18. 2012年3月11日 16:29:41
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>>15、>>16、>>17、森羅万象殿、私は、>>09で>>13だ。 そもそも公開の論争と言うものはそれを読む第三者の批判・評価を前提としまた目的とする。公開論争とは、論者が論争の中で自分の論点を論争相手のみならずそのような第三者に対して明らかにしてその批判と評価にゆだねるものだ。したがって、双方の論点は、そのような論争を「読む」第三者の批判・評価に耐えるものでなければ論争の名に値しない。相手方への誹謗の応酬に陥ってその挙句に相手を言い負かしたほうが勝ちだとなれば、それはもう論争ではなく小学生の口喧嘩だ。暇で執念深いほうが勝ちだ。 もちろん、森羅万象氏が小学生の口喧嘩をしようしているとは思いたくないが、このようなネット上の南京虐殺論争では南京虐殺否定論者にそのような傾向が大であるので、あらかじめ念のために確認しておく。 というわけで、>>15、>>16、>>17の疑問については、私の>>09、>>13がすでに詳述した点であり、それを読んだ第三者にはすでに自明のことであるから、特に何かを付け加える必要を認めないが、「厚顔であれば、再回答してみて下さいね」と言われては、何か言わざるを得まい。それは、私が実際厚顔であるからばかりでなく、「厚顔だと言われたくなかったら返事するな」との真意がそこに透けて見えて、森羅万象氏の腰が引けているのが明らかだからだ。だから、私が厚顔ばかりでなく意地が悪いということもあらかじめ認めておこう。 まず、「見ず知らずの人間に向かって君とは、どこかのお偉いさんなんですか(笑)」とのことであるが、私としては日本には長幼の序もあるので年少の友人に対する親しみをこめてあえて「君」を使った。君の書いたものを読めば、歴史の事実は絶対教えない自分の頭でものを考える力は持たせないと言う文部省の愚民化教育を受けた若い人だと思わざるを得なかった。君が「君」と呼ばれることに立腹するということであれば、ここからは「あなた」と呼ぼう。これで満足のことと思う。 1. >>15関係 1.1 「大虐殺肯定論者のものばかり」の件について これは、そもそも>>09を読めば一目瞭然だしすでに>>13で詳述したので、そうでないことはそれらを読む第三者には自明のことと信じる。 ただ一点だけ言っておきたい。それが南京虐殺を立証するものなら日本政府・陸軍の一次資料まで「大虐殺肯定論者のものばかり」とするようでは歴史的事実の解明なんかありえない。そうやって南京虐殺を立証する一次資料を「大虐殺肯定論者のものばかり」として除いていけば、当然結論は「南京虐殺を立証する証拠はない」だ。まったく馬鹿みたいな話だが、実際これが南京虐殺否定論者の騙しのテクニックの一つであることを指摘しておく。 1.2 「先ほどの虐殺が無かったとは言っていないが、あったとも言っていない」件について なにかいろいろ釈明しているようだがまったく言っていることがわからない。自分の2番目のコメで、「自己レスです。先ほどの虐殺が無かったとは言っていないが、あったとも言っていない」とだけ書いておいて、それは1番目のコメの「南京虐殺と南京大虐殺は違う」という一文だけを指していて、その文の意味は「虐殺があったと中国が言う事を直ちには認める事はできない」だったとは、いったいどういう意味か。 誰がいったいそういう風に読めるのか。そんな特殊な意味であるのなら、そうならそうと第2のコメに始めからちゃんと書いておけばいいではないか。 もっと自分が書いたものに対して責任を持ってもらいたい。言論とはいったん発表されればそのテキストだ。後から「あれは本当はこういう意味でした」などと釈明するのは醜悪だし甘えだ。猛省を促したい。 1.3 「どうして虐殺があったかさえも認められないかと言うと」の件について 「虐殺があった」ことについてはすでに日本側の一次資料で論証されている(私の>>09参照)。