http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/831.html
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(回答先: 19歳女性、歯を全て抜かれ3年間「性奴」生活を強いられる 投稿者 富山誠 日時 2013 年 6 月 15 日 08:56:05)
結婚拒絶でアシッド・アタック 2011年12月3日
アフガニスタンではタリバンの元司令官の結婚を拒否した家族が武装集団に襲われるという事件も話題になった。
「アフガンの武装勢力が三人の姉妹や彼らの両親に硫酸を投げつけた。なぜならば、年長の娘が元司令官と結婚を拒絶したからだ」
このような見出しで事件が報道されている。18歳の娘に結婚を拒絶されたのを恨みに持った司令官は仲間にこの家族を襲わせ、娘や母親にアシッド・アタック(硫酸を浴びさせる)し、その姉妹をめちゃくちゃに殴打して去っていったのである。
結婚を拒絶したらアシッド・アタック(硫酸攻撃)された。
http://www.bllackz.com/2011/12/blog-post_03.html
ストーキングされ続け、最後に酸を投げつけられたインド女性 2012-09-26
インド圏では自分の言うがままにならない女性をアシッド・アタック(酸攻撃)するという卑劣な犯罪が、何十年も前から延々と続いている。
バングラデシュでも、パキスタンでも、アフガンでも、イランでも、そしてインドでも、莫大な女性が酸を浴びせられ、顔面を破壊されているのである。
卑劣で、卑怯で、残虐で、おおよそ人間が考える犯罪ではない。
女性の容姿を完全に破壊し、その後の人生に激しい苦痛と恐怖を与えるこの犯罪が「珍しくない」とは、いったいどのような世の中なのだろうか。
苦境に陥っているアーチャナ・クマリ
2009年にアシッド・アタックされ、医療費が払えずに苦境に陥っているアーチャナ・クマリという女性が、インドの英字新聞「ザ・ヒンドゥー」で紹介されていた。
彼女は隣人から2年以上に渡ってストーキングされ、性的な嫌がらせを受けていたが、男を頑として拒み続けていた。
そして2009年11月12日のこと、男は歩いて彼女の家にやってきて、そして彼女に酸を浴びせたのだった。
言うまでもなく、インドの警察は被害者・加害者の力関係で事件を握りつぶしたり、なかったことにしたりする。
彼女の父親は教育もない一介の労働者に過ぎず、警察がまともに調査をするはずがなかった。また、警察沙汰にすることによって、さらなる報復を受ける可能性があった。
酸攻撃された彼女の治療のために、そして何よりも、さらなる攻撃を受けるのを恐れ、彼女の両親は傷ついた彼女をウッタール・プラデシュから連れ出してデリーに移った。
アーチャナ・クマリ。2年以上も男に付きまとわれ、性的嫌がらせを受け、最後にアシッド・アタックされた。
酸攻撃された証拠を書類として提出して下さい
彼女の両親は、傷ついた娘アーチャナ・クマリのために、持てる財産をすべて治療費に充てた。
入院費、医薬品代、検査代、治療費、交通費、生活費……。
彼女の母親が持っていた大切なジュエリーから何まで売り飛ばし、さらにあちこちから借金を重ねた。
そして、彼らは限界に達した。
政府に助けを求めると、資金援助を受けるためには「アシッド・アタックされた証拠を書類として提出して下さい」と言われて追い返されたという。
彼女が悲惨な姿になっているのはどうでもよくて、アシッド・アタックされたことが確実であるという証明書を出せというのである。
ところが、彼女とその家族はさらなる報復を恐れて身を隠しており、当時は警察によって十分な調査を受けていなかった。だから、書類が用意できないのである。
そして、彼女は新聞の取材を受け、自らの苦境を訴えることになったのだった。
効果はあったようだ。
政府はすぐにこの報道に反応し、「すべての女性が不当に苦しむことがないよう対処」することを確約した。
そして、彼女を専門の病院で治療を受けさせて、他の要求にも応えていきたいとしている。
躊躇なく女性に酸を浴びせる男が、山ほどいる
アーチャナ・クマリは当面は何とかなる。しかし、この物語は決してハッピーエンドではない。
彼女はアシッド・アタックの結果、どうなったのか。写真を見ても分かる通り、もう彼女の片目はまったく見えなくなってしまっている。
そして、彼女の左耳も聴力を完全に失った。彼女の顔半分は溶解し、彼女の身体もケロイドになってしまった。
これからも彼女は長い困難な治療を受ける必要がある。そして、どんなに治療を受けたとしても、完治することはない。失った容姿は取り戻すことができず、彼女は人生を失った。
女性にアシッド・アタックするというインド圏の卑劣な犯罪はこれで収束したわけでもないし、根本的な対処もまったくなされていない。
私が激しい怒りを感じるのは、こういった残虐なアシッド・アタックが、まるで日常茶飯事にインド圏では起きていることである。
以前、「ジーンズを履いた女性はインドの伝統に反している。見かけたらアシッド・アタックする」という脅迫が女子大学に掲示されて、大騒ぎになったという事件があった。(ジーンズの女性には硫酸テロをすると宣言するインド民族主義者)
日本の女性に「酸攻撃(アシッド・アタック)」と言っても、大半の女性はそれがどんなものだか理解できないはずだ。そんなことをする男はいないからだ。
しかし、インド圏には、何の躊躇もなく女性に酸を浴びせる男が山ほどいて、毎年毎年、何百人もの女性が犠牲になっているのである。
私は、これが許せない。
アシッド・アタックについては、このブログだけではなく、ダークネスでもしばしば取り上げている。
卑劣な男たちの狂気の犯罪が蔓延していることに、世界中の女性たちが声を上げてくれることを心から願っている。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120926T0324370900.html
ジーンズの女性には硫酸テロをすると宣言するインド民族主義者 2012-08-13
インド圏では女性に硫酸をかけるという事件が多発する場所であることはもうよく知られるようになってきているが、信じがたいニュースを"The times of India"紙が伝えている。
