経済コラムマガジン 17/9/4(953号) 北朝鮮の核を考える
核保有国の責任が問われるべき
29日、北朝鮮が北海道を越えるミサイルを発射し、日本は朝から大騒ぎになった。今週は予定を変更し北朝鮮の核問題を取上げる。ここのところ小康状態が続き米国も自信を回復つつあったが、今回の北朝鮮の行動は米国にとってショックであった。グアムへのミサイル攻撃の示唆に対する、米国が行った牽制の効果は半減したようだ。 日本のメディアでは、専門家や色々な立場の人々がこれに関し様々なコメントを行っている。また彼等はこれからの北朝鮮の行動についても予想している。しかしテレビなどでは、視聴者に不安を与えることが憚れるのか踏込んだ発言は控えられている。したがって彼等の予想は半ば希望である。 例えば米朝はどこかで話合いがつき、軍事衝突は何とか避けられるといったものが多い。中には北朝鮮の核保有を認める他はないといった腰砕けの発言者もいる。「圧力ではなく対話」論を展開する人々である。彼等は日本政府が米国を説得し早く交渉のテーブルに就かせるべきと主張する。まるで北朝鮮の代理人である。
日本が主張すべきことはあくまでも「朝鮮半島の非核化」である。この線は絶対に譲れない。今のところ安倍政権はこの線を崩していない。 まず今日の緊張状態で、日本ができることは限られる。半島危機が迫っているが急いで防衛力の整備を行うと言っても限界がある。これまで平和国家を目指すことが当たり前のように語られ、防衛予算も最低限でやってきた。今さら近隣で軍事的脅威が高まったと言っても手遅れである。陸上型イージス(イージス・アショア)の導入が決まったが、配備されるのは5年後である。
それにしても北朝鮮の核武装に対して中国とロシアは対応が甘い。ロシアなどは今でも「圧力では解決しない」とか「もっと対話が必要」と言っている。まさに他人ごとである。 当然、今日問題にすべきはNPT(核拡散防止条約)体制のはずであるが、不思議なことにこの話がほとんど出ない。日本は非核国として1976年にこの条約を批准した。しかし条約は典型的な不平等条約であり、当時、日本は批准に躊躇した。この条約によって非核国の加盟国は核開発を行わないことになった。これに対し核保有国の加盟国は核廃絶に向かって核軍縮が義務付けられている。また暗黙の了解として、核保有国は新たな核保有国が生まれないよう努めることになっている。また日本は米国の核の傘に入ることになった。
ところが北朝鮮は、2003年にNPTから脱退し今日核を保有するに到った。このような事態を招いたのは核保有国の責任であり、特に中国とロシアの失態と言える。ましてやロシアなどは北朝鮮の核開発に密かに協力して来たという話さえある。結果として、今日、東アジアではNPT体制は崩れたのである。このままでは韓国や日本の核武装も認めざるを得ない状況である。ところがどうも中国とロシアは自分達の責任という自覚がないのである。これは韓国や日本が核武装する事態を全く想定しないからであろう。 今日の半島危機に対して日本のできる事は限られると前述した。しかし中国とロシアに対して、NPT(核拡散防止条約)体制をどう考えるのか真剣に問詰めることはできる。2003年のNPT脱退から、この両国は北朝鮮の核保有を阻止するために何ら有効な対策を講じてこなかった(6者協議は意味が無かったことになる)。もっとも米国のオバマ政権も8年間何もやってこなかったようなものである。
安倍総理は近々プーチン大統領に会うことになっているが、このNPT体制についての話を出すべきである。中国とロシアは中央集権の国で、習主席やプーチン大統領は絶対的な権力を持っているかのように見られている。しかしこれは我々の買いかぶりであって、両者の本当の「力」は案外限られている可能性がある。それが見透かされているのか、中国とロシアは北朝鮮になめられているように見える。今後、両国が北朝鮮に関して、一体何ができるのか見極める必要がある。 NPT(核拡散防止条約)体制の崩壊
