「日々担々」資料ブログ 群馬県警〈裏金〉裁判〜疑惑の逮捕劇と深まる謎〜 http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-1498.html (全文転載)
●群馬県警〈裏金〉裁判(前)〜疑惑の逮捕劇と深まる謎〜
(JANJAN:三上英次 2010年03月29日) http://bit.ly/98BCtB 現在、前橋地方裁判所で、04年当時警部補だった警察官による「懲戒免職取消請求訴訟」が進められている。毎回、傍聴のために多数の人が開廷前に並ぶ傍聴券裁判であり、ある警察関係者は「日本の警察組織は、“ひとつ”ですから、県警の関わる裁判はすべて警察庁がとりしきっています。中でも、この裁判は特に、霞ヶ関の警察庁が強く指揮をしていると断言できます」と言う。法廷には「記者席」が設けられ、報道関係者も毎回取材を重ねているが、後述の事情(→後編〔6〕)により、地元紙をはじめ全国紙も沈黙を続ける、特異な裁判だ。
群馬県警本部(左)と前橋地方裁判所(右)。県警から徒歩2分のところにある前橋地裁は、県警幹部にとっては傍聴に行くには好ロケーションの場所だ。(撮影・三上英次 以下同じ)
この裁判に付随する形で、他にも損害賠償請求裁判、債務不存在確認裁判などが並行して行われているが、群馬県警が、言わば存亡をかけ全精力を注いで取り組んでいるのが、2008(平成20)年10月に元群馬県警警部補・大河原宗平氏によって提起されている、県警を被告とする「懲戒免職取消請求裁判」である。
傍聴券を求めて前橋地裁入り口に早くから並ぶ傍聴希望者ら(2010年2月5日)。裁判は回を重ねるごとに大河原氏の支援者を増やしている。
「懲戒免職取消請求訴訟」は、全国的に見れば、さして珍しい訴訟ではない。しかし、この前橋地裁での裁判には、毎回、現職警察官として初めて警察の〈裏金〉を告発した仙波敏郎氏が愛媛県から駆けつけ、傍聴席中央で、群馬県警側ににらみを効かせている。昨年10月からの証人台に立った顔ぶれも豪華だ。県警監察官室長さらには県警の刑事部長まで務めたA氏、大河原警部補(当時、以下同じ)に「体当たり」されたと訴えるI警視、同警部補の取り調べに当たったK警視など、群馬県警の幹部クラスの人間が次々と法廷に呼ばれて尋問されている。大河原氏側の主任弁護人でもある「明るい警察を実現する全国ネットワーク」の清水勉弁護士は、そういう県警幹部らを詰問し、彼らが答えに詰まったり珍回答をしたりすると満席の傍聴席からは失笑も起きている。しかし、この裁判こそ、日本の警察の将来を占う重要な裁判でもある。
報告集会で支援へのお礼を述べる大河原宗平氏(2009年10月2日)。支援集会では、県警の撮影した逮捕当日のビデオ映像等も流され「不当逮捕」に対する怒りの声も多い。
〔1〕 疑惑の逮捕劇
2004(平成16)年2月16日、冬のさなか、群馬県警の大河原警部補は、あるアパート駐車場で、群馬県警本部から来た私服の幹部警察官ら10名による道路運送車両法違反(いわゆる偽造ナンバーの使用)の自動車差し押さえに立ち会っていた。 県警の警察官が見せた書類には「差し押さえ物」は「車両」ということで、大河原氏も状況を理解し、「差し押さえられる前に、車内に入れた私物類は取り出しておこう」と考えた。警察官に差押許可状が執行されていないかどうかを確認したところ「まだ差し押さえていない」と執行をしていないことの意思表示を相手警察官がしたため、車両前面のナンバープレートに貼ってあった紙ナンバーを引き剥がした。すると、その場の3、4人の警察官らに身体を拘束されて、取り押さえられたという。県警の警察官らは、紙ナンバーが破かれたことで、「自分たちの職務執行に重大な支障が出るのではないか」と、慌てたのではないかと想像される。あまりの勢いで「逮捕行為」をされることに、大河原警部補はその場で強く抗議する。 「何なのだ、この強制力は。逮捕なんだな? 逮捕でないのならすぐに離せ。あとでこの強制力は問題になるぞ」 それを聞いて、さらに焦ったのは、その場の県警警察官らだ。折り悪く、その日、10名のうちの一人はビデオカメラを回してその場の様子を撮影していた。従って、当然のことながら、予期せぬ展開で県警警察官らが慌てて大河原氏に飛びかかっている様子なども写ってしまっていた。中心となって現場の指揮をとっていたI警視は、県警本部と連絡をとり「紙を破ったのだから、公務執行妨害でいいだろう」ということで同行のS警部とともに、(1)証拠隠滅罪(刑法104条)と(2)公務執行妨害(の間接暴行、刑法95条)の現行犯としてその場で大河原警部補を逮捕したのだ。