それは、「ジーンズをはいた女性には硫酸を浴びせるテロを行う」というものだ。
他国では単なるいたずらや脅迫で終わるかもしれないが、インドでは女性に硫酸を浴びせるアシッド・アタックが各所で起きて女性が犠牲になっているので、本気でやりかねない、という心配がある。
伝統を守りたい、という気持ちを持つのは自由だが、伝統を守らない女性に硫酸を浴びせるというのは常軌を逸している。
許しがたい脅迫がインド女性に突きつけられている
このポスターは赤色で書かれており、ジャールカンド州の州都ラーンチの聖ヨハネ学校等、各大学に午前9時30分に張り出されていたという。
インドには民族主義者が非常に大きな勢力を保っているが、この「民族主義」は別名「ヒンドゥー・ナショナリズム」と言う。
ヒンドゥーこそがインドの原点である、と宣言する原理主義なのだが、そのためにイスラムもカトリックも仏教も認めず、徹底的にヒンドゥーの教え、文化、哲学、生活様式を強制する。
その中にはインド女性は伝統的衣装(サリー、パンジャビー・ドレス等)を着ることも含まれている。ジーンズのような「外国かぶれ」は許されない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120813T1347240900.html
バングラデシュで続出する凄惨なアシッド・アタックの数々 2012-12-08
バングラデシュ・ダッカ郊外の道沿いに路上生活者がテントを張って住んでいる場所がある。
以前からそこが気になっていたのだが、何度かその道を行き来しているうちにやはり好奇心を抑えることができず、ふらふらとそのテントハウスに入っていった。
数十人が暮らすその絶対貧困者のテントハウスの人々と話すうちに打ち解けたが、そこでスラムの人々は奇妙な男を私に紹介してくれた。
人々から呼ばれて出てきた男は、右頬から溶解するように皮膚が垂れ下がり、喉から右腕までその溶解が続いていた。
右腕は少し身体の前に出すようにして胴体と「接着」され、曲げたまま伸ばすことができないようだった。
熱湯を浴びせても人間の皮膚はこのような極端な溶解はしない。火災に巻き込まれたにしては溶解した皮膚の範囲が限定されている。
手に入れようと思えばいくらでも手に入る
垂れ下がった皮膚を私に見せながら静かに立つ男を前にして、私は心の中で「これもアシッド(硫酸)か……」と考えていた。
バングラデシュでは、アシッド・アタックが流行しており、その後も私は何度も現地でアシッド・アタックされた人たちを見ることになる。
硫酸や硝酸といった液体は、日本では「劇物」に指定されており、取り扱いも保管も販売も、厳重に管理されている。
劇物とは、ごく少量でも扱いを間違うと死に至るほどの深刻な影響を与えるものを指す。
バングラデシュではこのような危険な劇物が金物屋や自動車修理店等で簡単に手に入ったし、現在でも手に入れようと思えばいくらでも手に入ると言う。
バングラデシュだけではない。パキスタンからインド、アフガニスタンからイランまで、どこでもそうなのだ。
インド・コルカタのムンシガンジ売春地帯でもアシッド・アタックの事件があって、売春女性が犠牲になった。売春地帯の中に自動車修理工場があって、金さえあればすぐに硫酸が手に入る環境にある。
バングラデシュでは法律が機能していないし、警察機構もまた不正と汚職にまみれている。その中で状況を改善するには、政府が本腰を入れて対策に乗り出すしかない。
2002年から政府はやっと事態の深刻さに気がついて対策を練りはじめた。しかし、10年経った今も、事態はほとんど改善されていない。
選挙運動でもしばしば大暴動に発展して、政党同士の争いが死者を生み出すこの国は、犯罪においても容赦ない暴力で相手を攻撃する傾向がある。
貧困者のテントハウスで出会った男。アシッド・アタックされて右頬から首、そして右腕が溶解してしまった。
これほど残虐で極悪非道な犯罪は他に類を見ない
バングラデシュは人の命があまりに軽く、人権よりも個人の利害や感情が優先する。
相手に酸を浴びせる攻撃が「流行」しているのは、過剰なまでの利己主義と、自制の効かない気質が関係しているのだろう。
特に問題なのは、硫酸の被害者がたいていの場合は若い女性だという事実だ。
アシッド・アタックの被害者のうち、圧倒的多数を占めるのは10歳から20歳までの女性、次に20歳から30歳までの女性、さらに10歳にも満たない少女が犠牲になることもあるという。
バングラデシュに限らず、法も秩序もあまり機能しない無法地帯の様相を見せる国や地域では、しばしば暴力の対象は女性になる。
それは単純に女性の方が力が弱く、社会的地位も低いからである。アフガニスタンでも、インドでも、カンボジアでもそうだ。
カンボジアは一時、硫酸を浴びせる事件が続出した。16歳のカラオケ女優タット・マリナが愛人の妻から濃硫酸を浴びせられて、顔面の皮膚をほぼすべて失ってしまった経緯はブラックアジア第一部の中でも触れた。(バイオレンス。カンボジアに渦巻く暴力の裏に何があるのか)
彼女は奇跡的に一命を取り留めたが、容貌の損壊と激痛の中で「私は何の希望も持っていない」と新聞記者につぶやいた。「死んだ方がよかった」と本人が自ら吐露する言葉は非常に重い。
容貌や容姿は女性にとっては非常に大切なものだが、硫酸はそれを一瞬にして損壊させ、その後の人生を悲惨なものにする。
事件はやがて人々から忘れ去られることになるだろうが、被害者は永遠に傷を背負って生きていかなければならない。
これほど残虐で極悪非道な犯罪は他に類を見ないと信じているが、にもかかわらずこれがバングラデシュでは「ありふれた事件」なのだ。この国がいかに混乱しているかが分かる。
大量の酸攻撃がバングラデシュで続出している
このアシッド・アタックを完全に撲滅できない限り、バングラデシュは無法と残虐の暗黒大陸だと思われてもしかたがない。それほど大量の酸攻撃がこの国で続出している。
バングラデシュでは、酸を浴びせる事件が古くは1960年代から報告されていたが、これら一連の事件が目立つようになって来たのは1995年頃からだ。
政府は慌てて硫酸事件の犯人は死刑もあり得るように法改正をしたが、もともと法が機能していないのだから事件は一向になくならず、逆に増えていくばかりだった。