世界の核兵器は廃絶した方が良いに決まっている。しかし現実には核保有国は核を放棄する気はない。ただ核を保有していると言っても、周りの国があまり気にしないケースもある。例えば日本は米国、英国、フランスの核保有をあまり心配していない。NPT非加盟国のインドとパキスタンの核保有もそれほど脅威と感じていない(ただパキスタンはちょっと怪しい)。 しかし北朝鮮の核は脅威そのものである。その理由は、北朝鮮という国が全く信用できないからである。まず各国を裏切って核兵器開発を続けてきた歴史がある。日本にとっては拉致問題が未解決である。またこれまでもラングーン事件や大韓航空爆破などいくつものテロを起こしている。そのような国が核を保有することは脅威以外の何ものでもない。 核兵器を包丁に例えることができる。家庭の主婦や料理人が包丁を使って料理をしていても誰も心配しない。しかし怪しい者が同じ包丁を持って街を歩いていたら、周りの人々は恐怖を感じる。いくら包丁を他人に向けないと本人が言っても、警察官を呼んで取り押さえてもらうのが普通である。
世界には北朝鮮という国をよく理解していない者がいる。このような人々が「圧力より対話」と言っていると筆者は理解している。また北朝鮮から核兵器や核技術が第三国に流出する可能性があり、このことが起れば世界的な核拡散が現実のものとなる。テロの標的になっているロシアのプーチン大統領が、この事態をどう考えるのかもう一つ分らない。安倍総理とプーチン大統領の今回の会談が注目される。 NPT(核拡散防止条約)加盟に伴い、日本はIAEA(国際原子力機関)の査察を受けることになった。日本にある核物質が核兵器に転用されないための査察である。実際のところ核保有国から見て、潜在的な核兵器開発国として一番警戒したのが日本である。したがってIAEAの査察予算の半分は日本に使われていた。
ところが日本だけをマークしていた間に、インド、パキスタン、そして北朝鮮が核保有国になったのである。まことに間抜けな話である。しかも今でも保有するプルトニウムが核兵器に転用されないかIAEAの査察官が日本に常駐しているのである(日本が保有しているプルトニウムは純度が低いので、そのままでは核爆弾に使えない)。事実上、査察官は中国と北朝鮮の代理人みたいなものになっている。 北朝鮮の核保有によって、少なくとも東アジアにおいてはNPT体制が崩壊したことを認識する必要がある。また北朝鮮のICBMの完成によって米国の核の傘が当てにならなくなると考え(米国本土への核攻撃を警戒し米国が同盟国を見捨てる可能性が出てくる)、韓国の野党は独自の核開発を主張し始めた。そう言えばトランプ大統領も日本と韓国の核兵器開発を容認する発言を行っていた。実際、日韓の核保有は米国の専門家の間で決して突飛な話ではなくなっている。
日本は北朝鮮の核保有を認めるわけには行かない。しかし北朝鮮が核を放棄する前提で対話のテーブルに就く可能性は極めて低い。また日本の核兵器開発は非現実的な話である。しばらくは今日の膠着状態が続くものと思われる。 正直に言って、筆者は朝鮮半島情勢の正確な行方は分らない。ただ情勢がより深刻な方向に動いていることだけは感じる。今後も北朝鮮は核兵器開発とミサイル実験をずっと続けるであろう。これに対して米国と中国がどう動くかである。
中国についは今度の党大会後の動きに関心が集っている。しかし中国は期待されるほどの働きが出来ないのではと筆者は見ている。問題は米国である。米国は湾岸戦争とイラク攻撃の際に予告なく突然行動を起こしている(多くの専門家が最後に米国は踏み止まると予想していた)。また9月1日から米国人の北朝鮮への渡航禁止措置が採られたことに筆者は注目している。 http://www.adpweb.com/eco/eco953.html 17/9/11(954号)北朝鮮への「圧力と対話」
