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ホイットニー・ヒューストンの哀れな最期
「国家の宝」が「恥さらし」と言われるまで
2012/03/07
土方 奈美
2月11日、米国の人気歌手、ホイットニー・ヒューストンが48歳で急逝し、米国のメディアはこの話題で持ちきりになった。
ABCニュースに登場したあるコメンテーターは彼女の死を“sad demise”と表現した。筆者が在籍するモントレー国際大学院で通訳・翻訳を専攻する英語ネイティブの学生や教員に確認したところ、demiseは「死」を表現する言葉としては、deathよりは硬く、passing away よりは柔らかい印象だという。“sad demise”を日本語にするなら、「非業の死」「哀れな最期」などがしっくりきそうだ。
また、deathやpassing awayが死亡という事実のみを表すのに対し、demiseは破滅・崩壊していくプロセスを指すこともある。ホイットニーのdemiseと言った場合、それは死亡した事実だけではなく、drug abuse(薬物乱用)やdomestic abuse(家庭内暴力)によって名声を失っていった過去十数年の状況も指している、というのが確認したネイティブの一致した見方だった。メディアでは“substance abuse”という表現も使われていた。訳すとこれも「薬物中毒」になるが、“drug abuse”より範囲が広く、いわゆる薬物に加えてアルコールも含まれる。
健全そのものの「国家の宝」だったホイットニー
メジャーデビューした1985年から90年代前半にかけてのホイットニーは、“national treasure”(国家の宝)といわれた伸びやかな歌声に加えて、清純派のイメージが売りだった。ロサンゼルス・タイムズは2月12日の死亡記事で“wholesome”という言葉を使っている。MIISの同級生、スティーブンは「wholesomeというと、母親がエプロンをしていて、子供の髪型は7:3に整えられ、毎晩6時に帰宅する父親を待って家族全員で食卓を囲み、日曜日には教会に行くような1960年代の家庭のイメージ」と語った。要は「健全そのもの」ということだ。
だが92年に歌手ボビー・ブラウンと結婚すると、ホイットニーの運命は暗転する。2002年、ABCの人気司会者ダイアン・ソーヤーとのインタビューで、彼女の不道徳なイメージは決定的になってしまった。cocaine(コカイン), pills(合法・非合法のピル), marijuana(マリファナ)の使用を暗に認めたうえで、廉価版のコカインcrackについてこう語ったのだ。
“Crack is cheap. I make too much money to ever smoke crack. Let’s get that straight. Okay? We don’t do crack. We don’t do that. Crack is wack.”(クラックなんて安物よ。私は稼ぎが良すぎるからクラックなんかやらない。それだけははっきりさせておくわ。いい? 私たちはクラックはやらない。絶対にね。クラックなんか最低。)
「コカインは金持ちでお洒落な人がやるもの、クラックはホームレスがやる格好悪いもの」とMIISで日英翻訳を教えるターニャ・パウンド准教授は説明する。ホイットニーはクラックの使用を強く否定することで「自分はそこまで堕ちていない」と言いたかったのだろうが、逆効果だったようで、“crack is wack”は彼女の名(迷)言としてすっかり有名になってしまった。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20120301/229317/?mlt
あるテレビ番組は凋落が始まってからのホイットニーを“self-destructive public spectacle”(自滅型のゴシップタレント)と表現した。“spectacular”と言えば肯定的な意味もあるが、“spectacle” というと明らかに否定的な言葉で、「恥さらし」に近い。
生前のホイットニーと親しかったセリーヌ・ディオンはABCのニュース番組に電話出演し、“It is very unfortunate that drugs and bad people or bad influence took over.”と語った。unfortunateは「残念」の意味に加えて、“it should not happen”(あってはならないこと)というニュアンスもあるという。「薬物や悪い人々の影響がホイットニーの命を奪ってしまうなんて本当に残念、理不尽だ」と言っているのだ。
米国社会に深く蔓延する薬物中毒
そしてセリーヌ・ディオンは、ホイットニーと同じように、晩年のエルビス・プレスリー、マリリン・モンロー、マイケル・ジャクソン、エイミー・ワインハウスらが薬物依存に陥ったことに言及し、こう言った。
“I am scared of show business, I am scared of drugs and I am scare of hanging out. That’s why I don’t do parties, that’s why I don’t hang out, that’s why I am not a part of show business because we have to be afraid.”
Whitney Houston Death: Celine Dion, Inspired by Houston, Says Her 'Music Will Live Forever'
(ショー・ビジネスは怖い、ドラッグも怖い、芸能界の人たちと付き合うのも怖い。だから私はパーティもやらないし、芸能界の人たちとは付き合わないし、ショー・ビジネスとも距離を置くようにしている。だって恐怖心を持つのが当然だもの)
とはいえ、薬物の蔓延はショー・ビジネスの世界に限った話ではないようだ。MIISのある学生は「コカインやクラックはともかく、マリファナについては高校や大学時代に米国人の少なくとも50%は経験していると思う。多くの人がアルコールと変わらない印象を持っている」と説明する。
実際、カリフォルニア州などではマリファナの合法化を支持する声が根強い。「小金持ちのパーティに行くと、アルコールと一緒にcoke(cocaineのスラング)やgrass(marijuanaのスラング)を勧められることが多い。crackが出されることはまずないけどね」という声もあった。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20120301/229317/?P=2
2月18日付のロサンゼルス・タイムズの記事は“We're a culture of addicts”と書いている。「我々は中毒文化に侵されている」といった意味だろうか。「ドラッグ、不健康な食べ物、リアリティショー、一瞬たりとも手放せなくなった最先端のデジタル機器などを通じて、別世界や一時的な気晴らしに逃避している」と記事は指摘する。ホイットニーの死と薬物との因果関係は不明だが、晩年には薬物の影響で全盛期とは似ても似つかないしゃがれ声に変わってしまった彼女の凋落は、米国人には他人事とは思えないのかもしれない。
「君は、素晴らしかったよ」と悼んだケビン・コスナー
18日に開かれた葬儀で弔辞を読んだ俳優のケビン・コスナーは、「ホイットニーはいつも“Am I good enough?”(私、これでいいのかな?)と自問していた」と語った。そして「そういうプレッシャーが彼女を大スターにし、また身を滅ぼす原因にもなった」と振り返った。そして最後にこう語りかけている。
“Whitney, if you could hear me now, I would tell you, you weren’t just good enough. You were great.”
この部分は日本のメディアでも取り上げられ、「ホイットニー、君は偉大だった」「偉大なことを成し遂げた」などと訳されていたが、パウンド准教授に確認したところ「君はこれでいいどころじゃない、素晴らしかったよ」とするのが原文のニュアンスに近いようだ。
人間離れした才能に恵まれていながら、あまりに人間的な弱さを抱えていた点が、ホイットニーの根強い人気の理由だったのかもしれない。
R.I.P. Whitney Houston.
(ホイットニー、安らかにお眠りください)。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20120301/229317/?P=3
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