それは硫酸が100円にも満たない値段で手に入るからだと言われている。すなわち「安価に手に入れられる武器で、最大の効果を得ることができる」のだった。
事件のほとんどは、自分の思い通りにならない女に対する男の復讐である。
30歳だったある女性は、最初の夫をなくしたあとふたりの息子を育てながら自活していたが、初老の男との再婚話が持ち上がった。彼女はそれを断った。
激怒した男は真夜中、女性がふたりの息子と寝ている時に家に押し入って、彼女とふたりの息子の顔に酸を注いだ。
女性の顔は修復不可能なまでに焼けただれたが、彼女はそれを確認することができない。なぜなら視力も同時に失ったからだ。
その初老の男は自由の身だ。バングラデシュではどんなに凶悪な犯罪を犯したとしても、保釈金を払えば自由になれるし、その上に警察を買収することさえも可能だからだ。
13歳のソニアは執拗に自分につきまとい、セックスを求める21歳の男チアン・ミアにたまりかねてそれを両親に訴えた。
チアンは激怒し、自分の思い通りにならない少女に罰を与えるため、自宅でテレビを見ているソニアに彼女の兄弟もろとも酸をぶっかけた。ソニアの顔面は酸によって崩壊し、やはり失明してしまった。
顔面の皮膚のほとんどを失ったまま、生きた屍に
20歳になったばかりのスフィアもまた酸を投げつけられた。
スフィアの妹が結婚を断ったのだが、その男が酸を投げつけたのだった。男の目的はスフィアの妹だったが、スフィアは妹のベッドで一緒に寝ていたのだった。
バングラデシュはインドと同様に持参金の習慣がある。結婚する女性の家族は娘と共に持参金を差し出さなければならない。
モニラは持参金が足りないと腹を立てた自分の夫に酸を頭からぶちまけられた。
やはり彼女の容貌は原形をとどめないまでに崩壊してしまった。
スペインの外科医が無料の支援を差し入れて、彼女は整形手術を受けることになったが、まぶたも、首も、鼻も、唇も、耳も、すべてに手を入れなければならなかった。
もちろん、現代の医学でさえも失われた容貌を完全に修復することは不可能であり、モニラも手術後に父親と面会したが、父親は娘を認識することはできなかった。
18歳のジョスナも持参金が足りないと言われて酸を浴びせられた。ジョスナは非常に貧しい家の出身であり、モニラと違って支援する医師も現れなかった。
彼女は顔面の皮膚のほとんどを失ったまま、生きた屍のようになっている。
13歳のジャンナチュルもまた20代の男につきまとわれたが、つき合うのを拒否して酸を浴びせられた。
彼女はすぐに病院に連れて行かれたが、設備も何もない田舎の病院では何もすることができず、そのままダッカの病院に転送された。
彼女は顔面の皮膚をほとんど失っていたにもかかわらず、一昼夜、治療も受けられずに放置されたのだった。
これらの硫酸事件はバングラデシュの恥だ
もちろん、絶命した人もいる。
路上で物乞いをしていたある女性はいつもある男からセックスを執拗に求められていたが、それを頑として受けつけなかった。プライドを傷つけられたその男は残酷な報復を思い立った。
それは、ふたりの子供が見ている前で彼女を押さえつけ、彼女の陰部に酸を注ぐというものだった。
絶叫を上げてのたうち回る物乞いの女性は病院に運び込まれたが、そのまま病院で死亡した。
アシッド・アタックを注意深く見ていると、事件の深刻さと同時にその動機の身勝手さに驚く。
婚約を断られて「プライドが傷ついたので思い知らせてやる」とか、「他の男に取られるくらいなら、めちゃくちゃに壊してやる」というのを身勝手と言わずに何と言えばいいのだろう。
セックスを断られて、その腹いせに硫酸を投げつけるという短絡思考に至っては、あきれて物も言えない。
さらには、持参金が足りないから結婚したばかりの妻に酸を注いで自分の怒りを思い知らせるというのは、どこからそのような発想が生まれてくるのか理解することすら不可能だ。
酸で破壊した女性とは、曲がりなりにも自分の妻でなはないのか。
歴代のバングラデシュ首相は「これらの硫酸事件はバングラデシュの恥だ」として、アシッド・アタックの犯人には極刑で臨む姿勢を打ち出している。
しかし、揉み消された事件も含めると、ここ5年から6年ほどの期間だけでも1000件以上も発生しているのに、有罪になった人間が20名ほどしかいない。
バングラデシュの司法が機能していない。
アシッド・アタックの根底に、女性蔑視と人権無視
アシッド・アタックのほとんどが男女の感情のもつれで発生していることを考えると、バングラデシュでは、誰もが酸攻撃の犠牲者になりえることを示唆している。
しかし、なぜインド圏やイスラム圏にこの手の事件が多いのだろうか。そして、なぜ被害者は女性が圧倒的多数なのだろうか。そして、なぜこれらの事件は根絶できないのだろうか。
これらの事件の陰には、劇物が手に入りやすいという点とは別に常に指摘されるのは、「女性蔑視」「圧倒的な家長制度」の存在である。
要するに、女性をモノとしか思っていないような男が圧倒的な力を持った社会がそこにある。
そして、それを増長させているのが宗教だ。イスラム教は、頑迷なまでの男尊女卑が宗教に織り込まれており、女性の人権を極端に抑圧している。
女性が自分に逆らうと激怒し、折檻する。その折檻の延長にアシッド・アタックがある。
自分に逆らう女性、自分の言うことを聞かない女性は、めちゃくちゃにされても当然だという意識があって、実際に「分からせる」のがこれらの事件なのである。
宗教が、男の優越意識を極限まで増長させている。
だから、女性の地位が向上し、女性を物として扱う風習がバングラデシュからなくならない限り、この手の事件は撲滅することができないだろうと分析する人も多い。
アシッド・アタックの根底に、女性蔑視と人権無視が横たわっている。それを改善しない限りいくら刑罰を厳しくして硫酸の入手を難しくしても無駄なのだ。
では、バングラデシュは、今後女性の地位は向上するのだろうか。
バングラデシュの男たちは、女性の地位を向上させ、女性の人権も大切なものだと思ってくれるようになるのだろうか……。
今のところ、その兆候すらも見えていない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20121208T1824220900.html
酸攻撃された女性、手術費のためにテレビのクイズ番組に出演 2012-12-25
