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「2009年のマニフェスト原点に帰る(返る)」
@「『ことば』シリーズ」21言葉に関する問答集15」(文化庁)の要約。一部増補。
問い
「返す・返る」と「帰す・帰る」の使い分け
答え
「返」は”もの”に、「帰」は”人”に用いる。ただし、「帰」は、当人の力(意志)で「かえる」
場合にのみ使い、例えば「出向社員を元の職場にかえす」という場合は「返す」を使う。
「妹を家にかえす」の場合、家族など身近な者が「妹を家にかえす」場合は「帰す」を
使うが、誘拐犯が人質の「妹を家にかえす」場合には「返す」の方が適切である。
実際、
国語辞典を調査した結果、「初心に返る」としたものと「初心に帰る」としたものがあるが、
どちらもそれなりに正しいといえる。一般に「初心にかえる」と仮名書きをしているのも理由
があるわけである。
A「『ことば』シリーズ」31 言葉に関する問答集15」(文化庁)の要約。
問い
「初心に帰る」か「初心に返る」か
答え
複数の辞書や多くの文学作品を調査したところ、
「返る」と「帰る」が同じように見られ、「かえる」と仮名書きしたものもあった。
(以下原文ママの引用)
このような表記のゆれが存在するのは、結局、「初心にカエル」という言い方の主体があいまい
なためである。主体を人間と考えれば「帰る」が使われやすい。精神状態の変化についての表現
と見れば「返る」でも不自然ではない。従って、場合によって、「帰る」と「返る」を使い分けるか、
「かえる」と仮名書きするのが妥当である。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1215082372
以上のように、言葉自体が元々曖昧なもの、
「2009年のマニュフェストの原点に返る」ならば、現在の民主党の政策を返すという事であり、単なる政策の取り違えを修正することになる。
一方で、2009年のマニュフェストを承知の上で政策を変更してきた行為に対して言うならば「2009年のマニュフェストの原点に帰る」と言う事になる。
この場合、政策の選択の問題ではなく、政治を担当してきた民主党員(菅、仙石、枝野、岡田、前原、野田、安住・・・)の考え方を変えるという事になり、マニュフェストのように文章を書きなおして済む問題ではない。
後者の場合は、意識して「2009年のマニュフェスト」を反古にしてきた当人に、短絡に帰れと言っても、それが実践可能か、否かは、子供の世界じゃあるまいし、自明なこと。
で!
小沢が言っている「2009年のマニュフェストの原点にカエる」とは、前者の政策の文面を変えるという事と推定できる。
消費税値上げに反対だそうだが、これは確かに「2009年のマニュフェストの原点」に沿ったもの。
ところで、内閣業務の実践はどのようにする積もりか。
どのような政策も、タイトルをつければ自動的に実践できるものなら政治家は要らない。
実践の方策を練るのが政治である。
「2009年のマニュフェストの原点」を守ることが出来なかった、同じ人間に原点の政策を実行する力があるのかな。
否、「原点に帰れ」と言う言葉で、その力が湧いてくるのかな。
この様な、曖昧なものを含んだまま「2009年のマニフェストの原点にカエる」とは、小泉の「改革を止めるな」と同じ轍を繰り返す、無責任な言葉と思わないか。
こんな言葉を信奉して政治を語る不甲斐なさよ。
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