当時の日本政府は虐殺を知り、それの善後策に追われ、松井は責任を取らせて解任され、三笠宮が後でそれを聞かされるほどの不祥事として陸軍中央で語り継がれている。当時の政府・陸軍は「あった」ものと認めているんだ。 これは私の>>09および>>13を読む第三者にはよく理解されているものと信じる。 それを「どうして虐殺があったかさえも認められないか」とはどういう意味か。1.で述べたように、そのような南京虐殺を証明する日本政府・陸軍の一次資料を「大虐殺肯定論者のものばかり」だとしてこれを無視し、あくまで「ない」と主張するのであれば、それは歴史認識ではなくもうイデオロギーだ。「南京虐殺はなかった」という主張が最初にあって、後はその主張を不可能とする事実や一次資料をみんな無視してただそれを言い立てているだけだ。 圧倒的な証拠にもかかわらずあなた個人が「どうして虐殺があったかさえも認められないか」を説明されたって誰がそんな個人心理の瑕疵について耳を傾ける義務があると言うのか。 1.4 「あなたの言うアジアって、中国、韓国、北朝鮮以外にあるんですか?」の件について 私が言うアジアはもちろん中国、韓国、北朝鮮ばかりでない。日本が占領し戦争に巻き込んだ一切のアジア諸国だ。フィリピンもシンガポールもマレーシアもインドネシアもベトナムもビルマも当然含まれる。どうもあなたは何も知らないんだと思うが、日本軍が行くところ必ず何らかの形の蛮行(シンガポールのチャンギ虐殺のように虐殺にいたったところも多い)が行われ現地のアジア人の恨みを買っている。加害者が忘れても被害者は決して忘れていない。したがって、日本に対するアジア人の友情の基盤ははなはだ脆弱だ。それ故、アジア人の日本に対する友情は貴重で大事にしなければならない。 特に今までは経済発展を遂げて経済力があったのは日本だけであったからその効果もあったが、これからは、原発事故による国土の放射能汚染と国民の被曝による経済力の衰退が、人口減少と高齢化と官僚利権政府の失政による本来の経済力の衰退に加わることから、急速な日本の国際的地位の低下が予想される。そのような状況において本当の友情が試されることになる。 「南京虐殺はなかった」と聞いたときにこれらのアジアの人々が思うのは自分たちの父祖が受けた日本軍の蛮行だ。「南京虐殺はなかった」という日本は、自分たちに対して行った蛮行も「なかった」と言うに違いないという思いだ。だから、右翼保守の執拗な主張にかかわらず「南京虐殺はなかった」との主張はアジア各国を含めて一切の国際的支持を得らていない。むしろ、言えば言うほど冷笑と軽蔑が返されているのは当然のことだ。 2. >>16関係 これは、もはやまじめな論争とは言えないレベルであるが、 2.1 「要するに、あなたの言う事は、こういう事ですね」段落について 私の主張の要約としてそれに続けて3点書いているが、それらはみんな一方的な間違った要約だ。>>09でも>>13でも私はまったくそんなことは言っていない。このようなことをわざわざ欠くところに悪意を感じる。 あえて私の主張を要約すれば以下の通りだ。 「南京虐殺は歴史的事実だ。これをほとぼりが冷めたからといってやった側が否定するのは卑怯だ。こんな否定論を続ければ、日本の名誉が失われて、貴重なアジアの友人を失うことになる」。 これは私の>>09、>>13コメを読んだ第三者には自明なことと信じる。 だが、またここで一点注意を喚起しておきたいことがある。森羅万象氏がやっているように、相手の言うことを極端奇矯に要約・展開してその要約が極端で奇矯であるから間違いで、従ってもともとの相手の主張そのものが間違いであると主張するのは、「南京虐殺はなかった」と主張する右翼保守デマゴークの常套手段の一つだ。こんな陳腐なトリックがまかり通るほど日本人の知的能力が劣ってきているとは思えないが、森羅万象氏においてはそのようなトリックは自制されたい。 2.2 「今まであなたを日本人だと思っていたのですが、中国の方でしょうか?」