2003年のインド・ニューデリー。18歳の女性ソナリ・ムカルジーが寝ているときに、突如として3人の男が家に押し入って来た。男子学生だった。彼らはソナリに性行為を迫ったが、彼女はそれを断って、必死に抵抗を試みた。
そうすると、男たちは彼女の顔に酸を浴びせて彼女の顔を破壊した。アシッド・アタックだった。彼女の顔面は一面焼けただれ、失明し、聴力も失いかけている。
それから9年。彼女はいまだに顔面の整形手術を受け続けており、すでにその手術は22回目に入っている。
しかし、彼女にアシッド・アタックした男たち3人は誰も有罪判決を受けておらず、自由に街を歩き回っている。必ずしも犯罪者が処罰されないのがインドの司法制度である。
もちろん彼女には何の補償もなく、彼女の両親は顔面を焼かれて苦悶する自分の娘のために、家も農地もすべて売り渡して治療費に充てた。
みんな、私が自殺したら喜ぶかもしれない……
しかし、もう治療費は捻出できなくなってしまった。彼女の両親は州政府に援助を求めたが、まったく動いてくれなかった。
そこで、彼女は決断した。
インドで最も有名なテレビのクイズ番組(インド版ミリオネア)に出ることを……。
「もし、あなたがきれいな女の子の写真を見つめる目があるのなら、私の焼けただれた顔を見ることもできるはずです。アシッド・アタックの犠牲者として家に閉じこもっていることは簡単です。でも、私はこのような暴力に反対するために立ち上がることを決意しました」
彼女はそう言った。彼女は当時、非常に優秀な学生で将来を嘱望されていた。当時の写真を見ると、溌剌とした美しい容姿であることが見て取れる。
「しかし、彼らはやって来ました。あの男たちは自分の思う通りにならず、私がノーという言葉を翻さなかったので、私の人生を奪うことにしたのです」
彼らが持っていたのは錆びた道具をきれいにするために売られている「テザーブ」という安価な酸(アシッド)だったという。どこでも、誰でも手に入るものだ。
この酸によって、彼女は顔面の皮膚をほぼすべて失った。まぶたも失い、鼻も失い、そして耳たぶも消失した。
顔面の再構築の手術は非常に難しいもので、どんなにうまくいっても過去の顔を取り戻すことはできない。しかも、数十回もの手術に耐えなければならないのである。
ソナリの両親は二階建ての家も、牛も、土地も、ゴールドも、持っているものは一切合切売り払って、もう何も残っておらず一家は絶望に落ちた。そのとき、彼女はこう思ったのだという。
「みんな、私が自殺したら喜ぶかもしれない……」
破壊された女性の顔は、もう二度と戻らない
しかし、彼女はそうしなかった。その代わりに自分の焼けただれた顔を利用する決意をした。
自分が何をされたのかをまわりに知ってもらい、そしてそれによってお金を手に入れることができればいいと考えたのだった。
それがテレビのクイズ番組に出ることだった。
このクイズ番組では10問を完全に正解できれば賞金250万ルピー(約380万円)を手に入れることができる。それで来年の手術費が捻出できる。
そして、インドの名優アミターブ・バッチャン(アイシュワリヤ・ライの義父)は彼女をスタジオに招き入れ、初めてアシッド・アタックされた女性がその素顔を完全に視聴者にさらして戦ったのだった。
彼女は勝ち抜き、賞金を手にしたとき、見ていた視聴者は全員拍手して涙を流したという。アミターブ・バッチャンはこのように締めくくった。
「私たちは時々、生活の中で何となく自分が惨めに思ったり、何かが自分の人生を邪魔していると思う。そんなとき、私たちはソナリのような女性に出会うと、自分たちはどんなに恵まれているのかを思い知る。どれくらい私たちは恵まれていたのか……。彼女は、勇気の象徴です」
インド圏では、女性たちがアシッド・アタックされる確率が他のどの国よりも高い。酸は簡単に手に入り、簡単に女性の人生を奪う。
女性の人生を破壊するのはとても簡単に安価にできる。そして、一度破壊された女性の顔は、どんなに大金をかけても、もう二度と戻らない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20121225T2154070900.html
少女が顔を焼かれて一生を台無しに。加害者は懲役12年のみ 2012年5月23日
2011年9月17日。中国東部の安徽省の省都・合肥市で、16歳の少女が同級生に瓶に詰められていた油を顔にかけられて顔面を焼かれるという事件が発生していた。
少女は助かったが、顔面、首、腕に大火傷を負って、一生火傷の傷を負って生きていかなければならなくなった。
この判決が2012年5月10日にあって、加害者の少年が一審で懲役12年の刑が宣告された。
彼女が背負わなければならない重い十字架
判決が半年以上も先延ばしされたのは、少女の火傷の損傷を評価するために時間が必要だったからである。
2012年3月に合肥市の法医学者による損傷の鑑定を経て、5月10日に出されたのが懲役12年の刑だった。
中国ではこういった意図的に相手の身体に危害を加え、相手に重度の障害を与えた者は「懲役10年以上、もしくは終身刑」なのだという。
だから、加害者が16歳という年齢であることを考えると、もしかしたらそれは合理的な判決だったのかもしれない。
しかし、心情的には誰もこんな判決に納得ができるわけがない。
被害者の少女が一生の傷を負ったが、それは一生、彼女が背負わなければならない重い十字架なのである。
被害に遭った少女の自分撮りの写真
彼女は普通に恋をして、普通に日常を楽しむことはもうできないだろう。
たかが16歳のときにひとりの少年を振ったというどこにでもあるような甘酸っぱい出来事で、なぜこんな惨(むご)い仕打ちをされて、重い人生を歩まなければならないのか理解に苦しむ。
加害者の少年は懲役12年で済む。加害者の両親は合肥市の中堅幹部で、人脈と権力と金を持っており、もしかしたら予定よりも早く出所できるかもしれない。
「どうせこうなると思ってた。私が病院を出る前に、彼は刑務所を出てしまうかも」
彼女は2年ほど病院で治療を受け続けなければならないと言われたという。つまり、彼女は2年以内に彼が出てくるかもしれないと予感しているということだ。
これは中国版の簡易ブログ「微博」に書き込んでいるものだ。彼女のアカウントはここにある。
なぜ、顔面を燃やしたのか?