これが、「疑惑の逮捕劇」の発端である。 (注)なお、大河原氏が車両に紙ナンバー(いわゆる偽造ナンバー)を貼っていた理由については、後編の〔5〕を参照のこと。 〔2〕 群馬県警の大失敗 ところが、(1)証拠隠滅と(2)公務執行妨害で、大河原警部補を逮捕した後、群馬県警本部はとんでもない失態に気づく。それは、同警部補に対して(1)も(2)も、ともに成り立たないということだ。 「証拠隠滅罪」を刑法(104条・現行)は次のように規定する。 「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」 ●つまり、この罪は「他人の刑事事件」に関する証拠の隠滅などを処罰するものであって、大河原警部補のように、自分の関わる事件については、「証拠隠滅罪」では責任を問えないのである。 次に、「公務執行妨害罪(刑法95条・現行)」である。 「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、3年以下の懲役又は禁錮に処する」 ここでの「暴行」とは、公務員(警察官)に対する「直接的な暴行」も指すが、群馬県警の警察官らが大河原警部補に告げたのは「間接暴行」という類型である。これは、執行官の補助者として家財道具の搬出にあたっている運送会社の作業員を殴打する行為、仲間が警察官に手錠をかけられそうになっているのを見て、仲間を逃がすつもりでその手を引っぱって警察官から引き離す行為、あるいは大声を出して「警察官」をびっくりさせそのことで公務の執行を妨げる行為などがそれに当たる。 ●ところが、大河原警部補の取った行為は、紙ナンバーを静かに剥がす行為であって、そのことで警察官が驚いて公務を執行できなくなったわけではなく、刑法95条で言う「暴行又は脅迫」には全く当たらないのである。 現場の警察官は、ふだんから何かあると便宜的に「公務執行妨害罪」を多用する傾向がある。一般市民相手に「公務執行妨害罪だ」と言えば、かなりの威嚇行為になるし、どさくさに紛れて「公務執行妨害罪」で押し通すこともあるかもしれない。しかし、その時は事情が違う。現職の群馬県警警部補を現行犯逮捕したのだ。一度、告げてしまった罪名が、適用できないと知って、県警幹部は、おそらく顔面蒼白になったのではないだろうか。これでは「恥の上塗り」もいいところである。 ●当の大河原氏に後日確認すると、「逮捕後の書面(弁解録取書)を読み聞かされる時も、逮捕容疑は〈証拠隠滅罪〉と〈公務執行妨害〉でした」とのことだった。おそらく身柄を送検する段になって、県警も自分たちの犯した大失敗に気づいたのだと推察される。そこで出て来たと考えられるのが、公務執行妨害罪の直接暴行、つまり「大河原氏が現場の警察官に体当たりをした」ということにすれば、群馬県警側は、何とか面目を保てるし、言わば被害者を装うこともできる。そして、そのことで大河原警部補を懲戒免職処分にしようとしたのである。 ●これが、現在、前橋地裁で進められている裁判での、群馬県警側がいちばん知られたくない、逮捕劇の内幕だ。 〔3〕 逮捕(04年)から提訴(08年)までの略年譜 前述の逮捕から、大河原氏が「懲戒免職取消請求訴訟」を提訴するまでの一連の経緯を表すと次のようになる。 ○2004(平成16)年2月16日 大河原氏、でっちあげの「公務執行妨害」で逮捕。のべ19日間留置・勾留される。 ○2004(平成16)年3月5日 道路運送車両法違反で再逮捕。のべ13日間留置・勾留される。 ○2004(平成16)年3月17日 群馬県警は、大河原氏を「公務執行妨害、道路運送車両法、不倫」の3つの理由から懲戒免職処分とする。その後(同日)、検察庁は、大河原氏への不起訴(起訴猶予)処分を決める。 ○2004(平成16)年4月 群馬県人事委員会に懲戒免職処分の取り消し審査請求。 ○2008年6月 群馬県人事委員会が、「体当たり」や「不倫」の事実について認定せず。但し、群馬県警による懲戒免職処分の取り消しそのものは認めず。 ○2008年10年 前橋地裁に提訴。2009年10月以降、証人尋問が続き、来たる4月26日には、大河原氏が「体当たり」を否認しているにもかかわらず「不起訴(起訴猶予)」にした当時の担当検事が呼ばれて尋問を受けることになっている(注)。 (注)「不起訴」には「証拠が十分ではなく立件が難しいから起訴しない」という〈嫌疑不十分〉と、「犯罪事実はあるのだが、本人は反省しており、示談も成立し、被害者も厳罰を望んでいない。だから不起訴にする」という〈起訴猶予〉とがある。大河原氏は、I警視からの「体当たりをされた」という訴えに対して、事実そのものを認めていないし、当然示談も成立していない、そもそも反省の色も何も示していない。つまり〈起訴猶予〉とする情状酌量の要素は一つも無いのである。この点も、この裁判を理解する上で重要であり、来たる4月26日の当時の検察官への尋問も、この点が追及されると思われる。なお、懲戒免職処分の理由の一つ「不倫」については、下記〈関連記事〉の『日本警察の浄化をめざして』の講演で説明されている。 〔4〕 逮捕劇にからむ7つの〈謎〉 記者も、昨年7月、10月、11月、そして2月と前橋地裁で傍聴を続けているが、傍聴に行けば行くほど、いくつもの「謎」が深まるばかりである。そして、この裁判を深く掘り下げていくと、どうしても群馬県警の〈裏金〉問題に突き当たってしまうことを実感する。まずは、おもだった7つの疑問を紹介する。 (その1)突然出てきた「体当たり」報道の謎 逮捕当時、大河原氏は自分が「体当たり」して逮捕されたとは思ってもいない。それが送検する直前になって「証拠隠滅罪」「公務執行妨害罪(間接暴行)」では群馬県警の無知・不勉強をさらすことになると気づいた県警側が、あとから逮捕理由としてでっちあげたというのが、実際のところだ。 (その2)高崎署ではなく県警本部が捜査する謎 道路車両運送法というどちらかと言えば軽微な罪であるにもかかわらず、管轄の高崎警察署ではなく、群馬県警本部が捜査に当たっている。この理由について、大河原氏の主任弁護人、清水勉弁護士は、次のように説明している。 「県警本部だけで処理したのは、高崎警察署の警察官に取調べをさせると、なぜ警部補が紙ナンバーをつけるようになったかを高崎署の警察官たちも知ることになり、県警本部の〈裏金〉作りまで知られることになるという危険があったからです。それで管轄の高崎署を一切関わらせなかったのです」 (その3)現場警察官が現行犯逮捕について、県警本部に電話で確認している謎 09年10月の報告集会では、弁護団が県警から開示させた逮捕当日のビデオカメラ映像が放映された。記者も内容を確認したが、もちろん「体当たり」の場面など映ってはおらず、むしろ突然の逮捕に10名の警察官たちの慌てふためいた様子、おろおろした様子が見てとれた。一方、大河原警部補は憮然としながらも終始落ち着いているのがよくわかる。そのビデオ映像を見て、仙波敏郎氏は次のように当日の逮捕劇のおかしさを指摘した。 ●「令状なしで現行犯逮捕する場合、警察官はいちいち電話で県警などに確認はしないのです。I警視は、この場面であれこれと電話で県警に相談して指示を仰いだりしています。この一件だけでも、いかに大河原さんに対する逮捕が違法で不当なものかわかります」 (その4)上司の監督責任が問われていない謎 清水弁護士によれば、この手の事例の場合、上司の監督責任が問われるのが一般的であるという。実際に清水弁護士は、情報公開請求で何件かのケースを調べたところ、大河原氏のように、本人のみの処分は極めて異例であることを確認した。また、疑惑の逮捕劇(04年2月16日)から、はるか10日も前に県警はいわゆる「偽造ナンバー」について察知している。警察事情に詳しい人物の話では「そんなことだったら、上司が注意して終わりですよ。わざわざ、早朝に県警の警察官が10人も逮捕に向かうようなことじゃない」と、吐き捨てる。 (その5)怪我をしたはずの現職警視の「治療費請求」が取り下げられた謎 警視は怪我の費用を公務災害補償基金という団体に請求し、同基金は大河原氏に数千円の治療費を請求する訴訟まで起こしていたが、09年7月23日に裁判を取り下げている。大河原さんの支援者らの間では「体当たりが人事委員会で認定すらされず、このまま懲戒免職取消請求裁判が進んでいく中で、治療費請求訴訟から不都合が起きたらまずいという憶測からだろう」ということが指摘されている。 (その6)「体当たり」について大河原氏が一貫して否認しているのに、不起訴(起訴猶予)となるという謎 「体当たり」による公務執行妨害で現職警察官が逮捕され、そのことが地元紙はもちろん全国紙でも報道された。そういう事件について、当の警察官が体当たりの事実を否認しているとしたら、「犯行を認めておらず、悪質」と判断されるのが通常である。