18. 2012年8月09日 21:39:42
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天誠会は山口組、花木組は柳川組がモデルhttp://nagaremono.blogzine.jp/cinema/2005/06/emstrong1975str_146b.html 『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』(1975) 新今宮、道頓堀 「のぼせなはんな。一人二人の命惜しんでて、戦争できる思うとるんか」 何とも、怖ろしいタイトル名である。 東映が放つ実録路線の中の一本であるが、山下耕作がメガホンを取っていて、深作欣二や中島貞夫の一連の作品とは違い、むしろ仁侠映画といった趣がある。 拳銃をぶっ放すより、短刀や刀で斬りつけるイメージが強い。 昭和27年の鶴橋から話は始まる。 標的を襲撃し、密造麻薬を強奪した小林旭や伊吹剛らが、一升瓶を片手にトラックの荷台に乗り、我が物顔で街を走り回る。 そんな荒々しいタイトルバックは、新今宮から阿倍野にかけての大通りである。 子分らと共に界隈を荒らしまくっていたのは、極道者・花木(小林旭)たちで、襲撃された金光(梅宮辰夫)は復讐を企てるものの、逆に金光は刺されてしまう。 瀕死の重傷となった金光だが、花木の血を輸血したことで一命を取り留める。 金光にとって憎んでいた花木であったが、その時、「同じ血」を持った者同士であることがわかり、急速に接近していくことになる。 この映画には、日本における韓国・朝鮮人の問題もベースに置いてある。 他の実録物にも度々登場するテーマであるが、極道の世界に身を投じざるを得なかったという究極の状況設定が、問題意識を浮き上がらせる。 1968年に純愛を絡めて、円山公園で高校生にフォークギターを弾かせるのもいいが、太秦では、既に、このような描き方を30年前に行っていたという事実を、若い映画ファンにも知っていてもらいたい。 勢いに乗った花木たちは、大組織・日新連合会傘下の仁田組の露天を急襲し、壊滅させる。 仁田組が露天を開いていたのは、JR新今宮駅の北側である。 現在は、警察の違法駐車収用センターになっていて、多くの自動車がレッカーに引かれてやって来る。 これでは、いくら花木といえども、手は出せない。 結局、この事件が日新連合会を怒らせ、花木の親分格である庄司組は、敵対していた日新連合会の傘下に組み入れられてしまう。 この妥協策に納得がいかない花木は、庄司(室田日出男)を始め、組員を皆殺しにしてしまう。 殺しの花木組の誕生である。 3年後に出所した花木は、一方の大組織・天誠会の幹部・大槻(遠藤辰雄)に見込まれ、舎弟としての盃を受け、松原(成田三樹夫)を補佐役として付けてもらうことになる。 歌謡ショーの興行を仕切っていた花木組は、仁田組系桜会の襲撃を受ける。 襲撃会場は、道頓堀東映を使って撮影されている。 京都大宮といい、道頓堀といい、この頃の東映作品は、よくフランチャイズを使っているが、使用料や難しい許可などは、確かにいらないし、理にかなっている。 桜会を壊滅させるべく立ち上がった花木組は、またしても、相良組長(名和宏)以下、組員たちを、ぶっ殺してしまう。 実録路線の中では、画面が揺れることもないし、タイトルのスタッフ・キャストの文字も活字体である。 全体としては、静かに物語が進んでいる。 それだけに、渡り鳥シリーズのような小林旭や、どこかコミカルな梅宮辰夫の主役2人に対し、成田三樹夫の円熟した凄みが印象に残る。 本家からの目付け役の枠にとどまらず、この世界の厳しさが判っているからこそ、花木に無理な注文を敢えて課している雰囲気が漂っている。 花木の一番の理解者だったと解釈するのは、贔屓目過ぎるだろうか。 映画はこの後、天誠会全国制覇の尖兵として、日本中を転戦していく花木と共に、山陰・玉造温泉から岐阜・柳ヶ瀬へと舞台を移していく。 『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』 終 |