少女はよくモテたのだと言われている。加害者の16歳の少年もまた少女に好意を持って、それを告白したが振られた。
どういう振られ方をしたのかは知らない。禍根を残すものだったのかもしれない。
しかし、その腹いせにこの少年は、自分を振った「憎むべき少女」を破壊した。
いくら16歳でも自分が何をやっているのか自覚はあったはずだ。それは、絶対に許されないことである。
なぜ、「殴る蹴る」だとか「ナイフで刺す」ではなかったのか。それはもっと悪意があったからだ。たとえば、以下のように思ったのだろう。
「お前は俺を断った。俺と付き合えないのならお前を破壊してやる。一生苦しめ」
ただ殺意があるだけならば手っ取り早く確実な方法を採る。顔面を燃やすというのは、殺すよりも、「苦しませる」ほうに重きを置いていたという証拠だ。
http://www.bllackz.com/2012/05/12.html
女性に酸を浴びせて顔を損壊させる事件の裏に何があるのか 2011年9月27日
10年ほど頃、カンボジア・プノンペンで、タット・マリナという美しい女性が、付き合っていた男の妻から硫酸を浴びせられるという痛ましい事件があった。ちょうど私がカンボジアをさまよっていた頃に現地で起きた事件だったのでよく覚えている。
それは、顔面から上半身まで体面積の43%が焼けただれる重度の火傷だった。一歩間違えれば死んでいたほどの瀕死の重傷だったが、それでも彼女は何とか生きながらえた。まだ16歳だった。
女性の身体に酸を浴びせる。それは凄絶なまでに残酷な攻撃である。タット・マリナの被害を受けた写真を見ても分かるが、あまりの痛々しさに言葉を失うほどだ。耳などは炭化して黒焦げてしまっている。
「私はあの時に死ぬべきでした」
「私は死んだほうがよかったのだ」と絶望的に嘆いていたのを記事で読んだが、それが私の脳裏から離れなかった。別のサイトにも、私はそれを記している。
硝酸はタット・マリナの美しい髪を焼き、整った顔面を焼き、皮膚を溶かした。2リットルの硝酸が、彼女の上半身を舐め尽くしてしまった。皮膚が焼き焦げる苦痛に気絶から覚め、彼女は絶叫を上げて苦悶した。そんな姿を見て、暴漢たちは逃走した。
この凄まじい凶悪な事態にどう対処していいのか分からず、まわりの人々は呆然と苦しみのた打ち回る彼女を為す術もなく見ていたようだ。硝酸のかけられた箇所は、最初は白くなり、それから赤く膨れ上がったという。
後にインタビューを受けた彼女は、泣きながらこう言った。「私はあの時に死ぬべきでした」
しかし、彼女は奇跡的な一命を取りとめた。彼女の激しく深い火傷は、第3度レベルのものである。つまり、皮膚層のすべてが損壊してしまったのだ。
一年経った現在、彼女はベトナムの病院に収容され、いまだに個室で集中治療を受けている。彼女の頭・ 首・ 後部・ 胸、 および手首は硝酸によって、ほとんど回復不可能な損傷を受けてしまった。
耳朶は手術によって切除され、唇は膨らんだままにされている。鼻孔は閉じてしまわないようにプラスチックのチューブが挿入された。
いまだにタット・マリナは焼けた皮膚の苦痛にうめき、カンボジアの暴力にとめどもない涙を流している。
アシッド・アタック(硫酸攻撃)
タット・マリナの事件を見ていて思ったのは、自分が生きている世の中とは、こんなにも残虐な世界なのかということだった。
人間という生き物が自分の理解を超えるほどまで残酷になれることにも底知れぬ恐怖を感じた。
女性に対する暴力についてはすでにタイの売春地帯での監禁からカンボジアの売春地帯での収奪まで見てきていたが、このタット・マリナの事件で、女性が受けている「激しい暴力」に私は強く関心を持つようになった。
もう私はずっとアジアの女性と一緒にいたので、彼女たちに振るわれる暴力が自分の痛みのような感受性になっていたようだ。
私はその後から東南アジアからインド圏に旅の軸足を移していくことになるのだが、そこで私はインド圏の女性たちが信じがたい暴力の中で生きていることを知ることになった。
そこでは、女性たちが次から次へと酸で顔を焼き潰される事件が起きていたのである。それも一国ではなく、数カ国にまたがって流行していた。
アシッド・アタック(酸攻撃)とそれは言われる。
インドでも、バングラデシュでも、パキスタンでも、アフガンでも、当時は1年に100件以上もアシッド・アタックが起きているのが現地でも報道されていた。
事件のたびに写真も確認したが、その残虐性は見るに耐えないものでもあった。
しかし、私が驚いたのは、報道されたそれが氷山の一角でしかなかったということだ。アシッド・アタックは、どこでも当たり前に見られる「珍しくない事件」だったのである。
硫酸がいくらでも安く手に入る
そして、バングラデシュで私もまた実際にアシッド・アタックされた何人かの人々と出会っている。ひとりは女性、ひとりは男性だ。
女性は背中が焼け爛れたままケロイドになって固まっていた。男性のほうは頬の皮膚が溶解して垂れ下がったまま固まっていた。男性のほうはビデオに撮って残している。
当時、このアシッド・アタックがバングラデシュやインドでは流行していた。男が攻撃されることもあったが、ほとんどの被害者は女性だった。
1995年からそれはインド圏で流行を見せるようになって、2000年に入る頃にはバングラデシュだけで1000件以上ものアシッド・アタックが起きていたが、有罪判決にまで至ったのはたった20件だった。
当時のカレダ・ジア首相は「これらの硫酸事件はバングラデシュの恥だ」と激怒して、罰則を厳しいものにしたが、それでどうなったのだろうか。
たしかにアシッド・アタックは下火になったが、いまだにそれは続いている。先日も交際を断られた男が、自分の名誉を傷つけられたとして女性の顔面に硫酸を浴びせて逮捕されている。事件は連綿として続いている。
硫酸は自動車工場から簡単に安く手に入るからである(今は非合法になったようだ)。
インドでもアシッド・アタックが当たり前に存在すると書いたが、インドのコルカタのあるスラム売春地帯の中に自動車解体工場があるのを私は確認している。