逆に「本人も深く反省しているので、今回は不起訴とする」――これなら、わかる。ところが、本人は否認しており、体当たりの事実そのものについて事実関係を争うつもりでいる、にもかかわらず、不起訴とは、いったいどういうことなのか、理解に苦しむ。この点について、4月26日(月)に、当時事件を担当した検事への証人尋問で明らかになると思われる。 (その7)群馬県警が「急いで懲戒免職処分にした」謎 一般社会で、何かの嫌疑をかけられるとする(例 痴漢容疑)。 その場合、取り調べを受け、その後、送検され、起訴され、裁判の審理を経て、有罪・無罪が確定する。有罪の判決が下るまでは、その嫌疑をかけられた人物の処分については待つことが多い。中には、痴漢で20日間勾留されただけで職場に居づらくなる企業もあるにはあるが、そもそも警察というのは、法の執行機関である。法令や法令に基づいた司法手続きを一般企業よりも重視しなければいけないはずだ。にもかかわらず、「起訴/不起訴」の決定が出る前に、早々と大河原氏のことを、懲戒免職処分にした(したかった)のはどうしてなのだろうか。 ※これらすべての疑問を解く鍵は、すでに述べたように、群馬県警の、そして03年、高知県警で起きた〈裏金〉報道、そして、大河原氏逮捕6日前に実名告発された、北海道警の〈裏金〉問題等がある。次回、(後編)に続く
●群馬県警〈裏金〉裁判(後)〜住みよい社会のために〜 (JANJAN:三上英次 2010年03月30日) http://bit.ly/avdaRU
前回記事:群馬県警〈裏金〉裁判(前)〜疑惑の逮捕劇と深まる謎〜 http://www.janjannews.jp/archives/2957259.html
〔5〕 逮捕に至る、ほんとうの理由 前回、前橋地裁で進められている群馬県警側の7つの〈謎〉を前編〔4〕で紹介したが、実は、この裁判には、大きな背景がある。そして、数々の疑惑は、今から14年前にさかのぼる、群馬県警本部でのある出来事からすべて説明することが出来る。 裁判の報告集会(2月5日)で、支援に対してお礼を述べる大河原宗平氏。同氏は剣道6段、警察学校で教官を務めた経験もある。(撮影・三上英次 以下同じ)
1996年11月、大河原警部補(当時、以下同じ)は、高崎警察署管内の暴走族集団暴走の捜査を終え、県警本部交通課に戻った。この時、同警部補は、会計担当の女性職員(係長)から、警察への情報提供者に5000円から20000円の範囲の現金でお礼をしたことにする「捜査情報提供謝礼支払い名目」の書類を約10枚書かされる。この時、大河原警部補は疑問も感じたが、初めてのことだったので、その時は指示されるままに書類を書いて提出したという。 ところが、また10日後くらいに同様なことがあり、その時は捜査の実態も無いように思われたので、同警部補は書類を書いたものの、その書類が「虚偽書類」ではないかと抗議した。
その結果、4ヵ月後(97年3月)に同警部補は報復人事に遭う。県警本部交通指導課から交番(藤岡警察署吉井町交番)へと飛ばされたのである。 この時の人事異動について、今回の「懲戒免職取消請求訴訟」で大河原氏の主任弁護人を務める清水勉弁護士はこう説明する。 「97年3月、彼はそれまでの出世コースから露骨に外され、田舎の交番に左遷されます。警察組織内部では、交番勤務の警察官には捜査をさせないことになっています。それまで捜査の第一線にいた警察官を捜査のできない交番勤務に回すということは、『警察官を辞めろ』という意味なのです。しかし、交番勤務であっても、警察官の仕事に誇りを持っている警部補は、警察官を辞めませんでした」 さらに念のいった嫌がらせが次の事実だ。その当時、吉井町から県警本部や前橋方面へ通勤している警察官がおり、逆に前橋から吉井町へ通勤することに何の不思議も無かった。大河原警部補は家族とともに自宅を購入し、その時前橋市内に居住していたが、県警はそれを認めず、吉井町交番裏の官舎に単身で赴任するよう命じたのである。 そして、これ以降、大河原警部補(当時)への私生活を含めた監視が始まる。古典的な尾行、張り込みから始まり、自動車ナンバープレート読み取りシステム(通称・Nシステム)での行動追尾が行われ、そのNシステムをかわすために、大河原警部補は、紙ナンバーを車の前面プレート部分に貼付して走ることがあったのだ。 前回記事〔3〕で、記者はごく簡単な年譜を掲げたが、日本全国で吹き荒れた〈裏金〉告発の経緯などを書き入れた下記の年譜を眺めると、記者が、この裁判を「群馬県警〈裏金〉裁判」と呼ぶ理由がよくわかるはずだ。 ○1996(平成8)年11月 大河原警部補、ニセの会計書類を書かされたことに抗議。 ○1997(平成9)年3月 同警部補、県警本部交通指導課から吉井町交番に人事異動(報復人事)。 尚、大河原警部補は1997年から2002年まで、吉井町に赴任するが、そこでは職務に精励し、吉井町の人たちから多大な感謝をされている。 ○2003(平成15)年7月 高知県警の〈裏金〉に関する資料に基づいて、高知新聞が同県警の〈裏金〉をすっぱ抜く。警察庁は〈裏金〉問題が全国に広がることを恐れ、警視庁をはじめ各県警察本部に各種通達を出す。その中には「要注意人物」の洗い出しも指示され、群馬県警においては、1996年に〈裏金〉の抗議をした大河原警部補の名前が上がった。 ○2003(平成15)年の11月23日 テレビ朝日系列の番組『ザ・スクープ』が警察組織の〈裏金〉を特集する。それに続く第2弾の番組で大河原警部補は、首から下しか映らなかったものの、群馬県警の〈裏金〉の実態についてテレビカメラの前で証言した。 この時の事情について前出の清水弁護士は次のように説明する。 「警部補の日常生活を監視していた監察(群馬県警)は、警部補がテレビ番組の取材に応じていることに気づいたはずです。そうなると、大急ぎで、警部補を黙らせるか、社会的信用を失墜させるか、とにかく手を打つ必要があります。警部補は監察による日常生活の監視を免れるために、紙ナンバーによるNシステム逃れをしていました。それを注意し止めさせるという対応をしないで、県警本部だけで『事件』として処理したのは、高崎警察署の警察官に取調べをさせると、なぜ警部補が紙ナンバーをつけるようになったかを高崎署の警察官たちも知ることになり、県警本部の裏金作りまで知られることになるという危険があったからです。それで管轄の高崎署を一切関わらせなかったのです」 ○2004(平成16)年2月10日 元北海道警察釧路方面本部長原田宏二氏が道警の〈裏金〉の実態を実名告発。この北海道警察から始まった警察裏金疑惑は、16道府県警察に及び、その後総額約12億4765万円が国と道府県に返還された。 この警察〈裏金〉問題は04年2月以降、連日新聞で報道され、国会でも野党が追及する事態になった。関東、中部、九州の各管区警察局、全国38の都道府県警察など300を超える課や署において、5年の保存期間(文書管理規則)を守らず、捜査費証拠書類、旅費請求書、旅行命令簿などの書類が廃棄されたことが確認されている。 ○2004(平成16)年2月16日 大河原警部補、虚偽の「公務執行妨害」で逮捕。19日間留置・勾留される。 ○2004(平成16)年3月17日 「公務執行妨害、道路運送車両法、不倫」で懲戒免職となる。 ○2004(平成16)年3月29日 捜査協力費などの〈裏金〉問題を受けて、警察庁は全国警察本部の警務部長、会計課長らを集めた臨時会議を開く。経理の公正化・透明化に向けて、偽名領収証の廃止など、警察庁の定めた方針の周知徹底が確認されたという。 ○2004(平成16)年4月 大河原氏、群馬県人事委員会に「懲戒免職処分の取り消し審査」請求。 ○2004年5月31日 愛媛県警大洲署元会計課長からの情報提供により、テレビ愛媛が同署で捜査協力者のニセ領収書が使われたことを報道。 ○2005年1月20日 愛媛県警の仙波敏郎巡査部長(当時)が、現職の警察官として実名で愛媛県警の〈裏金〉について告発。 ○2008年6月 群馬県人事委員会が、群馬県警による懲戒免職処分の取り消しを認めず(但し、「体当たり」や「不倫」については事実ではないとした)。 「裏金を日々作っているという意味で、群馬県警の幹部は全員が犯罪者です」(仙波氏)この言葉に群馬県警幹部はどう反論するのだろうか。
〔6〕 人事委員会 決定(08年6月)を考える
