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日本の借金について、自治体分も加えた「国と地方の長期債務残高」は2009年度末時点で816兆円にものぼりGDPの170%程度に該当することが報じられ、諸外国に比べて財政事情は非常に厳しいと非難された。最近では、その借金が遂に1,000兆円を突破する見通しだと報じられている。
その一方で、私たち国民の持つ総資産はいくらだろうか?
個人の金融資産額が約1,400兆円(日本銀行2001年末「資金循環勘定」個人金融資産1,421兆円より)という数字は報道でよく耳にするが、それに不動産などの実物資産を加えれば国民個人の持つ総資産額は約2,700兆円になる。国民個人の負債総額が約400兆円あるので、差し引きすれば国民個人の総資産は約2,300兆円の黒字ということだ。平均して国民一人当たり約1,800万円の資産を持つことになる。世帯で考えれば、その数字に家族人数分をかけた額になる。ここでいう国民個人の資産や負債とは、家計部門に限った数字なので留意されたい。
そして日本全体の総資産については、家計部門の資産額に政府や地方自治体や法人企業の資産額を加えれば約8,500兆円となる。すなわち日本全体の総資産を表す「国民総資産」は約8,500兆円。国の借金や国民個人の負債を含めた日本全体の負債が約5,500兆円あるので、差し引きすれば約3,000兆円の黒字額が日本の「国富」であり、これが日本の正味資産額となる。
にもかかわらず、個人の金融資産額1,400兆円のみを協調して、国の借金(国債など発行総額)が個人の金融資産額1,400兆円を超えれば国の経済的信用がなくなり国債を買ってもらえなくなる恐れがあるといわれている。そして、国の借金が1,000兆円を超えようとしている現時点において、国の借金が個人の金融資産額を超える逆転現象はすぐにもやってくると煽る。それに加えてEU経済危機や円高そして大震災や原発事故の影響などの不安要素を持ち出し、財政再建や財政規律の名の下に消費税増税を推し進めようとする。約3,000兆円の「国富」の存在を考えれば、財務省とその尻馬に乗る野田政権の増税路線には、もはや迫力は感じない。もっとも古今東西、増税すなわち財政再建を優先して景気を浮揚させた事例はない。
実は日本では、産業全体に占める輸出の割合は、世界で見てもそれほど高いものではない。20%にも満たない。隣国の韓国よりも低く、その意味で日本は内需産業国といえる。一方、輸出産業を見れば輸出先のお得意さんとして米国が挙げられる。たとえば自動車産業を例にとれば、米国でかけられる関税率は2.5%と低い。それは、農産物などが日本に入る時にかけられる日本の関税率と比較すればかなり低い数字だ。
以上のことからすれば、現在、国会で議論されているTTP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加は日本全体にとって不利になることが想定される。自動車業界など輸出に依存する業界がTTPに賛成するのは理解できるが、政府が率先してTTPを推進するのは何故だろうか?
それは米国への依存度の高さゆえである。日米安全保障条約に代表されるとおり、あくまでも日本は米国と一体というのが霞ヶ関による建前だが、実態はといえば、日本は米国の属国状態である。その証拠として、従来の「日米構造協議」や現在の「年次改革要望書」の存在が挙げられる。「年次改革要望書」は米国政府から日本政府への要望書の形をとっているが、その実態は内政干渉以上の強い拘束力を持つものといわれており、米国から日本に対する指示が書かれているという。日本政府は「年次改革要望書」に従って政策を作り政治を行っている。「郵政民営化」もその一つで、日本の資金が多数のチャネルを通して米国に流出している。
そして、今まさにTTPにより日本の多額の資金が米国へと、さらに流出しようとしている。米国の一番のねらいは、農産物の日本への輸出などではなく、日本の多額の金融資産の取り込みである。今まで以上に深く日本に入り込み、家計部門までの金融資産を狙うこと。それが米国のしたたかな戦略であるが、日本の豊富な資産を狙っているのは何も米国だけではない。中国だって日本の企業や不動産を狙っている。
民主党政権というより、財務省・外務省・経済産業省など主要な官庁は、米国協調路線を堅持することが日本の国益になると信じて疑わない。それは長年にわたる日米間の協調政治による賜物である。そのため、既存政党の誰が政権をとろうとも、米国協調路線が変わることはありえない。