観念的平和主義者の発想
先週号で何事も無かったら今週は別のテーマと言っていたが、本誌をアップした2時間後に6回目の核実験が行われた。またミサイルを移動させているというから、近々発射実験が行われると思われる。したがって今週も北朝鮮に関連することを取上げる。 まず核実験は今後も実施されると考える。報道によれば最初の核実験が行われたのは一番坑道であった。そして2回目から今回の6回目までは二番坑道が使われた。ところが二番坑道は今回の規模の大きい核実験で壊れたようである。しかし三番坑道は既に完成していて、いつでも使えるという。さらに四番坑道も工事中という話である。つまり北朝鮮はまだまだ核実験を続けるつもりでいる。 現在、北朝鮮への経済制裁が実施されている。しかし北朝鮮は、これに影響されず核とミサイルの実験を続けている。しかも実験の頻度が明らかに上がっている。これを見て経済制裁は効果がないという声が出ている。たしかにこれまでの制裁が限定的であり、かつ抜け穴があることは事実である。
筆者も、経済制裁で北朝鮮が実験を止めるとは考えない。ただ北朝鮮の経済力を削ぐといった観点からは十分意味がある。このことが重要である。また抜け穴を次々と埋めて行けば、当然、効果はもっと上がると思われる。 たしかに影響力のあるロシアや中国などは経済制裁に乗り気ではない。これは経済制裁が効果がないと言うより、両国はやりたくないのである。だいたい経済制裁を行うとなれば、実施するのは主にロシアと中国ということになる。これによって北朝鮮の恨みを買うなんてとんでもないと思っている。ましてや制裁強化によって北朝鮮が暴発すれば大変である。特にロシアは、西側でウクライナと揉めているのに、東側の北朝鮮で有事が起ってはとても手が回らなくなる。 今日、世界のいたるところから「圧力(制裁)より対話」という声が上がっている。上述のロシアや中国だけでない。米国ではオバマ政権の高官達が「制裁などの圧力は効果がない。北朝鮮の核保有を一旦認め、その上で核兵器の制限などについて交渉すべき」ともっともらしいことを言っている。北朝鮮という国のことをほとんど知らない者達の典型的な発言である。彼等には8年間のオバマ政権の無策が、今日の事態を招いていることの自覚がまるでない。
スイスとスウェーデンは中立国として、米国と北朝鮮の対話の仲介を申し出ている。韓国の文大統領は少し前まで北朝鮮に対話を呼び掛けていた。しかし6回目の核実験を見て、対話の呼び掛けが無意味だったことをやっと悟ったのである。明らかに北朝鮮は自分達のペースで軍拡を行っているのである。仮に米韓が共同軍事訓練を止めても、核とミサイルの開発を中断するはずがない。 日本でも「圧力(制裁)より対話」という声を聞く。メディアにも「とことん対話する必要がある」と発言する者がよく登場する。政党としては日本共産党がはっきりとこれを主張している。2年前の安保法制改正国会では、戦争に巻込まれると野党は足並みを揃えて改正に大反対した。しかしあれだけ改正に抵抗した最大野党の民進党(当時民主党)の内部は分裂状態である。今日、民進党は「圧力(制裁)より対話」といった平和路線を明確に打出すことができない。
日本には「対話」重視の観念的平和主義者がかなりいる。このような人々の一部は、曖昧な民進党から離れ日本共産党に支持を変えている。これもあって先の都議選で共産党は議席を伸した。 観念的平和主義者の発想の根底には「ヤバイ人には近付かない(目を合わせない)」といった庶民感覚の「生活の知恵」がある。まさに「触らぬ神に祟りなし」の発想である。この観念的平和主義者から見れば、安倍総理の行動は「日本に飛ばっちりが来ることをしている」「余計なことをしている」と写る。安倍政権に対する女性の支持率の低下はこのことが関係していると筆者は見る。もっとも少し前まで日本共産党が北朝鮮の労働党と友党関係を構築しようと模索していたという話がある。 意味不明の「対話」
