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東京新聞 2012年(平成24年)3月11日(日曜日) こちら特報部
民間事故調報告 よく読むと
福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)が先月末、公表した調査・検証報告書。事故直後、混乱した政府対応の問題点として、菅直人前首相の「性格」を挙げた。この点を根拠に、にわかに「菅叩き」が再燃した。だが、冷静に報告書を読むと、最大の問題はそこにはない。問われたのは、情報を官邸に上げなかった経済産業省原子力安全・保安院幹部をはじめとする官僚たちの対応だった。(小栗康之)
混乱原因 「菅」より「官」
先月二十八日に記者発表された報告書では、事故直後の菅氏の行動が生々しく描かれる。たしかに一国の首相としては奇異に移る部分もある。
たとえば、昨年三月十一日夜、東京電力福島第一原発に電源車を手配するシーンだ。菅氏自身が秘書官に「どこに何台あるか私に教えろ」と直接指示。「警察の先導車をつけてはどうか」「まだつかないのか」と言い、秘書官らが「後に警察にやらせますから」と述べても、「いいから俺に報告しろ」とこだわったとある。
代替バッテリーの必要性が判明した時には「必要なバッテリーの大きさは? 縦横何b? 重さは? ヘリコプターで運べるのか」と電話で担当者に質問、自身で熱心にメモをとっていたとの記述もある。「俺の質問にだけ答えろ」といった発言も飛び出していた。
報告書は、こうした事例を踏まえ、「菅首相の個性が政府全体の危機対応の観点からは混乱や摩擦の原因ともなった」と指摘している。
つまり、▽どこまでの判断を自分がすべきか、なにを閣僚や事務レベルに任せるかの検討をしていない▽他人に対して「強い態度で自分の意見を主張する傾向」があり、関係者に「心理的抑制効果」が出た―という点が問題視された。
しかし、報告書は菅氏にすべての責任を負わせているわけではなく、むしろ高く評価している部分も少なくない。
強い自己主張は「危機対応において物事を決断し、実行するための効果という正の面」があったとし、「判断の難しい局面で菅首相の行動力と決断力が頼りになったと評価する関係者もいる」とも紹介している。
「首相がこうしたトップダウンスタイルで十二日早朝に福島第一原発への視察を強行したことが、その後の官邸による現場関与が深まっていく原動力となった」と絶賛している部分さえある。
報告書は菅氏を断罪するトーンでは書かれていない。にもかかわらず、報告書が菅氏の対応を激しく批判しているという解釈が拡大。従来の「イラ菅」のイメージや一部報道も手伝ってか、「菅(前首相)の存在が事故悪化の根源だ」といったムードが広がった。
菅氏自身は報告書について「私が東電撤退を拒否し、政府と東電の対策統合本部を設置したことを公平に評価している。ありがたい」とコメントした。自分の言動を批判する部分については、特に反論していない。
情報上げず ご用聞き
「官僚免罪のような曲解おかしい」
「報告書では東電や官僚などが首相に対し、情報を上げていないことが記されている。報告書を曲解し、事故の悪化が菅氏の性格によってもたらされたとし、その分、東電や官僚が免罪されるような解釈はおかしい」
東電会見に継続して出席し、事故の真相究明に取り組んでいる日隅一雄弁護士は報告書を報じるメディアの視点について、こう異議を唱える。
日隅弁護士によると、報告書から読み取れる重要なポイントは、官僚側が備えておくべき危機マニュアルの想定の不十分さ、東電と保安院の対応のお粗末さ、首相官邸サイドの東電と保安院に対する不信だという。
例えば、東電は事故発生直後、首相官邸サイドのベント指示に対し、即座に対応しなかった。報告書によれば、その理由を官邸側がただした際、東電は説明抜きで「わからない」とだけ答えたという。東電と福島県がベントのために住民避難の終了を待っていたことについても、官邸側には伝わっていなかった。
報告書は、官僚について「初期段階において、保安院を中心とする霞が関の官僚機構の対応は総じて事後的・受け身なものであり、存在感は希薄だった」と指摘。「東電、保安院、原子力安全委員会の間の平時からの情報共有の不十分さが認められる」と分析している。
こういう状態ならば、首相自身が積極的に情報を得たがるのは無理もない。日隅弁護士は「原発事故という危機の中、首相が責任を持って対応しなければならないと思うのは当然だ。情報が来なければ、頭に来る。『冷静な対応』をしていれば、事態はもっと悪化していただろう」と話す。
部下に対し、必要以上に事細かく指示し、情報を求める「マイクロマネジメント」は部下の士気低下につながるとされる。トップが官僚に任せず、すべてに口を挟むようなことも効率的ではない。しかし、これは部下がトップに従うことを前提にした議論。政治主導、官僚支配打破を訴えてきた首相と官僚側の関係は当時、最悪といえた。
歴代政権では、故・橋本龍太郎元首相も詳細な情報提供を求める癖があり、官僚側に「課長級首相」と煙たがられたこともある。だが、それで大きな失態につながったことはない。官僚の発言をうのみにしたり、言動が大きくブレる首相よりましかもしれない。
「動かぬ技術系トップ ぞっとした」
報告書にはバッテリーの大きさなどを質問する首相を見て「同席者の一人は『首相がそんな細かいことを聞くというのは、国としてどうなのかとぞっとした』と述べている」との記述がある。
証言したのは、内閣審議官の下村健一氏。この記述について、細かいことを聞きすぎる菅氏に対し、官邸内でも危機感が出ていたことを示す証言だ、という解釈が支配的だった。
しかし、報告書の公表後、下村氏は自らツイッターで「そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、(中略)ぞっとした」という解釈が真意だと説明している。
結局、事故を過酷化させた責任は当事者の東電に加え、「(東電に)事故の進展を後追いする形で報告を上げさせる、いわば『ご用聞き』以上の役割を果たすことができなかった」(報告書)とされる保安院など、原発推進官庁の官僚側にあったといえる。「菅叩き」はそうした問題の本質を覆い隠しかねない。
デスクメモ
3・11から一年。原発は再稼動が焦点になっている。従来、この種の判断は利益相反のオンパレードで「いかさま賭博」に等しかった。福島の事故後も構造は変わらず、保安院や原子力安全委員会が評価を扱っている。そこで再浮上した前首相バッシング。再稼動への情報操作とみるのはうがちすぎか。(牧)
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