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野田と小沢が挑む「ロシアンルーレット」
http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/332
文藝春秋 2012年5月号 文 赤坂太郎
消費税増税の見通しは立たないまま、野田と小沢、最終決戦の刻が迫る――。
「野田首相が、髪を染めている」――。
就任後、急激に白髪が増え始めた野田佳彦が、昨年暮れごろから、髪を染めていることは、関係者の間では、今や公然の秘密となっている。消費税増税法案をめぐり、主張が同じはずの自民党の協力が得られないばかりか、与党内にも小沢一郎元代表ら反対派を抱え、前途多難な野田の重圧を語るエピソードだ。
「決断をし、政治を前進させることができなかったならば、野田内閣の存在意義はない。不退転の決意で、政治生命を懸けて、この国会中に成立をさせる」
その野田は消費増税法案の政府・民主党の調整が大詰めを迎えた3月24日午後、東京・芝公園のホテル「ザ・プリンスパークタワー東京」で開かれた有識者による提言組織「日本アカデメイア」の交流会でそう語ると、さらに「今国会で成立させることができなければ、退陣する」ことを宣言。消費税政局を自らの手で本格化させた。
野田の背中を押したのは、民主党税制調査会長の藤井裕久元財務相だ。
「社会保障と税の一体改革の大綱を絶対に譲っちゃいけない。突っ込むも地獄、引くも地獄。ならば、突き進むしかない」
藤井は日本アカデメイアでの決意表明に先立ち、野田をそう叱咤激励した。そのたびに、野田は自らに言い聞かせるように「分かっております」と応じたが、藤井にはある思いがあった。
「私は次の選挙ばかり考える『政治屋』じゃないよ。次の世代のことを考えているんだ」。3月12日夜、東京・赤坂の外れにある、すっぽん鍋料理屋。藤井は芋焼酎にビールを注いだ通称「バクダン酒」の杯を傾けながら、気の置けない知人に消費増税の必要性を説いた。
6月で80歳を迎える藤井だが、かつて田中角栄政権で秘書官を務めた二階堂進の郷里・鹿児島の芋焼酎に魅せられて以来、愛飲しているというバクダン酒を、この日も5杯あおると、最後には、すっぽんの生き血をぐっと飲み干した。
普段、他人を悪く言わない藤井が口にした「政治屋」とは、消費税増税法案採決での造反を明言する小沢を揶揄した言葉に他ならない。もともと藤井は自民党、改革フォーラム21、新生党、新進党、自由党と小沢と政治行動をともにしており、熊谷弘、二階俊博らが次々と小沢のもとを離れる中、「最後の側近」とも言われた。だが民主党政権下では、山岡賢次前国家公安委員長ら「新側近」の台頭で距離ができ、さらに鳩山政権時代、幹事長(当時)の小沢が、財務相だった藤井の頭越しに予算編成に注文を付けたことで断絶が決定的になった。
「陸山会」事件で小沢への逆風が強まる中、藤井は菅政権で増税の「布教者」として存在感を高め、民主党は増税路線へ転換した。信頼できる側近のいない野田にとって、藤井は岡田克也副総理と並び、信頼できる数少ない先輩だ。
藤井の薫陶を受けた野田は、大平正芳元首相を師と仰ぐ。大平は1979年の衆院選に一般消費税を掲げて惨敗し、80年の総選挙の最中に急死した。野田は「一般消費税導入には世論も大変厳しかったと思う。覚悟を持ち、世論を説得しようとした姿勢は大いに学ぶべきだ」と大平を評価してはばからない。
野田と藤井、消費増税への二人三脚を阻む最大の障害は、小沢とそれに連なる議員たちだ。野田が、「小沢攻略」に手を打ち始めたのは2月下旬だった。
■野田・谷垣「密談」の真相
「このままでは消費増税法案を小沢元代表につぶされてしまう」
2月25日昼、東京・虎ノ門のホテルオークラにある日本料理店「山里」の個室。谷垣禎一自民党総裁との極秘会談で漏らした野田の言葉の裏には、藤井の描く次のようなシナリオが滲む。
万が一、小沢グループが賛成に転じても与党過半数割れの参院で法案は通過、成立しない。ならば、自民党と手を握るしかない。「抵抗勢力」の小沢グループを切り捨て、衆院選後の大連立が実現すれば「一石二鳥」になる――。
当然、極秘会談では、法案と、衆院解散・総選挙を取り引きする「話し合い解散」がテーマとなったと見られたが、実際はそこまで踏み込んだやりとりにはなっていなかった。