筆者が分らないのは「圧力(制裁)より対話」と言った場合の「対話」の意味である。この「対話」のイメージが全く浮かばないのである。これを主張する者のほとんどは「対話」の具体的な内容を言わない。とにかく話合えば揉め事は解決するといった「空気」を演出するだけである。たしかに彼等の発言を聞いている人々はそんな気がして来るかもしれない。少なくとも観念的平和主義者の賛同は得られるであろう。 オバマ政権の高官達の「北朝鮮の核保有を一旦認め、その上で核兵器の制限などについて交渉すべき」は筆者が知る唯一具体的な「対話」の姿である(ロシアのロードマップは論外)。しかし北朝鮮の核とミサイルの開発が今日のように進んだのは、オバマ政権の「戦略的忍耐」に大きな責任がある。オバマ政権が何もしなかったのは、「そのうち北朝鮮は内部崩壊する」といった自分達にとって都合が良いが誤った観測を信じていたからと筆者には感じられる。 このオバマ政権の北朝鮮への甘いスタンスの背景には「米国は世界の警察官から降りる」というオバマ大統領の宣言があったと筆者は見ている。また北朝鮮の指導者が金正日からスイス留学の経験がある金正恩に代わり、これまでの軍拡路線が良い方向に変るといった希望的な観測があったとも思われる。ところが事態は正反対に進んでいるのである。 ところで就任前後のトランプ大統領は、今日のような「圧力」一辺倒ではなかった。むしろ米国は東アジアから手を引くべきと考えていた節がある。このような「米国は世界の警察官から降りる」という発想は、オバマ大統領だけでなく最初の頃のトランプ大統領も持っていたと筆者は思う。だから「日韓に核保有を認めよ」と言っていたのである。これはトランプ大統領が「一国平和主義」のバノン前主席戦略官の影響を強く受けていたからと筆者は解釈している。
何がきっかけでトランプ大統領の考えが変ったのかはっきりとは言えない。大統領の引継ぎの時にオバマ前大統領が「実は北朝鮮情勢が一番深刻な問題」と伝えたという話がある。それが本当なら、オバマ前大統領は自分達が誤っていたと認めたことになる。 もちろん軍関係者から北朝鮮について詳しく説明を受けている。また安倍総理の話も影響しているかもしれない。しかし北朝鮮が核やミサイルの実験を繰返している現実を見れば、北朝鮮が極めて危険な国とトランプ大統領が認識するのは当たり前である。特に米国に届くICBMを保有するとなると悪夢である。 トランプ大統領の「圧力と対話」と言った場合の「対話」は、北朝鮮の核放棄が条件になると筆者は思っている。もっと言えばミサイルや科学兵器の廃棄も念頭にある。具体的には北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)に復帰し、IAEA(国際原子力機関)の査察を受入れなければ話合いには応じないということである。
もちろん北朝鮮が望んでいるのは核保有をしたままでの米国との話合いである。だいたい北朝鮮が核を放棄するとは考えられない。したがって米国と北朝鮮の間で「対話」は今のところ有り得ないことである(非公式の接触はあるかもしれないが)。 これまでと同様、北朝鮮は核とミサイルの開発を続けるはずである。したがって「圧力(制裁)」のレベルは極限まで上がることになる。チキンゲームといった陳腐な表現があるが、米国と北朝鮮はまさにこのチキンゲームをやっている。我々は近くでそれを眺めているのである。
トランプ大統領の信念がどの程度のものなのか不明な点がある。しかし「一国平和主義」のバノン前主席戦略官を更迭したことを見ても、トランプ大統領はこの問題では妥協しないという決意を固めたと感じる。今回の6回目の核実験でこれが決定的になったと筆者は考える。 http://www.adpweb.com/eco/eco954.html 17/9/18(955号)制裁の狙いと効果 中国とロシアの本音
