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米国を真似て財政破綻したがる日本
2012年3月8日 田中 宇
日本銀行は2010年10月から、景気対策と称して、日本国債の買い取り事業を行ってきた。日銀が国債を多く買うほど国債金利が下がり、それに連れて企業が資金調達する際の長期金利も下がるので、景気テコ入れ策になるという理屈だ。実際は、民間銀行が貸し渋りを続けているので、金利が下がっても企業、特に中小企業の資金調達は楽にならない。日本人にとって不運なことに、この日銀の国債買い取り策は、今年2月14日の政策決定会合を機に「役立たず」なものから「有害」なものへと変身した。日銀は10年10月以来4兆円の国債を買い取ってきたが、今年は1年間で38兆円の国債買い取りを行う予定だと、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が報じている。(Japan's Bond Buys Are Seen Pressuring Debt)
同紙は、日銀の国債買い取りが今回の大増額によって、景気対策の範疇を超え、政府の野放図な財政拡大(国債の過剰発行)を助ける有害策になったと批判的に報じている。今年新規で発行される日本国債は44兆円と目されている。日銀は、今年新規発行される日本国債のほとんどを買い取ることになる。これは確かに、米連銀がやっているのと同様、大増刷による国債買い支え(マネタイゼーション)である。連銀の国債買い支えはドルの過剰発行なので投資家の評判が悪く、ドル安の要因となり、円高ドル安が続いてきたが、2月14日より後、日銀が連銀と同じことを始めたので、一転して円安ドル高の傾向となっている。(Why the Yen is swan diving)
日本国内では、日銀の金融緩和拡大が批判されていない。円高がおさまるので、むしろ歓迎されている。長年の「デフレ」対策に加え、世界不況の影響、震災後の復興支援など、金融緩和が必要だと考えられている。実際のところ、日本で続いているのはデフレでなく、安価な中国製品などの流入による価格低下だ。しかし日本では、経済の最大の問題は何かと問われて「デフレ」と答える人が「専門家」になれる。また、景気対策のために金融緩和しても、民間銀行が貸し渋りしている限り効果は出ない。だから「緩和策の急拡大は、過剰な国債発行を円増刷で買い支える悪い政策だ」というWSJの指摘は当たっている。同紙は日銀が政策会合を開いた翌日に「死んだ馬の尻をたたく(金融緩和策という名の馬の尻をいくらたたいても、馬はすでに死んでいるのだから走らないよ)」と揶揄する題名の記事を出している。(Beating a Dead (Monetary) Horse)
WSJが描くところは、野放図な財政出動を続けたい日本政府が日銀に圧力をかけて緩和策のを急拡大させたというものだ。日銀が、国債買い取りの拡大に以前から抵抗していたのは確かだ。しかし私が見るところ、日本政府(財務省など)がやりたいのは、野放図な財政出動でない。日本政府は、米連銀が緩和策をやりすぎてドルや米国債の信用失墜が起きるのを防ぐため、日本でも米国に負けないよう、日銀に緩和策を拡大させたのだろう。日本が米国を超える能力を持っても超えずに、バブル崩壊などを起こして意図的に日本の経済力を落とし、米国が自滅するなら日本も自滅するのが、戦後の日本の官僚機構がめざす対米従属の構図だ。
日本人は老若男女、節約を美徳とする国民性を持っている。子供も喜々として節約をする。倹約生活を変えたくない大金持ちの老人が、巨額の遺産を残して死んでいくことも多い。日本人の倹約を好む国民性は、ドイツ人と共通だ。ドイツは国を挙げて倹約が好きだ。EUを牛耳るドイツは、ギリシャ国債危機への対策を口実に、EUの全加盟国にケチケチした緊縮策を強いる財政統合協約を結ばせた(英国などは反対)。ドイツも不況時は財政赤字を容認するが、一定以上の赤字は許さない。ふつうに考えれば、日本もドイツ並みに、国民性を反映して緊縮財政を好む政府運営が堅持されるのが自然だ。だが日本はドイツと異なり、国民(家計)は節約型だが、政府は国民性を全く反映せず、南欧人的に放漫で、この30年間、財政赤字を拡大し続けている。奇妙だ。
▼対米従属をやめる前に財政破綻する?