段落について 「今まであなたを日本人だと思っていたのですが、中国の方でしょうか? 日本人であれば、客観的な事を言うか、日本にとって有利な様に言うのが、当然だと思っていたのですが・・・。、」とのことだが、私は日本人だ。何故中国人かと問われるのかわけがわからない。 日本人だからと言って、日本のまた日本人の過去における失敗、愚行、蛮行、犯罪を盲目的に否定してあくまでも日本は間違わないと主張するのは、本当の愛国心ではない。その誤りを認め、引き受けることが本当の愛国心だ。そのような盲目的な誤った愛国心は、国をそして同胞を誤った道へ導く狂信だ。過去において日本はこの狂信によって自国民の300万人、アジア各地で南京虐殺犠牲者を含めて2000万人のアジア人を死なせる戦争を引き起こした。もう沢山だ。2度とこんなことは許されないし、私は、日本人としてみずからに許さない。 2.3 「私は、歴史家では無く」段落について 「戦後の情報統制の影響で客観的な資料が現在でも入手、閲覧し難い状況ですから」とあるがこれはまったく事実に反する。日本側の一次資料に欠損があるのは事実だが、それは戦後アメリカの情報統制とはまったく関係がない。その原因は、南京虐殺当時の日本政府と軍による情報統制と敗戦時の日本政府・軍による公文書の組織的かつ徹底的な焼却だ。 南京虐殺当時の日本政府と軍による情報統制の実態はこうだ。 日本政府・陸軍は私の>>09に見るように虐殺発生当初から情報を得て大騒ぎしていたが、その情報が国民に知られないように厳格な報道管制を行っている。だから、当時陸軍省兵務局防諜班長であった宇都宮直賢少佐がその回想録において述壊するように「南京の暴行虐殺事件のニュースについては、日本側はこれを発表することを禁止したが、全世界に知れわたって轟々たる非難の的となったことはまことに遺憾千万だった」(私の>>09)という事態に立ち至ったのだ。 内務省においてはその警保局が日本の新聞等が南京虐殺を報道することを厳しく取り締まったし、世界で広く報道され国際的な批判を巻き起こした外国の新聞・雑誌等の南京虐殺報道を発売禁止あるいは削除させ、日本人には決して伝わらないようにしていた。内務省警保局図書課の『出版警察報』(不二出版より復刻)中の「外来出版物取締状況」には、南京虐殺に関連して発禁処分にされた新聞・雑誌・書籍のリストがある。 陸軍省、海軍省においては、新聞班が設置され「新聞掲載事項許否判定要綱」に基づいて「わが軍に不利となる記念写真」等は厳しく検閲して報道させなかった。 南京戦に従軍した兵士が戦地から故郷へ送った手紙は、各部隊の上官による検閲を経た後、現地の軍司令部が管轄する野戦郵便局がさらに検閲した。兵士が戦場でつけた日記類についても上官と軍当局の検閲を受けるのが規則で、兵士の日本への帰還に際しては特に厳重な検閲を受け「皇軍の威信」を失墜するような現実を書いたものは陸軍刑法違反で処分対象となった。また、帰還した兵士には緘口令がしかれ、憲兵隊司令部からは全国の核憲兵隊へ、内務省警保局からは全国の警察へ、帰還兵の言論取り締まり強化が指示されている。 こうした検閲への違反事件として有名なのが石川達三の「生きている兵隊」事件だ。石川は南京戦に従軍し、第16師団佐々木支隊の将兵から聞き取りを行って「生きている兵隊」を書き、「中央公論」は編集者にによる自主規制である伏字を行ったうえで1938年3月号にこれを掲載した。これが発行翌日に発売禁止処分となった。石川は、編集・発行・印刷人ともに「新聞紙法」違反で起訴され、禁錮4ヶ月、執行猶予3年の判決を受けている。この弾圧事件の衝撃は大きく、他の作家やメディアは南京虐殺に関連する何か書いたり報道することを強く躊躇、恐怖させることになった。 この日本政府・軍による報道管制、規制、検閲によって、南京虐殺は発生直後から各国で大々的に報道され国際的に日本への非難が巻き起こったにもかかわらず、日本国民だけが一切事実について知らされないまま戦後の東京裁判で突然知るところとなると言う事態に至った。