15日、予想通り北朝鮮はミサイルを発射した。世間では国連の制裁決議に対する抗議と解説されている。しかしこれだけ頻繁に発射を繰返しているところ見ると、実際のところ自分達のペースで事を進めているに過ぎないと思われる。つまり制裁決議がなくとも、いずれミサイルの発射を行っていたのである。これからも核とミサイルの実験を続けると見られ、緊迫の度合は日々上がって行くことになる。 今のところ北朝鮮は核とミサイルの開発を中断する気配を見せていない。もっとも中断するだけでは米国は対話に応じないと筆者は考える。もし北朝鮮にそのような甘い対応をすれば、イランの核開発を助長することになる。このような点を分かっていない人々が世間には多い。中断ではなく核廃棄が米国の対話の条件であるが、現体制の北朝鮮はこれを拒否するに決まっている。したがって国連の制裁はますます強化されることになる。つまり極限まで兵糧攻めが続くことになる。 11日に新たな国連の制裁があっさりと決まった。事前の予想では中国やロシアが反対し、かなり揉めると言われていた。また議長国が中国の影響が強いエチオピアであったが、米国が提出した制裁の修正案は全会一致で決議された。米国の修正案が前もって中国やロシアの賛同を得ていたのである。
表向きには、中国とロシアは圧力(制裁)ではなく対話を重視すべきと主張している。特にロシアは北朝鮮の経済開発を支援するロードマップを示していた。しかし前から本誌で述べて来たように、中国とロシアの本音は朝鮮半島の非核化と筆者は思っている。もちろんロシアのロードマップ(経済開発の支援)なんて、リップサービスであり半分冗談である(経済開発の支援が必要なのはむしろロシアの方であろう)。 決議が全会一致で決まったことを見ても、中国とロシアの本音が透けて見える(中国やロシアには裁決の棄権という手段もあった)。つまり最後の頼みの綱であったロシアまでが裏切ったことになる。したがって北朝鮮にとって、今回の決議はかなりのショックだったと筆者は見ている。 中国とロシアが半島の非核化を望んでいても、両国にはこれを実現する力はない。これを実行できるとしたら米国の他にはないことを両国は分かっている。特に中国は朝鮮半島の非核化を強く切望している。おそらく今回の6回目の核実験で一番動揺したのは中国だったと筆者は見ている。
評論家などの中には、中国と北朝鮮の間には中朝軍事同盟があり、米朝の間で軍事衝突があれば中国は北朝鮮を軍事的に支援するはずといまだに言っている者がいる。しかし今日の中朝主脳の関係は最悪である。中国は今回決まった国連の制裁決議の一部(北朝鮮労働者の解雇)を先立って8月から既に実施していたほどである。 昔から極東アジア(中国、ロシア(ソ連)、北朝鮮、韓国)の国々は、他国との条約や契約を軽んじる傾向がある。日本は日ソ不可侵条約を信じて痛い目に会った。韓国は日韓基本条約を忘れたように行動している。中国とも日中平和条約を結んでいるが、尖閣諸島への中国の挑発は止まない。日朝平壌宣言は既に有名無実化している。
これらの事例を見ても分るように、中朝軍事同盟が今日でも有効と考える方がおかしい(既に同盟関係は風化している)。北朝鮮にとって一番の敵は米国であるが、二番目は中国という見方もあるくらいである。筆者の想像では、中国とロシアの本音は米国に北朝鮮をなんとかしてくれといったところである。事前の予想に反して、今回の国連の制裁決議が極めてスムーズに決まったのも、中国とロシアのこの本音が反映したからと筆者は考える。制裁決議の裁決後、中国とロシアの国連大使の二人がにこやかに話をしながら議場から出て来た姿が印象的であった。どうも今回の核実験が中国とロシアにとって転機となった可能性は高いと筆者は思っている。 制裁は兵糧攻め