深刻な諍いが起きたとき、硫酸がいくらでも安く手に入る。それで何が起きるのかは火を見るよりも明らかだ。
アメネ・バーラミ。19回も整形手術
最近、話題になったアシッド・アタックの事件はイランのものだ。
事件は2004年にアメネ・バーラミという女性が、マジッド・モヴァヘディという男の求婚を断ったことから始まっている。
男はプロポーズを断られたことに腹を立てて、アメネの顔に硫酸を浴びせ、彼女は容貌と視力を失った。
マジッド・モヴァヘディは逮捕されて有罪になるのだが、イランはシャリーア(イスラム法)があるので、刑の執行は「女性が男の目に硫酸をかけて失明させる」というものだった。
それが物議を醸し出していた。
人権団体があまりにも非人道的すぎるとして刑の執行を中止を求めたのだが、イランの裁判所はこれを強行しようとした。「数週間以内に刑は執行される予定だ」
しかし、イラン政府はしばらくして態度を変えて刑を延期した。
実際のところは分からないが、この当時はちょうどアメリカがイラン攻撃をする口実を探していたこともあり、この残酷な刑によって欧米の世論がイラン攻撃に傾くのを阻止したかったせいもあったと言われている。
しかし、再度刑の執行が行われようとしたとき、今度は被害者のアメネ自身が男を許すことにして刑の執行が中止された。
彼女はすでに19回も整形手術を受けているが、今後もさらなる手術が必要になる。
宗教が極限まで男性優位を増長させた
アシッド・アタックではないが、この中東圏・インド圏の女性に対する暴力は苛烈なものが多い。
恒常的なドメスティック・バイオレンスは当然で新聞沙汰にもならない。
暴力がエスカレートすると、鼻を切り落としたり、顔面をナイフで抉ったり、燃やしたり、女性の容姿を崩壊させるような事件が次から次へと起こる。
鼻を切り落とされた女性
顔を抉られたパキスタンの女性
こういった事件を見ていくと、いったいなぜこの地区に限って、このような事件が起きるのかと考えてしまうが、すでに原因は分かっている。
イスラム教やヒンドゥー教の根底にある家長主義・男尊女卑・保守思想である。宗教が極限まで男性優位を増長させ、反発する女性を許せない。
だから、暴力でモノを言わせるのだ。神の名において、女は家畜のように従わなければならないと思い込んでいるのである。
それなのに付き合いを断ったり、プロポーズを断ったり、口答えしたりすると、男は家畜の分際にプライドを傷つけられたと思って激しい憤りを持つ。
男が傲慢になる素地がそこにあって、規格に合わない生意気な女を黙らせたいのだ。だから「男に逆らうと、どういうことになるのか」という他の女に対する見せしめもあって女を破壊する。
女性に酸を浴びせて顔を損壊させる事件の裏に何があるのか。それは「見せしめ」である。
アシッド(酸)は、女性がもっとも大事にしている容姿を一瞬で破壊することができる。女は苦しみ、もだえ、そして二度と容姿が復活することがない。
そして、多くの女たちが被害者の惨状を見て、もう萎縮して口を開くことはない。イスラムの女は、同じ宗教の中で生きている被害女性のことを国境を超えてよく知っている。
硫酸を投げつけられたアメネ・バーラミのこと。
鼻を削り落とされたビビ・アイシャのこと。
焼き殺されそうになったスアドのこと。
イスラムの女性たちにとって、彼女たちに起きた身の毛もよだつような惨劇は、まさに親しい友達が遭遇した悲劇のように切実感を持って捉えている。
当然だ。イスラムの女性はみんな同じ境遇にある。明日は我が身だと分かっているのである。
http://www.bllackz.com/2011/09/blog-post_27.html
パキスタンでアシッド・アタックした男が無罪放免になった 2012-04-01
ここ数日、パキスタンのニュースの一面を飾っているのは、ファクラ・ヨーヌスという女性の自殺の記事である。彼女はパキスタンの女性で、自分の夫にアシッド・アタック(酸攻撃)された。
顔面は破壊された。鼻も口も、すべてが完全に溶解して呼吸ができないので攻撃を受けたその日のうちにも死亡すると思われた。
それほどの損傷だったにも関わらず、彼女は奇跡的に生き延びた。それから10年。彼女は36回にも及ぶ整形手術を耐えてきた。
絶望のあまりに死んでいった女性
しかし、自分を攻撃した夫ビラル・カーが、パキスタンでなんと無罪になった。無罪放免だ。
この男は元国会議員にしてパキスタンの権力者の息子、もっと具体的に言えば、パンジャブ州の知事の息子であった。
女性は男の付属品とでも思っているイスラム教国の女性蔑視と、権力者なら何をしても構わないというパキスタンの実情が絶妙に合わさった結果の無罪だ。
この無罪はもちろん、この残虐で自分勝手な男が権力者としてのコネクションを使った結果だとパキスタンの市民は信じている。
ファクラ・ヨーヌスはそれに絶望し、彼女は自分に支援を差し伸べてくれていたイタリア・ローマの治療中の建物の6階から飛び降り自殺をしたのだった。
2012年3月17日。享年33歳だった。
彼女は問題のある貧困家庭に生まれ、若くして売春をしながら生計を立てていたが、やがては美しいダンサーとしてカラチで知られるようになっていった。
そこでカラチのパーティーで夫となるビラル・カーと知り合って結婚するのだが、結婚した瞬間に夫の態度は豹変したのだという。夫は暴言を吐き、罵倒し、殴る、蹴るの暴行を加えた。
ドメスティック・バイオレンスに耐えかねた彼女は、実家に逃げ帰ったのだが、そこにビラル・カーは追いかけてきて、彼女の息子の目の前で酸をぶちまけた。
それで無罪になるのだから、ファクラ・ヨーヌスでなくても絶望するのは当然だ。
女性にとっての暴力国家
アシッド・アタック(酸攻撃)は女性に対する攻撃としては最悪の部類に入る卑劣な犯罪だ。
しかし、残念なことにイスラム教国家ではこれがまったく珍しいことではない。
イラン・アフガニスタン・パキスタン・バングラデシュの4国は特に最悪だ。