この奇妙さを解くカギが、戦後ドイツはいやいやながらの対米従属だったが、戦後日本は官僚が対米従属によって権力維持に成功したので積極的な対米従属だという点だ。1970年代に米国で財政赤字の急拡大とドル過剰発行に拍車がかかり、財政から米国の覇権が潰れる可能性が出てきた後、日本政府も「均衡ある国土の発展」を口実に、地方の公共事業を急拡大して財政赤字体質を悪化させた。日本国債の格下げは、官僚機構にとって予定通りのことだったろう。
90年代から最近まで、米国は債券金融システムの拡大によって成長し、この間、財政赤字が抑止された。だが近年、テロ戦争やイラク占領での軍事費の急拡大、財政出動による金融救済などによって、米国は再び財政赤字が急増し、ドルが過剰発行になった。為替は円高ドル安になった。日本では対米従属を貫こうとする官僚機構と、対米従属から脱しようとする民主党政権(小沢一郎ら)との暗闘となったが、昨春の震災後の復興を口実に官僚支配が再び強くなった。円増刷による国債買い取りを不健全として嫌がっていた日銀も抵抗し切れなくなり、今回の金融大緩和が始まった。
日本では消費税の増税が検討されているが、消費増税で財政赤字が減ると、日米間の財政赤字のバランスで日本が優勢になり、円高になる。米国より弱くありたい日本の官僚機構が、消費増税で財政赤字を減らそうと本気で考えているのかどうか、疑問がある。消費増税したら消費が減退し、むしろ経済減速の悪影響が大きいかもしれない。
米連銀は昨年6月以来、金融大緩和(QE)をやめている。米政府も福祉や教育、軍事費などを切り詰め、財政赤字を減らそうとしている。債券金融システムも復活してきた。このまま米当局がドルと米国債の過剰発行をやめるなら、赤字は問題にならなくなる。だが現実はたぶん、米国の金融システムが脆弱なままなのでいずれまた不調になり、大緩和策と赤字増を再開するだろう。少なくとも、中国政府はそのように予測し、備蓄・決済通貨のドル離れを加速し、BRIC諸国間で人民元やルピーなど自分らの通貨で貿易金融決済する度合いを増している。日本当局も、ドルの潜在的な脆弱さを見越して、先制的に、円をドルに負けずに弱くする大緩和を始めることにしたのかもしれない。(China offers other Brics renminbi loans)
日米のほか、英国も、通貨と国債の大増刷に励んでいる。だが、英国はできるだけ政府支出を切り詰めて赤字を増やさないようにしており、延命策の色彩が濃い。対照的に米国は、無意味な戦争や金融機関を儲けさす金融救済策など浪費が多く、自滅策の色彩が濃い。日本は、対米従属なので、米国と同歩調の自滅策をやっている。紙幣の過剰増刷を続けていると、どこかの時点でデフレが一転してインフレ、そして超インフレへと悪化する懸念もある。(Japan's Bond Buys Are Seen Pressuring Debt)
日本はこれまで、国内金融機関が資金(つまり国民の預金や保険料)の投資先として国債を買っていたのが、国債購入の大部分だった。これは事実上、国民が政府に金を貸していることで、無から有を生み出す増刷による国債買い取りより健全だった。だが今後は、不健全な増刷による買い取りが増えていく。日本の官僚機構は、ドルや米国債の破綻に合わせて円や日本国債をも破綻させようとする「無理心中」のモードに入ったのかもしれない。
日本は、戦後の対米従属の時代に営々と築いてきた国富を、米国の衰退によって対米従属が終わる前に自滅的に全部吐き出そうとしているようにも見えてきた。多くの読者にとって、官僚機構が日本の自滅を画策しているというのは奇異に見えるだろう。だが私が予測するところ、これから日本で起きることは、まさに自滅的な感じの展開になっていくだろう。
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