原発や核燃料再処理工場を誘致した地方自治体に入る資金について、国からは電源三法交付金が、電力会社からは核燃料税と寄付金がそれぞれ当該市町村に支払われる。多額の資金であるが、施設の固定資産税の歳入を含め、誘致した自治体の歳入に占めるそれらの割合は自治体ごとに異なり、おおむね約4割〜7割である。原子力関連施設に大きく依存している状況が見て取れる。さらに、住民の大半は原子力関連施設で働き、雇用が守られ、住民や施設からの所得税や住民税や事業税などをも考慮すれば、ほとんど原子力村といっても差し支えない。
しかし、それらの市町村はなにも好き好んで原発などを誘致したわけではない。誘致した市町村のある年配議員は以前、次のように話していた。「命が大事なことはよく分かっている。しかし、それでも命より金だ」と。
昔から、港湾に適した平野には海上運送を求め、人が物資と共に集まり栄える。それが都市となり、さらに人・物・金が益々集中し、東京・横浜・名古屋・大阪・神戸などの大都市が生まれた。一方、気候が厳しい山間地域では農林業を営んでも年毎の気象条件や自然災害により安定的に収穫できない。そのため人は安定した雇用を求め、山間地域から離れ都市に向かう。あるいは、きらびやかな大都市に憧れ田舎を後にする。
そのように、自分たちの地域が過疎化していく姿を何十年と見ていれば、どうにかしなければと誰もが思う。さらに、1950年代半ばから1970年代初頭までの高度経済成長にも乗り遅れた市町村の一部がとった最後の手段が原子力関連施設の誘致であった。
いまや、福島第一原発事故により脱原発の機運が全国的に広がっている。原子力関連施設を誘致した市町村は、歳入のほとんどを原子力に依存しているため、今後の市町村の運営について大きな不安を感じている。また、福島第一原発から半径20km以内の警戒区域に入る町のうち、町民の雇用と町の収入を守るため、放射能で汚染された土壌を保管する中間貯蔵施設を受け入れると腹をくくる町長がいてもおかしくはない。哀しいかな、人や町が生きていくための現実である。いくら理想論を振りかざしても食べてはいけない。原発推進でも、脱原発でも、どっちに転んでも原子力に依存し続けなくてはいけない過疎地の現実を思い知らされる。
以上のように、原発問題を考えても、その根本にあるのは地域間の経済格差である。経済格差による雇用と収入の問題だ。それを助長したのが貨幣経済による経済成長ありきの社会構造である。そのような経済社会を維持し続けようとすれば、あらゆるところで原発問題のような歪が生じてくる。
正社員が減り続け、アルバイトやパートなどの短期契約社員やまともに働くことのできない日本人が増え続けている。同時に、しっかり考えることのできない日本人もあらゆる分野で増え続け、日本の国力は間違いなく低下している。企業や公共団体などで、うっかりミスや不祥事や事件が多発しているのもそのためである。そんな状況下で税収が下がるのは当たり前で、歳出(支出)レベルを維持したままで、歳入(収入)を賄おうとすれば年を追うごとに借金(国債)額が増え続けるのは当たり前で、子供でも分かることだ。税収に見合った歳出構造へと変えていくしかない。すなわち日本社会を抜本的に変革するしかない。いまから、その国家ビジョンを作ることが急務である。地球環境や世界状況が変化し続けているにもかかわらず、日本だけが変わらずに、たとえば公務員の身分保障が担保され続け、議員の報酬額が高いままで良いわけがない。
今後、経済成長は望むべくもない。というよりも、未来永劫、いつまでも経済成長が続くはずもない。もはや経済成長の段階は終わり、これからは地域に根ざした共生社会を目指す段階へと移行していく。貨幣経済中心の社会の限界を悟り、今後、徐々に信頼や相互扶助などの精神的向上を目指す共生社会へと移行しなくてはいけない。それは、自然の摂理が東日本大震災や福島第一原発事故をとおして私たち日本人に教えてくれたことに他ならない。市場原理主義の下、協調より競争を優先し、行き過ぎた競争を是とする、いびつな経済社会からはそろそろ脱却しなくてはいけない。協調と競争を両立した共生社会への移行である。
そのためには、日米関係についても新たな段階へと進化させる必要がある。現在のままの日米関係では、市場原理主義から脱却することは難しい。いつまでも日本に経済成長や資金を求め続ける日米関係からは脱却することである。
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