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検察は原点に回帰せよ!
元公安調査庁長官 緒方重威
http://gekkan-nippon.com/?p=3323
『月刊日本』2010年11月号
人的証拠の改ざんは日常茶飯事だ
―― 大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で、主任検事・前田恒彦容疑者が逮捕された。
【緒方】証拠物を改ざんしたという話を聞いたとき、「まさかそこまでとは」という思いと共に、「やはりそうか」という思いを抱いた。
証拠は、人的証拠(人証)と物的証拠(物証)に分類される。村木事件をはじめとして、検察はストーリーありきの取り調べを行う。そこでは、被疑者の言い分にも耳を傾けて事件の真相を明らかにしていくのではなく、検察の作り上げたストーリーに被疑者の供述を当てはめていくという手法がとられる。その意味では、人証の改ざんを日常的に行っているといって良いのである。それが更にエスカレートして、前田検事のように物証の改ざんまで発展したとしても、行きつくところまで行きついたという感を抱き驚くことではない。
私もまた2007年、朝鮮総連ビル売却に関する詐欺容疑で、東京地検特捜部によって逮捕された(注)。取調べの際、私が一言も喋らぬ内から調書が出来上がっていた。そんなものには署名できないと、つっぱねたが。
取り調べは連日、深夜12時、1時にまで及んだ。朦朧とした意識の中では、検察官に調書の確認を求められても、こちらの供述通り書かれているかどうか、一字一句確認する力など残っていない。また、人格を否定するような言葉を何度も浴びせられた。
この朝鮮総連本部ビル売却問題において、検察の描く構図に合わせた捜査を担当したのが前田恒彦氏だ。彼は私と共に逮捕された満井忠男氏の取り調べを担当していたが、取り調べについて検察側証人として出廷した前田氏は、不当な取り調べを否定した。現在弁護団が前田氏を偽証容疑で刑事告発している。
外交に振り回される検察庁
【緒方】私の逮捕された事件に、政治的意図が働いていたことは間違いない。当時は安倍晋三総理大臣の時代であり、政治は対北朝鮮強硬路線で動いていた。私が元公安調査庁長官を務めていたこともあって、「元公安庁長官が、取り締まるべき朝鮮総連を助けるとは何事か」という、官邸サイドの怒りの声も伝わってきた。実際、私の行動をまるで大犯罪であるかのように報道したのは、安倍晋太郎氏と懇意にしていた毎日新聞である。この関係は偶然ではあるまい。
また、この事件には権力闘争も関わっていたと思う。当時の警察庁長官は漆間巌氏であり、彼は公安庁を潰して警察権力の拡大を目論んでいた。検察としては、警察に先に動かれ、私を逮捕されては、組織としての面子が潰れると思ったのだろう。
事件の詳しい経緯や、私がいかなる意図で朝鮮総連の売買に関係したかは、『公安警察』(講談社)を参照して頂きたい。
―― 尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件において、那覇地検が下した船長の釈放決定にもまた、政治的意図が働いていたという。
【緒方】那覇地検の次席検事は釈放理由として、「我が国国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」と述べていたが、こうした政治的判断は一介の次席検事のできることではない。当然そこに官邸側からの意向が働いていたと見るべきだ。
私の事件では日朝の外交問題が関わっていたが、今回の那覇地検の決定には日中の外交問題がかかわっている。外交問題に検察が振り回されるとは、非常に不健全な状態だと言わざるを得ない。
検察の信用は地に堕ちた
【緒方】検察権力がこれほど強大になった背景には、世論やマスコミの存在がある。特捜部が何らかの事件に着手した際、報道番組には必ずと言って良いほど元特捜部の人たちが登場し、検察寄りの発言をする。新聞や週刊誌においてもそうだ。
何故、彼らがこれほど重用されるのか。それは、世論やマスコミが特捜には権威があると思い込んでいるからだ。それ故、相撲協会やコンプライアンス委員会などに元検事の人たちが就任するのである。
しかし、今回の改ざん事件を契機に、検察に対する評価は激変した。NHKの世論調査によると、「検察を信頼していない」と答えた人が57%にも上った。元検事のテレビコメンテーターたちが必死でこの流れを食い止めようとしているが、実に見苦しい。彼らに対して「あなたたちも、こういう取り調べを行っていたのではないですか」と問い質すべきだ。
とはいえ、依然として検察が強大な権力を持っているという事実に変わりはない。検察が起訴しようと思えば、必ず起訴できる。これは決して一部の人間の問題ではなく、誰の身にも振りかかる可能性のある出来事だということを、日本国民は自覚しなければならない。
検察は原点に回帰せよ!
―― 取り調べの可視化を求める動きが進んでいる。
【緒方】取り調べの全面可視化に対しては、取り調べる側に心理的圧力がかかり、巨悪を眠らせることに繋がるという意見もある。しかし、検察官に心理的圧力がかかるからこそ、従来のような無理な取り調べを防ぐことができるのだ。また、これにより「100人の犯人を逃すとも1人の無辜を罰してはならない」という刑事裁判の鉄則を守ることができる。
そもそも、取り調べとは人格と人格の対決である。真摯な対応によって被疑者にぶつかれば、必ずや真実を明らかにできるであろう。また、犯罪が存在しないことが判明すれば、そこから強引に捜査を続けるのではなく、捜査の打ち切りという当然の対応も可能になるはずだ。
仮に取り調べの際に被疑者を怒鳴ることがあっても、自らの言動に責任を持ち、真実を追求する真摯な態度で怒鳴るのであれば、その様子を録音・録画されたとしても何ら恥じることはないはずだ。恥ずべきは、取調官の描いた通りの供述を無理矢理得ようとして、脅し上げることである。
検察は捜査の原点に戻らなければならない時期に来ている。「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則を守り、冤罪撲滅に向けて組織改革を行っていただきたい。
(注)朝鮮総連ビル詐欺事件とは
2007年6月、627億円の債務返還を求められていた朝鮮総連は、裁判所より朝鮮総連中央本部を差し押さえられる可能性があった。この差し押さえを防ぐべく、朝鮮総連の代理弁護士を務めている元日弁連会長の故・土屋公献氏が一計を案じ、緒方氏が代表を務める「ハーベスト投資顧問」株式会社に総連本部を売却することとなった。しかし、このための資金が集まらず、緒方氏側はハーベスト投資顧問に移されていた朝鮮総連中央本部の所有権登記を元に戻している。
こうした一連の動きを東京地検特捜部は問題視し、所有権移転登記をめぐる詐欺容疑で緒方氏を逮捕した。
しかし、総連側は「だまされたという認識はない」と語っており、被害者が存在しないのに詐欺事件が立件されるという、奇妙な状況が生まれた。
*本稿は編集部の許可を得て投稿しています。
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