北朝鮮の核とミサイルの開発が止められないことを見て、国連の制裁は効果がないという者がいる。続けて彼等は「だから圧力(制裁)ではなく対話が必要」と言う。しかしそもそも日本や米国が目指しているのは北朝鮮の核放棄である。前述の通り、例えこれ以上実験をやらないと言っても対話の条件にならない。逆に実験を続けるなら制裁を強化するだけである。 制裁によって北朝鮮の核とミサイルの開発を止められないことは織込済みである。しかしこれまでの制裁の効果が限定的だったことも事実である。さらに制裁逃れ的な行動もあった。しかし制裁を強化することによって、制裁の効果は上がって行くと思われる。 たしかに今回は制裁で原油の輸出全面禁止が外れた。ただ原油輸出量は前年実績に抑えられ、石油製品輸出量は200万バーレル(30万t)に制限された。中国がパイプラインで送っているのが50万t、その他の方法で50万tほどが北朝鮮に輸出されているという。
大きいのは北朝鮮からの繊維製品の輸入禁止と筆者は見ている。北朝鮮は原料・材料を中国から輸入し加工した製品を中国に輸出している。金額は年間830億円程度である。これと石炭の輸出禁止(前回の制裁で既に禁輸になっている)を合わせると、北朝鮮の輸出の9割が無くなる。原油の輸入額が50万tで150億円、100万tで300億円ということを考えると、繊維製品の輸出額の830億円はかなり大きい。したがって外貨不足で原油も買えなくなる事態も有りうる(原油禁輸の手間が省かれる)。 中国、ロシアなどへの出稼ぎ労働者の制限によって、かなり外貨の獲得額が減少しそうである。北朝鮮政府が出稼ぎ労働者から得ている収入が年間10億ドルと言われている。制裁強化によってこれがどの程度減るのか注目される。
原油の全面禁輸が実現せず、米国の仕掛は失敗という論評があった。しかし米国も最初から全面禁輸は無理と踏んでいたと思われる。むしろ最初は高いハードルを示し、その後修正案を出すことによって制裁をうまく決議まで持って行った。これもトランプ流の交渉術と言える。原油の制限は次回の制裁まで持ち越したことになる。 今回の制裁がどれほどの効果があるのか正確には分らない。たしかにまだ抜け道はあると思われる。しかし確実に北朝鮮経済にとって一定の打撃となるはずである。実際、北朝鮮の今回の制裁に対する反発はかなり大きかった。
先週号で述べたように制裁で北朝鮮の国力は削がれることになる。制裁が強化される度に北朝鮮経済は縮小するのである。まさに兵糧攻めということになるが、ただ暴発が起らない程度の制裁を行うという難しさはある。いきなりの原油の全面禁輸は、現段階ではさすがに行過ぎという判断であろう。また誰も言わないが、「兵糧攻め」ということは事実上戦争は始まっていると解釈しても良いのではないかと筆者は思っている。核が絡む冷戦下の戦争はこのような形になるのかもしれない(必ずしもバンバン撃ち合ったりしない)。 北朝鮮関連で問題が起ると、テレビに妙な北朝鮮の専門家が頻繁に登場し解説を行っている。この人物は、最近、アントニオ猪木氏と一緒に平壌を訪れている。彼がテレビで行うコメントは、全て北朝鮮政府の考えを斟酌したものである。まさに北朝鮮政府の広報官である。何故この時期に、日本のテレビはこのような人物に発言の機会を与えているのか筆者には理解ができない。
米国は米国人の北朝鮮への渡航を禁止にした。どうも日本は、渡航禁止ではなく渡航自粛の段階のようである。ジャーナリストも渡航しているようである。もちろん北朝鮮は好意的な報道やコメントを行う者しか入国を認めない。 http://www.adpweb.com/eco/eco955.html 17/9/25(956号)解散は早い方が良い
2〜3ヶ月くらいは比較的平穏