大河原警部補への懲戒免職理由として、群馬県警は(1)体当たり(2)不倫(3)道路車両運送法違反(いわゆる偽造ナンバー)の3点を挙げた。群馬県人事委員会が出した決定は、(1)(2)を認めず、(3)のみを認め、群馬県警の懲戒免職処分を妥当とするものだ。 ある警察関係者は、こう語る。 「当初、大々的に『体当たり』が報道されました。何と言っても、現職の警部補が県警本部から来た10人が見守る中、そのうちの一人に体当たりをして怪我をさせたというのですから、これはたいへんなことです。当時も、どの新聞も、警察発表を鵜のみにして『体当たり』『体当たり』と書きたてたのです。しかし、その体当たりの事実は無かった、と人事委員会は判断しました。3つの免職理由のうち2つが事実ではなかったのなら、免職そのものを取り消して事案そのものを考え直して当然でしょう。人事委員会としては、うまく警察にも便宜をはかった、警察の顔色をうかがって免職処分は維持したというところだと思います」 この言葉には、今現在、全国紙、地方紙ともに、この裁判について沈黙を守る理由も隠されている。04年2月16日の逮捕劇について、全国紙はじめ、各新聞は、警察の捏造(ねつぞう)されたストーリーをそのまま報道してしまった。だから、真実を伝えようとすれば、まず〈体当たり〉報道が誤りだったことを訂正しなければいけない。しかし、新聞社の面子(メンツ)もあってか、その後、報道各社は沈黙を守ったままである。この裁判を担当する清水弁護士は以前、こうした報道に対して次のように言って憤ったが、まさにその通りである。 「現職の警察官が公務中の警察官に体当たりして現行犯逮捕されるという事実は、それが事実なら、懲戒免職にならなくても、警察官として辞職すべきです。しかし、もし捏造(ねつぞう)なら、捏造した者こそ懲戒免職処分を受けるべきであるし、そうならないなら辞職すべきです。そういう大事件なのに、どの新聞社も警察の発表を口を開けて待っているだけ。これを《記者クラブ》の悪弊と言わずして、なんと言えばいいのでしょう」 自分たちが国民の税金から不正流用した〈裏金〉にどっぷり漬かり、その〈裏金〉に異を唱えた警察官に、ありもしない「体当たり」の事実をでっちあげ、破廉恥にも、事実ではないことを、広報担当者は警察記者クラブで発表したのだ。ウソを垂れ流し、国民の〈知る権利〉をないがしろにするような行為は厳しく断罪されるべきだ。 ◇ ●さて、本題である。
群馬県警が懲戒免職理由として挙げた3点のうち、「体当たり」「不倫」は県警の作ったウソであるとしても、大河原氏が紙ナンバーを作成し、車両前面のナンバープレート部分に貼って走行した行為は事実である。この行為をとらえて、県警側は、偽造ナンバーの作成と使用にあたるとして、道路運送車両法(98条1項・不正使用等の禁止)違反と見なしている。 警察官は、表面に出た違反行為についてはおもて向き厳正である。最近では、被留置者のあめ玉3個(およそ30円)を無断で食べた警察官が処分を受けて依願辞職した(3月12日、静岡県警)。記者が以前紹介した「痴漢副校長の復職」(下記〈関連記事〉参照)など、教育界の「何でもあり」と比べるとはるかに警察の規律は厳しいようにも思われる。しかし、よくよく事情を尋ねると、そうして辞職した警察官らは、みな再就職先を斡旋(あっせん)してもらえるそうで、一方で、県警幹部が〈裏金〉に漬かり、自分たちの権益を守るために、大河原氏に対する理不尽な不正義を長きにわたって続けているのだから、警察組織のほうが、よほど救いが無い。 いずれにしても、3番目の紙ナンバーが本物のナンバーでないことは、人事委員会の決定を見るまでもなく事実であり、その紙ナンバーについて大河原氏の責任を求める声も一部にあるようだ。 だが、ここで不思議な点が2つある。ひとつは県警本部交通指導課にいて交通関係の法規には詳しいはずの大河原氏が、法律を犯してまでいわゆる「偽造ナンバー」を作ろうとしていたのかという疑問であり、もう1つは、なぜこのような行動に出たかである。 ひとつ目に関して言えば、県警では、現場の警察官全員に取締法規の解説書が交付されている。道路運送車両法違反についても同じだ。大河原氏をはじめすべての警察官に、県警本部交通指導課作成の『道路運送車両法違反(偽造ナンバー等使用)発見・検挙要領』が配られている。仕事熱心な大河原氏は、職務上必要だと考えて、この手引きを熟読していた。そこでは、ナンバー偽造は「正規のナンバーを作り替えたり、型枠に流し込んで成型したりしたもの」という趣旨の説明がされている。つまり、遠目からの見栄えだけでなく、材質的にも本物に似せていることがポイントになっているのだ。そうだとすると、「紙に数字をコピーしてラミネーターで挟んだものは、もちろんいいことではないにしても、道路運送車両法で禁止している『偽造』には当たらない」――職務に精通している大河原氏がそう考えるのは少しもおかしいことではない。 2番目の、なぜそのような紙ナンバーを貼付する行動に出たかということについても、〔5〕の年譜をもとに大局的に考える必要がある。