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60年代のアメリカンポップスのスタンダードナンバーとしてプレスリーがカバーした「You Don't Have to Say You Love Me(この胸のときめきを)」(原曲カンツォーネ)。セルジオ・メンデスがヒットさせその後数えきれないくらい多くの歌手が歌うボサノバ調の「The Look Of Love(愛の面影)」(バート・バカラックとハル・デイヴィッド)。この曲を最初にレコードとして吹き込んだダスティ・スプリングフィールド(Dusty Springfield)。彼女はオールディーズのオムニバスアルバムに数曲入っているので50年代か60年代前半のアメリカのポップス歌手だと思っていた。
艶のある声で歌うバラードがすっかり気に入ってしまった。アルバムで聴いてみようと思い、復刻版のアルバム「この胸のときめきを~ベスト・オブ・ダスティ・スプリングフィールド」を買ってびっくり、ダスティ・スプリングフィールドは1939年生まれのイギリス生まれ(本名:メアリー・イザベル・キャサリン・バーナデット・オブライエン−アイルランド系カソリック)。シャルルアズナブールの歌をフランス語とドイツ語で歌い、サンレモの音楽祭でカンツォーネを歌った、ヨーロッパでも大変有名な‘碧眼金髪のソウル’歌手だった。
ウィキペディアで経歴を見ると
1958年ラナ・シスターズでプロデビュー
1960年2人の兄と3人でザ・スプリングフィールズを結成。ツアー中に訪れたアメリカ・テネシーでモータウン・サウンドに感化される。(これでアメリカの歌手と思いこんだようだ。)
1963年ソロ歌手として出した「I Only Want To Be With You」が、英と米で大ヒット。(この曲は後にベイ・シティ・ローラーズがカバーして日本でも有名になる)
1964年「Wishin' and Hopin'」「I Just Don't Know What to Do with Myself」(共にバート・バカラック作曲)
1966年「You Don't Have to Say You Love Me」(サンレモ音楽祭入賞曲Io che non vivo (senza te) の英語版)
1966年「The Look Of Love」(バート・バカラック作曲)
1967年「If You Go Away」
1968年「Son of a Preacher Man」(バート・バカラック作曲)
1969年 アルバム「Dusty In Memphis」を発表し評価される。
1972年「Yesterday When I Was Young」(原曲 Hier Encore - Charles Aznavour)
1986年 ペットショップ・ボーイズとの合作「What Have I Done To Deserve This?」が大ヒット。
1994年に乳癌と診断され、1999年3月2日に59歳の若さで亡くなった。もっと早くに知ればよかったとちょっと残念。他のアルバムも集めてみようと思った。
矢津陌生ブログ http://yazumichio.blog.fc2.com/blog-entry-300.html より転載
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