衆議院が解散し総選挙が実施される。野党やマスコミは「大義なき解散」と批判的である。しかしこれまでも大義がないまま解散・総選挙は行われてきた。むしろ大義を巡って解散が行われたケースの方が思いつかない。 解散はだいたい与党の都合で行われてきた。任期満了に近い総選挙では与党が負けている。つまり安倍政権としては、不利な任期満了に近い選挙を回避し、有利に総選挙を戦うにはせいぜい半年間ぐらいしか余裕はない。このことを野党やマスコミも分かっていながら文句を言っているのである。それどころか2〜3ヶ月前の内閣支持率が急落した頃には、野党の方が解散・総選挙を求めていた。 しかし今日、解散・総選挙を急いだ方が良い情勢になっている。理由は半島情勢の緊迫化である。むしろこのことを考えると急いで解散・総選挙を行うべきと言える。選挙の大義にこだわる必要はない。
たしかに半島情勢の緊迫で、逆に解散・総選挙をやっている場合ではないという声がある。あるテレビ番組のアンケート調査では、今年中の懸念事項として「半島有事」が一番に挙げられていた。つまり「選挙をやっている場合ではない」という話に通じる。 しかし筆者は、時間とともに「半島有事」の可能性は徐々に高まって行くものと予想している。むしろここ2〜3ヶ月くらいは比較的平穏と予想する。おそらく半年後には緊縛感はずっと高くなっていると見る。それこそ「選挙をやっている場合ではない」という情勢になっていると筆者は思っている。この根拠は、北朝鮮の核とミサイルの実験の間隔が短くなっていることと今回の国連の制裁決議である。
総理やその周辺も同じような考えを持っていると筆者は想像する。もっとも民進党の混乱などが有り、与党にとって有利な情勢が生まれている。これらも解散・総選挙の追い風になっていることは事実である。 国連の経済制裁が効果がないので、北朝鮮は核とミサイルの実験を続けているという声がある。しかし反対に制裁が効いているからこそ、焦って北朝鮮は実験の頻度を上げているという見方がある。筆者は後者に賛成である。
今回の国連の制裁決議の内容は相当厳しい。また抜け穴が指摘されて来たが、徐々にその穴は埋まっている。また制裁決議には、北朝鮮がさらに挑発を行った場合、今回見送った制裁項目を復活させるという取決めがある。つまり次は原油・石油製品の禁輸や追加制限などが実行される可能性がある。 ヘイリー米国連大使が「今回の国連の制裁でやれることはやった。後は軍事的オプションになる」と気になる発言を行っている。どうも次に北朝鮮の挑発があれば、自動的に最高の制裁が実施されると筆者は解釈している。だから「やれることはやった」という発言になったと思われる。 半島有事となれば「北朝鮮の暴発」と「米国の先制攻撃」が考えられる。過去に北朝鮮は韓国の延坪島への砲撃などの突発的な軍事攻撃を行ったことがある。もし今日これらが実行されたら立派な「暴発」と見なされるであろう。ただしこれらを命じたのは全て金正日であった。一方、息子の金正恩はこの手の「暴発」を起こしたことがない(ただ延坪島への砲撃で指揮をした)。金正恩は父親と違って性格的に慎重と見られる。したがって経済制裁が効き、仮に暴発を起こすとしてもまだ先のことと見られている。
米国の先制攻撃についてはその可能性の有無さえはっきりしない。しかし確率がゼロではない。ただし米軍の準備が整っていないことは確かであろう。例えば、今日、周辺に展開している米空母は一隻だけである。過去に米軍はイラク攻撃などを行った時は、いつも三隻以上の空母を集結させている。前述した「ここ2〜3ヶ月くらいは比較的平穏」の根拠はこれらである。比較的平穏なうちに総選挙を済ました方が良いと筆者は言いたい。 中国と北朝鮮の秘密主義
北朝鮮の軍事的脅威を語るのが難しいのは分らないことが多いからである。この原因は北朝鮮の秘密主義とハッタリである。流れてくる映像がCGであったり、また北朝鮮政府の声明のほとんどがハッタリだったりする(ハッタリを作成する専門部署がある)。日本の北朝鮮の専門家も必ずしも正しい情報を掴んでいるとは限らない。先週号で取上げたような、北朝鮮政府の広報官まがいの専門家さえいる。 実際のところ、様々な情報があり北朝鮮人民軍の実力さえよく分らない。もし戦端が切られると、1万の火砲から無数のロケット弾が放たれソウルは火の海になると言われている。