私はバングラデシュでアシッド・アタックされて背中に大怪我を負った女性と、顔から腕にかけて皮膚が溶けたまま放置されている男を実際にこの目で見てきている。
それだからこそ、この凄絶なまでに悲惨な犯罪に対しては誰よりも激しく憤っている。
日本の女性団体が、あるいは世界の女性団体が、女性の権利云々と言うならば、なぜイスラム教そのものを激しく糾弾し、イスラム教と闘おうとしないのか不思議でしかたがない。
女性がイスラム教を見て見ぬ振りをすればするほど、ファクラ・ヨーヌスのような悲劇が続出し、それにも関わらず加害者が平然と世間に居座るような社会になる。
本当のことを言えば、女性はすべての宗教に対してあまりに無邪気になりすぎていると言いたいのだが、そこまで覚醒できる女性はほとんどいないだろう。
だから、せめて男性優位・女性蔑視を公然と示しているイスラム教くらい反発してほしいと切に願う。
パキスタンでは、アシッド・アタック、共生結婚、その他の女性に対する暴力が年間で8,500件以上も起きているのである。暴力が女性に向いている。
別の言葉で言えば、パキスタンは「女性にとっての暴力国家」と言ってもいいほどだ。パキスタンだけではない。イランも、アフガンも、バングラデシュも、すべて事情は同じだ。
サウジアラビアでもレバノンでもイエメンでもソマリアでも女性たちが鞭打たれ、焼かれているではないか。
そんな地獄のような宗教国家に、女性たちが閉じ込められて息もできないでいる。
イスラムはすでに女性をがんじがらめにしている。内部の女性が逆らえば、みんなファクラ・ヨーヌスやスアドやビビ・アイシャのようにされてしまう。
だから、イスラムの外にいる女性たちが何とかしなければ、イスラムの人権侵害はとめられないだろう。
それだというのに、世界中の女性たちは誰もファクラ・ヨーヌスに見向きもしない。関係ないのだろうか?
とても、残念だ。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120401T0757020900.html
カラオケ女優タット・マリナ
政府高官の妻による事件と言えば、夫の愛人にアシッド(硝酸)をかけて殺そうとした残虐非道な事件があった。硫酸をかけられたのは16歳のカラオケ女優タット・マリナである。
自分の家族を養うため、働きながら一生懸命に歌のレッスンを受けていたタット・マリナが、やがてつかんだ成功への道標がカラオケビデオ女優だった。
カンボジアでは夜になると小さなテレビでカラオケの画像が流されて、歌の内容に合わせて美しい女性たちが物憂い表情をしたり、歓喜に身を震わせたりしている。彼女はそこで演技をすることによって有名になった。
まだ美しかった頃のタット・マリナ。そのタット・マリナを見初(みそ)めたのが、ある大臣事務次官議員だった。
彼には妻がいたが、タット・マリナを無理やり自分の愛人にしたのである。男に妻がいることを知っていた彼女は、彼に対しては興味を持てなかったと言う。
しかし家族のために、16歳の娘は大臣事務次官議員の愛人になる決意をした。彼は非常に彼女を愛し、徐々に彼女も彼を愛するようになった。しかし、彼女の選択は残酷な結末で終わった。
ある日、彼女が姪と一緒にプノンペンのオリンピック・マーケット近くにあるカラオケビデオ店「リナ」で食事を取っているときのことだ。
突然、5、6人の男がなだれ込んで来て、彼女の髪を引っつかんで引き摺り回し、殴る蹴るの暴行を加え始めた。
男の突き上げる膝頭が彼女の胸を直撃し、彼女はうつ伏せに倒れて気を失った。男のひとりは車に戻り、硝酸の入ったビンを持ち出した。
それから車の中で待機していたひとりの女性が出てきた。彼女は気絶したタット・マリナの頭を蹴り、男が手にしていた大量の硝酸をタット・マリナに注ぎ始めたのである。
後に、その女性こそ大臣事務次官議員の妻カウン・サファルだったと判明した。嫉妬に狂った女が、夫の新しい愛人をめちゃくちゃにしようと自ら手を下したわけである。
硝酸はタット・マリナの美しい髪を焼き、整った顔面を焼き、皮膚を溶かした。
2リットルの硝酸が、彼女の上半身を舐め尽くしてしまった。皮膚が焼き焦げる苦痛に気絶から覚め、彼女は絶叫を上げて苦悶した。そんな姿を見て、暴漢たちは逃走した。
わたしはあの時に死ぬべきでした
この凄まじい凶悪な事態にどう対処していいのか分からず、まわりの人々は呆然と苦しみのた打ち回る彼女を為す術もなく見ていたようだ。硝酸のかけられた箇所は、最初は白くなり、それから赤く膨れ上がったという。
後にインタビューを受けた彼女は、泣きながらこう言った。「わたしはあの時に死ぬべきでした」
しかし、彼女は奇跡的に一命を取りとめた。彼女の激しく深い火傷は、第3度レベルのものである。つまり、皮膚層のすべてが損壊してしまったのだ。
身体の50パーセントが損壊すると人間は死んでしまう。彼女の場合、43パーセントが損壊しており、もう少しで死んでしまうところだった。
一年経った現在、彼女はベトナムの病院に収容され、いまだに個室で集中治療を受けている。
彼女の頭・ 首・ 後部・ 胸、 および手首は硝酸によって、ほとんど回復不可能な損傷を受けてしまった。
激しく損傷を受けたタット・マリナの患部。耳朶は手術によって切除され、唇は膨らんだままにされている。鼻孔は閉じてしまわないようにプラスチックのチューブが挿入された。
いまだにタット・マリナは焼けた皮膚の苦痛にうめき、カンボジアの暴力にとめどもない涙を流している。
彼女に硝酸をかけて人生をボロボロにした男たちは、カウン・サファルのボディーガードだった。彼らはカウン・サファルと共に行方をくらまし、いまだカンボジアの闇に潜んでいる。
なぜ、カウン・サファルは捕まらないのだろうか。警察の怠慢だという前に、権力者のファミリーだからだと大方のカンボジア人は思っている。もしかしたら、そうなのかもしれない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120125T1840210900.html
女性に酸を投げつける酸攻撃が日本に上陸する日はあるのか?