おそらく、この件で、大河原氏の責任を問うのは無理があるだろう。なぜなら、記者の見解によれば、大河原氏の行為は、〈緊急避難〉的行為だからである(また、大河原氏の弁護団は、上に述べた通り、いわゆる「偽造ナンバー」における〈偽造〉の成否についても争っており、今後研究者からの意見書を裁判所に提出予定だという)。 〈緊急避難〉とは、〈正当防衛〉と並んで、行為の違法性が阻却(そきゃく)すなわち否定される行為だ。〈正当防衛〉は、刃物を持って自分のことを殺しに来る相手に対して、自分の命を守るために逆に相手の命を奪う行為だ。それに対して、〈緊急避難〉とは、同じように自分を殺しに来る相手から、自分の命を守るために、隣家の窓ガラスを蹴破って助けを求めるような行為として説明される。 その行為だけを見れば、「窓ガラスを蹴破る行為」は、刑法の器物損壊の罪(261条)に当たる。しかし、その行為の前に、自分の命を守るべき特段の事情があれば、たとえ窓ガラスを蹴破る行為であっても罰せられることはないのである。 この〈緊急避難〉の考え方を、大河原氏に当てはめれば、「道路運送車両法違反」といった口実で大河原氏を懲戒免職にしようとする群馬県警のおかしさは明らかだ。当の群馬県警こそが、97年の報復人事以来、何年にもわたって大河原氏を追いつめ、苦しめて来たのであり、そして、そういう陰湿な仕打ちや「公金横領」を繰り返す群馬県警幹部らの犯罪を、マスコミをはじめ、多くの国民が見逃して来たのである。 ◇ この事件の根っこには、警察の〈裏金〉がある。各自治体の県警本部にばらまかれる〈裏金〉の総額を、かつて仙波敏郎氏は総額400億円と試算した。もちろん、警察庁は〈裏金〉について知り尽くしている。〈裏金〉は県警単独の犯罪ではない。そして、〈裏金〉に毒された県警幹部が、犯罪捜査を指示し、時に無実の市民を犯人に仕立て上げ、何のチェック機能も働かないままに、裁判が進行し、冤罪事件が生まれるのだ。検察も、警察の捜査に依存し、自ら〈裏金〉の負い目もあるから、適正な検察独自の捜査ができない、裁判所も最高裁での〈裏金〉が、生田暉雄(いくたてるお)弁護士の著作で指摘されている。 生田弁護士の『裁判が日本を変える!』(日本評論社) 同書で最高裁自らが〈裏金〉を作り出すからくりが裁判官俸給表とともに紹介されている。
市民生活を守り、犯罪者を罰すべき国の機関が〈裏金〉にまみれているのだ。そして、警察権力、検察権力などの腐敗に対して、〈社会の木鐸〉たるべき報道機関はかたく沈黙を守っている。
〈裏金〉を告発しようとした三井環前大阪高検公安部長に、「関西検察のドン」と言われた人物は「組織を裏切ったヤツは、モリカズみたいになるんや」と、実刑で現在刑務所に服役中の元特捜部検事の名前を挙げて「釘」をさした。 現職で警察組織の〈裏金〉を告発した愛媛県警の元巡査部長、仙波敏郎氏が無事に定年を迎えられたのは、むしろ「奇跡」とすら言える。仙波氏は、告発前夜、自宅に戻ればでっちあげ逮捕をされると察知して、帰宅途中、尾行する警察車両をふり切って自宅に戻らず、翌日の記者会見に臨んだ。現在、仙波氏には、85人もの弁護団がついている。 1996年、〈裏金〉について抗議した大河原氏は、当時、一介(いっかい)の地方警察の警部補であった。現職時代、大河原警部補にとって、弁護士と言えば、警察捜査に半ば対立する側の人間であり、〈裏金〉や自らの身を守る術について相談できる相手ではなかった。それゆえ、まったくの孤立無援のまま、97年以降、組織をあげての仕打ち、報復に耐えて職務に精励し続けたのである。 その大河原氏の裁判では、群馬県警の“大物”が次々と証言台に立った。ノンキャリアとしては、県警の最高ポストと言われる刑事部長職にあった人物や、現職の警視らである。そして、来月は、取り調べに当たった検事が証言台に立つ。 ◇ 3月26日、宇都宮地方裁判所で「完全無罪」を言い渡された足利事件の菅家利和さんは、次のように言った。 「もう、冤罪は私で最後にして欲しい」 国民もそのことを願うはずだ。もし、そうであるとしたら、前橋地裁で進められている「群馬県警〈裏金〉裁判」にも私たち国民が無関心であってよいはずがない。しかも、この大河原氏をめぐる〈冤罪〉は、「当時の捜査状況からすれば、やむを得なかった」というようなぎりぎりのところで生まれた〈冤罪〉などではない。群馬県警は〈裏金〉にふたをして、甘い汁を吸い続けるために、信念に基づいて発言をした正義の現職警察官を、組織をあげてつぶしにかかったのだ。これは〈裏金〉を告発しようとした三井氏を検察組織が潰しにかかったのと同じ理屈だ。 〔7〕 「この裁判の、本当の相手は誰か」