野田「欧州の金融危機が日本に飛び火する可能性がある。また、イランによってホルムズ海峡が封鎖されれば、石油の大部分をこの地域に依存している日本経済は大変なことになる。傍観しているわけにはいかない。国難克服に向けてご協力をいただきたい」
谷垣「協力はやぶさかではない」
野田にしてみれば、小沢の反対で、法案が可決されなかった場合、日本国債が暴落する可能性があることも前提として、成立への協力を求めたつもりだった。「国難」の一例にイラン情勢を挙げたのは「解散・総選挙を行うとしても法案成立後」と位置付ける野田と、「まず、総選挙、その後に法案処理」を主張する谷垣では、話を詰めた場合、最後は決裂する可能性が高かったからだ。
しかし谷垣は谷垣で、衆院解散に持ち込むことが9月の総裁選を乗り切るための至上命題であり、法案成立だけを「食い逃げ」されることを強く警戒。あえて野田の要請を言葉どおりの「一般論」と位置付け、言質を取らせなかった。
そればかりか、「衆院解散に踏み切り、年金制度改革などでそれぞれ独自の主張を掲げて戦う。その後に大連立で協力して消費増税法案を成立させてはどうか」と逆提案した。会談は、あうんの呼吸での合意には至らず、双方、出されたお茶に手を付けただけで、1時間半の予定だった会合は、1時間で終了した。
欧州の例を見るまでもなく、国債の暴落は、政権に対する市場の不信任も意味する。それをわざわざ、口にしての要請に野田が踏み切った背景には、前日24日の米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスの記者会見があった。国債担当アナリスト、トーマス・バーンは東京都内での会見で、今国会で法案が可決されなかった場合、日本国債の格付け見通しを、「安定的」から、「ネガティブ(弱含み)に変える可能性が高い」と述べた。
こうしたムーディーズの見通しは、1月14日に野田がテレビ東京の番組で次のように発言したことを根拠としていた。
「欧州の金融危機は、対岸の火事ではない。フランス国債ですら、格付けが変わる状況で、日本も、今さえ良ければ良いという財政運営をずっとやり続けようということが見えてしまったならば、わが国にスポットライトがあたってくる」
一国の宰相が、自国の国債暴落にあえて言及するのは異例中の異例だ。「貧者の脅迫」めいた禁じ手を使わざるをえないほど、野田は追い込まれている。
野田が、自民党が望む解散カードを切れないのは、政権基盤と党勢の問題だ。小沢に近い輿石東幹事長は早期解散に絶対反対の立場。かつての代表選で、野田の選対を仕切った樽床伸二幹事長代行も、輿石に同調していた。さらに同党が昨年末、当選1回の新人議員約100人を対象に行った情勢調査では、「当選が2割、当落線上が4割、落選4割」という結果が出ていた。輿石、樽床はこの結果を1月、確実に野田に届くよう官邸に提出している。「解散はできない」というメッセージだった。
極秘会談の事実が、日本テレビの報道で明らかになったことで、野田の思惑は裏目に出た。メディアが「話し合い解散を協議した」と報道したことで、9月に代表選と総裁選を控えたトップ2人が「保身のために取り引きしようとした」との見方が生まれ、野田、谷垣に対する反発がそれぞれの党内で強まった。
一方の小沢は4月26日に予定される「陸山会」事件の判決を控え、3月に入ると、際立った言動は控えるようになっていた。無罪を勝ち取れば政局の主導権を握ることができると踏んでいるのは間違いないが、自身が「反増税」で前面に出過ぎれば、また政局狙いか、と受け止められかねないからだ。
「なんで野田はあんなに『消費税』『消費税』とこだわるんだろうなあ。不況の今は増税の時期じゃないだろ」
東日本大震災から1周年を前に、議員会館の小沢の事務所を訪ねた達増(たつそ)拓也岩手県知事が「さまざまな復旧・復興事業により成長戦略を推し進めて財政再建の道筋をつけることを優先すべきです」と切り出すと、小沢は「消費税」を2回繰り返して野田への不満を漏らした。
さらに達増が岩手県の復旧状況を説明すると、小沢は「既存の中央集権の枠組みの中での話だろ。本来はここで国家の統治機構の転換で地域主権へ制度を大きく変えなければいけない。俺が幹事長のときにやろうとしたのだが……」と一層不満げな顔で応じた。
「統治機構の転換」――。最近、小沢が多用するようになったこの言葉は「大阪維新の会」を率いる橋下徹大阪市長と符合する。