私がはじめて「他人に酸を投げつける事件」というものがあると知ったのはカンボジアのタット・マリナ事件だった。
(バイオレンス。カンボジアに渦巻く暴力の裏に何があるのか)
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120125T1840210900.html
こんな残虐な事件が世の中にあるのかと衝撃を受けたし、こんなことが許されるのかと怒りで震え上がったものだった。
しかし、酸を投げつけるという事件、それも女性の顔面に酸を浴びせる事件というのは、実はそれほど珍しい事件ではなく、インド圏や中東圏では当たり前にあるのだと知った。
信じられなかったし、今も信じたくない。
しかし、それはまだ現代でも続いているし、遠くアフリカでもそういった事件が見られるようになってきている。
こういった事件は「アシッド・アタック」という名前で呼ばれるようになっている。最近、このアシッド・アタックが女性に大きなダメージを与える攻撃だと、少しずつ知られて、拡散しているように見受けられる。
アシッド・アタック事件が集中しているカンボジア
アシッド・アタックという事件は、女性の人生を完膚なまでに破壊する。
だから、皮肉なことにアシッド・アタックが女性の人生を破壊する残虐な行為であることが知られるようになると、それは大きく報道されて、逆に手口が拡散していく。
たとえば、東南アジアではカンボジアがアシッド・アタック事件が集中している国なのだが、これは2000年から激増しているのである。
なぜ、カンボジアでアシッド・アタック事件が流行したのか。
もちろん、美しいタット・マリナが、2000年初頭にアシッド・アタックされて激しく容姿を損傷した事件が、写真付きで大きく報道されたことが影響しているのは言うまでもない。
この事件は多くのカンボジア人に衝撃を与えたが、逆に女性の人生を破壊するには、このような手口があることがカンボジアに知れ渡った。
だから、類似犯が何人も出てくる。
そして、そういった事件が増えれば増えるほど、その手口はいつしか一般化して、より使われるようになっていくのである。
そういった意味で、タット・マリアがアシッド・アタックされた事件が非常に事細かに報道されたカンボジアは不幸な歴史を背負うことになったのかもしれない。
このアシッド・アタックの事件は、もうカンボジアではすっかり定着してしまっている。
アシッド・アタックを受けたカンボジア女性のひとり。
アシッド・アタック事件が連綿として続いている
カンボジア警察はこのアシッド・アタック事件を統計として出していない。
しかし、アシッド・アタックが続出するカンボジアでは、CASC(カンボジアン・アシッド・サバイバーズ・チャリティー)という団体ができていて、こういった団体と提携する人権団体が統計を出している。
それによると、2009年で36件、2010年で43件、2011年で25件、2012年で9件と、ここ5年ほどでもアシッド・アタックの事件が100件を超えていることが分かる。
これはインド圏で起きている数千件もの事件に比べると少ないと言える。また、ここ数年で目に見えて減っているのは朗報ではある。
しかし、それでもアシッド・アタック事件が連綿として続いていることは事実であり、何らかのきっかけでアシッド・アタック事件も再び増える可能性もある。
なぜなら、カンボジア人はもうみんなアシッド・アタックという攻撃で女性の人生を破壊できることを「知っている」からである。
アフリカではウガンダでこういった事件が広がりつつあるのだが、このアシッド・アタックという「攻撃方法」が有効だと知られていくと、今後は国をまたいで広がっていく可能性は捨てきれない。
いったん、その国でアシッド・アタック事件が起きて、それが大きく報道されて国民にショックを与えると、恐らくそれが普及のスタートになるはずだ。
危険物がきちんと管理されていない途上国であれば、なおさら事件は広がっていくことになるだろう。
アシッド・アタックされて、大きく容貌を傷つけられた女性。
アシッド・アタックが「上陸」する日が来るのか?
アシッド・アタックという卑劣で残酷な事件は減っていくのか、それとも増えていくのか。
犯罪者の心理など推測などできないが、アシッド・アタックの事件が社会に衝撃を与えると、そこから増えていく可能性があるというのは間違いない。
2008年、イギリスのケイティ・ハイパーというテレビ司会者の女性がアシッド・アタックされる事件があった。
(ケイティ・パイパー。アシッド・アタックから立ち直った女性)
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120523T1729190900.html
そして、2013年1月17日、ロシアでボリショイ・バレエのセルゲイ・フィーリン芸術監督がアシッド・アタックされる事件があった。
両者とも有名人だったので、イギリスやロシアでは非常に大きな事件として扱われた。国際ニュースとして、両者とも今でも大きな扱いで取り上げられている。
2013年6月22日も、セルゲイ・フィーリン芸術監督は現在、失明状態にあると報道されたばかりである。
これらの事件を見て、有名人を「破壊」するのに、アシッド・アタックは有効だとヨーロッパの犯罪者たちは学んだ。
欧州でこのような事件が大きく報道され、アシッド・アタックという攻撃が「認知」されたとすれば、これからも少しずつアシッド・アタックの事件が起きていく可能性はある。
何かひとつの衝撃的な事件が起きると、それを真似た「模倣犯」が必ず出ることは今に始まったことではない。事件が衝撃的であればあるほど、模倣犯は出やすい。
2000年に私は初めてアシッド・アタックの事件を知ったが、それ以来、ずっとこの残酷な攻撃を気にして被害に遭った女性たちの記事を読み、そして女性たちの姿を見てきた。
ブラックアジアでも、かなり多くの女性を取り上げてきた。(アシッド・アタックされた女性たち)
アシッド・アタックは途上国の「闇」で起きていた事件だったが、今は事件そのものがどんどん知られるようになって、逆に広い範囲で拡散している感触を得ている。
事件は封じ込められず、広がっているのだ。
もしかしたら、日本でもアシッド・アタックが「上陸」する日も来るのだろうか?
これは絶対に許されることではない。絶対に、何があってもそんな事件が起こらないようにしてほしいと心から願う。たった1件でも、絶対に駄目だ。
一件でも起きて、そこで模倣犯が出てしまったら、アシッド・アタックという攻撃は社会に定着してしまう恐れがあるからだ。何があっても、これは許されないことであると言える。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20130623T0134440900.html
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