そして韓国の犠牲者は百万、千万単位になるという話が定説になっている。しかし筆者は、これを何となく疑わしく思っている。 また韓国の方も北朝鮮のロケット砲の射程圏内に首都機能を維持し、ソウルの人口増加を放置してきたことに対し筆者は強い違和感を持っている。本当のところ、韓国人は北朝鮮のロケット砲の威力が「大したことはない」と思っているのかもしれない。ところでマティス米国防長官が「韓国に犠牲者の出ない軍事オプションがある」と気になる発言を最近行っている。これによって半島有事の際の具体的なイメージがますます分らなくなって来ている。
昔から日本にとって、北朝鮮だけでく韓国もよく分らない国である。突然、韓国政府は800万ドルの北朝鮮への人道支援を決めた。この半島情勢が緊迫している中でである。これには日本は唖然とし米国はかなり怒った。しかし韓国はそのような国なのである。日本だけでなく米国も、この一件で韓国という国が変だとしみじみ認識したはずである。 先週号で「昔から極東アジア(中国、ロシア(ソ連)、北朝鮮、韓国)の国々は、他国との条約や契約を軽んじる傾向がある」と述べた。とりあえずロシアを除き、中国、北朝鮮、韓国の三国の関係も複雑で難解である。まず韓国が前述の通り北朝鮮への人道支援を唐突に決めたりする。中国はTHAADの配備を理由に韓国叩きに転じた。ちょっと前まで韓国の朴大統領が中国の戦勝記念日に招待されていたほどの仲であった。
しかし今日一番注目されるのが中国と北朝鮮の関係である。一応、筆者は中朝軍事同盟は既に風化していると指摘した。ただこれには諸説があり、たしかに中央の習政権と北朝鮮の関係は最悪であるが、中国軍部はいまだに親北朝鮮という見方がある。 中国軍部と言ったが、具体的には旧瀋陽軍区(今の北部戦区)である。管轄する地域には朝鮮族の人々が多く住み、この軍区の兵は朝鮮戦争の時に義勇兵として派遣された。今でもこの時の「血の同盟」が生きていて旧瀋陽軍区の人民解放軍は北朝鮮と通じているという。
まず旧瀋陽軍区がこれまで北朝鮮の核やミサイルの開発を支援してきたという驚くような話がある。また旧瀋陽軍区が北朝鮮と結託してクーデータを起こすという話まである。中国の核兵器は成都軍区(今の西部戦区)が独占管理(発射場と生産)している。旧瀋陽軍区はこれに対抗するため、クーデータの際には北朝鮮の核ミサイルを使うというのである。たしかに習政権がどこまで軍部を掌握しているのかいつも疑問が呈されてきた。しかし旧瀋陽軍区が北朝鮮の核兵器を使うという話まで行くと、筆者はさすがにこれは「眉唾もの」と思う。事態が進めば、いずれ習政権の軍部の掌握状況ははっきりするであろう。 国連の制裁決議で、原油の禁輸に中国は最後まで反対した。これには「中国が北朝鮮の暴発」を恐れたという説の他に「旧瀋陽軍区の抵抗」があったという話がある。しかしこの他に一旦パイプラインを閉じると原油がパイプの中で固まり、送油再開が難しくなるという技術的な問題があるという中国側の話がある(しかし2003年に中国は送油を3日間止めたことがある)。
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」 http://www.adpweb.com/eco/eco351.html で述べたように、原油には性状によってパラフィン系、ナフテン系、混合系などある。中国が北朝鮮に輸出しているのはパラフィン系の大慶油田の原油であり、たしかにパイプに詰り易い(大慶原油はろう分が多く粘度が高い)。しかし中国のこの言い分が本当なのか時間が経なければ分らない。このような中国と北朝鮮の秘密主義が半島情勢を一層混迷させている。来年2月開催予定の平昌五輪は一体どうなってしまうのだろうか。 http://www.adpweb.com/eco/
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