投稿氏が「南京大虐殺問題は東京裁判の法廷で初めて取り上げられ」とその問題の歴史を東京裁判から始める事実誤認を犯すのはこのためである。 当時の日本政府・軍のこのような報道管制、規制、検閲がなければ、南京事件は日本国民に対しても世界中の他の国民と同様にその発生時点から存在が知られていて、今日このように愚かな「南京虐殺はなかった」論が発生するような余地がなかったはずである。当時の日本政府・軍のこのような報道管制は当初の意図を超えて日本に大きな災いをもたらしたと言えよう。 さらに、敗戦時の日本政府・軍による公文書の組織的かつ徹底的な焼却による証拠隠滅とは、 1945年8月15日の昭和天皇による玉音放送から8月28日に始まる連合国の進駐まで約2週間の「空白期間」があったが、受諾したポツダム宣言に「戦争犯罪人の処罰」があったことから、この期間に日本政府と軍は閣議決定を行って証拠となる関係書類の徹底的な焼却を命令している。陸海軍の中央機関、政府各省庁、市町村の役所・役場に至るまで軍事関係文書の焼却が行われた。 外務省は早くも8月7日に証拠隠滅の方針を決め外交記録の多くを「非常焼却」した。南京の日本総領事館から本省に送信された南京虐殺に関する多量の報告文書や、各国の日本大使館、領事館から送られた南京虐殺に関する各国の報道や批判の報告、さらにアメリカ、イギリス、ドイツ等の各国政府から寄せられた南京事件に関する照会、警告、注意などの外交文書のほとんどが焼却されてしまっている。 一番徹底したのが陸軍で、参謀本部総務課長および陸軍省高級副官から全陸軍部隊に対して、機密書類焼却の命令が下達されているし、憲兵隊司令部からも8月14日、15日の両日と8月20日にわたり核憲兵隊において秘密書類の焼却を指示している。また、陸軍は各新聞社に対してさえ戦争に関する記録写真の焼却をせまっている。 その結果、南京戦を戦った中支那方面軍(上海派遣軍と第10軍)に編成されたのは70連隊以上だが、連隊の公式記録である「戦闘詳報」のうちそのような焼却を免れ防衛省防衛研究所に所蔵されるに至ったものは全体の約三分の一に過ぎない。 しかし、それでも証拠隠滅を免れた日本側の資料は現に存在する。私の>>09で紹介したとおり、階行社(旧大日本帝国陸軍将校・陸軍将校生徒・陸軍高等文官および陸上自衛隊・航空自衛隊幹部自衛官の親睦組織)から『南京戦史資料集』(階行社1989年)、『南京戦史資料集II』が出ていて、それらには防衛省防衛研究所に所蔵されていた、松井石根中支方面軍司令官以下、参謀、師団長さらに下士官、兵にいたるまでの陣中日誌や、軍中央、中支方面軍、上海派遣軍、第10軍の作戦命令や、軍、師団、各部隊の通牒、訓示、作戦経過概要、戦時旬報、戦闘詳報、陣中日記など、戦争終結直後の焼却を免れ戦後発見された多くの記録文書が収録されている。 それら以外にも南京戦に参加した将兵の私的陣中日記等々の一次資料が続々発見されている。日本の歴史学者はこれらの証拠隠滅を免れた日本側の一次資料を縦横に使って自由な研究を行っている。だから、「我々、政治や国民は、それが公平にできる風土を作る事が肝要だと思います」というのは何を指しているのかわからない。 むしろ自由な研究が妨げられているとすれば、1991年1月南京虐殺関係書籍の出版に抗議すると称して右翼が青木書店へ乱入して金属バットで電話機、机、文献等を破壊した事件(実行犯が逮捕された後も当該右翼の街宣車は青木書店を攻撃する大音量の街宣を繰り返し威嚇を続けた)をはじめとする「南京虐殺はなかった」と主張する人々の暴力だろう。このような暴力によりすでに各地での戦争展示、南京虐殺に関する映画の上映が妨害されている。「我々、政治や国民は、それが公平にできる風土を作る事が肝要だと思います」と真剣に主張するのであれば、このような「南京虐殺否定論者」による暴力による言論圧殺をこそ問題にするべきではないのか。 