58. 2012年5月07日 19:40:05
: FM9GQyyuSE
☆特捜部長の小細工と離れますが、審査会のことについて、少し言わせてください。→指定弁護士には、説明責任がある。 審査会・ブラックボックスは、裁判の安全基準を満たさない。しかも裁判の核心にこのブラックボックスを組み込んだ。 高度な安全基準をクリアしたまともな裁判の仕事をなぜ放棄したか?見えないのか?分からないのか?わざと分からないふりをしているのか?なぜこんなデタラメ汚い不合格裁判作りに手を出したのか? 11人の審査員が、プロの検察が白旗をあげた起訴に対して、三十代半ばの素人集団で有りながら、全員一致の起訴を固めさせた法的根拠は何なのか? 同じ事件の起訴であり、素人集団が、白旗を揚げたプロ検察の仕事の成果を越える高い価値の共有とは何か?何があったのか説明が必要である。 素人集団が、法律の専門家の法的見解をどのようにして覆し、善意一致の起訴の見解共有に至ったのか?これは、異常なことである。 この素人達、プロの検察のことをどのように評価していたのか? 今後のこともある。指定弁護士は、唯一直接この起訴の議決の全貌を知る立場にある。ブラックボックスの中を知る人物だ。 今このとき、ふつうに考えて、二度も白旗を揚げた検察の法律の見解をどうどうと越えて、一致した起訴を議決する11人の三十代半ばの素人集団を集めることは、果たして簡単なことだろうか? この責任の所在の曖昧な人選に自由な選択を与えることは何を意味するか?彼等の責任の所在と正当性を明らかにする者はなにも存在していない。最高裁が一方的に主張≠ヘするが証明≠ナはない。 国民一人を裁判にかける裁判の起訴という制度が崩壊したということだ。うやむやでもかまいません。でたらめでも結構ということを防ぎ得ない杜撰な、制度とも呼ぶ価値の無い制度なのだ。 この裁判は、法律と裁判のプロ検察の二度の起訴見送りとは、別の法律見解を、11人の素人達が全員で共有するに至ったのだ。これだけで、全体主義を彷彿とさせる事実だろう。民主主義とは、ことなる立場の人間達の異なる価値観の上で、相互の正しい主張の公平公正な調整を行いながら共通の実を確かなものにしていこうというものだ。少数意見の弾圧が遭ったのではないのか?正しい意見が顧みられずに公平公正を欠く特定者の主張に一方的に物事を決められると言うことは、社会の中でよく目にすることである。 一般国民の意識が法律に、反映することは悪くはない。 しかし、こんな法律裁判のプロが二度も起訴を見送る中で、いったいに一人一人が検察の不起訴の内容を正しく理解していたのか、極めて疑わしい。 何が二度の検察不起訴を覆えさせる法的見解を強力に素人集団に共有させるにいたったのか?それは、審査員のなかにあったものか。担当弁護士にあったものか。当然そのどちらかにしか無いわけだ。担当弁護士は、説明責任がある。貴方は何に関わったのか? たまたま選ばれた素人集団が、国益を左右するほどの重大な裁判のスタートボタンを押す途方もない権利を与えられ、そして実際に押したのだ。 プロの法律家検察が二度も見送ったのにも関わらず。プロの法律家指定弁護士に、素人集団に対しての意図的誘導はなかったのか? 今日、弁護士というだけでは、相対する利害関係の中で、公平公正な位置を保つと言うことは、難しい場合がある。制度改革は必要だ。 ブラックボックスの中に、誰が入るか分からない。何をしているのか分からない。 ただ出てきた結果を尊重せよとは、まずいだろう? でてきた答えが、真犯人ですと強弁するか? でてきた答えが、真実ですと強弁するのか? 司法がこんなことをやり始めたら、やり始めた人間達は犯罪者だ。 それ以上もそれ以下もない。 これから先は、民主主義そのものも、民主主義を基礎とした国家法体系は、不要になり、最高裁のブラックボックスだけが、存在し、それを公的にも認めるというわけか?国民のどこのその起訴議決の尊重の根拠を見いだせと言うのか? 内容非公開は、法律が遵守されている場合にのみ限定される。ブラックボックスは、合格しない。一方的に自分が正しいと主張する者がいてそれだけで、法律上、客観的にも正しいとは認められない。その一方的主張者が、最高裁であろうが、認められない。最高裁のエラーだ。通らない。 