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東京地検、東京高検、最高検及び東京地裁など司法当局は、共同で小沢事件に関する証拠隠滅を図ってきたのではないのか?
東京地裁が、この石川知裕衆院議員の再聴取の様子をICレコーダーに録音した記録などを証拠採用することを決定したのは2011年1月20日である。 小沢一郎氏裁判第9回公判(2011年12月15日)にて田代政弘検事が証人に立ち、 弘中弁護士の質問に答えた
弁護人「(打ち合わせで)録音は再生しましたか」
弁護人「今までその時以外に聞いた機会はありましたか? 田代証人「録音が存在すると分かった直後に説明を求められ、その時に聞きました」
田代検事と指定弁護士は、出廷のための打ち合わせを11月から4回(13−17時まで)行っており、その際にもこの石川氏が録取した記録を再生し聞いていると言う。
田代検事が、録音が存在すると分かってすぐに聞いたのは、少なくとも昨年の1月頃ということになる。同様に,東京地検特捜部も,その上部組織も裁判所も,その時以来,この録音と供述調書,捜査報告書など検察審査会に提出された数々の「検察側証拠」は虚偽であることを充分認知していたのだ!
一年以上前から、司法当局はこれを知りながら開示せず、石川氏らの裁判を続け、2011年10月からは小沢公判も新たに始めた訳である。
村木女史裁判の時に、FD改ざんが発覚してからも、検事調書がほとんど信用されず却下されても公判を続け、ごまかし続けた時と法務当局の姿勢は全く同じであり、ここに反省はない。
責任を取る必要性を 司法従事者は 誰も感じないのか?
他人に法に基づく責任を取らせるのが職業であって 自分自身は対象でないのか?
「虚偽の供述書」,「虚偽の捜査報告書」などによって,検察審査会の決議が行われたことが判明した時点で、この検察官達による違法行為を発表し直ちに「陸山会事件裁判」を中止させるのが 司法の姿勢でなくてはならないのは常識では無いのか?!
見つからなければ良いのか?
見つかるまで 黙っていればよいのか?
法治社会への責任を果たすものは この国には 誰もいないのか?
野党第一党の党首を 瑣末な帳簿記載の仕方が検察の判断と違うというだけで,「虚偽記載事件」を作りながら、法を守る立場のものがこぞって「虚偽調書」「虚偽捜査報告書」を作成し,また,"検察の想定と違う取り調べ内容は、証拠化せず”“調書にはせず”,被告側の不利になるものだけを集め、提示し、補助弁護士とともに公判の指揮を担当する斎藤隆博特捜副部長自身が,被告側には隠れて,検察審査会には直接説明に出向き,何時間もかけて,これらの虚偽資料の解説に努めた。(ルールを守る姿勢は皆無である!)
目出度くも、司法当局者の一致した努力により、検察審査会は無事に起訴相当決議をだし、小沢氏への裁判が始まることになった。(リンチンにかけると言った方が正確か?)
これだけ司法当局が結託すれば どんな聖人も極悪人にできる!
司法に不可能はないのだ
司法当局の当初の目論見であった、政権交代を阻止することはできなかったが、将軍を追い落とせば、烏合の衆だけが残り、政権交代を実体のないものにできるとの正当なる確信から、小沢訴追の手を休めることはなかった。
しかし,あまりにも無理を重ねすぎたということであろうか?
ここで,任意尋問のICレコーダーによる録音が発覚したのである!
今までの司法当局者のあらゆる努力により、折角作った“偽証書類”こそが,当然ながら,偽証工作の証拠になり,オセロゲームさながらに一瞬にして,全てがBlackになった!
検察は真っ黒である!真っ白な正義の存在から 一夜にして真っ黒になったのだ!!
勿論,小沢氏を起訴に持ち込めなかった直接の責任者である佐久間達也東京地検特捜部長(法務総合研究所国連研修協力部部長)は,2010年7月5日に大津地方検察庁検事正に,吉田正喜東京地検特捜部副部長(東京高等検察庁検事兼東京地方検察庁検事)は、2010年11月8日に法務総合研究所教官・法務総合研究所研修第二部長に充て東京地方検察庁検事の併任を解除し責任をとらせた。
しかし、この二名の処分の後で、録音が出てきたのだ!
司法当局はこの録音を取られた田代政弘検事を、急ぎ2011年5月19日付けにて新潟地方検察庁三席検事に任命し、追加的に責任をとらせた。(奇しくもこの日は、田代氏の虚偽操作報告書に基づいて、吉田特捜副部長、木村匡良主任検事が、検察審査会の説得のために虚偽報告書をそれぞれが作成した日から丁度一年の記念日であった。嘘をついて平気な者の人生は儚いものである)
しかし、録音が出てきて困惑した者は、もう一人いた様である。
小沢追い落とし作戦の司令塔である大鶴基成(最高検公判部長)(2010年3月に同期谷川恒太の後任として東京地検次席検事に就任,2011年1月に最高検察庁公判部長に就任,同年8月1日付けで早期退職した(1955年3月3日生)。(それてしまうが、大久保氏逮捕の日を3月3日にしたのは、佐久間氏が,大鶴氏の誕生日に合わせて決めたのであろうか?面白い)
WEB朝日は:元特捜部長が異例の早期退職陸山会事件捜査を主導20110801) 「陸山会」による土地取引事件の捜査を主導した大鶴基成最高検公判部長(56)が8月1日付で辞職した。東京地検特捜部長や同地検次席検事などの要職を歩んだ幹部が,定年(63歳)まで7年近くを残して去るのは異例だ。特捜部による昨年初めの陸山会事件の捜査は,最高検検事として指導。小沢氏本人の立件を目指したが,元秘書3人の起訴にとどまった。その後、東京地検次席検事、最高検公判部長に異動したが、昨年から辞職の意向を漏らしていたとされる。辞職の真相は不明だが、検察内部には「現場に近い立場で小沢氏立件に向けて積極的に捜査を進めたが,検察上層部と対立があり,不満を募らせていたのではないか」との見方がある。と書いた。
大鶴基成氏は、直接の責任を取って左遷された佐久間・吉田特捜トップとは違い,2010年3月東京地検次席検事になり,2011年1月には順調に昇進したにも拘らず,8月には辞職した。
何故だろうか?
録音を証拠とすることに最後まで反対し抵抗したであろうとは推認できる。それが検察の破綻の始まりになることが考えられたから。しかし、裁判所は1月20日には証拠として採用を決めた。これは、最高検公判部長の敗北であっただろう。
郷原氏が事あるごとに推奨している笠間治雄検事総長が就任したのが 2010年12月27日で、裁判所がIC録音を証拠と認めたのは、笠間検事総長の最初の決断だったかもしれない。
それが大鶴氏の小沢憎しの豪腕路線の最後であり、オセロゲームの始まりだったのかもしれない(歴史が証明するが)。
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