研究者レベルでは日中に限らず各国の研究者との間で南京虐殺に関する議論、協同研究が進んでいるが、河村市長の提言がそのような学術的な交流と協同を意味するものであるのなら、改めてそのようなことを名古屋の市長が述べること自体が奇異だ。実際、河村市長はそのようなことを言っていない。河村市長は「「通常の戦闘行為はあって残念だが、南京事件というのはなかったのではないか」と発言したうえで、「真実を明らかにしないと、とげが刺さっているようなものでうまくいかない。一度、討論会を南京で開いてほしい」と求めている。これは、自分は「なかった」ものと信じるが、南京虐殺があったかどうかを討論しようという提案で、こんな馬鹿げた提案が中国側はおろか国際的に通用すると思うほうが驚きだ。 南京虐殺があったというのは歴史的事実であって議論の余地がない。それを無視してあったかどうかを討論したいと言うのは、もうイデオロギーを主張したいという希望以外の何物でもない。現に、ここでも私の>>09が日本側の一次資料を用いて当時の日本政府・陸軍が「あった」ものとしてその対応と収拾に忙殺されていたことを論証したにもかかわらず、そのような日本側一次資料は「大虐殺肯定論者のものばかり」だとしてそれらは無視して、なおも「南京虐殺はなかった」との主張が続けられている。そんな一次資料をはなから無視してのイデオロギー論争が相手にされないのは当然だ。 だから、「その提言をする河村市長を言語道断とするあなたの論は看過できません」とのあなたのご意見にはまったく同意しない。そのような馬鹿げたイデオロギー宣撫の機会を与えてほしいと言う非常識な提案を恥だと思う。 2.4 「ところで」段落について 「ところで、中国の肩を持つ事に必死なあなたが、米国による日本人虐殺や、中国による自国民虐殺をスルーするのは、どういう事でしょう?」とのご質問だが、私はここが南京虐殺に関する板であるから南京虐殺を論じている。さらに、「米国による日本人虐殺や、中国による自国民虐殺」を批判・抗議するのであればその道義的基盤が重要なのに、自分たちがやった南京虐殺について「なかった」と主張するならばそのような道義的基盤が失われてしまうと指摘している。これは、私の>>13をお読みになった第三者には自明のことだろう。 特に、南京虐殺を否定するためにか、それが大したことではなく虐殺と呼ぶに値しないと主張するためにか、「米国による日本人虐殺や、中国による自国民虐殺」を言い立てるならば、「それじゃあみんなチャラにしようね」と各国に認めてほしいと言っているのに等しい。それは本当の意味での米国による日本人虐殺や、中国による自国民虐殺」への批判と抗議ではなく、自分の過去における虐殺を否定するために他人の虐殺を、特に自国民に対する虐殺を「ダシ」に使っているということだ。広島、長崎をそんな「ダシ」に使うことは許されない。広島、長崎は正しく批判され、断罪されるべきだ。 だから、私は南京虐殺を論じるに当たって他国の虐殺を論じない。他国の虐殺を論じるためにはまず自分の道義的基盤を確保しなければならない。特に「南京虐殺否定論者」の右翼保守のデマゴークによって、すでに日本の道義的基盤は滅茶苦茶だ。私が南京虐殺をここ阿修羅で論じるのは、そのような危機意識によるものだ。 以上だ。 森羅万象氏が以上の私の指摘と事実をこれで受け入れるものとはまったく思わない。事実を尊重する人であれば、私の>>09を読んだ段階で理解しているはずだ。だから、私はこれを読む第三者に向けてこれを書いた。 普通の知的能力を持ち、人倫と道義に篤く、勇気と誠実さにあふれたまともな日本人ならわかるはずだ。 南京虐殺は確かにあった。 それがたとえ密室における2者間の論争であっても、仮想された聴衆を前にその批判・評価に耐えるものとするように努める。まして、このような多くの人間が読むであろう阿修羅のコメント欄においては
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