ブラックボックスを日本国の完成した司法制度の中に組み込んで、現実の日本国民のを裁く裁判に現実に使用したと言うことが、既に国民主権と、民主主義の裏切り行為なのだ。こんな国民を愚弄した行為はない。 ブラックボックス審査会を内容非公開にする正当性の根拠は何もない。合格していない。駄目だ。 司法の法から、全資料を提供し、事実の調査の協力を申し出よ。 内容の非公開は、法律に則していたことが明らかな場合だ。 ここに素人のスタンドプレイや偏向価値観共有者が占めることに対して具体的に、どのような防御対策があったのか、審査員一人一人にたいしての具体的な対処の結果等も後悔しなくてはならない。 重大な根本主原因内包のブラックボックスの内容非公開という隠蔽の正当化を国民に対してとり続けるというものならば、このブラックボックスは、国民主権の例外として設けられたものになる。国民主権に例外規定を設けて、国民主権を破壊した国家法システム破壊裁判が今回の裁判であっと言うことになる。 そんなことは、一公務員に許されることではない。 国民は、国民主権の届かない日本の法律を越えたブラックボックスの価値の正当性により、大損害を被った。 日本の裁判制度と日本の法律とを使用し、正しい裁判の仕事のために使われる税金を無駄に使い損害を与えた。 すでに破壊行為の事実と同時に、犯罪は発生している。事実からは逃げられない。 国民の代表が、精査・確認しなければならない。 到底このブラックボックスシステムが、日本の裁判に相応しいシステムとして、正しいものとされることはあり得ない。 司法に教えてあげよう。国民は司法を信用している。だからこそ、曖昧で、あてにならない抽象的な信頼関係ではなくて、明確な法律が必要なのである。法的根拠の中空に浮いたブラックボックスなど言語道断。 相互信頼は、法律として明文化された条文の正しい論理に結びついていなければならない。法律を介さない所でも認められていてかつ、法律解している所でも認められていなければならないのだ。 それは裏から調査しても正しく、表から調査しても正しいものでなければならない。よって、驚くべき事に、重大主原因の位置にも、勝手に居座るブラックボックス検察審査会は、国民が調査し、国民が今後の判断を行う。国民主権の国なのだから当然のことだ。 国民の司法と裁判の検証を主権者国民が行う決断をしたときには、司法は速やかに、国民に対して正しい手続きをとらなくてはならない。裁判所が国民主権を否定してならない。 ☆彼等の素人の度合いの検証は、第三者により調査されねばならない。こんなあぶなかっしいデタラメはない。システムとして、体をなしていない。このシステムの有効性を認めることなどあり得ない。 ☆ブラックボックスは、もともとブラックボックスであり、かつ冤罪共謀者がブラックボックス的な使い方をしたとも考えられる。とにかく治外法権≠ネんでもありのブラックボックスだ。駄目。失格。 こんなものを混入させた時点で、裁判は、完全停止である。 最後まで、続けたのだよなあ。ということは、この異物混入ブラックボックスの使用意図の共有が、実は司法の内側から出ていて実在していたと言うことだ。このブラックボックスが目に見えなかった裁判関係者は全員クビである。 検察審査会の審査員の選抜やその方法は、制度が確かなものであってこそ、はじめて内容非公開が相当であるはずだ。 これはひどい矛盾した法律違反の制度である。制度が法律に違反していて、到底現実に使ってはならないものだ。よくもこんな仕事で高い給料を税金から貰っているものだよ。国民主権に立たない裁判。なんだそれ? ☆日本国の司法の制度に本当に相応しい必要な制度とは、思われない。 ☆つまり、初めから、重要さの軽視、見落としが、明かな不備だらけのシステムであるということである。 ☆司法は国民のための仕事をしていない。 ☆野田がアメリカで日本国の憲法改正を行うと発言したそうだ。二股タレントがどうしたこうしたと騒いでいた陰で、こんなろくでもない発言だ。勝手に武器輸出三原則を緩和した。シロアリは、日本のユダ金の使い走り鉄砲玉繰り込みから、身を守る平和防御の法律制度の改悪に忙しい。国民を守るのはただしい法律だ。ユダ金シロアリ達の法律破壊と戦おう。 ☆国民は、赤ずきんの狼マスコミの嘘に、いつまで乗せられて、あべこべにものを見ているのか?もう随分食いちぎられているのだが… |