「古代マヤ文明の言い伝えによれば、2012年は世界の最後の年で、大きな変動が起きる。この言い伝えが本当であるかのように、日本も非常に大きな転換期を迎え、民主党から人心が離れている。当地の橋下徹大阪市長にお株を奪われたような結果が今日だ」
大阪市内で3月5日に開かれた政治資金パーティー。小沢は橋下に秋波を送った。野田―谷垣会談を受け、大連立の動きをけん制した色彩が濃厚だ。
消費増税を封じ込めて9月の代表選で、自分自身かコントロールの効く者を「ポスト野田」に据えるのが小沢の基本戦略だ。小沢グループがはじき飛ばされる「大連立」だけは何としても阻止しなければならない。消費増税法案の成立と引き換えに、民主、自民両党が手を結べば、百人を超える小沢シンパの大半が落選の憂き目に遭う。野党による内閣不信任決議案提出に同調するような素振りを見せるのも、それが野田への最大のけん制球になるからであり、実際に民主党を割ってもその先に小沢の展望が開けるわけではない。
橋下との連携も、現時点では小沢の願望の域を出ていない。地域主権型道州制の実現を掲げる橋下が小沢と手を組む保証はないからだ。
■ロシアンルーレット
その橋下の台頭を、強く警戒する政権首脳も少なくない。副総理も兼ねて野田を支える岡田克也・行革担当相はその筆頭だ。小沢が橋下に秋波を送った3月上旬、岡田は、自他共に認める谷垣側近である自民党の川崎二郎・党財務委員長と会談していた。この会談をめぐり、大連立を打診したとのニュースが流れたが、野田―谷垣会談と同様、報道と実際の会談内容にはかなりの開きがあった。
「協力していただけるなら連立でも、と思っています。しかし、すぐには難しいでしょう。しかし、第三極が勢いづいているのも民主、自民両党が、国政を動かせないでいるためです。民主、自民両党の主張がほぼ同じである消費増税法案は何としても前に進めなければならないと思います。何とか協力をお願いしたい」
これが、岡田が川崎に伝えた内容だった。まず、橋下ら第三極の台頭に警鐘を鳴らし、消費増税法案が民主、自民両党共通の課題であることを指摘。その上で、消費増税法案成立に向けた一つの形として大連立に言及はしたが、実現が難しいことを前提に、あくまで民主党の心構えを示した形だった。
報道されていないが、岡田は、大島理森副総裁、町村信孝元官房長官、古賀誠元幹事長ら領袖クラスと会談を重ね、同様の話をしている。しかし、谷垣側近である川崎は、岡田の言葉をより積極的な大連立の申し出と解釈した。
「谷垣は9月の総裁選までに、衆院解散・総選挙に持ち込めなければ、辞任となるが、それは難しい。大連立で政権に復帰して総裁選を乗り切り、年末から年明けの衆院解散を目指すのは次善の策だ」
これが川崎の考えだ。
一連の大連立打診報道の実相はこのようなものだった。
絶対反対の小沢グループを抱える党内調整は、法案の提出期限である3月末まで、延々と平場での議論を積み重ね、自民党対策は、首相、副総理が自ら、水面下交渉に動く――。一見、党内外、表と裏を使い分けているようにもみえるが、何も形になってないことは明らかだ。
野田は強気の発言とは裏腹に、増税法案を成立させることができないまま代表選を迎え、政権から引きずり降ろされる展開を警戒する。小沢に極めて近い輿石は党分裂の事態を憂慮し、早期の解散にも否定的だ。いずれも回避するには法案採決を先送りし、継続審議にする道しか残されていない。
その場合「政治生命を懸ける」と言い切った野田は続投の目が封じられる公算が大きい。藤井が主張するように、突き進むしかないのだ。それは小沢にとっても同じこと。行く手は闇でも突き進むしかない。
「野田は消費増税を絶対なしとげなければならない。小沢は絶対阻止しなければならない。政権の存続には自民党を引き込むしかない。野田政権が発足した時から変わらない構図が、ついに現実の権力闘争として表面化しただけだ」
ある官邸幹部は、こう「解説」してみせたが、何ら有効な手を打てないでいる。
ロシアンルーレット――1発の弾丸を装填した拳銃の弾倉を回して自分の頭に向け引き金を引く究極の賭け。先の展望も打つ手もないまま、わかっていることは、どちらか一方が倒れるまで続くことだけ。現在の政局は、あの無謀なゲームにも似る。生き残るのは野田か、小沢か。最終決戦の火ぶたが切られた。
(文中敬称略)
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