記者は、以前、裁判が終わってから、元愛媛県警の仙波氏が、県警前の歩道上で群馬県警の幹部を「警察官として、裏金を無くそうとする気持ちは無いのか? 恥を知れ!」と激しく罵倒する場面に遭遇した(下記、〈関連記事〉参照)。 その直後に、清水弁護士は、裁判報告会で参加者たちに、あるクイズを出していた。 ●「今回の裁判の、本当の相手は誰だと思いますか?」 会場では「群馬ケンケ〜!」「ケイサツ庁ー!」「マスコミ…」と意見が出たが、清水弁護士は、「いやいや…」と笑いながら正解を明かした――。その時に清水弁護士が言ったのが次の言葉だ。 ●「裁判所です――。日本の裁判所が、今回の私たちの本当の相手なのです」 ここまでの記事を読んだ読者なら容易に想像がつくだろう。 群馬県警の〈裏金〉について抗議した正義の警察官が、その後7年にわたって組織内で報復、嫌がらせ、仕返しをされ続け、全国の警察組織が裏金で揺れるそのまっただ中で、群馬県警の幹部警察官らの浅はかなサル知恵で〈証拠隠滅罪〉と〈公務執行妨害罪(間接暴行)〉とで、まさに「デッチあげ逮捕」されたのである。 その後、県警は逮捕当時の罪名ではとても送検できるものではないことを知り、おそらく愕然としたのであろう、今度は、ありもしない「体当たり」という虚偽の事実で書類を整えたのである。 しかし、そこは裁判所である。「白」を「黒」と言いくるめたり、「黒」なのに「白」と認定したりするのは、得意中の得意である。だから、清水弁護士は、この裁判の本当の相手を「裁判所」と言い切ったのだ。 ◇ 大手メディアは、警察の言う「体当たり」をそのまま報道して以来、この事件(=冤罪事件)の本質を知りながら、真実を国民に伝えようとしない。そういうメディアの姿勢に、おそらく警察幹部は笑いが止まらないだろう。「国民に、この手の事件(=冤罪事件)が知られない限り、まだ当分は〈裏金〉の甘い汁を吸えるだろう、日本国民など、この程度だ」 ――7月の大河原氏への支援集会で、仙波敏郎氏はこう訴えた。
「みなさんの無関心が〈裏金〉を生むのです」 ●また、そのあと場所を移して仙波氏と〈冤罪〉事件について話をしていた時のことだ。「冤罪を失くすにはどうすればよいのか、取り調べの可視化はどこまで有効か、ほかに効果的な方法は無いものか」と意見交換していた時、仙波氏は、あっさりとこう言った。 ● 「なに、簡単ですよ」 ● 「〈裏金〉を失くせばいいのです。〈裏金〉を失くせば、つまり、まともな警察官を増やせば、そもそも〈冤罪〉事件なんて無くなりますよ。〈裏金〉にどっぷり漬かった警察官らがいる限り、可視化だろうが、法改正だろうが、とにかくああいう連中は悪知恵を働かせて、また以前と同じようなことをやり続けるのです」 記者にも〈裏金〉と〈冤罪〉が見事に合致して納得された瞬間でもあった。 ●同時に、裁判のたびに傍聴席のいちばん前に陣取る仙波氏は、「正義の実現の仕方にはいろいろある」と言う。つまり、国民全員が大河原氏のように体を張って14年にもわたって組織や国家権力と渡り合わなくてもいいということだ。 ●以前、都内で仙波氏にインタヴューした時、「正義をつらぬくのはしんどいことだ」と言う仙波氏に、記者は「それでは、不正を眼の前にして〈だんまり〉を決め込むことも仕方がないのですか?」と少し意地悪い質問をしたことがある。それに対して、仙波氏が答えてくれたのが次の言葉だ。 ● 「そこまでは言いたくないんです。例えば、正義を貫いている人に『理解を示す』だけでもいいと思うんです。少なくとも、不正を働いている組織側、不正側の人間にはなってほしくないと…。やはり、いろいろな意味で、正義を貫こうとしている人を支援してほしいですね。自分が〈正義を貫く〉ことの主役になれないのだったら、周りで正義を実現しようとしている人には、エールを送ってあげてほしいです。裁判の傍聴に来られなかったら、手紙でもいい、メールでもいいし、電話でもいいんですよ」 ●大河原氏が孤軍奮闘して来た、この群馬県警〈裏金〉裁判も同様だ。まずは、一人でも多くの国民が、この裁判について、目を凝らし耳を澄ませて、真実はどこにあるのかを見極めることから、日本警察の浄化、そして日本の再生が可能になるのではないだろうか。 (以下の関連資料目次等は省略)
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