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文藝評論家・山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』
2012-02-24 10:24
「最高裁事務総局」が自作自演したイカサマ「クジ引きソフト」の実体を、この眼で確かめてきた。その、驚くべきカラクリの実体を暴く。それにしても、「最高裁事務総局」なる秘密の権力組織の闇は深い。「裏金作り」から「イカサ マ・ソフト」の自作自演まで。「なんでもあり」の闇の軍団、闇の組織らしい。国家に秘密があるのは当然である。しかし、その秘密が簡単に見破られ、一般大衆の手によって暴露されるとは、国家を保持・持続させようとする側から見ても最低・最悪であろう。日本の司法官僚の劣化と知的崩壊は、小沢一郎裁判で次々と暴露されているが、ここまでくれば司法官僚階級を、一斉に粛清し、大掃除するしかないだろう。
昨日は久し振りに忙しかった。午前中は、締め切りがすでに過ぎてしまった「激論」という雑誌の原稿と、これまた締め切りが過ぎた「江古田文学」の原稿を必死で書き、残念ながらそのまま中断し、午後は1時に、都内某所で、いわゆる、イカサマがほぼ明らかになった検察審査会の「クジ引きソフト」の説明会に参加し、6時には、池袋で「月刊日本」副編集長の尾崎秀英さんのインタビュー取材を受けなければならなかった。「月刊日本」のインタビューは「橋下現象を斬る」というものだったが、僕は、「大衆論」という見地から、独自のハシモト現象分析をした。国政進出を公言し始めた橋下大坂市長について、ハシモト待望論がマスコミを中心に高まると同時に、ハシモト首相誕生も夢ではないのではないかという専門家たちの予想も出始めているが、それに呼応するかのように、さまざまなハシモト批判も活発になっている。僕の判断では、ハシモト・ブームは今が最高だろう、というものだ。言い換えれば、これ以上のハシモト・ブームは起きないだろうというのが、僕のハシモト論だ。ハシモト・ブームはマスコミが捏造したものだ。それに、民主党や自民党に不満と怒りを持つ大衆の集合的無意識の欲望が、一時的に共鳴したものだ。「石原新党」ブームと変わりはない。ハシモト・ブームにも石原新党ブームにも、大衆蔑視論ともいうべき「上から目線の政治学」があり、それが露呈し始めるとブームは終わる。たとえば日本の最近の保守思想には「大衆蔑視論」、いいかえれば「衆愚論」がある。「ノブレス・オブリージュ」なる思想を主張し、大衆を「愚衆」と見做す傾向である。転向保守・西部邁等が持ち込んだ、一部のエリートが民衆・大衆を指導するという、一種のレーニン主義、いわゆる「外部注入論」である。僕は、ここに保守思想の退廃の起源があり、保守の劣化、保守政治の劣化はここから始まったと見ている。大衆、民衆、生活者・・・を「上から目線」で、見下し始めたとき、日本の保守思想は終わったのである。僕の尊敬する保守思想家、小林秀雄にも江藤淳にも「愚衆論」はない。大衆、民衆、生活者・・・を批判し罵倒したことなど一度もなく、むしろ大衆、民衆、生活者・・・への限りないく優しいまなざしと畏怖感覚がある。小林秀雄や江藤淳が批判したのは知識人、文化人、ジャーナリスト、学者・・・の自己欺瞞性であって、大衆、民衆、生活者・・・ではない。ハシモト・ブームも、大衆や民衆を「上から目線」で指導しようなどと錯覚し始めた時点で、つまり坂本竜馬なる「歴史通俗読み物」のヒーローを持ち出してきて、漫画的・劇画的な「船中八策」なるものを発表した時点で、実質的に終わったと言うべきである。日本の大衆、民衆、生活者・・・は、つまり日本国民は、ハシモトや石原慎太郎や西部邁ほど馬鹿ではないということだ。
■「クジ引きソフト」の実演。どこでイカサマが出来るか?
(続きは、…… (http://www.mag2.com/m/0001151310.html)
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