる気配がない。

 (2)コメント

 現時点では、日米同盟は盤石であるのに対し、米韓同盟は風前の灯火といった趣きがありますが、宗主国によるコントロールに怒って独立をほぼ果たした理想主義的な韓国と、怒ることを忘れて宗主国の保護国的地位に甘んじる現実主義的な日本とのどちらが、(母国英国が課したささやかな税金に怒って独立戦争を経て建国した)米国と長期的に、互いに敬意を抱いた信頼関係を構築できるかは、申し上げるまでもないでしょう。

 韓国における対支事大主義の残滓は問題ですが、対米関係に関する限りは、日本は少し韓国の爪の垢でも煎じて飲んだ方が良いと私は思います。


02. 五月 2012年5月17日 11:05:13 : 7dszOOCi91zM6 : t3OuS3nAYI
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191259-storytopic-3.html

鳩山元首相単独インタビュー 対米交渉仕切り直せ

 鳩山由紀夫元首相は15日、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐり、県民の強い反対や再考を促す米議会の動きなどを挙げ、辺野古移設は困難との認識を示した。鳩山氏は米側と再交渉に入る必要性を強調し、「現実的な答えを早急に見いだすべきだ」と指摘した。

 県外移設を掲げながら、県内移設に回帰した鳩山氏自身が、日米合意の実現性に強い疑問を呈した。

 復帰40年の記念式典に出席するため来県し、琉球新報社の単独インタビューに応じた鳩山氏は県外移設を達成できなかった要因について、防衛、外務官僚が辺野古回帰に執着する中、「官僚を飛び越え議論する環境をつくれなかった。私の力量の問題だった」と説明した。

 本紙などの世論調査で沖縄への基地集中は「不平等」との回答が県民7割に対し、全国が3割余にとどまったことに「まさに不平等だが、全国は3人に1人程度しか思っていない。大きな意識の差があり、沖縄が差別されていると思うのは当然だ」と述べた。


03. 2012年5月19日 03:56:07 : OSOz8FOXXA
鳩山さん、身を投げ出す覚悟で取り組んで下さい。9000人の海兵隊はグァムに移動するのですから、より具体的に実現可能な土台はできるのではないですか?
日本人の中に今の状態を動かしたくない組織が、アメリカ政府以上に立ちはだかっているはずです。 Good luck!

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